インド太平洋地域のディスインフォメーション研究シリーズ掲載のお知らせ

 この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では、笹川平和財団プロジェクト「インド太平洋地域の偽情報研究会」(2021年度~)において同地域のディスインフォメーション情勢について進めてきた調査研究と議論の成果を「インド太平洋地域のディスインフォメーション研究シリーズ」として連載いたします。IINA読者のご理解のお役にたてば幸甚です。


はじめに

 最近では、ロシアによるウクライナ侵攻が長期化し、米国と中国の緊張関係も高まる中で、サイバー空間を介したディスインフォメーション(偽情報)の発信・拡散やプロパガンダ(政治宣伝)が広がり、その対策のあり方について国際的に議論が活発になっている。本稿では、インド太平洋地域における国境を越えるディスインフォメーションの流通に関する問題を概観するとともに、米国政府及びプラットフォーム事業者による対策を検討する。このことを通じて、インターネット上でのディスインフォメーションの流通及びその対策から派生し得る表現の自由や民主主義にかかわる問題を示すことにしたい。

インド太平洋地域におけるディスインフォメーションの流通とその影響

 欧米では、ディスインフォメーションの流通により、①選挙の候補者に関する不正確な情報が流布されるなどして有権者の理性的な判断が妨げられることで民主政治が歪められたり政治的分断が深まるおそれ、②メディアの発信する情報への信頼が失われるおそれ、③外国政府が誤った情報を自国民に流布することで民主主義と安全保障が毀損されるおそれなどが懸念されてきた[1]。

 インド太平洋地域においても、サイバー空間を介したディスインフォメーションの流通やプロパガンダの拡散が懸念されている。例えば、本年10月には、Google系列のセキュリティ企業が報告書を公表し、中国政府を支持する勢力が、インターネット上の複数のプラットフォームにおいて、多数のアカウントを用いて、米国の中間選挙への棄権を促したり、米国と同盟国の分断や米国内の分断を促す情報を拡散していると指摘している。もっとも、報告書によれば、その影響は、今のところ限定的なものに留まっている[2]。

米国政府による対策

 国外からのディスインフォメーションやプロパガンダに対抗するために、米国政府は安全保障や民主主義の維持の観点から対策を強化している。米国では国外からのディスインフォメーションによる影響について、調査・分析が行われてきた。例えば、2016年の大統領選挙にロシアが米国の有権者向けにディスインフォメーションを拡散するなどして干渉した疑惑が浮上し、捜査機関・情報機関により調査が行われた。2019年、司法省が報告書を提出し、多数の証拠に基づいてロシアがソーシャルメディア上でキャンペーンを展開するなどして大統領選挙に広範かつ体系的に干渉したことを明らかにした[3]。

 このように外国からの選挙介入のリスクが顕在化する中、2018年、トランプ大統領は、外国勢力の有しているプロパガンダやディスインフォメーションの秘密裏の頒布を通じて米国の選挙に干渉し米国民の選挙に対する信頼を毀損する能力が、米国の国家安全保及び外交政策にとって並外れた脅威となっているとの認識を踏まえ、大統領令を発し、国家緊急事態を宣言した。大統領令では、関係する連邦政府機関に対し、連邦の公職者の選挙終了後45日以内に選挙への外国勢力の干渉に関する情報を評価した上で、その評価と裏付け情報を受領してから45日以内に報告書を大統領らに提出し、干渉に携わった者などに経済制裁を課すことを命じている[4]。本年9月に、バイデン大統領は、中間選挙への外国勢力の介入のリスクも念頭に、2018年の大統領令により宣言された外国による選挙干渉の脅威に関する国家緊急事態を1年間延長した[5]。

 AIを用いて合成された偽の動画・画像であるディープフェイクへの対策も進んでいる。
2020年に制定された「敵対的生成ネットワークの出力の識別に関する法律」(Identifying Outputs of Generative Adversarial Networks Act: IOGAN Act) により全米科学財団(Science Foundation: NSF)等にディープフェイク等に関する研究を支援することが義務づけられるとともに[6]、2021年度の国防授権法(National Defense Authorization Act: NDAA)により国防総省に外国政府及び非政府アクターによる軍人等を標的とするディープフェイクの開発・利用により生じる脅威の評価について調査を行うことが義務づけられた[7]。また、カリフォルニア州とテキサス州では、選挙運動におけるディープフェイクを規制する州法が制定されている[8]。

