宇宙の戦闘領域化

 2018年、米国は初の「国家宇宙戦略」において、宇宙が戦闘領域に変わったことを認めた[1]。宇宙の軍事利用は、米ソ間の宇宙開発競争の口火を切ったスプートニク・ショック(1957年10月)前後から始まり[2]、最近では、2019年3月のインドによる衛星破壊実験や今年4月のイランによる初の軍事衛星打ち上げなど、各国の宇宙への軍事的アプローチが活発になってきている。また、軍の体制面でも、2015年後半には、中国人民解放軍が宇宙、サイバー、電磁波の各領域を一元的に対処する戦略支援部隊(Strategic Support Force)を、また同年、ロシアも独立した宇宙軍を創設している。これらの動きに対して、2019年9月にフランスでは宇宙司令部が、同年12月には米国で陸海空軍と並ぶ独立軍として宇宙軍が創設されるなど、宇宙の戦闘領域化に備える体制整備が始まっている。
 この戦闘領域化の先鞭を切ったのは、2007年1月に対衛星兵器(ASAT, Anti−Satellite weapons)を用いて人工衛星の破壊実験を行った中国である。予想される台湾海峡事態に対して、宇宙やサイバー空間における非対称能力の構築を必要とする中国[3]は、この実験を強行した結果、多くの宇宙ゴミ(スペースデブリ、space debris)を発生させ、国際社会から大きな非難を浴びることになった[4]。数十年にわたり、作戦支援面での軍事的な利用が進んできた宇宙であるが、不用意な宇宙アセットへの攻撃は宇宙全体の運用に大きな影響があることから、米ソ双方が不用意な攻撃を控える「聖域」として保たれてきた[5]。しかし、非対称の戦いを追求する中国は、永らく維持されてきた「聖域」に足を踏み入れ、米国に宇宙システムの脆弱性(vulnerability)を認めさせるきっかけを作ったのである[6]。

宇宙の戦闘領域化

新たな繁栄の基盤としての宇宙

 今後、宇宙は、科学技術のフロンティアとして、また経済成長の推進基盤として大きな期待をかけられている。これは、現代社会の宇宙システムへの依存度の高まりを背景としており、米国は月宇宙探査計画(アルテミス計画、Artemis Program)への取り組みに着手し、日本も同計画への参加を表明している。また、宇宙における経済的なリーダーシップを狙う中国は[7]ロシアとの協力により、月やシスルナ(地球月圏、cislunar)空間[8]を利用する動きを見せている。そこでは、宇宙関連技術の進化と宇宙空間の積極的な活用により、新たな成長資源をいち早く獲得しようという経済上の非軍事競争が始まっている。
 このように宇宙の重要性がますます高まる中、次世代情報通信技術(ICT)や量子暗号などの最新先端技術を積極的に導入することにより、重要インフラとしての宇宙システムの脆弱性を低減し、そのレジリエンス(回復力:Resilience)を増大させることが喫緊の課題となっている。将来、約2万個にも及ぶスペースデブリ(2019年11月時点)[9]が更にその数を増やし、新規宇宙ビジネス参入国の増加に伴う、新たな低価格の小型衛星のコンステレーション[10]構築などによって、宇宙の「混雑化」は今後益々深刻化するものと見られているからである。更に、現在、宇宙関連システムに対しては、物理的な破壊を伴うASATなどのキネティックな脅威だけでなく、サイバー攻撃やレーザー妨害など、ノンキネティックな脅威も顕在化しており、宇宙システムの脆弱性が増大する可能性が高い。
 6月17日に発表された米国防宇宙戦略では、宇宙空間において中国とロシアは米国にとって作戦上の最大の脅威であり、宇宙空間を武装化し、主戦場に変えた当事者として指弾されている。そして、北朝鮮やイランなどの新興脅威に言及しつつ、自国の宇宙利用の促進を優先する中国・ロシア両国が、他国の宇宙への自由な接近を阻止しようとしているとの批難も見られる[11]。宇宙が人類繁栄の新たな希望の領域として注目を浴びる反面、その空間自体が軍事領域へと変化し、不安定化しつつある現実に、我々はどう対処すべきであろうか。

新たな繁栄の基盤としての宇宙

宇宙システムのレジリエンス

 近年、戦場概念が先進技術の進化によって大きな変化を遂げる中[12]、弾道ミサイルを含む経空脅威の多様化への対処に、宇宙を利用しようという動きが見られる。2001年以来、米国、日本、NATOなどは、高度な技術力によって弾道ミサイル防衛(BMD)システムの信頼性を増大させ、迎撃能力を大きく向上させている。しかし、その防御側の技術上の優位を打ち消すかのように、中国やロシアは、音速の5倍以上で飛行する極超音速滑空飛翔体(HGV: Hypersonic Glide Vehicle)や弾道軌道を変更して迎撃を困難にさせる経空脅威の開発を進めている。これに対して、米国では、中露の核弾頭搭載可能な極超音速ミサイルや見通し外からの飛翔体に対して、既存システムによる追跡、対処が困難であるとの判断の下、多数展開低軌道衛星群(proliferated low earth orbit constellation of satellites)による宇宙センサーシステム開発に向けての議論が始まっている[13]。また、併せて、宇宙に展開させる迎撃手段や脅威を無力化する指向性エネルギー兵器の検討も行われている。それは、極超音速のような地上では探知、追尾が難しい経空脅威に対して、宇宙空間から立体的に警戒・監視、迎撃を行うという新たなアプローチである。中国やロシアは、東風17(DF17)やアバンガルド(Avangard)というHGVの実戦配備を急いでおり、防御側には残された時間的猶予は十分とは言えず、現状の防衛態勢に拘泥すること無く、その対処方法を速やかに確立することが急務となっている。
 我が国は、2003年以来、イージス艦への弾道ミサイル対処能力の付与やペトリオット(PAC-3)の配備など、多層的なBMDシステムの整備を進めてきた。そして、今回、常時・持続的な防護能力を向上させるために計画された陸上配備型イージス・システム(イージス・アショア)2基の配備計画を断念したことで、進化を続ける経空脅威への対処についての考え方を改めて明らかにすることが求められている。そこでは、将来の経空脅威の発展態様を正確に見据え、費用対効果を含めた総合的な防衛システムのあり方が示されるべきである。更に、同盟・多国間協調の観点から、宇宙空間の活用を軸とする経空脅威の「多角的抑止」[14]及び共同対処要領をも含めたグローバルな視点も不可欠である。
 生物の進化の過程にたとえれば、攻防の装備品をめぐる開発競争は、捕食者と被食者との間の熾烈な生存競争の繰り返しに等しく、その終わりは無いに等しい。しかし、国家としては、国民の生命と財産を守るために、敵の能力を正確に見積もり、絶えず敵との能力差を優位に保つことで、抑止、対処に万全を期すのは当然である。全ての進歩は相対的なものである以上[15]、国家間の宇宙を舞台とする攻防の競争もゴールが見えない戦いと言うことができよう。

