現実的な対中戦略構築プロジェクトのワーキングペーパー掲載のお知らせ

 この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では「現実的な対中戦略構築プロジェクト」と提携して、日米専門家による対中戦略構築のための情報を日本語と英語で掲載いたします。今後の国際関係の潮流の要因である米中関係について少しでもIINA読者の理解にお役にたてれば幸甚です。


1.イントロダクション

 日米で台湾有事への関心が高まっている。昨年5月22日、中国では、李克強首相が全国人民代表大会における政府活動報告の中で、台湾との「再統一」に触れた部分でこれまで通例として付与していた「平和的」との文言を削除し、政策変更の可能性を示唆した[1]。

 一方、今年発足したアメリカのバイデン新政権は、その対中政策が注目されたが、トランプ前政権の政策の多くを修正するなかで、中国に対しては前政権の対応を継承する形で厳しい態度で臨むことを表明した[2]。3月には、米議会の公聴会で中国の台湾侵攻について、フィリップ・デービッドソン、インド太平洋軍司令官(当時)は、「6年以内」、後任のジョン・アキリーノ現司令官は「大方の予想より間近に迫っている」と証言した[3]。この懸念の背景には、膨張する中国の軍事力増強に対するアメリカの軍事力整備の遅れへの懸念も含意されている[4]。2025年時点の西太平洋地域における米中両軍の戦力比較によれば、展開する空母は米国の1隻に対して中国は3隻を保有する予定で、多機能戦闘艦は米国の12隻に対して中国は108隻と予想され、中国はアメリカの6倍以上の潜水艦と9倍の戦闘艦艇をアジアの最前線に配備することになる。戦闘機についても、アメリカの250機に対して中国は1,250機の戦闘機を保有しており、2025年までに1,950機とする計画でアメリカ全体の8倍近くになる。さらには、中国の弾道ミサイルも現場に進出する海軍部隊に大きな脅威となる。

 アメリカは11隻の空母をはじめ全体では対中優位にあるとはいえ、紛争発生時に西海岸やアラスカから部隊を増派しても、日本列島から台湾、フィリピンへ至る第1列島線到着まで2~3週間かかるため、地の利がある中国の数的優位を覆すのは困難だ。こうした米中の相対戦闘力の状況を踏まえれば、もはや台湾有事にアメリカが一国で台湾を支援することは困難であり、国内に重要な米軍基地を抱える日本は危機を共有する立場にある。

 こうしたなか日米間では、3月16日の日米2+2(外務・防衛閣僚による安全保障協議)の共同発表において「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調したことに加え、4月16日の日米首脳会談の共同声明においては2+2より踏み込み、「両岸問題の平和的解決を促す」との文言が加えられた。日米首脳会議の共同声明に「台湾」が明記されるのは日中国交正常化前の1969年以来となる。

 本稿においては、アメリカと中国がそれぞれ航行の自由作戦(Freedom of Navigation: FON)と台湾への圧力を強化する状況が続くなか、台湾有事を念頭に置いた日本の事態対処に関する法制度を概観したうえで、危機の初期段階から武力紛争に発展した段階に至るまでの事態別シナリオにおける日本の対応と準備しておくべき事項について検討する。

2.日本の事態対処法制

 諸外国における軍隊の行動は、平時から戦時に至る事態に対して横断的に対応することが一般的である。これに対して日本の自衛隊の行動は、類型と権限を行動別に列挙した以外の行動を認めない法律主義を採用している。そして、日本の平和と安全にかかわる事態に関しては、生起した事態によって対応を区分する「事態対処法制」として整備されている。

 日本の「事態対処」としての法整備は、冷戦後の脅威の蓋然性が自国への直接の武力攻撃から日本周辺で生起した事態が自国に波及する恐れに変化したことにより、1997年に、それまでの日本有事型から日本周辺の事態における日米共同を念頭に置いた日米ガイドラインが改訂され、1999年に「周辺事態法」が整備されたことを嚆矢とする。その後2003年には、戦後約50年の間放置されていた武力攻撃に対処するための枠組みを定めた「武力攻撃事態等対処法」が整備された。

