本稿では「安全保障のハイブリッド化」第三弾として国連平和活動におけるデジタル・ツールの活用を検証する。2020年以来、アルメニア・アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ紛争、リビア内戦、そしてウクライナ戦争で見られるように無人・遠隔攻撃が顕著化した[1]。今後はAI(人工知能)を搭載した自律型兵器が益々主流となると予想されている[2]。紛争の機械化が急激に進む一方で、平和への試みにおいていわゆるデジタル・トランスフォーメーション(DX)はどれだけ浸透しているのだろうか。

オープン・ソース・インテリジェンス(OSINT)

 DXが目覚ましいのは人権の分野である。2000年に軍事偵察技術を転用した初の民間衛星が打ち上げられ(現デジタル・グローブ社へと発展)[3]、翌年CIA設立のITベンチャーを通じてGoogle Earthの原型が誕生すると[4]、その2年後には北朝鮮人権アメリカ委員会による報告書で初めて衛星写真が使われ平壌支配下の強制収容所の位置が映し出された[5]。2004年にアムネスティ・インターナショナルもスーダンのダルフール内乱をきっかけに衛星画像分析を始め[6]、2010年には民間衛星写真から緊急事態を分析するハーバード大学の「シグナル・プログラム」[7]やスーダンでの虐殺阻止のため俳優ジョージ・クルーニーが立ち上げた「センチネル・プログラム」[8]なども登場した。

 上空衛星が更に小型・低コスト化する一方で、地上ではスマートフォンやソーシャルメディアの拡大で現地の状況をその場にいる人たちが即時にシェアできる参加型の情報収集・拡散も飛躍を遂げた。アプリを使って一般市民が危険を伝えるシステムは2007年のケニア大統領選挙の際に開発された「ウシャヒディ(スワヒリ語で「証言」)」に始まり、災害や犯罪の発生地域の特定へと発展してきた[9]。ホームページ、メール・ショートメール、アプリ、Twitterやメールなどを通じて写真やビデオをアップロードしたり即時の投稿をニュースに繋げたりできる危機管理ソーシャルメディアである。2010年のハイチやチリでの大地震の際には、一般市民ボランティアがウシャヒディを応用し被災者からの一報を位置情報(GIS)と重ねることで、緊急支援の必要な場所を特定する「スタンドバイ・タスクフォース」も出来た[10]。

 こういった公開データを解析し、誤情報や虚偽情報を洗い出し、事実の検証を行うのがオープン・ソース・インテリジェンス(OSINT)である。画像を手掛かりにネット上のビデオや写真がいつどこで撮られたのかを突き止め、衛星・レーダーなどの遠隔観測(リモートセンシング)や統計などのデータに重ね、他の目撃情報と照らし合わせ、その証拠を後日の責任追求のために保存する手法である。これによって人権・人道・紛争解決・軍縮・国際法・ジャーナリズム・統計学・地理学・コンピューターサイエンスなど分野の違う領域間の連携も可能となった。例の一つが2010年よりOSINT情報と建築技術そして3Dモデリングを利用して人権侵害の現場を再現しているロンドン大学のフォレンジック・アーキテクチャである[11]。2011年にはイギリスのブロガーが趣味で、オープン・ソースを基に情報を調査・分析する集団「ベリングキャット(Bellingcat)」を始め[12]、各国の市民ジャーナリストや他のボランティアと共にOSINTを駆使してシリアやウクライナなどの紛争で使用された兵器を特定し、2014年にはウクライナ東部で墜落したマレーシア航空機はロシアのミサイルで破壊されたと断定した[13]。

 OSINTの強みは、リアルタイムで紛争や災害の状況を把握できること、治安状況や入国制限でアクセスが困難な地域についても分析検証が可能なこと、そして被害に遭っている人が自ら実情を報告できることなどである。2014年にはアムネスティ・インターナショナルもOSINTチームを立ち上げ、大学との連携も深めている[14]。そしてその成果は国際法の分野でも確立されつつある[15]。2017年には国際刑事裁判所が初めてOSINT情報に基づきリビアの民兵隊長への逮捕令状を発行したが、その軸となったのが集団処刑を行う場面を映したビデオを解析したべリングキャットの貢献だった[16]。

