インド太平洋地域で、外国からの影響工作の脅威がじわりと広がりつつある。欧米諸国では2015年頃から、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上での選挙を標的としたロシアによる影響工作が指摘されてきたが[1]、インド太平洋地域でも、2020年代に入り選挙を標的とした中国による影響工作が観測されるようになってきた。日本でも、2025年の参議院議員選挙および2026年の衆議院議員選挙で、外国からの影響工作がデジタル空間で行われたと指摘されている[2]。

日本における選挙を標的とした外国からの影響工作
2025年7月に行われた参議院議員選挙では、選挙期間中に当時の石破政権批判や「日本人ファースト」に言及するXの投稿が不自然に急増した。そのため、投票日には外国からの影響工作を指摘する報道も出た[3]。
筆者が米国メルトウォーター社のSNSのデータベースを用いて分析したところ、「石破首相」に言及したネガティブ(否定的)な投稿内容を持つ批判的投稿は、選挙前の半年間が1日平均で5万件程度であったのに対して、選挙期間に入ると1日平均15万件と急増した。また、「日本人ファースト」に言及する投稿が、選挙期間に不自然に増加し、選挙前の6月上旬まで1日数千件であった投稿数は、選挙期間中に1日20万件を超え、20倍以上に増加した。「石破首相」を批判するインフルエンサーの投稿に対するリポスト(再投稿)をサンプル的に抽出して分析したところ、インフルエンサーの投稿をボット(自動化されたプログラム)とみられるアカウント群がリポストする事象を観測した。この現地インフルエンサーの投稿をこのようなボットをもちいたアカウント群で増幅するやり方は、ヨーロッパ諸国において行われているロシアからの影響工作の手法としても指摘されており[4]、筆者は、これらの一連の不自然なSNS上のトレンドの形成は、ロシアによる影響工作の結果と推定している。
さらに、2026年2月の衆議院議員選挙でも、選挙を標的とした中国の影響工作とみられるSNS上での偽情報の流布を観測した。ミーム(伝播しやすく描かれたポンチ絵)を用いて「高市首相は軍国主義者」「台湾有事に日本は勝てない」などのイメージを有権者に植え付ける不自然なポストが、X上で組織的に投稿されていた[5]。
これらの投稿を行っていたアカウント群は、高市首相が解散を与党幹部に伝えたとの報道直後の1月中旬から投稿を始めており、増幅用のボットアカウントの一部は、同時期に作成されていた。また、日本人を装って投稿を行っていたアカウントも、表示名を中国語名や英語名から急遽日本人名に変更した形跡が残っており、急な解散によって急ごしらえで影響工作を行った様子が見て取れた。また、これらのアカウント群は、投票日直後に一斉に削除され、影響工作の証拠隠滅が図られた様子も観測している[6]。
投稿の日本語文に簡体字(中国語)が残り、ミームの画像の一部は中国系メディアで使われているものとの類似性があり、投稿文のナラティブも中国政府の主張に沿ったものであることから、中国による影響工作が行われたと筆者は分析している。
これまで、日本のデジタル空間は、ネイティブ以外が自然な日本語でSNSに投稿することが難しく、日本語という「言語の壁」に守られてきた。そのため、外国からの影響工作を受けにくい構造にあった。しかし昨今の生成AIの発達によって、Xのポストのような口語体の文章でも自然な翻訳ができるようになり、日本語ができない外国の工作員でも、SNSに日本語で投稿することが不可能ではなくなった。ついに日本も、影響工作に警戒しなければならない時代に入ったと言えよう。

