アメリカ第一主義を掲げ、米欧同盟にも冷淡だったトランプ前政権誕生をきっかけに、マクロン仏大統領やメルケル独首相などの指導者には、欧州の戦略的自律がより強く意識されるようになっている。一方でEUは、現実的な対応として、米国との多国間同盟であるNATOとの協力関係も強化している。しかも、EUとNATOの双方が、インド太平洋地域への関心を高めつつあり、日本との協力も指向している。本稿では、一見矛盾する一連の動きの根底にある欧州諸国の戦略合理性と日本を取り巻く戦略環境への影響を探る。

EUの戦略的自律の実相:NATOとの共存共栄

 ヨーロッパの戦略的自律(European Strategic Autonomy : ESA)に関して、2021年2月10日、欧州連合(EU)のシャルル・ミシェル(Charles Michel)欧州理事会議長(大統領)は、それをEUの共通目標とした上で「回復力があり、依存度が低く、影響力が大きいこと(more resilience, less dependence and more influence)」であると語った[1]。その戦略的自律の起源は、EUの様々な政策・活動に係る基本戦略の一つである「共通安全保障・防衛政策(Common Security and Defence Policy : CSDP)」において示された、欧州としての自律的な行動への希求であり[2]、その後、多様な脅威の中で実存的危機にある欧州に自律性と強靱性が必要であることを提起した「EUの外交・安全保障政策に関するグローバル戦略」[3]において、EUの基本コンセプトとして顕在化することとなった。そして、同戦略を主導したフェデリカ・モゲリーニ(Federica Mogherini)元EU外務・安全保障政策担当上級代表は、EUとしての戦略的自律について、一途に欧州独自の排他的な安全保障態勢を求めるのではなく、70年以上にわたり欧州集団防衛の礎となってきたNATOとの協力関係を強化することを前提として追求するとの考えを明らかにした[4]。また、2021年2月には、NATOは脳死しつつあると発言したマクロン仏大統領も[5]、戦略的自律に関して、それは米国を欧州から排除するのではなく、米欧同盟を強化し、欧州をより信頼できるNATOのパートナーにすることであるという考えを示した[6]。

 その背景には、2002年以降、EUが主導する作戦に対してNATO支援を可能とするベルリン・プラス協定に象徴される各種協力枠組みの整備を通じて、作戦・実務面でのEU・NATO間の協力関係を強化する動きが積み上げられてきた経緯がある[7]。現在、ハイブリッド脅威やサイバー防衛、海上安全保障、演習などの連携、協力項目が具体的に拡充されつつあり、今後とも、EU・NATOの政治的な歩み寄りによって、更なる戦略的関係の強化が図られるであろう。EUとしては、NATOのパートナーとして一定の軍事・安全保障上の役割を果たしてゆく中で、その戦略自律性を一層増大させる方針を追求してゆくものと見られる。

戦略的自律の試金石は核脅威への対処

 このように順調なNATO・EU協力の中にあって、欧州における核抑止取り巻く環境変化は、EUの戦略的自律の発展を阻害しかねないおそれがある。事実、EUが取り組みを続ける 「核兵器の無い世界(world without nuclear weapons)」を目指す核軍縮の流れは、2019年の中距離核戦力(INF)全廃条約の失効や、核戦力増強を図る中国の新たな核軍縮交渉協議への参加拒否などによって停滞を余儀なくされつつある。その一方で、近年、ロシアは欧州に配備された核兵器への依存度を高め[9]、欧州諸国への核恫喝を繰り返し[10]、超音速ミサイルシステムや核巡航ミサイルなどの新たな核兵器の開発を着実に進めつつある[11]。NATOは、現時点で、ロシアの核と通常戦力を組み合わせての挑発への対応に苦慮しているが[12]、「世界に核兵器が存在する限りは核同盟であり続ける」という基本姿勢を堅持し、核計画部会(Nuclear Planning Group:NPG)における核政策や核態勢の協議や決定を行うプロセスを遵守し、また、抑止と防衛のために通常戦力、ミサイル防衛能力と共に核戦力を適切に組合せ、維持するとしている[13]。特に、加盟国間で核抑止のリスクと責任を共有することを保証する核共有(Nuclear Sharing)協定の存在は、同盟内の責任分担、被害共有を明確に示すことで、同盟としての核政策に係る団結や信頼を担保している。しかし、EUでは、核脅威への組織的な対応に係る制度や枠組みは未整備であり、従来より、核分野において、大量破壊兵器の拡散防止や核施設の安全とセキュリティ改善以外の関心が見られない現状において[14]、EU内で唯一の核保有国であるフランスの政治動向が焦点となる。

