QUAD首脳会合

 2021年9月24日、日米豪印首脳は初の対面会議を開催した。4か国首脳は、21世紀の課題に対する実践的な協力を前進させるための野心的な取り組みを打ち出すと共に、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP : Free and Open Indo-Pacific)に改めてコミットする」として、同じ価値観を有する4カ国の協力と連携を確認した[1]。

 この日米豪印による戦略対話は「クアッド(QUAD:Quadrilateral Security Dialogue)」と呼ばれ、インド太平洋地域における様々な協力の枠組みとなることが期待される。この共同声明文書で取り上げられた主要課題は、新型コロナ感染症や気候変動への協調的な対応、先進技術に関する協力、次世代の人材育成の連携などであり、非同盟主義の立場を取るインドへの配慮と見られるが、直接的な軍事や安全保障に関する項目は含まれていない[2]。その一方で、これらCovid-19パンデミックへの国際的な連携、気候変動への取り組み、更に、経済安全保障の核となる次世代移動通信(5G)の展開、第4次産業革命の鍵を握る高度な半導体を要する人工知能やバイオテクノロジーなどの先進技術における連携や協力など、いずれも経済安全保障上の重要課題であり、日米豪印の軍事協力や作戦協力を円滑にする相互運用性の進展にも長期的な影響を及ぼすと見られる。

気候変動と経済安全保障

 2021年3月に開催された初の日米豪印首脳テレビ会議に比べ[3]、今回の同首脳会談では、気候変動の取り組みに関して、年々、頻発化し、甚大化する気候変動[4]の影響に適合し、それを緩和すべき重要性がより強調されることとなった。また、この首脳会合のファクト・シート(解説書)では、迅速かつ広範囲な脱炭素化への取り組みに加えて、経済的な面から、クリーンエネルギーのサプライチェーン(供給網)構築へ向けた共働が謳われている。世界的に、低炭素経済を実現するグリーンビジネス(環境ビジネス)は、将来の成長産業として大きな期待を集めているが、いまだ費用対効果の点で問題が多くあるため、脱炭素に係るビジネスモデルの成功には国家的な支援が不可欠であるとされる[5]。その意味で、日米豪印間で、Co2を排出しないクリーン水素パートナーシップの設立を確認したことは、それが実務レベルのインセンティブを導き出し、グリーンビジネスをめぐる協力態勢の構築と、ひいては安定的なクリーンエネルギー供給態勢の実現に向けての期待を高めることにつながっている。既に日本は、豪州との間で、世界初の褐炭水素(HESC: Hydrogen Energy Supply Chain)プロジェクトを進めており、将来的には、低品質な石炭である豪州の「褐炭」を水素の原材料として活用することを通じて、クリーンエネルギービジネスの興隆とCo2排出削減を両立することを目指している[6]。今回の首脳会合の結果を受けて、日米豪印を地理的に結ぶ脱炭素化された海運ネットワークの実現を前提として、QUADの枠組みの中で、日豪HESCプロジェクを核とする水素エネルギーのサプライチェーンを構築することになれば、それは、インド太平洋地域に大きな経済的効果を生み出すと共に、広範囲のクリーンエネルギー経済圏の構築を通じて、地域の平和と安定を強化することになろう。これは、中国に偏った製造業のサプライチェーンの再構築への試みと同じように、QUADによる経済安全保障上の環境アプローチと位置付けられる。

 他方、注目すべきは、中国の動きである。2021年4月21日、世界の40の国・地域の首脳を招いての米国主催による気候に関するリーダーズサミット[7]に参加した習近平国家主席は、中国が、インフラ、エネルギー、交通、金融において環境問題に積極的に取り組むことを約束し、「グリーン/環境の一帯一路(Green Belt and Road Initiative)」を主導することを宣言した[8]。中国は、既に、一帯一路イニシアティブ(BRI)の一環として、インド洋、ペルシャ湾、欧州に接続する社会基盤を整備するばかりでなく、中国独自の衛星ナビゲーションシステム「北斗」のサービス提供や独自の深海ネットワークケーブルの敷設を通じたデジタルシルクロードの実現によって、中国の政治的影響力をBRI地域に拡大しつつある[9]。その一方で、化石燃料の火力発電所をBRI参加国へ輸出し[10]、国際的な批判に晒される中国は、2015年 5月「製造強国」を目指すべく公表した文書「中国製造2025」において再生可能エネルギーを重視事項に指定し、脱炭素化に伴うグリーン経済へ移行することによって、クリーンテクノロジーの世界標準の座を獲得することを計画している[11]。最終的には、BRIを受け入れる国々において、行政、金融、教育などのデジタル技術領域の汎用化に加えて、風力や太陽光発電プロジェクトなどの再生可能エネルギーの技術等の供与を通じて[12]、排他的な中華経済圏への囲い込みを強化することを目指すものと見られる。

