近代以降、西洋社会を中心に築き上げてきた自由民主主義の価値が、現在揺らいでいる。多くの人々が現状に不満を抱き、排外主義やポピュリズムが台頭するのは、格差が拡大し、社会から「取り残されている」と感じる人々が増えているからである。このような社会から「取り残されている」人々の救済が問題解決のために必要である。また自由民主主義が掲げる普遍的価値は、現代においてもなお重要性を失っていない。存亡の危機にある自由民主主義を回復し、すべての人々が幸福感を享受できる世界を築くためには、行き過ぎた市場メカニズムを抑制し、政府や市民社会の力により社会格差を是正することが必要である。本稿ではそのために国際社会がどう取り組むべきかを考える。

自由民主主義的価値の失速

 従来、「自由民主主義」は、自由、公正、平等などの普遍的価値を標榜し、国家権力などの限られた人々ではなく人民による意思決定を尊重する価値概念として、世界の主流を占める地位にあった。ところが現在、この「自由民主主義」の価値が揺らいでいる。アメリカでは、トランプ政権下で「アメリカ・ファースト」に支持が集まり、国際社会全体の利益や秩序の維持より、狭義の国内の利益の保護へと関心が内向化している。その結果、アメリカは20世紀に確立した「国際社会のリーダー」としての地位を自ら放棄しようとしているように見える。この傾向は、アメリカの次期大統領がトランプ氏ではなくとも、変わらない可能性がある。英国は、これまで欧州が築きあげてきたEUという枠組みからの離脱を決め、コスモポリタンな性格を持つEUより、ナショナルアイデンティティを全面に出した「英国」という価値観を志向する決断をした。

 また西洋以外の地域では、西洋の自由民主主義的価値と相容れなかった権威主義的な国家が躍進し、このような国家の誕生や、権威主義的性格の強化を誰も止められなくなっている。近代以降、西洋社会が紆余曲折を経ながらも脈々と築き上げてきた自由民主主義が危機に瀕している。

ポピュリズム、排外主義の台頭

 また、エリート層が好む普遍的で規範的な価値観の擁護より、一般大衆に迎合的で、移民・難民[1]等に排他的で、また自らの直截的利益の保護を求める「ポピュリズム」が、欧州をはじめ世界各地で台頭し、社会の多数派層による少数派層の排斥が起こっている。

 ドイツでは、2018年10月、シリア、アフガニスタンなどのイスラム諸国からの難民や移民の受け入れを積極的に進めてきたメルケル首相が、受入に批判的な世論に押される形で、2021年の首相引退と与党キリスト教民主同盟(CDU)の党首選不出馬を表明した[2]。デンマークでは、2019年6月の総選挙で、移民流入抑制強化を掲げる社会民主党が過半数を取るなど、排外主義の傾向が顕著になっている[3]。この傾向は、スウェーデン、イタリア、オーストリア、オランダ、スイス等、欧州各国で拡散している。

 また、欧米やオーストラリアなど西洋諸国において、難民や移民等をターゲットとした極右テロが急増している。2018年の西洋諸国における極右テロの発生件数は、過去5年間で320%増加した[4]。西洋社会における排外主義は、より多くの支持を集めるとともに、先鋭化している。

 この傾向は、途上国においても広がっている。インドではヒンドゥー至上主義が勢力を増し、2019年12月には、イスラム教徒以外の移民に市民権を付与する市民権改正法(国籍法)が制定された[5]。また同法案の成立をめぐり民族的な緊張関係が高まっている。スリランカでは、2019年4月のイスラム過激派グループによるテロを契機として、多数派を構成する仏教徒によるイスラム教徒への排斥運動が激化している[6]。

背景にあるものは何か?

