スーダンは、人口4500万人を擁し、アフリカ大陸で第3位の面積を誇る大国であるが、これまでの経済制裁で国際社会から閉ざされ、国民は30年間、独裁政権下で堪え忍んできた。折しも、隣国エチオピアではティグライ情勢が緊迫化しており、難民がスーダンに流入するなど、「アフリカの角」地域が不安定化しており、地域全体にも影響する状況にある。スーダンでは、2019年4月、30年に及ぶ前バシール政権が民主化デモにより失脚し、新たに暫定民主政権が誕生した。その後、今年7月15日には546 億ドルに及ぶ累積債務の救済に向けて、パリクラブの債権国とスーダン政府間の合意が成立した[1]。一方、国内ではインフレが対前年比413%(2021年6月)に上昇し、現政権に対する国民の不満も高まっている。政権交代から2年が経ち、スーダンで今、何が起こっているのか、またスーダンの民主化は定着するのか。スーダンの現状を報告して今後の国際社会の対応の必要性を考える。

歴史的転換点を迎えたスーダン

 2019年4月、スーダンで30年間続いたバシール政権が国民による民主化要求の前で崩壊した。政権交代直後は軍が暫定政権の座についたが、国民はその後も抗議デモを続け、2019年8月に市民と軍部が参加する暫定民主政権が成立した。2020年10月には、ジュバ和平合意が成立し、「北部スーダン人民解放運動(SPLM-N)」ヒルー派および「スーダン解放運動(SLM)」ヌール派を除き、主要反政府勢力とスーダン政府間の和解が実現した。また2020年12月には米国によるスーダンの「テロ支援国家指定」が約30年の歳月を経て解除され、スーダンに対する経済制裁が実質的に解かれることになった。

 このような変化を受け、重債務貧困国(HIPC)の債務救済を行うHIPCイニシアティブを推進する機運が高まり、7月15日には先進国の債権国の集まりであるパリクラブにて、スーダン政府との債務解消に向けた合意が締結された。世銀は、これに先立ち2021年3月には米国のブリッジローンにより延滞債務が解消され、5月に20億ドルの無償の支援パッケージに着手、30年間のブランクを経て、スーダン支援を再開した。かかる動きは世銀に止まらない。米国、フランス、EU等のドナーも、またUNDP(国連開発計画)、アフリカ開発銀行などの国際機関も本格的に援助再開に動き始めている。約30年間の空白期間を経て、国際社会全体がスーダン支援に向けて動き始めている。

高まる国民の不満

 このような国際社会の歓迎ムードとは対照的に、スーダン国内では現在、暫定政権に対する国民の不満が高まっている。スーダン財務経済省は、IMF等が債務救済の条件として求める財政健全化を進めるべく、様々な財政経済改革を行っている。今年2月には、これまで固定されていた外国為替の公定レート(1米ドル(USD)=55スーダンポンド(SDG))をパラレルレート(いわゆる闇レート)に合わせるべく為替レートの変動制が導入され、市場レートは1USD =375SDG、実質7分の1に通貨の切り下げが行われた。その後も通貨は下がり続け、7月15日現在、市場レートは1USD=445SDG前後となっている。

 またスーダンではこれまで、電気、小麦、燃料等の価格が政府補助金の投入で支援されていたが、かかる補助金を削減することで財政再建が進められている。6月に財務経済計画省は燃料補助金の完全撤廃を発表したが、その直後にガソリン、ディーゼルの価格は2倍以上に高騰、6月の対前年同月比のインフレは413%、食品・飲料を除く商品の価格は644%を記録した[2]。政府は世銀等の支援により貧困世帯支援のファミリーサポートプログラムを実施中であるが、効果は現在のところ限定的であり、国民の経済悪化に対する不満は上昇している。

 6月30日は、前バシール政権時代の革命記念日であり、2019年の民主政権への転換後、民主化を記念する日として国民のデモ行進が行われているが、今年は生活実態の悪化に対する抗議デモの色彩が鮮明となり、若者がタイヤを燃やし、道路を封鎖するなど、政府に対する抗議行動が目立った、スーダンでは、若年層の比率が高く、15歳から30歳までの世代が全人口の60%を占める[3]。また失業率も高く、人口の約17 %が失業中である。若者の失業は、社会の不安定要因となるが、就職の機会が提供され、経済成長の推進力の役割を担ってもらうことが期待される。

 スーダン国内の社会不安は、経済の分野に止まらない。スーダン西部のダルフールでは、ダルフール国連・AU合同ミッション(UNAMID)が2020年12月末で活動を終了し、2021年6月で撤収を完了したが、UNAMIDの活動終了後治安が悪化している。またスーダン南部の南コルドファンや青ナイルでも部族間の衝突が増加し、また紅海に面したポート・スーダンではベジャ民族評議会がジュバ和平合意の約束が履行されないとして、7月に一時、道路や鉄道を封鎖する動きが発生した。

 スーダンの暫定政権は、軍部出身のブルハン氏が大統領に就き、民主派のハムドック氏が首相に就く体制で構成されている。また暫定政権期間中、最高権限を持つ主権評議会(Sovereign Council)の議長にブルハン氏が、副議長にダルフール紛争で非人道的な行為を行ったといわれている民兵組織ジャンジャウィードの後継組織「機動支援部隊(Rapid Support Force)」トップのヘメティ氏が就任しており、政治的には微妙なバランスの下で成り立っている。7月には主権評議会のブルハン議長やハムドック首相が参加するTransitional Partners’ Councilにて、「8月1日に全州の知事を解任し、8月5日に新しい知事を任命する」[4]との提案が発表されるなど、政治運営ではなおも先行きが見通せない状態が続いている。ハムドック首相は、6月、未だ政治的分断が続き、民主的な政治システムを構築するためのコンセンサスが形成できていないとして危機感を表明している[5]。

「アラブの春」の失敗を繰り返さないために

 10年前の2011年、中東諸国では「アラブの春」が発生し、民主化運動が中東諸国で広がった。しかしながら、多くの国で、民主化の動きは長続きしていない[6]。新政権は国を統治した経験がないことから、国民の民主化への期待を吸収できなかったのが一因と考えられる。スーダンは、1956年の独立以降、2019年の政変以外にも、1958年、1969年、1989年に軍事クーデターが起きているが、民衆の蜂起により軍事政権が打倒され、その後軍事クーデターが発生する歴史を繰り返している。2年前の政変を経てようやく誕生した民主政権が継続するか否か、今、分岐点にさしかかっている。途上国の民主化プロセスを定着させることが出来るかどうか、国際社会の力量が試されている。「アラブの春」から10年後に誕生した新生民主国家スーダンが安定と発展の道を歩み続けることが出来るよう、国際社会が一丸となって脆弱なガバナンス体制を支えることが、今、必要である。

(2021/8/5)