2020年11月、エチオピア北西部のティグライ州でエチオピア軍とティグライ人民解放戦線(TPLF)の衝突が発生した。以降、エリトリア軍も介入、紛争はエスカレートし、一般市民の殺害や略奪被害が発生、国際社会は憂慮の声を強めた。6月末にエチオピア政府は一方的停戦を宣言するが、TPLF側は「7000人のエチオピア連邦軍兵士を捕虜にした」[1]と発表し、勝利宣言を行った。その後、TPLFは隣接するアムハラ州やアファール州にも展開し武力衝突は地域的な広がりを見せている。7月下旬の会見でアビィ首相はTPLFを「雑草(weed)」、「癌(cancer)」と呼び[2]、首都アジス・アベバをはじめ各地で、ティグライ人に対する拘束や排斥が発生[3]、ティグライ州では200万人が避難し、40万人が飢餓状態に陥っている[4]。エチオピアは、人口1億人を超え、アフリカで第2位、世界で第13位の人口を擁する大国である。今後さらに国内紛争が激化するだけでなく、「アフリカの角」全体が流動化する可能性がある。

 TPLFは、そもそもティグライ州を拠点にする反政府ゲリラ組織ではなく、1993年から2018年まで、政権与党の中核を担い、エチオピアの政治経済をリードしてきた組織である。また、2018年に首相に就任したアビィ氏は、約30年に亘り対立関係にあったエリトリアと和解し、ソマリア、エリトリアとの間で協力関係を促進するなど、善隣外交に努め、2019年にノーベル平和賞を受賞している。

 エチオピアで何が起こっているのか。その背景につき分析する。

開かれたパンドラの箱、民族のリバランス

 エチオピアは80以上の民族を抱える多民族国家である。1974年までの帝政期にはアムハラ人を主とする北部系民族が南部の民族を支配し同化を求め、その後、誕生した軍事独裁政権は、社会主義を標榜し民族色を排除した。1991年にこの政権を打倒したエチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)は、ティグライ人のTPLFの他、オロモ民主党、アムハラ民主党、南部人民民主運動の4党からなる連合政党で、それぞれの民族を代表する政党で構成されている。エチオピアの主要民族は、34.4%を占めるオロモ人と、27.0%を占めるアムハラ人で、ティグライ人はわずか6%であるが[5]、EPRDFではTPLFが中核を占め、軍部等の政権中枢もティグライ人が多く占める構成であった。EPRDF政権の初代首相はティグライ人のメレス氏(TPLF所属、在任期間1995-2012年)、第二代首相に少数民族ウォライタ人のハイレマリアム氏(南部人民民主運動所属、在任期間2012-2018年)が就任、第三代首相として就任したのがオロモ人のアビィ氏であった。これまで人口比では最大でありながら、政治の中核を担うことができなかったオロモ人にとって、アビィ氏の首相就任には大きな期待が集まった。

平和主義者アビィ首相の誤算

 アフリカ政治に詳しいデ・ウォール教授(タフツ大学)は、「順調に経済成長を行い、国連、アフリカ連合(AU)を始め、アメリカ、欧州、中国とも良好な関係を築いてきたアフリカの優等生エチオピアを、アビィ首相が危機に陥れた」[6]と手厳しい評価をしているが、アビィ氏はそもそも民族融和を説く平和主義者である。

 アビィ氏は、アジス・アベバ大学で平和構築に関するPhDを取得、平和的共存のために社会的資本の重要性を説く論文[7]を発表している。民族の多様性を堅持しつつ一つにまとまることにより相乗効果が生まれるという「メデメル哲学」を持論とし、イスラム教とキリスト教間の対立回避にかかわった経験があり[8]、「平和のための宗教フォーラム」設立にも携わっている。

 首相就任とともにエリトリアおよびソマリアとの関係を改善し、国内では、政治犯の釈放、抑圧されてきた政治団体の合法化を実施し、汚職容疑者の摘発などクリーンな政治を目指したが、結果として前政権下で中枢を占めたティグライ人を汚職容疑で逮捕、失脚させることとなった。政党は、従来のEPRDFを改組し、より多くの民族政党を包含する繁栄党を設立したが、TPLFは自らのプレゼンス低下を危惧し、繁栄党への参加を拒否し、政権与党から離脱することとなった。2020年5月に予定していた総選挙は、COVID-19の感染拡大を懸念し延期を発表したが、TPLFは憲法違反を主張し、2020年9月にティグライ州議会選挙を強行、連邦政府はティグライ州での選挙は無効と判断し、ティグライ州への補助金配分を停止した。

 このような各種の要因により、アビィ氏とTPLFの関係は急速に悪化し、これが2020年11月のティグライ州でのエチオピア連邦軍に対するTPLFによる襲撃の発端となった。アビィ氏は多様性を尊重する民族融和的な考えの持ち主であったが、民族と行政単位が連動している現在の連邦制の課題や、前ハイレマリアム政権時代から萌芽していた民族意識の高まりと政権に対する不満をベースに、多民族国家エチオピアが抱える根源的な課題と不満がアビィ氏の首相就任とともに増幅し、民族のバランスが崩れ、ティグライ紛争につながったと言うことができる。