 これらがさらに2015年の日米ガイドラインの改定を受けた平和安全法制の整備において、対応範囲を日本周辺に限定した「周辺事態法」の限定を削除した「重要影響事態法」[5]に改正されるとともに、個別的自衛権の行使のみを前提とした「武力攻撃事態等対処法」に、限定的ではあるが集団的自衛権の行使を認める「存立危機事態」が追加される。これにより、日本の平和と安全にかかわる事態として「重要影響事態」、「緊急対処事態」、「武力攻撃予測事態」、「武力攻撃事態」及び「存立危機事態」の5類型と、国際社会の平和及び安全を脅かす事態に日本が主体的かつ積極的に対処する「国際平和共同対処事態」という枠組みで再整理された[6]。

 各事態における自衛隊の措置は、武力行使に当たらない対応である「重要影響事態」、「緊急対処事態」、「武力攻撃予測事態」及び「国際平和共同対処事態」と武力行使として対応する「存立危機事態」及び「武力攻撃事態」に大別され、いずれの事態も国会承認が必要とされている。

3.事態別シナリオと日本の対応

 台湾有事では経済制裁を前提とする「船舶検査活動」及び日本の安全に直接影響しない「国際平和共同対処事態」の認定は想定されず、事態に応じて「重要影響事態」あるいは「存立危機事態」の認定が想定される。さらに、事態が日本に波及すれば「武力攻撃事態等」が認定されることとなる。しかしながら、未だに根強い「平和主義」や「中国への配慮」などの日本の政治環境から見て、現実の事態に対して制度上の事態を直ちに当てはめることは必ずしも容易ではない。そこで、以下に各事態のシナリオに沿った日本の対応について検討する。

(1) 武力紛争前の段階

 現在、東シナ海においては日米が継続して警戒・監視を行っており情報の共有もなされている。したがって、アメリカが兵力を台湾周辺に展開する事態になれば、東シナ海における警戒・監視は日米ともに強化するか、あるいは、米軍の台湾周辺への兵力集中の状況によっては、自衛隊がそれを補完する形で現状の警戒・監視を強化することになろう。

 アメリカが台湾周辺海域への兵力を集中させることになれば、現場部隊に対する補給支援は不可欠となる。緊迫した事態となると、中国との関係を慮るASEAN諸国に補給のための寄港を期待することはできず、台湾への寄港の選択もあるが、展開が長期化すれば洋上での補給支援が必要になる。そうなれば、地理的に現場に近い沖縄などから補給部隊を往復させることができる日本の支援が不可欠となる。この場合、日米の部隊が「ともに現場に所在して」警戒・監視を行う状況にあれば自衛隊法100条の六を根拠とした補給支援が可能であるが、米軍部隊が台湾周辺海域で独自の行動をとる場合には「重要影響事態」を認定する必要がある。なお、「重要影響事態」を認定することにより自衛隊以外の関係行政機関による「対応措置」に加え、国以外のものへの協力要請も可能となる[7]。

(2) 米中が武力紛争に発展した段階

 事態が武力紛争に発展した場合に、事前に「重要影響事態」を認定していれば当該事態を継続し、認定されていなければこの段階で認定して紛争当事国となった米軍(他に参加国がある場合には、その軍隊も含む)を支援することとなる。しかし、この段階の「重要影響事態」では、自衛隊は現に戦闘行為が行われている現場での「対応措置」ができないだけでなく[8]、「米軍等の防護」もできなくなる。「米軍等の防護」の根拠となる自衛隊法95条の二は「現に戦闘行為が行われている現場で行われるものを除く」ことを規定しており、この段階での米軍等に対する攻撃自体が「戦闘行為」となるためである[9]。一方で、中国の対艦ミサイルの脅威が伝えられるなか、自衛隊によるミサイル防護は重要な支援となる。したがって、防護が必要な場合には直ちに「存立危機事態」の認定が必要となる。しかし「存立危機事態」においても、日本の集団的自衛権の行使は政府見解によって、あくまでも限定的な範囲にとどまり、アフガン戦争やイラク戦争で多国籍軍が行ったような本格的な戦闘行為には参加せず、原則として後方支援、遭難した戦闘員の捜索救助、そして戦闘に参加する米軍等の部隊の防護に限定されている。

