戦後、日本は新憲法の下で国連や国際社会の保護に期待することで軍隊はおろか自衛の権利すら放棄する立場から再出発した[1]。しかし、冷戦による国連の機能不全でその保護が期待できなくなるなかで、講和による主権の回復により自国での防衛のために再軍備への道を余儀なくされるが、戦争放棄を謳う憲法自体は改正されることはなかった。このため情勢の変化に対して、その都度に憲法との整合を図る解釈の調整によって対応し、1954年の自衛隊法発足に始まり、2015年には集大成ともいえる平和安保法制の整備によって、従来明確に否定されてきた集団的自衛権の行使を認めるに至った。さらに昨年末の「国家安全保障戦略」および「国家防衛戦略」において、新たに「反撃能力」保有の方針が決定されたことで、それに伴う装備、運用、更には「日米共同作戦計画」などの検討が俎上に上がっている。

 これらを踏まえ本稿においては、まず、我が国特有の外国領域における武力行使の考え方を整理するとともに「反撃能力」の保有に至る経緯を概観する。そして武力紛争と国際法の関係を整理したうえで「反撃能力」の保有に際して今後必要とされる議論・検討事項のうち、攻撃に際して不可避的に生じる文民・文民住民・民用物(以下、「文民等」)への「付随的損害(コラテラルダメージCollateral Damage:CD)」に焦点を当てて、米国の取り組みを参考にしつつ法的側面からの検討を試みるものである。

「敵基地攻撃」から「反撃能力」の保有に至る議論の経緯

 「反撃能力」の憲法との整合性について政府は、すでに1956年2月の時点で、ミサイル攻撃に対する敵基地への攻撃を合憲とする公式見解を示していた[2]。

 そもそも憲法9条との関係で、「敵基地攻撃」が議論の対象となるのは、自衛隊法案が成立した1954年6月の参院の付帯決議「(自衛隊の)海外出動禁止決議」[3]において自衛隊の海外での武力行使を禁じたことに由来する。他方でミサイル等の攻撃に限っては、敢えて「座して死を待つ」のではなく例外的に「敵基地攻撃」は自衛権の範囲に含まれると整理した[4]。ただし2019年5月の段階までは、自衛隊はその能力を保有しないため、もっぱら米軍にその能力を依存するとしてきた[5]。

 他方で、近年高まる我が国への弾道ミサイル等の脅威に対する我が自身のミサイル防衛能力については当初、従来からのイージス艦と陸上のPAC3に加えてイージス・アショアの導入によって向上を図る予定であった。しかし、イージス・アショアの導入停止によって現有の迎撃能力のみによるミサイル防衛の限界が具体化し、新たな対応措置が必要であるということから、我が国自身によるミサイル防衛としての「反撃能力」の保有に至る[6]。この意味から「反撃能力」は憲法上、ミサイル攻撃に対しては例外的に敵国領域への攻撃が認められるという点で「敵基地攻撃」に関する従来からの政府の憲法解釈との整合性は保たれている。一方で、この敵基地への攻撃に対しては「先制攻撃」に利用されるという強い批判が伴ってきた。こうした批判も踏まえて、昨年4月21日の自民党の安全保障調査会の会合における政府への提言の中で「反撃能力」への名称変更とともに、その保有が盛り込まれたもので[7]、『国家安全保障戦略』において、「この反撃能力とは、「弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合」とし、『国家防衛戦略』においては、さらに「専守防衛の考え方を変更するものではなく」、「武力攻撃が発生していない段階で自ら先に攻撃する先制攻撃は許されない」として、入念的に「先制攻撃」への批判に答えている[8]。この「反撃能力」という用語については、自民党の安全保障調査会の会長を務める小野寺元防衛大臣が記者団に対し「多くの国民は、日本が先制攻撃をするようなことを望んでいない。この国を守るために必要な能力を使うという意味で『反撃』ということばが1番ストレートに表現でき、国民や海外の人にもわかりやすく表現できる」と述べている[9]。

 また、保有後の対処については、偵察衛星による正確な目標情報をはじめ、敵防空システムの制圧など米軍の協力が不可欠である。このため前記2文書においても、それぞれ「日米が協力して対処していく」としている。