情勢を複雑化させたエリトリアの介入

 ティグライ情勢を巡っては、エリトリアの介入に言及する必要がある。エリトリアはエチオピア連邦軍を支援する形でティグライ州に介入し、TPLFと交戦しているが、エリトリアの民族の過半数はティグライ人で、TPLFと同一民族である。かつてTPLFはエリトリア人民解放戦線(EPLF)から軍事訓練を受けるなど両者は同胞関係にあった。エチオピアからエリトリアが独立した1993年当時のエチオピアのメレス首相とエリトリアのイサイヤス大統領は血縁関係にあるが[9]、ティグライ人国家建設の是非にかかるイデオロギーの違い、エリトリア独立後の地域経済発展モデルに関する考え方、独立時の領土分割等を巡り対立し、1998年から2000年には、10万人の死者を出すエリトリア・エチオピア紛争に発展した。同紛争では、エチオピア在住のエリトリア人の国外追放や資産接収が行われ、禍根を残すことになった。エリトリアは2002年の紛争調停委員会で、エリトリアへの帰属が確定したバドメがなおもエチオピアの占領下にあるとして不満を抱えていたが、ティグライ紛争はかかる積年の不満を解消する格好の機会となった。7月現在、エリトリア軍は、撤退要請にも係わらず、なおもエチオピア領内に止まっており[10]、今後も国境線を巡る対立が深刻化するおそれがある。

 エリトリアは人口360万人の小国ながら[11]、人口1億人のエチオピア、4500万人のスーダン、3000万人のサウジアラビアなどの大国に囲まれた国である。2020年にはサウジアラビア主導で形成された紅海評議会(Red Sea Council)[12]に加盟しエチオピアを牽制する一方、エチオピア、ソマリアとの間でクシ語連盟(Cushitic Alliance)の発足を提案し[13]、湾岸諸国を牽制するなど、エリトリアは、大国の思惑に翻弄されず自国の独立を守るため、絶妙のバランス外交を行っている。今年5月には、エチオピアとの関係が悪化しているスーダンをイサイヤス大統領が訪問するなど、エリトリアは最近、「アフリカの角」地域のパワーブローカーとして存在感を高めている[14]。今年45歳になる若きリーダーであるアビィ首相より、これまで30年にわたり一国を率いてきた75歳のイサイヤス大統領が、地域のステイクホルダーともいえよう。今後、「アフリカの角」の動静を巡っては、エリトリアの動向にも注視が必要である。

「アフリカの角」の未来のために

 今年7月以降、TPLF攻勢が強まっている。南のアムハラ州、東のアファール州にも侵攻している。アムハラ州への侵攻は、スーダンと国境を接する地域で、これによりティグライ州にとってスーダンとの国境ルートが確立することになる[15]。アファール州は、ジブチにつながる経済の大動脈であり、内陸国エチオピアの貨物の95%はアファールの幹線道路を利用[16]している。アファール州の混乱は、エチオピア経済の生命線を途絶させることとなり、首都アジス・アベバだけでなく、エチオピア全土にとり深刻なダメージが発生する。またティグライ情勢を受け、ソマリ州などエチオピア各地で民族衝突が発生し、隣国ジブチでもソマリア系のイッサ人とエチオピア系のアファール人の緊張状態が発生している。これまで封じ込めていた民族間の対立が、「アフリカの角」地域各地で一気に噴出し始めている。

 また、エチオピアは、運用を開始に向け2回目の大規模貯水を開始したルネッサンス・ダム(Grand Ethiopian Renaissance Dam, GERD)を巡り、ナイル川下流域の大国スーダン、エジプトと対立が深まり、新たな懸念材料となっている。

 アビィ首相は、ティグライ情勢にかかる対応を非難され、国際社会から距離を置くスタンスを取り始めている。6月に行われた総選挙では与党繁栄党が425議席中410議席(96%)を獲得、国民の圧倒的支持を受けアビィ首相の続投が確実となったが、国際社会からの批判を受け、政府は国際社会からの内政干渉に関する強い批判のメッセージを発出したり、NGOのライセンス停止等の措置を行っている。2年前にノーベル平和賞を受賞した平和主義者アビィ首相が、国民から圧倒的支持を受けるさなか、わずか2年の間に国際社会からの孤立を深めている。順調だった国内経済が失速し、民族間の緊張が「アフリカの角」域内で高まっている。これらの変化は、アビィ首相就任後の変化であるが、その要因はアビィ首相個人にあるというより、多民族国家エチオピアが本来抱えていた課題が国内外に噴出した結果と捉えるべきであろう。

