はじめに
世界各地で武力衝突が進行する中、米国内において対外政策、特に対中政策の優先順位と資源配分をめぐる意見対立が顕在化している。
バイデン政権は、中国が武力による台湾統一を念頭にウクライナ戦争の展開を注視していると認識し、中国に対して誤ったシグナルを送らないためにも、ウクライナ戦争への強固な対応が必要であると主張してきた。一方トランプ陣営は、米国によるウクライナ支援に懐疑的な立場を示し、欧州の同盟国がより主導的な役割を果たすよう求めつつ、中国との対立・競争に焦点を当てている。
ただし、トランプ陣営内も、中国との対立のいずれの側面に注力すべきかについての意見は必ずしも一致しているわけではないようだ[1]。そこで本稿は、特に頭角を現している「プライオリタイザー派(Prioritizers)」と呼ばれる人々とトランプ候補の対中政策議論・主張の相違について検討する[2]。
「プライオリタイザー派」の主張とは?
「プライオリタイザー派」は、中国との対立の軍事的側面に注目し、欧州や中東ではなく、アジア・中国を最優先課題とすべきだと主張している。彼らの多くは、ウクライナ支援に懐疑的な立場を示し、こうした他戦域への関与が、中国による台湾侵攻を抑止するための米国の能力や態勢を弱体化させていると批判している。そして欧州の同盟国により主導的な役割を果たすよう求めることで、米国はリソースをアジア・中国へ振り向けるべきだと主張している。「プライオリタイザー派」には、議員としてはJ.D.ヴァンス上院議員やジョシュ・ホーリー上院議員[3]、政策アドバイザーとしてはエルブリッジ・コルビー前国防次官補代理やアレックス・ヴェレズ・グリーン、ヘリテージ財団上級政策アドバイザーらが含まれる[4]。
例えば、副大統領候補に指名されたヴァンス氏は、「ウクライナでの戦争、イスラエルでの戦争、そして中国が台湾を侵略した場合に起こりうる東アジアでの戦争を支える産業能力は私たちにはない。故に米国は取捨選択をしなければならない」と述べ、産業能力の限界を指摘し、対外政策の的を絞るべきだと主張している。そして、「中国は、米国が欧州において胸を張って強硬な態度を取ることで思いとどまるのか」「それとも米国が台湾侵攻を阻止するために必要な武器を持つことで思いとどまるのか」という二項を示した上で、後者の「米国が実際にどれだけ強いか」が重要だと論じている。さらに、「欧州諸国が自らの防衛に積極的に取り組み、より多くの責任を負う意思があれば、プーチン大統領に対処することが可能であり、米国は中国に集中できる」と主張している[5]。
また「プライオリタイザー派」の代表格とされるコルビー氏も、米国が「ウクライナに過剰に集中しすぎている」ことを批判し、「中国の主な判断基準は、台湾をめぐる軍事力のバランスと、米国政府と国民がこの特定の紛争(台湾有事)に対してどれだけ強い決意を持っているか」であると断じている[6]。そして欧州の安全保障については「欧州(の同盟国)が主導的な役割を担うよう、さらに圧力をかけ」[7]、米国は「欧州よりも中国を優先すべきである」と主張している[8]。
「プライオリタイザー派」の主張は、米国のリソースが限られる中で、中国を優先(prioritize)すべきだという点で一致しているが、どの程度軍事的側面を強調するかについては若干の濃淡がある。例えば、コルビー氏は「プライオリタイザー派」の中でも、中国との軍事的対立を特に強調している。彼は、「中国がアジアにおける覇権を確立するのを防ぐことが、米国の外交政策の優先事項でなければならない」とし[9]、「中国との戦争が起こる可能性は非常に高い…それを避けるために、我々の軍事資源をアジアに集中させるべきだ」と繰り返し主張している[10]。一方、他の「プライオリタイザー派」の人々の関心は必ずしも中国との軍事的対立のみに注がれているわけではない。例えば、ヴァンス氏は米国内の製造業や中流階級の雇用が、安価な中国製品や外国人労働者の影響で打撃を受けているとして[11]、中国との対立の経済・社会的な側面についても同様に注視している。
トランプ候補の主張
トランプ候補自身は、欧州における米国の関与に疑義を呈し、欧州の同盟国に負担の分担を強く求めつつも、「プライオリタイザー派」のように、そのリソースを中国との軍事的対立に振り向けるべきだとする議論を明確に展開しているわけではない。むしろ中国との対立の経済・社会的側面に焦点を当て、国内問題としての中国を強調する傾向にある。例えば、トランプ候補が政策目標として掲げた「Agenda 47」、共和党として掲げた「共和党政策綱領」、各州での演説やインタビューにおいても、中国との「不公平(unfair)な貿易から米国の労働者と農民たちを守る」ことや「中国から経済的自立を取り戻す」ことが主要な課題として強調されている[12]。