 今後、経済安全保障の観点から、QUADが、日米豪印によるクリーンエネルギーに係る環境ビジネスを通じて、中国の一帯一路地域の囲い込みに対抗し得るのか、それは自由で開かれたインド太平洋戦略としてのFOIPの成否を占う一つの試金石となるであろう。

QUADにおける脆弱性と回復力を巡る協力

 近年、軍事力のみならず経済や技術の力が、安全保障面での比重を高め、経済活動に安全保障の視座が広がった結果として、経済安全保障の重要性が一層高まっている[13]。今後は、更に、気候変動を含む環境問題と経済安全保障の相互作用や連結性がより増大することによって、これらの課題に横断的かつ包括的に取り組む新たな安全保障、すなわち、環境/経済安全保障の融合的なる視点が、このインド太平洋地域の繁栄と安定に欠かせないことを示唆している。

 今回のQUAD首脳会合では、日米豪印四カ国が新たなインフラ・パートナーシップを設立することに合意し、デジタル連結性、気候、健康安全保障などの分野における、社会インフラの「脆弱性(Vulnerability)」の排除とその「回復力(Resilience)」を強化することが確認された[14]。今後、インド太平洋地域における、中国の覇権的動きを牽制すべく、気候変動への取り組み、サプライチェーン構築、更に、インフラ支援という非軍事的な手段を通じて、QUADは、ASEANやEUなどとの連携を強めながら、環境、経済、安全保障という多様かつ横断的な特徴を擁する同盟体に発展してゆくものと考えられる。

 元来、多様性を特徴とするインド太平洋地域に、NATOのような集団安全保障機構の枠組みを構築することは現実的では無いが、その代わりに、様々なリスクや脅威を排除し、持続的かつ安定的な領域として維持すべく、既存の日米同盟などの二国間同盟、FOIP、FIVE EYES[15]に加えて、QUADや「豪英米三国間安全保障パートナーシップ(AUKUS)[16]」などの多様性を有した安全保障枠組みを多層的に組み合わせ、あらゆる脅威の抑止と対処を図る試みが重要となる。それは、重層的な安全保障協力枠組みによる「力の乗数(force multiplier)」を梃子として、地域全体の社会システムの脆弱性の排除、レジリエンスの確保を実現することにもつながると見られる。その中で、QUADには、日米豪印という参加国の特性を活かして、インド太平洋地域における環境/経済安全保障戦略の要となることが期待されるであろう。

(2021/10/18)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
Can the Quad Lay the Groundwork for Environmental and Economic Security?: Eliminating Vulnerabilities and Ensuring Resilience

脚注

  1. 1 MOFA, “Fact Sheet: Quad Leaders’ Summit,” September 24 2021.
  2. 2 MOFA, “Joint Statement from Quad Leaders,” September 24 2021.
  3. 3 MOFA, “Foreign Policy: Japan-Australia-India-U.S. Leaders’ Video Conference,” March 13 2021.
  4. 4 Jill Jäger, Neeyati Patel, Vladimir Ryabinin, Pushker Kharecha, James Reynolds, Lawrence Hislop, and Johan Rockström, An Earth system perspective. In Global Environment Outlook 5: Environment for the Future We Want. United Nations Environment Programme, 2012, pp. 193-214.
  5. 5 Fiona Harvey, “Government support needed to unlock billions in green business, says industry,” The Guardian, June 4 2017.
  6. 6 Agency for Natural Resources and Energy, “Hydrogen Energy Update A promising image of a “hydrogen-based society” is emerging now,” January 31 2020.
  7. 7 MOFA, “Prime Minister Suga’s attendance at the Leaders Summit on Climate,” April 22 2021.
  8. 8 H.E. Xi Jinping, “Full Text: Remarks by Chinese President Xi Jinping at Leaders Summit on Climate,” Xinhua, April 22 2021.
  9. 9 Adam Segal,” When China Rules the Web Technology in Service of the State,” Foreign Affairs, September/October 2018.
  10. 10 Ren Peng, Liu Chang and Zhang Liwen, “CHINA'S INVOLVEMENT IN COAL-FIRED POWER PROJECTS ALONG THE BELT AND ROAD,” GLOBAL ENVIRONMENTAL INSTITUTE, MAY 2017.
  11. 11 Sam Geall, Rebecca Peters, and Byford Tsang; Andrew Erickson and Gabriel Collins, “Can America Trust China to Fight Climate Change?” Foreign Affairs, July 23 2021.
  12. 12 John Parnell, “How Solar Can Power China's Belt And Road Trade Ambitions,” Forbes, June 30 2019.
  13. 13 Cabinet Office, ”Basic Policy on Economic and Fiscal Management and Reform 2020,” July 17 2020.
  14. 14 Jonathan E. Hillman, “COMMENTARY : The Quad’s Strategic Infrastructure Play,” the Center for Strategic and International Studies, September 27 2021.
  15. 15 米国、英国、カナダ、豪州、ニュージーランド5カ国から構成され、政治的、軍事的な情報を共有する同盟を指す。
  16. 16 MOFA, “Japan-Australia Summit Meeting,” September 24 2021.