2020年1月以降、世界規模で急速に拡大した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者は、5月17日時点の世界累計で465万人以上確認され、死者数は31万人を超えた。日本においても、1万6000人以上が感染し、死者も700人を超えた[1]。

 こうしたなか、国内での感染拡大が始まった時点で、米仏の大統領はこの事態を「戦時」や「戦争」という言葉で表現した[2]。この言葉に象徴されるように、ほとんどの国が外国人の入国を制限するとともに、国内では私権を犠牲にして自国の一部または全域で外出制限を行っており、中には禁固や身柄の拘束を行う国もある[3]。

 日本の安倍首相も、この事態を「第3次世界大戦と認識している」と述べ[4]、4月7日に東京など7都府県を対象に「緊急事態宣言」を発令し、16日には対象を全国に拡大した。しかし、その措置の内容は土地の使用や物資の保管などを除き、諸外国に見られるような強制を伴わない「要請」と「指示」に留まるものである。

 こうした日本の対応に対して、国内外から強制力のある措置が必要だという議論が少なからず出ている。なぜ日本は「強制措置」を採用しないか。政府が「強制措置」に踏み切らないことについて、「政府が緊急事態などを理由に私権を制限することへの慎重姿勢」ということが言われるものの、なぜ感染拡大により、多くの人間の生命が危険にさらされ、その人権が奪われる事態よりも移動や商業の自由などの人権を守ることを優先するのかということについての明確な説明は見当たらない。そこで、本論考は、日本以外に「非強制措置」を採用している国として、韓国とスウェーデンの2か国の例を挙げ、その対応の特徴と背景を分析する。それを踏まえたうえで、次稿(後編)において、両国の対応と比較しつつ、日本の緊急事態に際しての「非強制措置」を考察するものである。

(1)韓国 - 政府の迅速な対応と国民のプライバシーの放棄

 2月29日、韓国で813人という多数の感染者が確認されたとき、国際社会は韓国が中国に続く最も危険な国と見做した。しかし9日後の3月8日、韓国の感染者は273人、12日には112人と急減し、4月19日以降、新たな感染者が10人以下の状態が続いた[5]。

 このように感染者の増加曲線を劇的に抑えることができた国は、韓国以外では中国だけである。しかし、両者の対応には大きな違いがある。完全な都市封鎖によって抑え込んだ中国に対して、韓国では都市封鎖はもとより国民の移動制限をすることなく鎮静化させた。

 それでは、韓国はどのようにして非制限型の対応によって鎮静化できたのか。

 第一には、政府の素早い対応である。2月20日に大邱の宗教団体の礼拝に起因するクラスターが判明し、それまで数人であった感染者が急に73人に跳ね上がった。この事態に翌21日、韓国政府は、それまでの国内へのCOVID-19流入防止から、対応の重点を地域での拡散防止に移行する。まずは同日、4段階の危機警報[6]のうち3番目に高い「警戒」段階を発令する。さらに23日には最高段階の「深刻」に引き上げ、大邱・清道地域を感染病特別管理地域に指定したうえで、軍の医療関係者の投入や自宅での自主隔離が難しい感染者のための臨時保護施設の設置などを決めるという迅速な対応を取ったことが事態の拡大防止に大きく役立った[7]。

 第二に早期の検査体制の確立である。1月下旬に韓国で初めての感染者が確認されてからわずか1週間後、当局は緊急承認を約束したうえで、製薬会社数社に対して直ちに大量生産のための新型コロナウイルス用検査キットの開発に着手するよう要請した。これにより、2週間以内で何千もの検査キットが発送され、多くを感染後すぐに隔離・治療することが可能となり、新たな感染者は激減した[8]。

 以上の様な迅速な対応の背景には、2009年の新型インフルエンザと2015年のMERSへの対応の反省がある。約75万人が感染し263人が死亡した2009年5月の新型インフルエンザの大流行で、当時の韓国政府は、7月21日に至るまで「警戒」警報を発令せず、「深刻」に引き上げたのが11月3日という対応の遅れと危機意識の低さが問題視された。さらに、この教訓は2015年のMERSの大流行時にも生かせず、ここでも対応の遅れと患者の所在場所の隠ぺいなどが批判を浴びた[9]。今回は、こうした反省の積み重ねが功を奏したと言える。