武力紛争と国際法

 武力紛争を規律する国際法(武力紛争法)[10]は、武力紛争において交戦者が戦闘員の殺傷や軍事目標を破壊する権利を認めるなかで、一定限度の範囲にとどまる限りは巻き添えによる文民等の損害を容認するという極めて特殊な体系である。この様な体系は、禁止しても止むことのない武力紛争の現実に対して、生起した武力紛争における損害を最小限に留めようとする次善の策ともいえる。

 こうしたなかで、1977年のジュネーヴ諸条約第Ⅰ追加議定書(Additional Protocol to the Geneva ConventionⅠ:以下、APⅠ)は、「戦闘の方法及び手段を選ぶ権利は無制限ではない」ことを確認したうえで(第35条1)、第4編(48-56条)に文民等の保護を規定している。そのなかには戦闘方法の規制として、軍事行動は軍事目標のみを対象とする「軍事目標主義」(第48条)や軍事目標と文民等を区別しない「無差別攻撃」の禁止(51条4項)も規定されているが、軍事目標への攻撃によって生じるCDに関しては、「予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において・・・過度に引き起こすことが予想される攻撃」(同5項(b))を「無差別攻撃」として禁止する「比例性の原則」の確認にとどまっている。

 武力紛争法は、敵の戦闘員の殺傷や軍事目標の破壊によって勝利を獲得しようとする軍事的必要(military necessity)と文民等の保護を追求する人道的考慮(humanitarian consideration)のバランスの上に成立するといわれる。しかし、バランスと言っても、この2つの要素はそもそも次元の異なるものである以上、比較すること自体に無理があるところに大きな矛盾を抱えている。このため、APⅠの関連規定の明確な基準を示さない一般性・抽象性ゆえに、具体的な適用に際して解釈上の争いが生じる余地を残している。

 こうした人道の確保のための明確性に欠ける現状に対して、国際人道団体やマスコミなどから過度なCDとして、長年、厳しい批判に晒されたことで作戦行動への支障を経験してきた米国は、早くからCDの軽減に向けた具体的基準の整備に取り組んでいる。この取り組みは、統合作戦の立案過程においてCDを軽減させるための具体的な手順を定めるもので、「付随的損害算定法(Collateral Damage Estimation Methodology : CDM)」と呼ばれ、2002年に統合参謀本部議長から発出された後、2005年、07年、09年、12年の各年に改訂されている[11]。この算定法は、コンピューターに所要の諸元を入力することで、設定した目標への攻撃から生じるCDを見積ることで当該損害を軽減するための攻撃の手段や方法を検討することにより、CDの生じる可能性が最も低いレベル1から損害が過度になると次のレベルに移行するシステムとなっておりレベル5までの5段階に分類されている。そして、最上級のレベル5と判定された場合の攻撃実施は国防長官又は大統領が決定することとされている[12]。このCDMは、アフガニスタンに置けるISAFの活動においても採用されており、2008年以降の文民犠牲者の大幅な減少につながったとの指摘もある[13]。

「反撃能力」の保有で日本に求められる新たな課題

 APⅠは、先述の文民等の保護を規定した第4編に続く第5編にCDの防止義務を規定している。具体的には、第57条に攻撃する側の防止義務を、そして第58条には攻撃を受ける側の防止義務をそれぞれ規定している。

 日本は、これまで武力攻撃事態等における文民等の保護のために、2003年の「武力攻撃事態対処法」に続き2004年には「国民保護法」を整備してきた。しかし、これらはいずれも、もっぱら自国領域内の「国民保護」に向けられ、敵国への攻撃に際してのCDについては、まったく考慮の必要はなかった。これをAPⅠの規定に照らせば第58条の義務についてのみ対応してきたといえる。しかし、今般の「反撃能力」の保有に伴う敵国領域への攻撃という新たな行動が付加されたことで、第57条の攻撃者側の義務が発生することとなる。

 これに対して、日本独自にCDの軽減策を構築するのか、あるいは日米共同として米国のCDMをそのまま採用するのか、あるいはその都度の日米間の調整に委ねるのか、これまでの部隊運用や装備、戦術などとは異なる視点からの検討が求められる。

 ちなみに、米国のJoint Targeting Schoolでは、1コース30名、1週間(約40時間)のCDM訓練コース[14]、またNATO Schoolが米国のCDMによる訓練コース[15]を開設しているほか、カナダの陸軍指揮幕僚学校においてもCDMの訓練コース[16]を設けており、それぞれ修了者にはCDM分析官の資格を付与している。こうしたコースの研修、受講も視野に入れた検討も一考であろう。