 フランスは、1940年代後半から核兵器の開発準備を始め、1956年のスエズ戦争や1957年のソ連のスプートニク打ち上げを経験する中で、大国としての栄光の回復を図り、核政策においても米国を含む他者に統合されずに自立すべきであるという大原則を堅持してきた。そして、1958年、正式に核保有国家となることを決定したが、それは、米国による核の傘(拡大抑止)の信頼性に対する不信感を背景に、欧州内の米国の軍事プレゼンスの排除と、それに続く旧ソ連との等距離外交を展開することによって、米ソという超大国から独立した緩やかなヨーロッパの連合を実現させるという挑戦の始まりであった[15]。

 その一方で、核兵器に関する決定を主権の一部と捉えるフランスは、欧州における政治的な主導権を巡る思惑から、折に触れて、フランス独自の核戦力を欧州への拡大抑止の一手段として位置付けることを示唆してきた[16]。1960年代には、厳密に防御的とされるフランスの独立核戦力を基盤として[17]、仏、独、ベネルクス3国による「欧州核戦力(European Nuclear Force)構想[18]」が欧州内で問題提起されることもあったが、具体性に欠けるものであった。

 また、直近では、2020年2月に、マクロン大統領が、フランスの核兵器の共有を通じて、欧州の共同戦略文化を深めることが提案されている。それは、他のEU加盟国が核作戦関連の演習等への参加などを通じて、仏核戦略にアプローチする機会を増やし、その結果として、欧州の核抑止の全体像を作り上げようという考え方に基づいている[19]。しかし、EU内では、現状のNPT体制維持という法的判断や歴史的に根強い反核世論などが複合的に絡み合い、核戦力に関する議論は政治機構としての団結を損ないかねないとして、EUとして慎重な対応が図られた。

 このようなEUを取り巻く諸事情に鑑みれば、欧州が直面する核脅威への対応については、フランスが提案する欧州独自の核抑止アプローチではなく、現在のEU・NATOの関係強化の一環として、核保有国の主権を侵さない範囲での緩い連携と調整による核協力態勢を整備してゆく事が最善の解決策と考えられる。それは、緊密な協力関係に進むEU・NATO協力の項目に核抑止に係る事項を追加し、具体的な核協力に関する協議、調整を事務的に開始する政治的なプロセスを意味し、NATOによるEUへの拡大核抑止の提供という形態ながら、戦略的自律性の点において、核問題では複雑な事情を抱えるEUが許容し得る現実的な対応と考える。

 つまり、EUの戦略的自律は、核抑止という戦略の中心的な部分において達成は困難であり、その解決となるのがNATOとの協力なのである。いうまでもなくNATOは米国が中心となる同盟であり、それは欧州の戦略的自律という方向性とは矛盾するが、それが安全保障上の現実であり、むしろ理想だけに突き進まない欧州の地に足がついた現実性は評価されるべきであろう。

欧州の戦略的自律のインド太平洋地域への影響

 近年、EUとの協力関係を強めるNATOは、軍事同盟であると同時に、大西洋を横断する政治同盟としての存在感が強調されるようになっている[20]。それは、行動指針文書「NATO2030」で示されるように、政治、社会、技術などの急激な変化に伴って、軍事的脅威と非軍事的脅威の境界が曖昧なものとなり、NATOを取り巻く環境変化に適合するために、政治同盟としての特性をより強化する必要性が背景にあると考えられる[21]。このようなEUとNATOの政治協力関係の進展はインド・太平洋の安全保障にどのような意味をもつのだろうか。

 NATOは、今日の複雑な安全保障環境において、サイバー空間や宇宙空間を含む領域横断的な問題やグローバルな課題に対処し、ルールに基づく国際秩序を守るべく、豪州、日本、韓国、ニュージーランドとのアジア太平洋パートナーとより緊密な関係を重視する姿勢を示し、変革し続ける集団防衛組織として、よりグローバルな存在に向かおうとしている[22]。それらは、2021年中に新たな策定が予定されている同盟の戦略指針となる「NATO戦略概念(Strategic Concept)」の中で、NATOの役割として改めて強調されるであろう。一方、EUは、NATOとの協力関係を強化しながら、欧州が直面する様々な脅威に独自に対処し得るよう、欧州の戦略的自律の達成を野心的に試みてゆくと見られる。更に、軍事能力面でも、NATO全加盟国は2024年までに国防費をGDP比2.0%までに増額することが共通目標とされており、EU防衛協力枠組みである常設構造的協力(PESCO: Permanent Structured Cooperation)の進展と併せて、今後、欧州全体として防衛能力の拡充が図られてゆくはずだ[23]。