 なぜこのような状態になったのか?移民研究を専門にする政治学者、米サザンメソジスト大のジェームズ・ホリフィールド教授は、自由民主主義体制下で移民・難民に対する開放性が閉鎖性に変化するのは、自由民主主義が本質的に抱える命題であるとして、「リベラル・パラドックス」という用語で説明する[7]。「自由民主主義」を掲げ、人道主義などの普遍的価値を重視する欧米諸国は、その「リベラル性」ゆえに、これまで難民等を積極的に受け入れ、自国民と同等の権利や社会福祉サービスを提供してきた。一方、国民国家という概念の下、国家との社会契約関係にあった国民は、主権者たる自らの権利が軽視され、社会契約の当事者ではなかった難民等が優遇されているとして、「自国民ファースト」を訴え、難民や移民への排外主義を高めることとなるのである。

 この傾向に拍車をかけたのが、昨今の格差の拡大である。オックスファムによれば、世界で最も裕福な26人は、世界人口の半分に相当する約38億人の資産合計とほぼ同額の資産を保有している[8]。しかも、富裕層1900人の資産合計は2018年3月までの1年間で12%増加した一方、下位半分の資産合計は11%減少するなど、格差は拡大している。

 格差の拡大が、社会の分断を促進している。英国の著名なジャーナリストであるディビッド・グッドハートは、グローバル化が進み、社会の移動性が高まる現代で、「どこででも生きていける人々(“Anywhere”)」と、「どこかの社会に留まるしか生きていけない人々(”Somewhere”)」に、社会が分断されていると述べている[9]。グローバリズムの「敗者」となった人々は、自らのよりどころを求め、自己確認の手段としてナショナリズムを掲げ、「よそ者」を排斥する。一方、どの世界でも生きていけるグローバリズムの「勝者」は、ナショナルアイデンティティに拘泥するわけではない。ピュー・リサーチ・センターによれば、アメリカにおいて、リベラルな考え方、あるいは保守的な考え方のいずれかを支持する人が増え、両者の中間に位置する中道的な考え方を支持する人は減少している[10]。イギリスにおいても、高学歴の若い世代は、難民や移民に対し寛容である一方、高齢の低賃金労働者が非寛容となっている[11]。社会が「持てる者」と「持たざる者」に二分化される中で、ポピュリズムは、一般大衆によるエリート層や富裕層に対する抵抗運動として高揚しているのである。

 イスラム過激派などの暴力的過激主義が支持を集める背景も、現在の社会に対する不満と無縁ではない。国連開発計画(UNDP)によれば、自発的にテロリストグループに参画する人々の動機として、政府に対する不満が大きな要因となっている[12]。

 このような世界の現状を俯瞰すると、現在の難民等に対する排外主義の台頭は、「弱者による弱者への攻撃」が大衆化、先鋭化した現象と捉えることができる。

なぜ人々は取り残されるのか?

 2015年の国連サミットでは、「誰一人取り残さない」世界の実現を目指すことで加盟国間の合意が得られ、2030年までに世界が達成すべき目標として「持続可能な開発目標(SDGs)」[13]が定められた。ところが、2019年にフランス、チリ、エクアドル、ベネズエラ、エチオピアなど、世界各地で発生したデモ[14]は、格差・不平等や貧困などの課題に直面し、政府の対応に不満が募り、自身が社会の発展から「取り残されている」と感じる人々が世界中で増大していることを示唆している。

 しかも、人口知能(AI)、ブロックチェーンなどの新技術の導入やデジタルトランスフォーメーション(DX)による技術革新は、作業効率の改善や、財・サービスへのアクセス向上などにより、人々の生活を豊かにする可能性を持っている反面、従来人間が行ってきた労働をこれらの新技術が代替するため、大量の失業者を発生させる可能性がある。これらの新技術は、新しい価値体系の下では優れた特長を持つものの、従来の価値体系を破壊するという点で、まさに「破壊的技術(disruptive technology)[15]」である。

 19世紀の産業革命は、製造業を中心に単純労働者の雇用機会を機械が奪い、単純労働の領域に大きな質的転換を迫るものであったが、現在の技術革新は、製造業の単純労働だけでなく、サービス業や知的労働分野にも大きな構造変革を迫るものである。新技術の使用者である資本家にとっては、財・サービスの生産過程における中間コストを削減し、安価で良質の財・サービスを効率的に消費者に届けることで、利潤の最大化をもたらすことが期待される。また情報やサービスの集積効果により、GAFA[16]のような巨大IT系企業へのビジネスの集積、寡占化が促進される。一方、労働者にとっては、新しい産業構造にマッチした労働が提供できなければ、雇用機会からあぶれ、社会から取り残されることになる。その結果、より大きな利潤を獲得する巨大資本家とそうではない者との格差は、さらに拡大するおそれがある。

