冷戦の寵児

 1949年北大西洋条約締結の際、北大西洋条約機構(NATO)の初代事務総長(1952~57年)となるヘイスティング・イスメイ(Hastings Lionel Ismay)は、NATO同盟の存在意義を「ソ連(現ロシア)を締め出し、米国を留め置き、ドイツを抑え込む (keep the Soviet Union out, the Americans in, and the Germans down)」と表現した。そこでは、1946年にチャーチルが鉄のカーテンと呼んだ欧州の東西分断という現実に直面した西欧諸国が、歴史的経緯から、欧州から距離を置くモンロー主義的な傾向を見せる米国を欧州に引き留め、地政学的脅威であるソ連を排除し、二度の世界大戦の敗者となったドイツを抑える責務を、米欧同盟に委ねたことを意味する。その後、1991年、NATOは、ソ連崩壊をもって冷戦に勝利し、平和の配当を享受する立場となった。そして勝者の下に同じ志を有する者が集まるがごとく、設立当初は12カ国であった加盟国も、NATO東方拡大の流れの中で、2020年3月には加盟国30カ国を数える巨大な軍事機構へと成長したのである。

 しかし、今回の欧州における新型コロナウイルスの感染(Covid-19)において、医療・公衆衛生については各国の権限であるという原則を遵守したためか、加盟国10億人の命が直接脅かされる中にあっても、NATOの集団防衛機構としての存在感は希薄なままであった。3月中旬、WHOが「欧州は今やパンデミックの震源地となっている」と警告を発していたにも関わらず、最高意思決定機関である北大西洋理事会(NAC, North Atlantic Council)におけるCovid-19に関する議論は始まっていなかったのである[1]。

多様化する脅威への脆弱性

 今回のCovid-19の急激な拡散は、世界規模の相互依存の深化、情報通信技術(ICT)や輸送手段の急速な進歩による地球の狭隘化、人間の欲求を満たすための技術の指数関数的進化など、様々な事象が複雑に絡み合う中で引き起こされたと見られる。それは、あらゆる物が有機的に繋げられ、精緻に編み込まれていった近代的な社会基盤が、ウイルスの拡散という原始的な事象によっていとも簡単に切断され、我々が当たり前と思っていた政治、経済、文化などの既存の価値が一時的にも否定されたことに等しい。そのような社会の基盤的部分の脆弱性が攻撃を受ける中、国際社会はいかなるレジリエンス(回復力:Resilience)をもって対処するのか、我々は、未だ明確な回答を見出してはいない。果たして、NATOは、どう考え、如何に反応しようとしているのであろうか。

 NATOが依拠する北大西洋条約では、第5条において集団的自衛権の行使が記され、締約国に対する攻撃に対しては統一して対応するという、同盟としての集団的な責任が明らかにされている。そして、比較的目立つことは少ないが、第3条では「単独に及び共同して、継続的かつ効果的な自助及び相互援助により、武力攻撃に抵抗する個別的の及び集団的の能力を維持し発展させる」として、集団防衛任務を遂行する上での「脆弱性」に対して、平時からの個々の加盟国の即応性と準備の義務を明確にしている。このNATO解釈によると、第3条は、第5条に定められた集団的防衛条項を補足するものとして、加盟国の回復力の維持強化が個別の義務として課されていることが分かる。これは、同盟として武力による攻撃事態を想定した上で、加盟国が速や な対応を取り得る態勢を平時から整える過程において、有事に影響を及ぼす「脆弱性」を事前に排除すべきことを想定している。そして、それらの努力を通じて、NATOは、集団防衛態勢を盤石なものとし、初めて信頼できる抑止力と防衛力を発揮することが出来るという考えに至る[2]。

 その中で、NATOが想定する「脆弱性」については、軍事同盟を取り巻く環境変化の中で変化を続けており、新たな戦略概念や首脳会議のコミュニケなどで逐次明らかにされてきた。今回、4月2日のNATO外相会合後に、ストルテンベルグNATO事務総長が、国際テロ、サイバー・宇宙システムへの攻撃など国境を超える脅威に加えて、Covid-19のような感染症拡大も脆弱性の範疇に含まれることを示唆している[3]。今後、NATOとして、大規模感染症に対するレジリエンスの整備に関する議論を本格化することが望まれているところである。