(3) 中国の攻撃が日本に波及する段階

 台湾周辺に派遣される米軍の兵力は、第一に沖縄、横須賀、佐世保などの在日米軍基地所在の部隊が中心となる。これらの策源地である米軍基地だけでなく、重要な後方拠点となる日本の港湾なども中国の攻撃目標となる可能性がある。この場合、日本は武力攻撃が予測される段階で「武力攻撃予測事態」を認定し、「防衛招集命令」、「防衛出動待機命令」の発令が可能であり、さらに、武力攻撃が発生する明白な危険が切迫している場合から「武力攻撃事態」を認定して「防衛出動」を発令することができ、武力攻撃が発生した時点で個別的自衛権を発動することになる[10]。個別的自衛権の発動においては、存立危機事態における制限はなくなり、一般の武力紛争当事国としての武力の行使が可能となる。

4.もう一つの課題 -台湾有事における「非戦闘員の退避」

 これまでに述べた台湾有事に際しての日本の事態対処に加えて、今一つ重要な課題がある。それは8月のアフガニスタンにおいて各国の主要課題となった「非戦闘員の退避行動」(NEO)である。

(1) 台湾におけるNEOの特徴

 台湾には大型民間機が離着陸できる複数の国際空港のほか、滑走路の短い国内便向けの地方空港も各地に多く点在している。このことで、事態が緊迫し臨時の民間チャーター機の運航が集中するような事態には、短距離離着陸が可能な軍用輸送機による地方空港からの退避も可能となる。他方で、空港の利用に致命的な問題は、中国による攻撃目標となることである。台湾の空港には軍民共用のものが多いが、戦時には民間空港も軍時利用が可能なことから必然的にすべての空港が攻撃目標となり、空港からの退避はほとんど不可能となる。

 一方で、台湾は周囲を海に囲まれていることから、海上からの退避が可能である。海上からの退避は大きな収容能力を持つ艦船によることから、航空機とは異なり一度に大量の退避が可能である。また、民間機の空港への着陸が過剰になった場合など空港の利用に限界が生じた場合には補完の手段として、さらに空港自体の使用が不可能となった場合には海上からの退避が唯一の手段となる。海上からの退避は港湾からに限らず、ヘリコプターによる陸上から艦船へのピストン輸送も可能であり、退避者の集結場所や艦船の待機場所の制約も少ない。ただし、その場合に投入できる兵力、とりわけヘリコプターの機数には限界がある。

 この地域には、東日本海大震災の支援で活躍した米海軍の空母と揚陸艦に加え、日本は大型のヘリ搭載型護衛艦4隻と輸送艦3隻を保有しており、これらの兵力が台湾有事における日米のNEOの主力として期待できる。

(2) 台湾有事のNEOにおける日本への期待と限界

 これまで日本は、欧州、アフリカ、中東など日本からの遠隔地域における邦人の退避を欧米各国に依頼し、各国は国際慣行に従い快く日本の要請に応じてきた経緯がある。しかし、その過去の関係が台湾有事に際しては逆転する。これまで欧州や中東やアフリカにおけるNEOに重要な役割を担ってきた欧州各国は、本国から遠く離れたこの地域に活動拠点を持たないため、自国民の退避は必然的に高い活動能力とこの地域に拠点を持つアメリカと日本に向けられることは必然である。こうしたなかで、果たして日本はその要請に十分対応できるかが問題となる。

 日本のNEOについては、自衛隊法に「在外邦人等の保護措置」[11]と「在外邦人等の輸送」[12]として規定されているが、その内容は一般に諸外国が行うNEOに比べて、日本の憲法上の制約から重要な部分で制限されたものとなっている。

 「在外邦人の輸送」が自衛隊法に規定が追加されたのは1994年であり、当時は、未だに自衛隊の海外派遣に強い抵抗感が残っていた。このため、武器の使用に繋がる可能性を排除するために「輸送の安全」が確保されていること、輸送の範囲や輸送対象者や輸送機等の防護のための武器の携行・使用などが制限されるという退避の実態から大きくかけ離れた規定となった。これらの制限はその後、実態に合わせて改正されたものの、「輸送」については依然として「輸送が安全に実施できること」、「相手国の同意があること」などの制限が残されている。こうした背景から、これまでに行われた4件の「邦人等輸送」は、いずれも10人以下の小規模なものにとどまっており[13]、今回が5回目となるアフガニスタンの事例も邦人1人とアフガン人14人にとどまっている。