加えて、中国との対立の軍事的側面、特に台湾に関するトランプ候補自身の認識と主張は限定的で曖昧である[13]。たしかにロシアによるウクライナ侵攻直後は、「次は台湾だ」と警戒を呼びかけていた[14]。しかし現在は、米国よりも中国の方が圧倒的に台湾に地理的に近接しており、中国は台湾を砲撃することができるにも拘わらず、「彼らはそれをしたくない。なぜなら全ての半導体工場を失いたくないからだ」、と中国の武力による台湾統一についてやや控えめな見立てを示している[15]。
また、台湾有事への米国の軍事的関与についても、トランプ候補は意図的に曖昧さを残し続けている。バイデン大統領は、「一つの中国」政策を維持していることを強調しつつ、「中国が台湾を武力で支配する権限を持っていることを意味するものではない」[16]、「米軍の武力行使の可能性は排除していない」等[17]、中国が台湾を侵攻した場合、米国は軍事的に関与する可能性があると度々言及してきた。一方、トランプ候補は「もし私が大統領の立場にあったなら、私が考えていることを言いたくない。その質問に答えれば、非常に悪い交渉上の立場に立たされることになる」[18]、「全ての選択肢を明かしてしまうことになる」と述べ[19]、意図的に明言することを避けてきた[20]。
さらに、トランプ候補が抱く「不公平感」は中国のみならず同盟国やパートナーに対しても向けられてきたが、これは台湾についても例外でないことが示された。トランプ候補は「台湾は防衛費を我々に支払うべきだ。我々は保険会社と何ら変わらない。台湾は我々に何も与えていない。」「彼らは非常に裕福だ。我々は保険政策と何ら変わらない。なぜか。なぜ我々はこれをやっているのか」と安全保障をめぐる不公平感に関する不満を露わにしている[21]。また、経済をめぐる不公平感についても、「彼らは我々の半導体産業の約100%を奪った」[22]、「台湾が我々のビジネスを奪った。止めるべきだった。課税すべきだった。関税を課すべきだった」と述べている[23]。
「プライオリタイザー派」とトランプ候補の共通点と相違点
このように、「プライオリタイザー派」もトランプ候補も、米国の欧州等への関与に懐疑的であり、欧州の同盟国に対して主導的な役割を果たすよう求めている点では一致している。特に、ヴァンス氏が副大統領候補に指名されたことは、「プライオリタイザー派」の主張とトランプ候補の抱く「不公平感」とが共鳴し、欧州への米国の関与が相対的に低下する可能性が高いことを示唆していると言える。
しかし、中国との対立における軍事的側面については、両者のスタンスに差異が見られる。「プライオリタイザー派」は、中国との軍事的対立、特に台湾侵攻の可能性を念頭に、欧州や中東に割いている米国のリソースをアジアに集中させ、防衛態勢を盤石なものにすべきだと主張している。一方で、トランプ候補自身は中国との対立の経済・社会的側面に重点を置くことで中国を国内問題化させており、中国の軍事的な意図や米国の軍事的な関与については、限定的で曖昧さの残る発言を繰り返している。
さらに、「プライオリタイザー派」とトランプ候補は、両者ともにアジアの同盟国やパートナーに対しても防衛努力を拡充するように求めているが、その根本的な問題意識は異なる。例えば、コルビー氏は日本や台湾に対して防衛費の増額等を強く求めているが、これはトランプ候補のような「不公平感」に基づくものではなく、中国という「深刻で致命的で差し迫った脅威」を抑止するために必要な努力を促すことを目的としている[24]。
こうした中国との軍事的対立や同盟国やパートナーへのアプローチに関する認識や主張の違いがどのように調整されるか、トランプ陣営の人事の行方に注目したい。
むすび
トランプ陣営が掲げる対外・対中政策の成否は、世界における平和の確保という責務を同盟国と効果的に分担できるか、あるいはその負担をどこまで同盟国に転嫁できるかにかかっている。ただし米国が欧州の同盟国に対して「不公平感」に関する不満を示す形で負担の分担・転嫁を求めれば、核保有国であるロシアとの戦争が進行する最中、米欧間に不必要な緊張を生じさせるリスクがある。さらに他の地域の同盟国が、これを同盟関係への米国のコミットメントの揺らぎと看做した場合、長期的に見れば皮肉にも米国が持つ同盟国に対する影響力や同盟網という強みが失われかねない。