 第三には、セキュリティーカメラの映像やクレジットカードの記録、車や携帯電話のナビのデータまでも使用した感染者の監視と「接触者追跡」と呼ばれるプロセスである。

 韓国民が出生登録時に付与される登録番号は、スマホ、クレジットカードによる買物や通信などに紐づけされており、これが監視カメラと連動させるなどで移動記録に繋がり犯罪捜査などにも利用される。

 自主隔離命令を受けた感染者は、当局の健康チェックの付いた追跡用アプリをダウンロードしなければならない。感染者が隔離から抜け出した場合には当局に連絡が行き、違反した場合には最大2500ドルの罰金が課せられる。しかし、COVID-19のアウトブレイクが大きくなりすぎて患者を集中的に追跡するのが困難になると、当局はよりマスメッセージングに頼るようになった。それは、このシステムによって一般市民が感染者の詳細な移動経路を入手し、感染患者と経路が交わったと思う場合には、検査センターに届け出るよう促される[10]。こうして「接触者追跡」を機能させている。

 このように、韓国は過去の反省から感染症対応の準備を重ね、今回はそれが生かされたと言えるが、韓国政府の措置はこれにとどまらず、3月に政府の権限を強化する「コロナ3法」と呼ばれる「感染病の予防および管理に関する法律」、「検疫法」、「医療法」が改定され[11]、さらに4月11日には、自宅隔離の違反者に限り、スマートフォンから離れて移動した場合を検知するために、スマートフォンに連動した「自動通知監視腕輪」を装着するという、普通の民主主義の国では考えられないことまで決めた[12]。しかし世論調査では、国民の8割が監視腕輪の装着に賛成しており、韓国社会ではコロナ封じ込めを優先することで、政府の措置に対する拒否感は薄いと言える。これは、先の総選挙で「韓国の防疫システムは世界の模範だ」と訴えてきた政権与党の勝利が裏付けている[13]。

規制緩和の落とし穴-追跡システムの弱点

 こうした措置により、新規感染者が明確に減少傾向に転じたことから、韓国政府は、5月6日から感染の拡大を防ぎながら日常生活を送る「生活防疫」へと移行した。韓国の対応はWHO(世界保健機関)からも「世界の範」と称賛され、文大統領も5月10日の就任3年に合わせた演説で、自国の対策を「K防疫」と呼び、「韓国が世界をリードする国となった」と強調した[14]。ところがその矢先、ソウルのナイトクラブを訪れた客を中心にCOVID-19の集団感染が確認された。この集団感染を受け、韓国政府は8日、運営自粛を求める行政命令を出し、9日にはソウル市がこれらの施設の営業を無期限で禁止し、違反者には罰則を科すと発表した[15]。

 そして、この事態から韓国が誇る「接触者追跡システム」に思わぬ綻びが露呈する。感染源となった繁華街である梨泰院(イテウォン)にある複数のクラブは、社会的マイノリティーの同性愛者が利用するクラブだったことが「接触者追跡」を困難にしている。大邱の教団体の礼拝でコロナ感染者が初めて発生した時、韓国社会で異端として扱われている新天地教会の信徒や教会側は身元が露出することを嫌って防疫に非協力的な態度を見せた結果、大邱地域でコロナが蔓延した事態の再来である。

 防疫当局は、携帯電話会社とカード会社にデータの提出を要請し、警察からも協力を得てクラブ利用者全員を捜し出して検査を受けさせる方針だが、クラブの利用者の中には身元の露出を嫌い、来客名簿に虚偽の携帯番号を記載したり、個人情報の公開につながるクレジットカードではなく現金を使用するケースが多いことから、約5500人のクラブ利用者のうち2000人ほどが虚偽の連絡先を残し、連絡が取れていない[16]。

 文大統領は先の演説で、「油断しなければ韓国の防疫はウイルス拡散をコントロールできる。予期せぬ集団感染があっても速やかに対応できる」と述べ、現在の政府の防疫部門である中央防疫対策本部を「庁」に昇格させるとともに、感染症専門病院などの創設により感染拡大の「第2波」に備えるとした[17]。当初の感染拡大時の振出しに戻った韓国が建て直しを図り、再び「世界をリードする」と言えるようになるのか、制限緩和に向かっている国々の注目が集まるところである。