出遅れた国連のDX

 一方で国連のDXは出遅れた。現グテレース事務総長が2018年に新テクノロジー戦略[17]、2020年にデータ戦略[18]、2021年に平和活動におけるDX戦略[19]を発表したが、内容は包括的アプローチ、人権の保護、公平なデータアクセスやパートナーシップの重要性などの基本概念が主である。

 そもそも国連は独自の衛星を持っていない。国連衛星センター (UNOSAT)は2001年に欧州原子核研究機構(CERN)の技術協力で国連訓練調査研究所(UNITAR)の一部として発足した[20]。2021年には経済社会理事会より正式に国連の衛星機関として認められ、CERNやカリフォルニア大学等と提携し人道支援・環境・開発の分野で衛星写真を使った分析や予測を提供しているが、画像自体は国連諸機関からのリクエストに応じて加盟国やEUなどのパートナーから入手するかデジタル・グローブ社のような民間から購入している[21]。

 紛争の現場では、国連平和維持活動(PKO)で初めてカメラ(CCTV)が使われたのは2008年のキプロス平和維持軍においてだった。キプロス停戦監視のためCCTV導入は2005年から検討されていたが、実際に6台設置されるまで3年を要した[22]。またPKO初のドローン使用も国連コンゴ民主共和国安定化ミッションで2006年から議論されていたにも関わらず、避難民キャンプの治安用として導入されたのは2013年だった[23]。現在も国連マリ多面的統合安定化ミッション(MINUSMA)や国連中央アフリカ多面的統合安定化ミッション(MINUSCA)でヨーロッパ貢献国が自国要員安全などのためにドローンを使用しているが、PKO全体でどのような上空監視装置が使われているのか総体的なデータも分析も未だに存在しない[24]。

 OSINTに至っては更に遅れている。2016年にオープン・ソースを活用してそれぞれのミッションが必要とするデータを採取する試み (UN Open GIS Initiative) が南スーダンなどで始まり、2019年にはコンゴ民主共和国や中央アフリカ共和国でPKO要員自らがスマホなどで地勢情報を直接インプットできるシステム(Unite Maps)も試験的に始まった[25]。しかしこれらの用途は専ら国連内部での情報共有と地図作成に限られており、衛星画像も現状分析のため日常活用するというよりも衝突や爆撃などの事態が報告された後に検証をするために使用されている[26]。デスクレベルでは情報収集源としてソーシャルメディアの分析も始まってきているが[27]、「ウシャヒディ」の様に市民から直接報告を受け取れる態勢は存在しない。国連と外部のキャパシティの差を如実に物語っているのが2011年に国連人道問題調整事務所(OCHA)がリビア紛争勃発に際して前述の「スタンドバイ・タスクフォース」に協力を依頼した例である。各国に散らばるデジタル・ボランティアは数日のうちにソーシャルメディア上の現地情報・GIS・危険地域やトレンドの分析までも含めたリアルタイムの危機管理マップを立ち上げ、人道支援の配布を支えた[28]。

おわりに

 平和活動におけるDXは未だ幼少期である。国際機関が独自の高度分析能力を持つことを懸念する加盟国の思惑もあり国連自体がハイテク技術・スキルを持つ展望は乏しいが、民間や大学との協力はもっと進展するべきであろう。日本の平和貢献の展望が問われる中で、国内の企業やNPO、研究機関や高等教育機関と国際機関の間で、文民保護・人道支援・人権擁護・平和構築・災害予防や復興など様々な場でデジタルを活用したパートナーシップこそ現在と未来に求められているのではないだろうか。

(2023/3/8)