 難民、国内避難民[17]など、住むところを追われた人は、近年増加の一途をたどり、2018年には第二次世界大戦以降最大の7080万人に達した[18]。また、多くの難民、国内避難民、移民は、受入先で排斥され、行き場を失っている[19]。

 インフラの高度化は、人の移動性を高め、今後も世界全体で人の移動を抑制することはできないであろう。すなわち、多種多様な人々が入り混じって生活する状態は今後も増えていくことが予想される。

国際社会と日本は何をなすべきか?

 「自由民主主義」は本来、専制制度に対置し、民意を反映し、弱者を救済し、そして社会正義を実現する概念であった。しかし自由を追求する一方で、弱者を救済する側面が弱まったことが、自由民主主義が混迷を深めた原因と考えられる。排外主義を抑止するには、まずは「内なる弱者」の救済が不可欠である。そのためには、国内経済・社会の視点からは、累進課税強化などの貧富の格差の拡大の縮小と富の再配分、そして脆弱層や社会的マイナリティの救済が必要だ。

 一方で、グローバル化された経済に生きる我々には、これらの課題を国際社会全体で考える視点が重要となる。例えば、多国籍企業の租税回避地(タックス・ヘイブン)[20]への財の移転による課税逃れを防ぐ、新しい国際課税制度の構築などは、国内の富の再配分などの施策の前提となる。

 なにより国際社会が取り組むべきは、先進国と開発途上国の開発格差の是正、とりわけ国民に対し公正で十分なサービスを提供できない「脆弱国」や「紛争国」に対する支援の強化である。例えば、経済協力開発機構(OECD)では開発援助委員会(DAC)の下に、脆弱国と紛争問題への対応を取り扱う「紛争と脆弱国際ネットワーク(INCAF)」という下部組織を設け、紛争や脆弱性を有する国への支援の強化について検討している[21]。世界銀行では、2030年までに絶対貧困の状態にある人々の46%が、「脆弱性」、「紛争」、「暴力」に苦しむ国々に集中するとして、脆弱国や紛争国等への対応を強化している[22]。日本も、このような世界の潮流に呼応し、脆弱国や紛争国に対する支援を強化していくべきなのである。

(2020/3/4)