また仮に、トランプ候補が再び大統領に就任し、「プライオリタイザー派」の政策方針が採用され、アジア・中国が最優先課題となった場合、一見すると中国と対峙するアジアの同盟国にとっては都合が良いように思えるかもしれない。ただし、米国がアジア・中国を最優先課題とすることは、負担と責任の分担をアジアの同盟国に求めないということではない。むしろトランプ候補が持つ「不公平感」と相まって、最優先課題について協働するパートナーとして、同盟国が自身の安全保障に第一義的な責任を負うべきだとする考え方が一層強調されることになる可能性が高い[25]。
本稿で論じたような、アジア・中国を優先すべきか否か、中国を抑止するために世界への関与の意思を示すべきか、それともアジアにおける防衛態勢を強化すべきかといった米国内の政策議論の帰趨は、今後の米国の対外・対中政策全体、ひいては国際社会における米国のリーダーシップの将来を決定づけることになるだろう。
各地で武力衝突が進行する中、自らの能力に疑問を持ち始めた米国は、同盟国に対して補完的な役割を果たすというフォロワーシップのみならず、地域秩序の維持・増進に向けた主体的な役割を求めている。地域の安全保障に対する同盟国のオーナーシップが今、試されている。
(2024/10/23)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Trump 2.0 Administration’s Diplomatic and Security Policies: The Rise of the “Prioritizers”?
脚注
- 1 対中政策を巡るトランプ候補と「プライオリタイザー派」の主張に差があることについては、次の論考も指摘しているAlex J. Rouhandeh, “Meet the Republican Millennials Warring for Trump’s Mind,” Newsweek, July 17, 2024; Alex Velez-Green, “The Rise of Republican National Security Prioritizers,” The Heritage Foundation, September 28, 2023; Peter Rough, “Gradually, Then Suddenly,” Konrad-Adenauer-Stiftung, April 2, 2024; Majda Ruge, “China, Trade, and Security: What a Trump-Vance Administration Would Mean for Europe,” European Council on Foreign Relations, July 19, 2024.
- 2 Majda Ruge and Jeremy Shapiro, “Polarised Power: The Three Republican ‘Tribes’ That Could Define America’s Relationship with the World,” European Council on Foreign Relations, November 17, 2022; Rouhandeh, “Meet the Republican Millennials Warring for Trump’s Mind.”
- 3 Josh Hawley, “China and Ukraine: A Time for Truth,” The Heritage Foundation, February 16, 2023; Josh Hawley, Letter to Secretary of Defense Lloyd Austin, July 10, 2024; その他、以下の共和党議員がプライオリタイザー派とされている。ジム・バンクス(インディアナ州)、コリー・ミルズ(フロリダ州)、イーライ・クレイン(アリゾナ州)、ウェズリー・ハント(テキサス州)、デリック・ヴァン・オーデン(ウィスコンシン州)、アンナ・パウリナ・ルナ(フロリダ州)、エリック・シュミット(ミズーリ州)、ロジャー・マーシャル(カンザス州)、ケイティ・ブリット(アラバマ州)、トム・コットン(アーカンソー州)、マークウェイン・マリン(オクラホマ州)Ian Ward, “The Republican Ukraine Skeptics Who Saw War Firsthand,” POLITICO, July 4, 2024; Rouhandeh, “Meet the Republican Millennials Warring for Trump’s Mind.”
