2014年5月6日、北大西洋理事会(NAC)での演説を行った安倍総理は、基本的な価値観を共有するNATOを「必然のパートナー(Natural Partner)」として、本格的に関係を強化する姿勢を示した[1]。それから、10年あまりが経ち、2023年7月、リトアニアの首都ビリニュスで行われたNATO首脳会合に参加した岸田総理は、新たな協力文書である「国別適合パートナーシップ計画(ITPP)」に合意し、より高次元の日・NATO関係の構築に踏み出すことになった。このITPPは、一般的な「個別パートナーシップ・協力プラグラム(IPCP)」をアップデートしたものであり、重要なパートナー国が、ワークショップ、合同訓練・演習、能力開発、政治協議などのNATOとの活動に参加するための戦略的枠組みと位置づけられている。NATOは、国際機関やパートナー国との連絡事務所や連絡協定について定期的に評価を行い、双方に最適な協力形態を常に検討している。今回の日本とのITPPは、インド太平洋の安全保障環境が厳しさを増す中で、どのような戦略的な意味を有し、真の意味で「必然のパートナー」としての証になるのであろうか。

出典:首相官邸

何故、NATOは日本を重視するのか

 冷戦の終焉以降、国際テロ、サイバー攻撃などの非対称な脅威が、世界中に拡散し、多様性を強める中で、NATOは、時代の変化に適合すべく、その関心領域や活動範囲を広げ続けてきた。その中で、NATOは、同盟の再定義と組織変革を急ぐと共に、優先的に、中東や地中海の関係の深い地域との協力枠組みを広げてきた。そして、現在、台湾情勢を含む、インド太平洋の安全保障に世界的な注目が集まる中、同盟の維持存続を図るNATOは、当事者として、この地域との関わりを深めようとしていように見られる。

 その背景には何があるのか。2023年6月、ストルテンベルグNATO事務総長は、近年の中国とロシアの接近が、両国の軍事活動を活発化させ、その存在感を高めていることへの強い警戒感を訴えた[2]。そこには、地域的同盟であるNATOとして、他地域の紛争に直接介入する可能性への言及は避けながらも、台湾有事が生起した際の世界的な影響についての深い懸念を見ることができる[3]。それは、ロシアによるウクライナにおける力による現状変更の試みが、ロシアとの軍事関係を深める中国によって東アジアでも生起し、万一、それが成功するようことがあれば、世界各地で同様の事態が連鎖的に生じ得る可能性が増大するからである。グローバルな相互依存が常態化し、サイバーや宇宙のような新領域の脅威が増大する中で、安全保障も地域の枠にとどまらず、世界中のパートナーと緊密に連携することは、NATOの同盟としての凝集性を維持する上でも自然な流れである。特に、現在のサイバー攻撃や偽情報による認知攻撃などのグローバルな脅威が、国境や地域を越えて現実のものとなっている以上、NATOは、より強力なパートナーシップの構築を急がざるを得ない事情があった。

経済安全保障を意識した日・NATOパートナーシップ強化

 今回のビリニュス首脳会議で合意されたITPPを通じて、短期的には宇宙、サイバー、偽情報などの新領域での運用協力、中期的には新興・破壊的技術(EDT)の研究開発への共同の取り組み、長期的には気候変動、大規模感染症などのグローバルな課題における連携・協調などと共に、今回のウクライナ侵攻の教訓から、共同開発を通じた相互運用性の向上や持続的なサプライチェーンの確保にも焦点が当てられることになったと見られる[4]。これらの諸項目は、一見すると個別の案件に見られるが、全て有機的に関わっており、NATOとして日本との関係強化に加えて、同盟としての持続的な発展の手段として、今回のITPPを位置づけているようにも見受けられる。

 2008年以来、NATOは、長期的かつ戦略的な目標として、エネルギー安全保障や気候変動への影響への対処に関する取り組みを重視してきている。その理由として、それらのグローバルな課題への取り組みを同盟変革の一環と位置づけ、同盟存続のための変革の梃子として考えていることが挙げられる[5]。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)の世界的拡大やロシアによるウクライナ侵攻は、新たな同盟としての経済安全保障上の脆弱性の課題を浮き彫りにし、その対応を急ぐ必要性を認識させることになった。それは、冷戦後に弾薬や補給の在庫が縮小し続けてきた中で、高強度戦争シナリオの課題に対処する軍事的および産業的能力を取り戻すことを気づかせ、予想外を超える世界的な供給連鎖(サプライチェーン)の混乱の収拾を急がせることを意味した。すなわち、NATOが平時において最も懸念する軍事の基盤となる民生インフラの脆弱性の増大とその強靭性の強化の必要性に直面することになったのである。

 今回のウクライナ侵攻に際にして、ロシアは、エネルギー(石油、ガス)を外交取引のカードとして多用し、結果的に、エネルギー供給先の変更に伴う混乱ばかりでなく、世界的な食料需給の不安定性や気候変動への影響への対策の遅れを引き起こした。NATO諸国は、ロシアへのエネルギーへの過度な依存によって、国家的な脆弱性が表面化したことを教訓として、エネルギーや希少鉱物(レアアース)などの重要な戦略物資の安定的な確保に動き出そうとしている。その問題を解決するアプローチとしては、新たな供給先を見つけるだけでなく、サイバー空間や宇宙空間などの新領域を起点とするハイブリッド脅威を排除し、先進技術の導入によってレアアースに過度に依存しない装備体系を構築することも、極めて重要と考えられている。更に、共同開発を通じた相互運用能力の拡充は、共通のグローバルな課題への取り組みを遅滞なく進めるためにも必要な目標であり、NATOの同盟戦略として政策上の方向性にも合致している。