脚注

  1. 1 「難民」は、1951年に定められた「難民の地位に関する条約」では、「人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人々と定義され、経済的理由等で他国に住む「移民」とは区別される。また「難民の地位に関する条約」の批准国は、難民の入国を拒否したり、他の場所に追放、送還することが禁じられている(ノン・ルフ―ルマン原則)、UNHCR,「難民とは?」
  2. 2 「メルケル氏が党首退任へ、首相続投も求心力の低下必至」、『日本経済新聞』、2018年10月29日。
  3. 3 花田吉隆、「デンマーク総選挙が物語る欧州政治の「末路」」、『論座』、朝日新聞社、2019年6月14日。
  4. 4 Institute for Economics & Peace, “Global Terrorism Index 2019”、November 2019, p44.
  5. 5 磯崎静香、「市民権法改正めぐりインド各地で抗議活動、デリーでは交通規制も」、JETRO,『ビジネス短信』、2019年12月26日。
  6. 6 高野裕介、染田屋竜太、「イスラム教徒に嫌がらせ相次ぐ スリランカで感じた緊張」、『朝日新聞』、2019年4月28日。
  7. 7 Hollifield, James F., “The Emerging Migration State,” International Migration Review, Volume 38, Issue 3, pp885-912, 23 February, 2006, ホリフィールドは、リベラル・パラドックスを、市場と政府の相互作用の観点でも説明している。自由主義体制下で、市場原理により労働力の流入が進むが、その結果、行き過ぎた開放政策を抑制するため政府による介入により市場の開放性が抑制される。
    Hollfield, James F., et al., “Liberal Paradox: Imigrants, Markets and Rights in the United States, The”, SMU Law Review, Volume 61, Issue 1, pp67-98, 2008.
  8. 8 Gro Harlem Brundtland,“Public Good or Private Wealth?,” Oxfam, January 21, 2019, p.6.
  9. 9 Goodhart, David, “The Road to Somewhere: The Populist Revolt and the Future of Politics” C. Hurst, 2017, pp.3-6.
  10. 10 Pew Research Center, “Political Polarization in the American Public,” Pew Research Center, June 12, 2014.
  11. 11 水島治郎、『ポピュリズムとは何か: 民主主義の敵か、改革の希望か』、中央公論新書、 2016年、pp.173-176.
  12. 12 UNDP, “Journey to Extremism in Africa”, 2017, p73.
  13. 13 2015年9月の国連サミットでは、2030年までに世界が取り組むべき課題として「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択された。このアジェンダの具体的な行動計画として「持続可能な開発目標(SDGs)」が定められた。SDGsは、17の目標と169のターゲットで構成され、「誰一人取り残さない(leave no one behind)」社会の実現を目指している。
  14. 14 中西寛、「世界に拡散する反格差デモ 日本にも「怒り」潜在」、『時代の風』、毎日新聞、2019年11月3日。
  15. 15 「破壊的技術」は、インベーション研究の第一人者である、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が同スクールのジョセフ・ボーワー教授との共著で提唱したものである。
    Bower, Joseph L. and Clayton M. Christensen, "Disruptive Technologies: Catching the Wave" Harvard Business Review, January-February 1995.
  16. 16 コンピュータやソフトウェアなどのIT技術を活用して急成長を遂げるGoogle、Amazon、Facebook、Appleの4企業を指す。Googleの元CEOで、Googleの持ち株会社であるAlphabet取締役兼顧問のエリック・シュミットらが提唱。これら4企業にMicrosoftを加え、GAFAMと呼ばれることもある。
  17. 17 「国内避難民(Internally Displaced Persons: IDPs)」は、「内戦や暴力行為、深刻な人権侵害や、自然もしくは人為的災害などによって家を追われ、自国内での生活を余儀なくされている人々」のことである。かつて住んでいたところでの生活ができなくなり避難を余儀なくされている点では、国内避難民は、難民と同様の性格を有するが、難民は自国の国境を越えた人々であり、国内避難民は国境まで到達しえなかった人々と捉えることができる。国内避難民は、自国内に留まるため、実態を把握することが難しく、国際社会の保護や支援が行き届かないことが多い。
    UNOCHA(国際連合人道問題調整事務所)、「国内避難民」。
  18. 18 UNHCR, “Global Trends - Forced Displacement in 2018,” June 2019, p4.
  19. 19 イタリア政府は、2018年6月、リビア沿岸で救助された「移民」629人が乗るアクアリウス号の寄港と難民受け入れを拒否した。なお、この「移民」の中には、難民認定される可能性がある人々が含まれていたとされている。
    「伊内相、移民救助船の寄港を拒否629人が乗船」、BBC(日本語版)、2018年6月11日
    “Italy's Matteo Salvini shuts ports to migrant rescue ship,” BBC, June 11, 2018
    ドイツ東部のケムニッツでは、2018年9月、移民によるドイツ人殺害事件に端を発した反移民デモが発生し、極右グループのみならず、右派の「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持者ら、延べ8000人が参加した。
    「ドイツ東部で極右デモ激化 移民めぐる緊張浮き彫り メルケル首相決断から3年」、『産経新聞』、2018年9月2日。
  20. 20 租税回避地(タックス・ヘイブン(Tax Haven))とは、課税が著しく軽減、あるいは完全に免除される国・地域のこと。OECDは、タックス・ヘイブンを「課税が低い、もしくは課税がない国で、高い税金が課せられる国での課税を回避するため企業により利用される国」と定め、「①課税がない、あるいは名目的な課税しかなされていない、②有効な情報の交換が行われていない、③法制度もしくは行政運営の点で透明性が欠如している」との特徴がある、としている。
    OECD, “Glossary of Tax Terms,”
  21. 21 外務省、「OECD開発援助委員会(DAC:Development Assistance Committee)」、2019年6月10日。
  22. 22 World Bank, “Fragility, Conflict & Violence,” October 10, 2019.