 また、2015年には安保法制の整備に伴い、自衛隊法に「邦人等の保護措置」が追加され、輸送にとどまらず輸送妨害の排除や危害が加えられる恐れのある邦人等の警護、救出まで可能とされた。しかしこの「保護措置」も、派遣先国の当局が秩序に当たっており戦闘行為が行われていない場所に限られ、武器の使用を含む保護措置を自衛隊が行うことについて派遣先国の同意を要する等の制限があり、現実の運用は極めて限られざるを得ない。先のアフガニスタンにおいても、空港の外側については要件を満たさないとして「保護措置」の実施は見送られた。

 この様に日本の自衛隊が行うNEOと諸外国のNEOとの間にはかなりの距離があると言わざるを得ない。

 さらに自衛隊法84条の四は、輸送対象の外国人を、外務大臣から「同乗させることを依頼された者」と規定する。この「同乗」を条文通りに読み取れば、外国人だけの輸送は法律上認められず、一人でも邦人の輸送対象者がいてはじめて「同乗」の要件が整うことになる。ところが今回のアフガン事例においては、8月26日にアフガン人のみの輸送を行っている。外国人の輸送自体も今回が初めてであるが、この輸送は、外国人のみの輸送に自衛隊機を外国に派遣することはできないが、「邦人等輸送」として外国に派遣された輸送機による外国人のみの輸送も「同乗」の範囲に含まれることを示した重要な先例となった。しかし、「外国人のみの輸送を目的とした派遣」は、依然として途を閉ざされたまま残されており、諸外国からの「外国人のみの輸送」の依頼というグローバルなNEOに応じることができる法的根拠はない。

(3) 台湾有事のNEOにおける日米共同

 朝鮮半島有事を念頭に1997年に改訂された日米ガイドラインにおいて、はじめて協力事項に「非戦闘員を退避させるための活動」という文言が明記され、2015年に改訂されたガイドラインにも継承されている。そこには、「日米両政府は、適切な場合に、日本国民又は米国国民である非戦闘員の退避を計画するに当たり調整し及び当該非戦闘員の退避の実施に当たって協力する。これらの退避活動は、輸送手段、施設等の各国の能力を相互補完的に使用して実施される。」と各々の自国民の退避における共同を規定する一方、「日米両政府は、各々、第三国の非戦闘員に対して退避に係る援助を行うことを検討することができる。」として、第三国の非戦闘員の退避についても触れている。

 2021年7月末現在の台湾当局の統計[14]によれば、現在台湾には779,908人の外国人が居留しており、そのうち日本人は約15,000人で、アジア圏以外では約10,000人のアメリカを筆頭に36,000人強の居留者がいる。さらに台湾の在留外国人の特徴として、インドネシア、ベトナム、フィリピンなどのアジア地域の居留者の合計は58万人を超え、台湾における在留外国人の75%を占める。これらの国は自国による自国民の退避能力に乏しく、これらのNEOへの対応も必要となる。さらには、台湾領域が戦場となった場合、台湾市民の避難も必要となるが、海に囲まれ陸上経由で避難できない台湾市民がこれに加われば、台湾のNEOは過去に例のない規模になることも起こりえる。

 こうしたなかで、日米が台湾有事に際して日米ガイドラインの「第三国の国民に対して退避に係る援助」として、日米共同によるNEOの実施に際しては、これまで1990年のナイジェリアにおける”Operation Sharp Edge”の様な大規模な作戦を含め、数多くのNEOを実施してきた米軍と、「外国人のみの輸送」の法的根拠を持たない制限の下で、限られた実績しかない自衛隊とが効果的に共同するためには、とりわけ米側が日本の制限を十分に理解したうえで調整を進める必要がある。

 今後、台湾有事を念頭におけば、邦人退避および外国人の退避についての法的枠組みの不備は、台湾在留の邦人だけでなく、広く国際社会への責任として、深刻な問題を引き起こすことになる。日本の政治指導者にとって、先延ばしすべきではない喫緊の課題といっていいだろう。また、これを解決することなく効果的な日米共同によるNEOの実施を期待することはできない。