 それは、NATOをして、ITPPに示された協力項目が、有機的に相互に影響を与え合い、軍事的挑戦によって、負の連鎖が引き起こされる可能性を低減させるという、政治的・経済的必要性から、日本との関係強化を急いだとも受け取られる。特に、ストルテンベルグ事務総長が、レアアースにおける西側諸国の中国への過度の依存に対して警告を発しているのも[6]、世界的なパートナーシップの拡大と強化の中で、このサプライチェーンに関する経済安全保障上の課題への解決を考えているからかもしれない。

日本における中核的研究センターの設置

 日本も、力による現状変更を認めない西側諸国の一員として、また東アジアの平和と安定を確保するための重要なプレイヤーとして、NATOとの協力関係を強化して、ヨーロッパ諸国のインド太平洋地域における安全保障上のプレゼンスを強化すべきである。ただ、それは、東京にNATOの連絡事務所を配置するだけでは不十分であり[7]、更に、域外国の安全保障上の関心を引き付けるために、日本のグローバルな戦略的コミュニケーションの能力を向上させ、アジア太平洋からの安全保障のメッセージを絶えず発出することが重要であると考える。

 そのために、ここで、NATOとのITPPを契機として、また、「必然のパートナー」として、日本国内に、NATO連絡事務所に加えて、「インド太平洋地域研究センター(Indo-Pacific Center for Regional Studies: IPCRS)」という官民横断の「中核的な研究機関(Center of Excellence :COE)」を設置することを提案する。ここには、東アジア、東南アジア、南太平洋、南アジアなどのインド太平洋地域に関する官民の研究者や実務者を集め、地域外の国々への情報の共有や発信の拠点となることが期待される。既に、NATOも、変革を加速化するために、変革連合軍(ACT)の管理下に30近いCOEを設置し、作戦運用からグローバルな課題に至るまで様々な研究テーマに特化した支援体制を構築している[8]。これらのCOEは、NATO直属の機関ではないが、各加盟国が自主的に運営するもので、非加盟国との研究協力についても積極的である。

 日本が、インド太平洋地域における分野横断的な総合研究の拠点としてIPCRSを設置すれば、それは、日本によるNATOの作戦運用面での協力ばかりでなく、ACTが進める変革を直接支援することにもつながり、NATOの「必然のパートナー」として期待される役割を能動的に果たすことができるのではないだろうか。具体的には、①両用技術の研究等に関する協力、②認知戦やサイバー戦に関する情報発信、③サプライチェーンや半導体などの機微技術に係る経済安全保障などの点で、緊密かつ継続的な支援の内容が考えられる。また、現在、米国防総省の下には、概ね各地域軍ごとに独立した研究機関が配置されており、米軍に対する研究等の支援拠点として活動している[9]。その中で、アメリカインド太平洋軍(USINDOPACOM)を、主に、研究・訓練・教育面で支援するアジア太平洋研究センター(DKI APCSS)との間で、IPCRSが連携を行うことができれば、日米同盟によるNATO支援を実現することも期待し得る。そして、インド太平洋地域の国々に対して、従来の装備協力や能力構築支援などに加えて、情報やコミュニケーションというソフト面の共有を通じて存在感を増すことは、日・NATO関係の強化のみならず、日本独自の外交・安全保障においても有益であるに違いない。

(2023/07/21)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Proposal for Establishment of Centre of Excellence as “Natural Partner” of NATO
-Prime Minister Kishida's Attendance at the NATO Summit Suggests...-

脚注

  1. 1 「北大西洋理事会における安倍内閣総理大臣演説~日本とNATO:必然のパートナー~」首相官邸、2014年5月6日。
  2. 2 NATO, “Remarks by NATO Secretary General Jens Stoltenberg at the 2023 NATO Youth Summit,” June 5, 2023.
  3. 3 NATO, “ Speech by NATO Secretary General Jens Stoltenberg at the Day of Industry, organised by the Federation of German Industries,” June 19, 2023.
  4. 4 「日・NATO国別適合パートナーシップ計画(ITPP)」外務省欧州局、2023年7月12日。
  5. 5 NATO, “NATO Secretary General: our armed forces must be both green and strong,” June 21, 2023.
  6. 6 NATO, “Remarks by NATO Secretary General Jens Stoltenberg at the CHEY Institute during his visit to the Republic of Korea,” January 30, 2023.
  7. 7 NATO連絡事務所については、2023年1月、ストルテンベルグ事務総長が来日以降、NATO本部の北大西洋理事会(NAC)で議論が続けられてきたが、フランスの反対によって、同盟内のコンセンサスが得られないことから、引き続き検討が続けられることになっている。
    NATO,“Closing press conference by NATO Secretary General Jens Stoltenberg at the end of the 2023 NATO Summit in Vilnius,”July 13,2023.
    しかし、従来から、フランスは、戦略的自律を掲げ、欧州として独自の外交戦略を展開しようとしており、これまでも北米諸国が加盟するNATOに対する牽制を繰り返してきている。Elisabeth Koch, “European Strategic Autonomy after Macron’s Trip to China,” May 9,2023. NATO連絡事務所への反対が、この流れの中で行われたものであれば、今後のNACにおける議論を通じて賛成に転ずる可能性は高いものと見られ、これからの事態の推移を静観することが望ましいと見られる。
  8. 8 NATO, “Centres of Excellence,” December 06, 2022.
  9. 9 欧州軍:ジョージ・C・マーシャルセンター、インド太平洋軍:アジア太平洋安全保障研究センター(DKI APCSS)、アフリカ軍:アフリカ戦略研究センター、米中央軍:近東南アジア戦略研究センターなど。“Related Websites,”DKI APCSSを参照のこと。