プラットフォーム事業者による対策

 ディスインフォメーション対策においては、民間のプラットフォーム事業者も大きな役割を果たしている。ディスインフォメーションは国内外のさまざまな主体から発信され、インターネット上の複雑な情報流通経路を介するものが多いことから、発信者を特定することは困難であり、また、政府としてこのような行為を直接規制することは容易でない。また、表現の自由への配慮もあり、民主国家の政府は規制に慎重な姿勢を取らざるをえない。そこで、プラットフォーム事業者がディスインフォメーションの流通を適正にモデレーション(監視・管理)することが期待されている。

 Meta社は、戦略的な目標のために多数の偽アカウント等が協調して公の議論を操作する活動をCoordinated Inauthentic Behavior (CIB)と定義した上で、利用規約においてCIBを禁止し、偽アカウントのネットワークを検知・削除してきた。同社は、発信元の国や発信内容にかかわらず、CIBへの対応を行ってきたと説明している。同社は、2020年初頭からCIBへの対応について毎月報告書を公表している[9]。本年9月に、同社は、中国及びロシア発のFacebookやインスタグラム上の CIBに携わるアカウントやページを削除するとともに、その実態を公表した。同社の報告書によれば、中国発のCIBは、中間選挙に先立って、米国の政治的対立の両極にいる人々を標的に情報を拡散することなどにより、米国の内政に影響を及ぼそうとしていた。また、ロシア発のCIBは、欧州の主要国及びウクライナにおけるロシアのウクライナ侵攻をめぐる言論に影響を与えようとしていたとされる[10]。

 Twitter社は、2020年8月に、政府及び国家系列メディアのアカウントのラベルについてポリシーを定めた。ポリシーによれば、各国の政府の高官(外務大臣、外交官等)や機関(大使館等)のアカウントは「政府アカウント」と位置づけられる。また、「国家が財源や直接的・間接的な政治圧力により報道内容を統制したり、制作及び配信を管理したりする報道機関」のアカウントは、「国家系列メディアアカウント」(state-affiliated media accounts)と位置づけられている。同社は、「政府アカウント」及び「国家系列メディアアカウント」について、それらのアカウントによる投稿等にラベルを付して、ユーザーに情報提供するととともに、拡散を抑制するポリシーを取っている。同社は、ロシアによるウクライナ侵攻後に、「国家系列メディア」への対策を強化し、ロシアの政府系メディアのみならず、当該メディアへのリンクをシェアするツイートについても注意喚起のラベルを付すことにした[11]。

 Twitter社のポリシーにおける「国家系列メディアアカウント」は、今のところ中国やロシアの政府系メディアなどが対象とされている。一方、「国家が資金を提供しているものの、編集の独立性を確保しているメディア組織(英国のBBCや米国のNPRなど)」については、このポリシーにおいて「国家系列メディア」とは定義されないとされ[12]、NHKも対象とされていない。同社のポリシーは、メディアが自国の政府から独立して報道を行うことの重要性を改めて示しているように思われる[13]。

 他方で、ディスインフォメーション対策の名の下に、政府がプラットフォーム事業者に圧力をかけることで間接的にインターネット上の表現の自由を抑制するおそれも懸念されている。本年10月には、リークや訴訟を通じて公表された情報を元に、米国国土安全保障省が密かにプラットフォーム事業者に働きかけ、新型コロナウィルス感染症や米軍のアフガニスタンからの撤退に関する不正確だとされる情報の削除等に影響を及ぼしていたとの疑惑が報じられている[14]。

今後の展望

 自由の価値を重んじる民主国家において政府が権威主義国家によるディスインフォメーションに対抗することには、難しさを伴う。民主国家の政府が権威主義国家による介入に警戒・対処することにより、表現の自由が規制されたり、監視が強化されるなど、権威主義体制に近づいてしまうというジレンマもある。