インド太平洋地域における中国からの影響工作
インド太平洋地域では、中国と対立関係にある台湾や英語圏のアメリカ、オーストラリアで中国の影響工作が以前から指摘されてきたが、それ以外の地域でも影響工作がみられるようになった。
台湾では、2016年の総統選挙や2018年の統一地方選挙で中国によるとみられる偽情報の流布が行われ、中国の影響工作が行われたことが指摘されている[7]。2024年の総統選挙でも、中国と距離を置く民進党関係者をめぐる偽情報の流布が行われた[8]。
アメリカでは、トランプ大統領が、2026年7月16日の会見で2020年の大統領選挙を標的とした中国の影響工作に言及したが[9]、同日公開された米国政府の情報機関の文書では、トランプ政権への世論評価の毀損や米国政府の国際的評価を揺さぶる目的で、中国が2020年の大統領選挙前に影響工作を行ったことが指摘されている[10]。
また、オーストラリアでは、中国が2010年代半ばから政界に対して物理的な影響工作を行ってきたが[11]、2025年の総選挙では、デジタル空間でも偽情報を拡散して、選挙結果に影響を与えようとしたことが指摘されている[12]。
最近になり、中国の影響工作対象は他のインド太平洋の国々にも広がりつつある。南シナ海の領有権問題で中国と対立しているフィリピンでは、2024年のフィリピン沿岸警備隊と中国海警の衝突直後に領有権に関する偽情報がSNSで流され[13]、中国の影響工作の対象となっていたが、2025年の中間選挙・地方選挙で中国が支援するグループが影響工作を行ったとの指摘がフィリピンの安全保障当局からなされ、マルコス大統領が調査を命じることとなった[14]。2028年の大統領選挙で、親中派の候補を当選させるために、中国が影響工作を強化するのではないかとの警戒感が、フィリピンでは広がっている[15]。
また、中国が影響力拡大を意図している南太平洋島嶼国でも、中国の影響工作が目立つようになっている。例えば、ソロモン諸島では、2024年の総選挙で、「アメリカがソロモンの総選挙に介入している」との偽情報が拡散されたが、2023年頃から「アメリカが親中派の首相を暗殺しようとしている」との怪情報がたびたび流され、ソロモンの世論を反米に傾かせるような影響工作が行われたと指摘されている[16]。
影響工作増加の背景にある技術革新
これまで、日本や南太平洋諸国などの話者の少ないマイナー言語のデジタル空間は、ネイティブ以外の人が自然な言葉でSNSに投稿することが難しく、言語の壁に守られてきた。しかし、昨今の生成AIの発達によって、口語体の文章でも自然な翻訳ができるようになり、現地語ができなくても影響工作を行うことが不可能ではなくなっている。また、これまでは人力で行っていたSNSへの投稿も、生成AIでボットアカウントを運用して大量に投稿・拡散することが可能となった。このような技術革新を背景として、インド太平洋地域のみならず世界各地の、英語やフランス語などのメジャー言語以外のデジタル空間でも、外国からの影響工作の脅威が高まっている。
さらに、投稿される偽画像や偽映像、偽音声などのコンテンツも生成AIでの作成が行われるようになっている。生成AI大手のOpenAIは、たびたび中国やロシアの影響工作主体による自社のAIの悪用に関する報告書を公表しており、反ウクライナの偽情報を流布している「Doppelganger」作戦や中国の公安部と指摘されている「Spamouflage」作戦が、OpenAIの生成AIを用いてコンテンツを作成していると指摘している[17]。2026年2月に公表されたレポートでは、中国の法執行機関関係者が、日本の高市首相に関するAIコンテンツをChatGPTを用いて作成し、国際的な影響工作を行っていたと指摘している[18]。
デジタル空間における外国からの影響工作への対処は、自国の民主主義を守るために重大な安全保障問題となっており、自国の言語空間での状況把握、ファクトチェック体制の整備、自国民のリテラシー向上が基本的な施策となるが、これだけでは不十分である。攻撃側が利用しているSNS上のアカウント群の凍結など、主に米国のSNSプラットフォーム事業者の協力も不可欠である。影響工作の対象とされている国々が、連携して声を上げ、影響工作に反対する国際世論を形成した上で、米国のSNSを運営するビッグテックに対処の働きかけをすることが必要である。

(2026/08/27)
脚注
- 1 たとえば、2016年のアメリカ大統領選を対象とした調査がある。U.S. House Permanent Select Committee on Intelligence, “Report on Russian Active Measures,” March 22, 2018.
- 2 「ロシアがSNSで選挙介入? 広がる懸念、専門家や政府の見解は」『朝日新聞』2025年7月19日。
- 3 「官房副長官「我が国も影響工作の対象に」 SNSに外国介入? 懸念増」『毎日新聞』2025年7月20日。
- 4 George Robakidze, “Russian Foreign Information Manipulation and Interference (FIMI) Operations across the EU’s Eastern Neighborhood,” EU Awareness Center, June 18, 2026.
- 5 内容の詳細は、笹川平和財団「サイバーセキュリティセミナー:外国からの影響工作と選挙―衆院選を振り返る―」2026年3月13日で発表している。セミナーでの議論は、「サイバーセキュリティセミナー:外国からの影響工作と選挙―衆院選を振り返る―」笹川平和財団(YouTube)、2026年3月29日から視聴できる。
- 6 上記のセミナー参照。
- 7 Joshua Kurlantzick, “How China Is Interfering in Taiwan’s Election,” CFR Report, November 7, 2019.
- 8 李惟平「恐戰焦慮-2024總統大選期間的台海危機不實敘事」台湾事實査核中心『研究與動態』2024年1月4日。
- 9 Nandita Bose and Joseph Ax, “Trump accuses China of 2020 election interference, contradicting US intel,” Reuters, July 17, 2026; トランプの演説は“President Trump Address,” The White House, July 16, 2026を参照のこと。
- 10 2026年7月16日にホワイトハウスからトランプ演説と同時に公表された下記のインテリジェンス文書群を参照。 特にSummary-clean-declass marked PART 1. pdfを参照のこと。
- 11 Clive Hamilton, Silent Invasion: China's Influence in Australia, Hardie Grant Books, 2018. pp.47-54, pp.92-98, pp.120-128参照。
- 12 Echo Hui, “Chinese social media platform RedNote fuels misinformation concerns in Australian election,” ABC News, March 20, 2025.
- 13 “Chinese Influence Operation against Philippines: a Report,” Medium, June 14, 2024.
- 14 “Philippine president orders probe into alleged foreign interference in elections,” Reuters, April 26, 2025.
- 15 Michael Delizo, “China info manipulation may expand closer to 2028 polls: officials,” ABS-CBN News, February 20, 2026.
- 16 Albert Zhang and Adam Ziogas, “Russia and China co-ordinate on disinformation in Solomon Islands elections,” ASPI, May 2, 2024.
- 17 “AI and Covert Influence Operations: Latest Trends,” OpenAI, May 2024.
- 18 “Disrupting malicious uses of our models,” OpenAI, February 2026.