(2)スウェーデン - 「集団免疫戦略」に基づく非制限措置

 スウェーデンが強制措置を採用しない背景にあるものは、積極的な非強制措置によって感染拡大を抑制している韓国とは全く異なる。

 COVID-19の感染者数が拡大する中で、ほとんどの国が国民の行動を厳しく制限する措置をとった。近隣のデンマークが3月11日にヨーロッパで2番目となる封鎖措置を実施し、その翌日には、ノルウェーが全国で都市封鎖を、フィンランドは3月17日の国境閉鎖から段階的に国内での封鎖を行った[18]。

 他方で、スウェーデンの戦略は、厳格な制限措置を取らずに一定多数の人が感染し免疫を持たせることで、免疫を持たない人にも感染が及ばなくなるという「集団免疫」を構築しようというものである[19]。したがって、スウェーデン政府の対応は在宅勤務を推奨し、不必要な旅行やリスクの高い高齢者との社会的接触を避けることを提唱するにとどまっている。制限は、16歳以上の学校の休校、50人以上の集まりの禁止、レストランおよびバーに厳しい衛生規則を課している程度で、国民の生活は以前のように一般的に静かなペースで続いている。そして現在も、スウェーデンの公衆衛生当局や政治家は、厳格な措置を取らずにCOVID-19の感染拡大を遅らせることを望んでいる[20]。

 スウェーデンでは公的機関への信頼度が高く、それゆえに市民は自分の行動を自ら律し、政府のガイドラインを自発的に順守しているようだと考えられている。世論調査では、ストックホルム市民のほぼ半数が在宅で勤務していることが分かっており、以前から柔軟な在宅勤務を促進してきた企業風土のおかげで、ストックホルムの大手企業の在宅率が少なくとも90%以上との推計も出ている。また、数世代が同居する家庭が多い地中海諸国に対して、スウェーデンでは過半数が1人暮らしである。そのため、家族間の感染リスクを軽減できている[21]。

 このように、社会の大部分を開放し続けるというスウェーデンの戦略は、国民によって広く支持されている一方、すべてが納得しているわけではなく、その死亡者数の多さに対して、22名の著名な科学者が都市封鎖すべきだったと強い批判を寄せている[22]。

 スウェーデンの感染者、死者の数は人口比からしても近隣諸国よりはるかに高い。5月17日時点でのジョンズホプキンス大学のデータによると、人口1000万人弱のスウェーデン(感染者数29,677人 死者数3,674人)で、隣接する人口600万人弱のデンマーク(感染者数11,056人、死者543人)、人口約550万人のフィンランド(感染者6,374人、死者 298人)、人口約530万人のノルウェー(感染者8.237人、死者232人)である[23]。各国のデータのとり方は一律ではない可能性があるが、死者数に着目すれば、スウェーデンの3.674人は突出しており、現在の対応のままではさら拡大していく可能性は高い。議会は、政府に国内で増加する死者数を抑制するための追加の権限を承認した[24]。しかし、スウェーデンの公衆衛生当局や政府が目指す「集団免疫」の獲得のために、死者の増加という副作用をどこまで許容できるのか。「危険な賭け」という批判は、必ずしも的外れとは言えないだろう。

 ちなみに、イギリスのジョンソン首相は、当初スウェーデンと同様に「集団免疫政策」を主張し、多数の英国民もこれを支持していた。ところが、3月13日に感染者の急増が確認され、国内の研究者を中心に厳しい批判にさらされたことから、方針を転換し、3月23日に外出禁止令を発令した[25]。しかしタイミングを失した様で、4月10日には8,700人の感染者が確認されており、イギリスの感染者拡大は止まっていない[26]。

 以上、「非強制措置」によって事態に対応している2つの国の状況を概観したが、その対応はそれぞれの国の歴史、文化や国民が持つ価値観によって対照的である。そこで、次稿においては、日本が現在とっている非強制措置について、これら2つの国との比較を踏まえて考察する。

(2020/5/18)