 それでは、我が国は、国境を越える情報の自由な流通と表現の自由を守りつつ、ディスインフォメーションに対抗するという困難な課題にいかに取り組むべきなのだろうか。米国政府の一連の取組も示唆しているように、政府は、ディスインフォメーション対策に当たって、表現の自由や通信の秘密に配慮しつつ、ディスインフォメーションの把握・分析に取り組むとともに、外国からの選挙介入を狙ったディスインフォメーションや選挙運動におけるディープフェイクに対する規制など、民主主義の維持や選挙の公正の確保のために必要な範囲に対象を限定した規制のあり方を検討することも求められだろう。

 プラットフォーム事業者も、国家の役割を補う形で、国境を越えるディスインフォメーション対策において、少なからぬ役割を果たしている。各国の政府とプラットフォーム事業者が、緊張関係を保ちつつ、適切に連携・役割分担して、透明性のある形でディスインフォメーション対策を進めていくことが期待される。

(2022/12/05)

脚注

  1. 1 “Tackling online disinformation: A European Approach: COM(2018) 236 final,” Communication from the Commission to the European Parliament, the Council, the European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions, April 26, 2018, pp.1-2; Hunt Allcott, Matthew Gentzkow, “Social Media and Fake News in the 2016 Election,” Journal of Economic Perspectives, Vol. 31, No.2, Spring 2017, pp. 211–236.
  2. 2 “Pro-PRC DRAGONBRIDGE Influence Campaign Leverages New TTPs to Aggressively Target U.S. Interests, Including Midterm Elections,” Mandiant, October 26, 2022.
  3. 3 Robert S. Mueller III, Report on the Investigation into Russian Interference in the 2016 Presidential Election, Volume I of II, U.S. Department of Justice, March 2019.
  4. 4 Executive Office of the President, “Imposing Certain Sanctions in the Event of Foreign Interference in a United States Election: Executive Order 13848 of September 12, 2018,” September 14, 2018.
  5. 5 The White House, “Notice on the Continuation of the National Emergency With Respect to Foreign Interference in or Undermining Public Confidence in United States Elections,” September 7, 2022.
  6. 6 “Public Law 116–258: Identifying Outputs of Generative Adversarial Networks Act,” Library of Congress, Public Laws: 116th Congress (2019-2020), December 23, 2020, Sec. 2-4.
  7. 7 “Study on cyberexploitation and online deception of members of the Armed Forces and their families,” 134 Stat. 3388, Public. Law. No. 116-283: National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2021, January 1, 2021, Sec. 589F.
  8. 8 “Assembly Bill No. 730 Chapter 493, Legislative Counsel‘s Digest: An act to amend, repeal, and add Section 35 of the Code of Civil Procedure, and to amend, add, and repeal Section 20010 of the Elections Code, relating to elections,” Legislative Counsel of State of California, California Legislative Information, October 4, 2019.; “S.B. No.751: An Act relating to the creation of a criminal offense for fabricating a deceptive video with intent to influence the outcome of an election,” UNT Libraries Government Documents Department, 86th Texas Legislature, Regular Session, Senate Bill 751, Chapter 1339, Legislative Reference Library of Texas, May 26, 2019; 湯淺墾道「講演録:ディープフェイクに関する各国の法規制の動向」『JILISレポート』2022年1月6日を参照。
  9. 9 “Coordinated Inauthentic Behavior,” Meta.(2022年10月30日最終閲覧)
  10. 10 Ben Nimmo, “Removing Coordinated Inauthentic Behavior From China and Russia,” Meta, September 27, 2022.
  11. 11 Sinéad McSweeney, “Our ongoing approach to the war in Ukraine,” Blog Twitter Com , March 16, 2022.
  12. 12 “About government and state-affiliated media account labels on Twitter,” Twitter Help Center; 「Twitterにおける政府および国家当局関係メディアアカウントラベルについて」Twitter ヘルプセンター(2022年10月30日最終閲覧)。
  13. 13 成原慧「大きな議論呼んだアカウント停止──影響力増すSNS事業者と報道機関の関わり方」『新聞研究』2021年5月号(No. 834)、34頁も参照。
  14. 14 Ken Klippenstein and Lee Fang, “Truth Cops: Leaked Documents Outline DHS’s Plans to Police Disinformation,” The Intercept , October 31, 2022.