 エチオピアの安定は、「アフリカの角」の安定に不可欠である。1980年代後半にエチオピアで発生した飢饉では、大規模な難民、国内避難民が発生し、「アフリカの角」が不安定化した。今、国際社会が行うべきは、エチオピアの孤立化ではない。民族間の融和、共存を促進し、地域の安定を図るため、エチオピアと対話し支えることが必要である。

(2021/8/24)

脚注

  1. 1 Jerrey Fusayo-Bambi and the AFP, “More that ‘7,000 captivate Ethiopian’ soldiers paraded in Tigray by rebel fighters,” Africanews, July 4, 2021.
    More than '7,000 captive Ethiopian' soldiers paraded in Tigray by rebel fighters | Africanews
    但し、「7000人を捕虜にした」との発表は、誇張表現であるとの指摘もある。
  2. 2 Andres Schipani, “New front opens in Ethiopian war as TPLF takes fight to Abiy,” Financial Times, July 23, 2021.
    New front opens in Ethiopian war as TPLF takes fight to Abiy | Financial Times
  3. 3 “The latest on the Crisis in Ethiopia’s Tigray Region,” Human Rights Watch, July 30, 2021.
    The Latest on the Crisis in Ethiopia’s Tigray Region | Human Rights Watch (hrw.org);
    Jaclynn Ashly, “Tigrayans in Ethiopia fear becoming “the next Rwanda”,” African Arguments, July 12, 2021.
    Tigrayans in Ethiopia fear becoming "the next Rwanda" | African Arguments;
    Alex de Waal, “Ethiopia Tigray crisis: Warnings of genocide and famine,” BBC, May 29, 2021.
    Ethiopia Tigray crisis: Warnings of genocide and famine - BBC News
  4. 4 ”400,000 in Tigray cross ‘threshold into famine’, with nearly 2 million on the brink, Security Council told,” UN NEWS, July 2, 2021.
    400,000 in Tigray cross 'threshold into famine', with nearly 2 million on the brink, Security Council told | | UN News
  5. 5 児玉由佳「エチオピア:混乱からの前進か、さらなる混乱か」JETRO『アフリカレポート』第58巻、2020年、pp.29-40.
    エチオピア:混乱からの前進か、さらなる混乱か (jst.go.jp)
  6. 6 Alex de Waal, “July 2021 Employee of the Month: Abiy Ahmed,” World Peace Foundation, July19, 2021.
    July 2021 Employee of the Month: Abiy Ahmed - Reinventing PeaceReinventing Peace (tufts.edu)
  7. 7 Abiy Ahmed, “Countering Violent Extremism through Social Capital: Anecdote from Jimma, Ethiopia,” Life and Peace Institute ed., Horn of Africa Bulletin, Volume 29 Issue 4, 2017, pp.12-17.
    HAB PDF (africaportal.org)
  8. 8 Nizar Manek, “Can Abiy Ahmed Save Ethiopia?” Foreign Policy, April 4, 2018.
    Can Abiy Ahmed Save Ethiopia? – Foreign Policy
  9. 9 Audrey Gillan, “Brothers divided by war,” The Guardian, July 13, 1999.
    Brothers divided by war | World news | The Guardian
  10. 10 Kate Hairsine, “Ethiopia: Fear Tigray conflict could trigger all-out war,” Deutsche Welle (DW), July 20, 2021.
    Ethiopia: Fear Tigray conflict could trigger all-out war | Africa | DW | 20.07.2021;
    Richard Atwood, “Resurgent Tigray and Horn of Africa politics,” International Crisis Group, July 7, 2021.
    Resurgent Tigray and Horn of Africa Politics | Crisis Group
  11. 11 国連経済社会局(UN DESA)による2020年推計値。“World Population Prospect 2019,” UN DESA, 2019.
    但し、エチオピアの人口は670万人との推計値もあり、正確な数値は定かではない。
    Eritrea - Wikipedia
  12. 12 正式名称:Council of Arab and African States bordering Red Sea and the Gulf of Aden
    Desiree Custers, “Red Sea Multilateralism: Power Politics or Unlocked Potential,” Stimson, April 7, 2021.
    Red Sea Multilateralism: Power Politics or Unlocked Potential • Stimson Center
  13. 13 “Once a pariah, Eritrea president comes up with regional bloc idea,” Nation (Kenya), February 2, 2020.
    Once a pariah, Eritrean president comes up with regional bloc idea | Nation
  14. 14 Tanja Müller, “Eritrea goes from Pariah State to regional powerbroker,” World Politics Review, June 1, 2021.
    Ethiopia-Eritrea Relations and the Politics of Shifting Alliances in the Horn of Africa (worldpoliticsreview.com)
  15. 15 William Davison, “The Dangerous Expansion of Ethiopia’s Tigray War,” International Crisis Group, July 30, 2021.
    The Dangerous Expansion of Ethiopia’s Tigray War | Crisis Group
  16. 16 Vivienne Nunis, “Ethiopia Tigray crisis: New front opens as aid fears grow,” BBC, July 22, 2021.
    Ethiopia Tigray crisis: New front opens as aid fears grow - BBC News