- 4 Freddie Sayers, “Elbridge Colby: China Is More Dangerous than Russia Donald Trump’s Foreign Policy Advisor Warns of a New Cold War,” UnHerd, April 1, 2023; Alex Velez-Green and Robert Peters, “The Prioritization Imperative: A Strategy to Defend America’s Interests in a More Dangerous World,” The Heritage Foundation, August 1, 2024.
- 5 J.D. Vance, “Senator Vance: Europe Has to Step Up, America Needs to Focus on China,” Office of Senator JD Vance, April 28, 2024.
- 6 Sayers, “Elbridge Colby.”
- 7 Ibid.
- 8 Elbridge Colby, “America Must Face Reality and Prioritize China over Europe,” Financial Times, May 23, 2024.
- 9 Elbridge Colby, “China, Not Russia, Still Poses the Greatest Challenge to U.S. Security,” The National Interest, July 1, 2022.
- 10 例えば、Elbridge Colby (@ElbridgeColby), “A war with China is very possible, God forbid. Taiwan would be its likely focal point. To avoid it, we should focus our own military resources on Asia and strongly press Taiwan to increase defense spending…,” X, August 21, 2024, 9:38 p.m
- 11 Lin Yang, “Vice Presidential Nominee Vance Calls China ‘Biggest Threat to Our Country,’” Voice of America, July 16, 2024; J.D. Vance, “Address Accepting the Vice Presidential Nomination at the Republican National Convention in Milwaukee, Wisconsin,” The American Presidency Project, July 17, 2024.
- 12 “Agenda47: President Trump’s New Trade Plan to Protect American Workers,” February 27, 2023; “2024 GOP Platform: Make America Great Again!” July 8, 2024.
- 13 同様の考察を示している他の主要な論考としては次を参照Ben Scott, “Don’t Expect Trump 2.0 to Be So Tough on China,” Lowy Institute, July 24, 2024.
- 14 Stephanie Giang-Paunon, “As Russia-Ukraine War Rages, Trump Says ‘Taiwan is Next’ for a Potential Invasion,” Fox Business, March 2, 2022.
- 15 “The Donald Trump Interview Transcript,” Bloomberg Businessweek, July 16, 2024.
- 16 “Remarks by President Biden and Prime Minister Kishida Fumio of Japan in Joint Press Conference,” The White House, May 23, 2022.
- 17 “Read the Full Transcript of President Joe Biden’s Interview with TIME,” TIME, June 4, 2024.
- 18 “Trump Says Taiwan ‘Took Our Business Away,’” MSNBC, July 17, 2023.
- 19 “Trump ‘Won’t Say’ If He Would Provide Military Support to Taiwan against an Invasion from China,” NBC News, September 17, 2023.
- 20 トランプ候補が大統領職に在任していた期間中は米国が掲げる「一つの中国」政策について混乱も生じていた。
- 21 “Businessweek The Donald Trump Interview Transcript,” Bloomberg, June 16, 2024.
- 22 Ibid.
- 23 “Trump Says Taiwan ‘Took Our Business Away,’” MSNBC at YouTube video, July 17, 2023.
- 24 Ken Moriyasu, “Japan Should Triple Defense Budget ‘Immediately’: Elbridge Colby,” Nikkei Asia, August 4, 2022; Elbridge Colby, “Taiwan Must Get Serious on Defense,” Taipei Times, May 11, 2024.
- 25 同盟国が自身の安全保障に第一義的な責任を負うべきだとする考え方は、コルビー氏やグリーン氏等によって示されているVelez-Green and Peters, “The Prioritization Imperative”; Moriyasu, “Japan Should Triple Defense Budget ‘Immediately’”; Elbridge Colby, “Taiwan Must Get Serious on Defense.”