脚注

  1. 1 James Marson and Brett Forrest 「トルコ製攻撃ドローン、戦争と地政学を一変」The Wall Street Journal、2021 年 6 月 4 日。
  2. 2 Will Knight「殺傷能力のある「自律型兵器」の普及は止まらない? 加速する技術の進化と、合意できなかった規制」WIRED、2021年12月22日。
  3. 3 李雲慶 「高分解能衛星 IKONOSとその利活用」『日本航空宇宙学会誌』第 55巻 第 644号、2007年9月、241-244頁。
  4. 4 小林 信一「CIA In-Q-Tel モデルとは何か―IT 時代の両用技術開発とイ ノベーション政策―」『レファレンス』国立国会図書館、793 号、2017年2月20日。
  5. 5 David Hawk, The Hidden Gulag, Washington: U.S. Committee for Human Rights in North Korea, January 2003.
  6. 6 Amnesty International, Sudan: At the mercy of killers, July 1, 2004.
  7. 7 Signal Program, Harvard Humanitarian Initiative.
  8. 8 “Clooney, Google, U.N. watch Sudan using satellites,” Reuters, December 29, 2010.
  9. 9 石村 研二 「これぞ新世界のジャーナリズム! 暴動・事件をリアルタイムにマッピングするUshahidi」Greenz、2009年9月28日。; Patrick Meier, “Changing the World One Map at a Time,” IRevolutoins, March 6, 2011.
  10. 10 「震災に立ち上がったボランティア技術者は何をしたか」『日本経済新聞』2011年6月20日。
  11. 11 吉田拓史「建築家が3Dモデリングで人権侵害を独自調査 フォレンジック・アーキテクチャ」AXION、2020年7月6日。
  12. 12 吉田拓史「ベリングキャット: 公開情報からすべてを暴き出す新しいジャーナリズム」AXION、2020年7月3日。
  13. 13 「OSINT(オシント)の先駆者ベリングキャット、創設者が明かす誕生「秘話」とこれから」朝日新聞GLOBE+、2022年11月8日。
  14. 14 アムネスティ・インターナショナル「ウクライナ:アムネスティはウクライナでの攻撃をどのようにして検証するのか」2022年4月 4日。
  15. 15 Tom Simonite「ロシアによる「戦争犯罪」の証拠を確保せよ:SNSの投稿を記録するウクライナの闘い」WIRED、2022年4月17日。
  16. 16 Christiaan Triebert, Geolocating Libya's Social Media Executioner, September 4, 2017.
  17. 17 Fabrizio Hochschild, “The Secretary-General’s Strategy on New Technologies,” UN Chronicle, Nos. 3 & 4 Vol. LV, December 2018.
  18. 18 United Nations, Secretary-General’s Data Strategy, New York: United Nations, May 2020.
  19. 19 United Nations, Strategy for the Digital Transformation of UN Peacekeeping, New York: United Nations, September 2021.
  20. 20 Cristina Agrigoroae, UNOSAT at CERN: Satellite mapping for the good of humanity, Geneva: CERN, July 5, 2021.
  21. 21 United Nations, UNOSAT Services, Geneva: United Nations Satellite Center.
  22. 22 A. Walter Dorn, “Electronic Eyes on the Green Line: Surveillance by the United Nations Peacekeeping Force in Cyprus,” Intelligence and National Security, Vol.29 Iss.2, 2014, pp.184-207.
  23. 23 MONUSCO, “Lessons Identified - UAS Utilization in MONUSCO,” Internal document, 2015.
  24. 24 Dirk Druet, Enhancing the use of digital technology for integrated situational awareness and peacekeeping intelligence, Montreal: Center for International Peace and Security Studies, McGill University, 2012.
  25. 25 Majur Anek Bior Achiew, “UN Open GIS Mobile Solution Practical Application in the Field: A Case Study and Testing on Field, UNMISS,” Internal document, 2022.
  26. 26 Elodie Convergne and Michael R. Snyder, “Making Maps to Make Peace: Geospatial Technology as a Tool for UN Peacekeeping.” International Peacekeeping, Vol.22 Iss.5, 2015, pp.565–586.
  27. 27 United Nations, “Innovation,” New York: United Nations Department of Political and Peacebuilding Affairs.
  28. 28 Standby Task Force, The Volunteers Behind the Libya Crisis Map: A True Story, March 9, 2011.