 そのような流れの中で、より政治的でグローバルな性格を帯びるNATOと戦略的自律を進めるEUが、両者の相互補完関係を維持しつつ、更に、お互いの役割や責任の分担を調整し、連携を強化することを通じて、欧州において70年以上続いた軍事・安全保障上の主役と傍役を静かに交代させることも、将来の一つの選択肢として考えられる。それは、NATOとの協力関係を基本とする欧州の戦略的自律が高まることによって、NATO加盟30カ国の中の非EU加盟国(米、加、英など9カ国)に対して、これまで欧州方面に投資してきた国防資源を、他地域に新たに再配分し得る余地が生じる可能性を意味する。そして、その変化は、今後中国との競争関係を最優先する米国にとっても、インド太平洋における米国のプレゼンスの維持と拡大を期待するアジア太平洋諸国にとっても、またインド太平洋地域の安定に利益を共有しているフランスや英国を含む欧州諸国にとっても、地域の平和と安定に資する軍事・安全保障資源の新たな可能性として、広く歓迎されるであろう。

(2021/05/12)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
European Strategic Autonomy and Nuclear Deterrence - Progress of EU-NATO Cooperation and Impact on the Indo-Pacific Region –

脚注

  1. 1 Charles Michel, “Press Releases: It’s good for our transatlantic alliance when both sides are stronger,” European Council, Council of the European Union, February 10, 2021.
  2. 2 Jolyon Howorth, “Strategic autonomy and EU-NATO cooperation: threat or opportunity for transatlantic defence relations?” Journal of European Integration, October 8, 2018.
  3. 3 Shared Vision, Common Action: A Stronger Europe - A Global Strategy for the European Union’s Foreign and Security Policy, European External Action Service (EEAS), June 2016.
  4. 4 European External Action Service (EEAS) Press Team, “Opening speech by HR/VP Federica Mogherini at the 2016 EDA Conference: The Industrial Evolution or Revolution in Defence,” November 10, 2016.
  5. 5 “Emmanuel Macron warns Europe: NATO is becoming brain-dead,” The Economist, November 7, 2019.
  6. 6 Michel Rose, “France's Macron: 'I do believe in NATO',” Reuters, February 20, 2021.
  7. 7 NATO, “Topics: Relations with the European Union,” February 15, 2021.
  8. 8 European External Action Service (EEAS) Press Team, “Statement by High Representative/Vice-President Federica Mogherini on the award of the 2017 Nobel Peace Prize to the International Campaign to Abolish Nuclear Weapons,” The European Union Delegation to Egypt, June 10, 2017.
  9. 9 U.S. Office of the Secretary of Defense, Nuclear Posture Revie, February 2018, p.30.
  10. 10 ロシアは、2018年「Vostok 2018」軍事演習において核弾頭も通常弾頭も搭載可能な(核/非核両用)弾道ミサイルの発射を行い、2020 年にはロシアの飛び領地であるカリーニングラードに核/非核両用中距離ミサイルSS-26 Stoneを配備している。NATO, “ Speeches & transcripts : Germany’s support for nuclear sharing is vital to protect peace and freedom - Op-ed article by NATO Secretary General Jens Stoltenberg,” May 11, 2020.
  11. 11 Jessica Cox, “News: How does NATO respond to the threat of nuclear weapons?” April 28, 2021.
  12. 12 NATO, “News : NATO Nuclear Policy in a Post-INF World - Speech by NATO Deputy Secretary General Rose Gottemoeller at the University of Oslo,” September 10, 2019.
  13. 13 NATO, ”Deterrence and Defence Posture Review,” May21, 2012.
  14. 14 Oliver Meier, “Liability or Asset? The EU and Nuclear Weapons,” The Clingendael Spectator, June 16, 2020.
  15. 15 高坂正堯「フランスの核政策」高坂正堯、桃井真共編『多極化時代の戦略 下(さまざまな模索)』日本国際問題研究所、1973年、110~122頁。
  16. 16 1964年のポンピドー仏首相による「欧州核戦力(European Nuclear Force)」、Wilfrid Kohl,"The French Nuclear Force and Franco-German Relations,” French Nuclear Diplomacy, Princeton Univ. Perss, 1971, P.295.;1976年のジスガールデスタン仏大統領やメリー仏統合参謀総長による「拡大された聖域化構想」、1995年のジュペ仏首相による「核抑止の欧州化(協調的核抑止力)」提案。Shahin Vallée, “France and Germany Need a Dialogue on Nuclear Policy,” DGAP Commentary, March 3, 2020など。
  17. 17 Hans M. Kristensen, Matt Korda, ‘French nuclear forces, 2019’, Bulletin of the Atomic Scientists, Volume 75, January 7, 2019, pp. 51–55.
  18. 18 Wilfrid L. KOHL, French Nuclear Diplomacy, p.176.
  19. 19 ”Speech of the President of the Republic on the Defense and Deterrence Strategy,” Elysee
    (official website of the President of France), February 7, 2020.
  20. 20 NATO, “Speech by NATO Secretary General Jens Stoltenberg at the Raisina Dialogue 2021 conference,” April13, 2021.
  21. 21 NATO, NATO 2030: United for a New Era, November 25, 2020.
  22. 22 NATO, “Topics: Relations with the four Asia-Pacific partners,” April 22, 2021.
  23. 23 NATO,” Topics: Funding NATO,” January 4, 2021.