(2023/3/16)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
New items for consideration with counterstrike capabilities: A legal framework for collateral damage

脚注

  1. 1 1946年6月26日の帝国議会衆議院本会議において、吉田茂内閣総理大臣は、答弁の冒頭で「自衞權の發動としての戰爭も、又交戰權も抛棄したものであります」と述べ、さらに「如何なる名義を以てしても交戦権は先ず第一自ら進んで放棄する」(下線、ひらかな表記は筆者)として、自衛を名目とした戦争だけでなく自衛権を含む権利(交戦権)をも放棄する旨、答弁している。『官報号外 第90回帝国議会衆議院議事速記録』第6号、昭和21年6月27日82頁。
  2. 2 船田中防衛庁長官による総理大臣答弁の代読、『第24回国会衆議院内閣委員会議録』第15号、1956年2月29日、1頁。
  3. 3 法案成立後に外国領域での自衛隊が武力行使を禁ずる旨の付帯決議が採択された。なお、付帯決議自体に法的拘束力は無いが、歴代政府はこれを尊重順守するとしている。第19回国会参議院本会議決議』1954年6月2日。
  4. 4 『第24回国会 衆議院内閣委員会議録第』15号、1956年2月29日、1頁。
  5. 5 2019年5月16日の衆議院本会議において、安倍総理は「政府としては、新たな大綱及び中期防のもとでも、いわゆる敵基地攻撃を目的とした装備体系を整備することは考えていません。いわゆる敵基地攻撃については、日米の役割分担の中で米国の打撃力に依存しており、今後とも、こうした日米間の基本的な役割分担を変更することは考えていません。」との答弁を行っている。『官報号外 第198回国会衆議院会議録』第24号、2019年5月16日、8頁。
  6. 6 2020年9月11日、当時の安倍総理が談話でイージス・アショアの代替について、迎撃能力だけによる防衛の限界に言及し、これを契機に反撃能力の保有が具体化する。首相官邸「内閣総理大臣談話」2020年9月11日。; 竹下能文「安倍首相、敵基地攻撃能力を念頭に談話 次期政権に議論促す」『ロイター』2020年9月11日。
  7. 7 「“敵基地攻撃能力”を”反撃能力”に名称変更を 自民が提言案」NHK『News Web』2022年4月21日。
  8. 8 国家安全保障会議決定、閣議決定『国家安全保障戦略について』2022年12月16日; 国家安全保障会議決定、閣議決定『国家防衛戦略について』2022年12月16日。
  9. 9 註6に同じ。
  10. 10 一般に、「武力紛争法」は「戦争法(戦時国際法)」とも呼称され、特に人道意識の高まりから1970年代以降「国際人道法」と呼ばれることも多いが、それらはいずれも同義のものとされている。International Committee of the Red Cross (ICRC), International Humanitarian Law - Answers to your Questions, December 2014, p.5.
  11. 11 Chairman of the Joint Chiefs of Staff Instruction, “No-Strike and the Collateral Damage Estimation Methodology; CJCSI 3160.01A”, 12 October 2012.
  12. 12 米国のCDMについては、“(U//FOUO) Joint Chiefs of Staff Instruction: No-Strike and the Collateral Damage Estimation Methodology,” U.S. Joint Chiefs of Staff, Public Intelligence, November 15, 2013. を参照。なお略語について米軍では“CDEM”ではなく“CDM”としている。また、海上自衛隊幹部学校の機関紙『海幹校戦略研究』に掲載予定の、一丸裕介「武力紛争における攻撃手段の人道化 ⁻ 第1追加議定書57条(攻撃の際の予防措置)の解釈に関する明確化の可能性 ⁻」においては、旧ユーゴスラビア及びアフガニスタンにおけるNATO及びISAFの作戦におけるCDの事例を踏まえてCDMの詳細な分析を加えている。
  13. 13 同上、一丸論文。
  14. 14 U.S. Joint Targeting School, Collateral Damage Estimation Qualification Course Syllabus, 2021.
  15. 15 “N3-97: Collateral Damage Estimation Methodology,” NATO School, Course Catalogue.
  16. 16 カナダはBasic Courseと Advanced Course 各5日間のコースを設け、Advanced CourseはBasic Course修了者のみが受講でき、修了者には資格が付与される。Major-General C. Vokes, “Basic Collateral Damage Estimation Course (BCDEC),” Canadian Army Command and Staff College, Joint Instructions annex F-ACDEC, October 15, 2021.