(4) NEOに付随する課題

 台湾有事におけるNEOに際して、日本の貢献は輸送だけに止まらない。アフガニスタンのアメリカのNEOに際しては、欧州、中東などの12カ国が、米軍退避便のトランジットの一時着陸を受け入れた一方で[15]、退避者の一時収容先に使用していたカタール、バーレーンやドイツなどの在外米軍基地の収容が限界に近づいたことから、日本や韓国の駐留米軍基地の利用も候補に挙がった経緯がある[16]。結局、距離等の問題から採用されなかったが、台湾有事に際しては日韓の米軍基地は主要退避先になる。しかし、アフガニスタンのNEOにおけるアメリカの退避対象者は米国市民と長年米軍の活動に協力してきたアフガン人とその家族が中心であったことから米軍基地を使用した。しかし、台湾有事におけるNEOにおいては約1万人の米国民を除き、大量の外国人退避者を在日米軍基地に一時退避することは考えにくい。このことを考えれば、日本政府は地方公共団体及び民間が管理する空港・港湾の利用調整だけでなく、第三国退避者の一時退避のための施設等についての計画・準備も必要である[17]。

 いずれにせよ、こうした大量のNEOを適切に対処するうえでの重要なポイントは、民間機が運航できる間にできるだけ多くを退避させることであり、そのためには的確な情報処理が欠かせない。このことは、今回のアフガン事例においても指摘されていることである。

5.日本はどのように準備すべきか

 最後のまとめとして台湾有事に際しての日本の対応において留意すべき事項を検討し、その解決のための問題提起をしたい。

(1) 事態認定を妨げる要素

 「重要影響事態」、「存立危機事態」の認定に際しては、米国以外に台湾の支援に立ち上がる国の存否が鍵となる。既述のとおり、太平洋正面における米中の兵力差は中国に優位であり、米軍単独で事態に対処することは困難な状況にある。一方、香港の民主派弾圧をきっかけに、中国の覇権主義への警戒が一気に高まったことから、英・仏・加がアメリカの「航行の自由作戦」に同調する形で南シナ海へ海軍部隊を派遣しており、ドイツも派遣の意向を表明している。しかし、中国との直接の武力紛争となった時に、2003年のイラク戦争時に独・仏が参加しなかったようにアメリカに同調するとは限らない。AUKUSには期待される一方、台湾有事に加盟国がどこまでコミットするかについては未知数である。仮に、アメリカ以外に台湾支援に動く国がないような場合、日本だけが中国に敵対してアメリカを支援するとなれば、賛否を巡って国内での混乱も避けられない。そもそも「重要影響事態」にしても「存立危機事態」にしても、これまでに認定されたことはないことに加え、国内議論の混乱は、政府の迅速な判断を一層困難なものにすることが予想される。

 また、法律上「存立危機事態」は「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃の発生」を要件とされている。そうすると、国内では正規の国交のない台湾が「密接な」、また「国」そのものに該当しないのではないかという議論も出てきかねない。しかし、この件について政府は「我が国が外交関係を有していない国も含まれ得る」との見解を示している[18]。こうした公式の政府見解についても合わせて、事態に応じた手順等を標準化したマニュアルなどを準備しておくことも必要である。

 さらに、「武力攻撃事態」の認定に際しては、中国の攻撃が発生してから自衛隊に防衛出動を発令していたのでは現場の自衛隊は警察権での武器使用でしか反撃できないことから、甚大な被害を受ける恐れがある。このため、より早い段階で防衛出動を発令しておき、攻撃があった場合に自衛隊が直ちに自衛権を発動(武力の行使)して反撃できる体制を整えておかなければならない。