宇宙システムのレジリエンス

日本の進むべき道

 日本では、6月29日、宇宙開発戦略本部における新たな宇宙基本計画の決定を受けて[16]、翌30日に正式に閣議決定された[17]。そこでは、同盟国等との戦略的な連携、宇宙活動の自立性を支える産業・科学技術基盤の強化、宇宙利用の拡大などを通じて、自立した宇宙利用大国を目指すことが謳われている[18]。今後、宇宙システムの機能保証(Mission Assurance)を図る取り組みの中で、現在の民生技術及び安全保障技術がデュアルユースとして進化してゆく現状に鑑み、産官学の横断的な協力・連携態勢を早急に整備して行くことが求められるであろう。特に、我が国の宇宙活動の自立性を支える産業・科学技術基盤を速やかに再構築し、柔軟な対応と横断的な事業管理を可能とする創発的な技術を育成することが、その成功の鍵を握ると考える。そして、何よりも、宇宙を含む国際公共財に関し、そのシステムをあらゆるリスク及び脅威から守り、これらを持続的かつ安定的な領域として維持することは、国際社会や国家の大きな使命であり、我が国も時代の大きな変化の波の中でその責務を果たすことが求められている。
 有名な児童小説「鏡の国のアリス」の中で、主人公アリスは、走り続ける赤の女王から「その場に居続けるなら、走り続けなければならない(It takes all the running you can do, to keep in the same place)」と諭される[19]。日本も、国際社会と協力して、宇宙システムの脆弱性を排除し、そのレジリエンスを強化するために、走り続けなければならない。レジリエンスの強化は最終目的ではなく、問題を解決するための一つの手段でしかないが、守るべき宇宙システムの進化と取り巻く変化は余りに早く、立ち止まることは許されない。

(2020/7/8)

脚注

  1. 1 The White House, “Fact Sheets: President Donald J. Trump is Unveiling an America First National Space Strategy”, March 23, 2018
  2. 2 Benjamin Bahney and Jonathan Pearl, “Why Creating a Space Force Changes Nothing: Space Has Been Militarized From the Start,” Foreign Affairs, March 26, 2007.
  3. 3 Bates Gill and Martin Kleiber, “China's Space Odyssey: What the Antisatellite Test Reveals About Decision-Making in Beijing,” Foreign Affairs, May/June 2007.
  4. 4 Marc Kaufman and Dafna Linzer, ”China Criticized for Anti-Satellite Missile Test Destruction of an Aging Satellite Illustrates Vulnerability of U.S. Space Assets,” The Washington Post, January 19, 2007.
  5. 5 福島康仁『宇宙と安全保障 -軍事利用の潮流とガバナンスの模索』千倉書房、2020年、105頁。
  6. 6 Elbridge Colby.” FROM SANCTUARY TO BATTLEFIELD: A Framework for a U.S. Defense and Deterrence Strategy for Space.” Center for a New American Security, January 2016, p.7.
  7. 7 “Russia, China to add lunar projects to joint space cooperation program”, TASS, July 12, 2018.
  8. 8 シスルナ空間とは「地球と月の間の宇宙空間」を指す。福島康仁,前掲書、193頁。
  9. 9 NASA ,Orbital Debris Quarterly News, vol.24, Issue 1, April February 2020
  10. 10 小型化、多数化した衛星が星団化した状態を指し、その画像や通信量の増大及び高速化の結果、衛星データの飛躍的拡大が期待される。
  11. 11 U.S. Department of Defense, DEFENSE SPACE STRATEGY SUMMARY, June 2020. p.3.
  12. 12 Lauren Elkins,” The 6th Warfighting Domain”, Over the Horizon (OTH), November 5, 2019.
  13. 13 U.S. Senate Committee on Armed Services ,”Missile Defense Policies and Programs”, Subcommittee on Strategic Forces, April 3, 2019.
  14. 14 Andre Beaufre, Dissuasion et Strategie , Armand Colin, Paris, 1964), pp.103-106.
  15. 15 Matt Ridley,” Human Nature.” The Red Queen: Sex and the Evolution of Human Nature, Harper Perennial ,1993, p.18.
  16. 16 首相官邸、「宇宙開発戦略本部」2020年6月29日。
  17. 17 「宇宙基本計画の変更について」令和2年6月30日閣議決定。
  18. 18 同上、19頁。
  19. 19 Lewis Carroll, Alice Through the Looking Glass, (Enhanced Media Publishing, 2016), p. 20.