脚注

  1. 1 本稿におけるCOVID-19にかかるデータは、”COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)”, Johns Hopkins University Coronavirus Resource Centerが公表した数字に基づいている。
  2. 2 トランプ大統領は3月18日のホワイトハウスの会見で、「自分は戦時下の大統領だ」、「これは戦争だ」と述べ、フランスのマクロン大統領も3月16日夜のテレビ演説で「我々は保健戦争の真只中にある」と述べた。“Coronavirus: Trump puts US on war footing to combat outbreak,” BBC, March 19, 2020.; Coronavirus: Europe plans full border closure in virus battle,” BBC, March 17, 2020.
  3. 3 各国の国内移動制限の程度については、“Coronavirus: The world in lockdown in maps and charts,” BBC, April 7, 2020,を参照。
  4. 4 田原総一朗「緊急事態宣言発令後に、安倍首相に会って僕が確かめたこと」田原総一朗公式サイト、2020年4月14日。
  5. 5 脚注1に同じ。(2020年4月27日アクセス)
  6. 6 警戒レベルは、第一段階「関心」、第二段階「注意」、三段階「警戒」、第四段階「深刻」の4段階に分かれ、「深刻」が発令されるのは、2009年の新型インフルエンザの流行以来11年ぶりのことである。キム・ファヤ、キム・ウニョン「韓国 感染症の警戒レベルを最高の「深刻」に引き上げ」『コリアネット(日本語版)』2020年2月24日。
  7. 7 「韓国首相 集団感染の大邱などを「特別管理地域」に指定」、『聯合ニュース(日本語版)』、2020年2月21日、「韓国政府、大邱・清道を「特別管理地域」に指定…文大統領『深刻レベルで対応』」、『ハンギョレ新聞 (日本語版)』、2020年2月22日。
  8. 8 Max Fisher and Choe Sang-Hun , “How South Korea Flattened the Curve,” The New York Times, March 23, 2020.
  9. 9 Hyung Eun Kim, “Coronavirus privacy: Are South Korea's alerts too revealing?” BBC News Korean, March 5, 2020.
  10. 10 Max Fisher and Choe Sang-Hun, “How South Korea Flattened the Curve.”
  11. 11 徐台教「権威ではコロナを抑えられない 過去の教訓を生かした韓国の対策」、 『Imidas』 オピニオン、2020年3月11日。
  12. 12 韓国は、長期にわたる休戦状態という特殊な状況にあり、軍、情報機関と警察の権限の交錯が解消されないことから「国民の基本的自由と関連している警察関連法の立法が遅々として進まず」、「法と法治行政に対する市民社会の無関心な態度が助長されている。」との指摘がある。李桂洙(徐勝 訳)「韓国の軍事法と治安法:軍事と治安の錯綜と民軍関係の顛倒」『立命館法学285号』、2002年、385‐389頁。
  13. 13 鈴木壮太郎「韓国、コロナ隔離者に監視腕輪「人権侵害」の声」『日本経済新聞』2020年4月17日。韓国のCOVID-19を巡る国内情勢については、伊藤弘太郎「ポスト・コロナへ動き出した韓国政治」、笹川平和財団『国際情報ネットワーク分析 IINA』を参照。
  14. 14 神谷毅[文大統領「韓国が防疫で世界をリード」就任3年の演説]『朝日新聞デジタル』2020年5月10日。
  15. 15 実際には4月20日に、客と従業員の名簿作成や発熱チェックなどを条件に制限を緩和、事実上、クラブは営業を再開していた。建石剛「韓国 再び集団感染 ナイトクラブ発54人」、『読売新聞』2020年5月11日。
  16. 16 金敬哲「韓国ゲイクラブで何が起きていたのか?―クラスター化でコロナ再流行の危機」、『文春オンライン』、2020年5月11日。
  17. 17 同上。
  18. 18 Orlando Crowcrof, “Is Sweden's COVID-19 strategy working?” euronews, April 13, 2020.
  19. 19 Holly Ellyatt, “Sweden resisted a lockdown, and its capital Stockholm is expected to reach ‘herd immunity’ in weeks,” CNBC, April 22, 2020.
  20. 20 Maddy Savage, “Lockdown, what lockdown? Sweden's unusual response to coronavirus,” BBC, March 29, 2020.
  21. 21 Ibid.
  22. 22 Maddy Savage, “Coronavirus: Has Sweden got its science right?” BBC News, April 25, 2020.
  23. 23 脚注1に同じ。(2020年5月17日アクセス)
  24. 24 Alessio Dellanna, “Swedish government granted special powers to curb coronavirus outbreak,” euronews, April 16, 2020.
  25. 25 James Gallagher “Coronavirus: UK changes course amid death toll fears,” BBC, March 17, 2020.
  26. 26 脚注1に同じ。(2020年5月17日アクセス)