(2) 迅速・的確な意思決定のために喫緊にしておくべき課題

 国の非常事態に際して、意思決定の適時性と的確性は結果を左右するものである。現在のCOVID-19対応において、「緊急事態」宣言のタイミングに関しては様々な問題が指摘され、議論も錯綜した。こうした問題は、2010年9月の巡視船に対する中国漁船の衝突事件や東日本大震災においても同様の問題が指摘されていたが「意思決定」においても共通の問題である。とりわけ本稿で取り扱った「事態認定」と「NEO」については、その性質上、意思決定の迅速性が極めて重要な要素となる。現在のCOVID-19への対応については、意思決定上の問題だけでなく、軽症感染者の待機場所の問題などは事態対処における国民の避難場所の設定等、共通の問題となる。こうした前例で明らかになった問題については、事後の詳細な検証により本質的な問題の解決を図らねばならない。通常、意思決定の成否は情報にある。往々にして意思決定に際しては、より多くの情報を求める傾向もみられるが、決定に不可欠な情報、参考となる情報の類型を平素から整理しておかねばならない。これを欠けば、情報の氾濫による混乱から意思決定に時間を要することになる。このことは、アフガニスタンにおける邦人等の輸送に際しても、情報処理の不手際による判断の遅れから、長年日本の活動に協力してきた500人以上のアフガン人が退避の機会を失し、国内でも強い批判が出たところであり、当該情報に従った意思決定のための処理手順の整備も必要である。こうした準備を官邸から現場まで共有することで、現場も報告の優先順位を把握することで迅速な意思決定に繋がる。

 そして最も重要なことは、意思決定の手順やマニュアルが準備されており情報を入手したところで、その処理に手慣れていなければ、いきなりその場で処理できるというものではない。そのためには、通常よく行われる現場レベルの図上演習にとどまらず、事態対処に当たる現場から最終的な決定を行う首相官邸のレベルに至るすべての段階を巻き込んだ演習を行うなど、意思決定のメカニズムを平素から確立しておくことが必要である。

(2021/10/18)

脚注

  1. 1 Yew Lun Tian, Yimou Lee, “China drops word 'peaceful' in latest push for Taiwan 'reunification',” Reuters, May 22, 2020.
  2. 2 “Secretary Antony J. Blinken with Wolf Blitzer of CNN’s The Situation Room,” Interview, U.S. Department of State, February 8, 2021.
  3. 3 Brad Lendon, “Chinese threat to Taiwan 'closer to us than most think,' top US admiral says,” CNN, March 25, 2021.
  4. 4 Statement of Admiral Philip S. Davidson, U.S. Navy Commander, U.S. Indo-Pacific Command Before the Senate Armed Services Committee on U.S. Indo-Pacific Command Posture, U.S. Senate Committee on Armed Service, March 9, 2021,pp.32-37.; Hiroyuki Akita, “Future balance of power haunts US as China bulks up,” Nikkei Asia, March 16, 2021.
  5. 5 「重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」。
  6. 6 内閣官房 「平和安全法制等の整備について」(2021年5月22日アクセス)
  7. 7 「重要影響事態法」第8条及び第9条。
  8. 8 同上。
  9. 9 自衛隊法第95条の2(合衆国軍隊等の部隊等の武器等の防護のための武器の使用)。
  10. 10 自衛隊法第76条1項一号は、「外部からの武力攻撃が発生した場合」だけでなく、その「発生する明白な危険が切迫している」事態にも防衛出動を命ずることができる。したがって、「防衛出動」が命ぜられても武力攻撃の発生がない段階で自衛隊が武力を行使するわけではない。また、武力攻撃が発生して防衛出動が発令されていても、別途の武力の行使の命令があるまで自衛隊は武力の行使ができない(自衛隊法第76条は、総理大臣の防衛出動の命令権のみを規定しており、「自衛権の発動」(自衛隊による武力の行使)を命ずる手続きについては、特に規定はない。したがって、この権限については第76条の総理大臣の権限に内包されていることになる。
  11. 11 自衛隊法第84条の三。
  12. 12 同84条の四。
  13. 13 防衛省『令和3年版防衛白書』259頁。
  14. 14 「臺灣地區現持有效居留證(在臺)外僑統計(按國籍及職業分)」中華民国内政部移民署『外僑居留人數統計表11007』2021年7月31日。
  15. 15 Ned Price, “Department Press Briefing,” U.S. Department of State, August 20, 2021.
  16. 16 Hyonhee Shin, “U.S. scraps plan to use S.Korea, Japan bases for Afghan refugees -sources,” Reuters, August 24, 2021.
  17. 17 「重要影響事態法」第8条及び第9条。
  18. 18 「水野賢一参議院議員の質問に対する政府答弁書」内閣参質189第202号、2015年7月21日。