集団防衛とレジリエンス

 これまで、NATO軍事部門によるCovid-19への具体的な対応は、①欧州大西洋災害調整センター(EADRCC: Euro-Atlantic Disaster Response Coordination Centre)を核とする支援要請の仲介、調整、②NATO空輸スキームを用いた空輸支援、③即応航空機動(RAM, Rapid Air Mobility)、④革新的な技術活用(3Dプリンター)など、直接・間接支援の枠に留まってきた[4]。その理由は、現時点で、アフガニスタン、コソボ、地中海などにおいてNATOとしての作戦が継続されており、その影響を最小限とすることを最優先したためであろう[5]。

 今回、NATOが中核的任務とする「集団防衛」「危機管理」及び「協調的安全保障」の中で、これらの対応は「危機管理」の範疇で実施されたと見られるが、今後、Covid-19のような大規模感染症への対応が「集団防衛」事態として行われる可能性も否定できない。それは、既に2016年のワルシャワ首脳会合において、多様化するあらゆる種類の脅威に対して軍事同盟としてのレジリエンスを高めることが確認されていることからも伺われる[6]。事実、NATOは、同首脳会合において、サイバー空間を、陸海空と並ぶ第4の作戦領域として位置づけ、その防衛が集団安全保障の一部と確認されると共に、2019年ロンドン首脳会合においては「宇宙」も新たな第5の作戦領域として追認し、多様化する脅威に対して第5条任務で対応する姿勢を明らかにしている。

 NATOとして軍民双方のレジリエンスを高めることが急務となる中、サイバー、宇宙と同様の脆弱性と緊急性を大規模感染症にも認めていたとすれば、北大西洋条約第5条と第3条の関係性において、今回のCovid-19が集団防衛任務の対象となる可能性も高かったと考えられる。

 4月2日のNATO外相会合において、Covid-19への対応の一環として欧州連合軍最高司令官(SACEUR, Supreme Allied Commander Europe)が空輸や余剰物品の各種調整を一元的に実施することが承認された。この結果、NATOは、Covid-19任務部隊(CVTF, Covid-19 Task Force)を編成し、SACEURの意思決定の迅速化を図り、初めて軍事同盟として即応する態勢を取ったことになる。従来、NATOは、作戦に用いるアセットを多国間で拠出する枠組みを準備しており、アフガニスタンでの国際治安支援部隊(ISAF, International Security Assistance Force)のような長期間継続する作戦にも対応するべく大規模な戦力組成態勢を整えている。その場合、独自の軍事力を持たないNATOとしては、加盟国、関係国一同を連合軍作戦司令部(ACO, Allied Command Operations)に招集し、フォースジェネレーションと呼ばれる作戦遂行に必要な人員や機材を拠出するための調整会議を経て作戦部隊を編成することになっている[7]。この会議では、NATO全体として保有する物資の余剰品も対象とすることから、例えば、主に軍が所有するマスク、人工呼吸器などの医療用器材についても、同盟国間で、総量の確認、所要に応じた適正配分などについて総合調整を図ることも可能となるであろう[8]。

 このプロセスは、NATO軍事サイドが最高意思決定機関のNAC(北大西洋理事会)の政治的了承を得て実施するものであり、政治部門から軍事部門への作戦指揮権限の委任行為にあたる。その結果、今回初めて大規模感染症対応の軍事対応プロセスへの移管についての先例が作られたと判断することで、今後同様の事態が発生した場合、加盟各国の政治的な利害調整に拘泥されることなく、NATOが軍事同盟として、速やかに反応し得る環境が整備された可能性が高いと考える次第である。

 最後に、欧州では、1918年のスペイン風邪[9]以来の大規模な被害を伴うことになるCovid-19に関して、現在の感染拡大が収束し暫く経ってからの第二波の襲来も予想されてもいる[10]。その際には、NATOが、北大西洋条約第3条に示されている、集団防衛任務(第5条)を遂行する上での脆弱性からのレジリエンス(回復力)のために、欧州全域において被害局限のために適時適切に対応することを期待したい。もし、冒頭のイスメイ初代NATO事務総長が存命していたならば、集団防衛を核としながらもレジリエンスを触媒として変容し続ける、このNATOの進化をどう見るのか、関心があるところである。

(2020/5/8)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
NATO’s Response to the Coronavirus Pandemic: Security Implication for Japan

脚注

  1. 1 NATO, “News; NATO Allies take stock of response to COVID-19 outbreak,” March18, 2020.
  2. 2 NATO, “Topic; Resilience and Article 3,” March 31, 2020.
  3. 3 NATO, “Press conference by NATO Secretary General Jens Stoltenberg the meeting of NATO Ministers of Foreign Affairs,” April 2, 2020.
  4. 4 NATO, “Factsheet: NATO’s Response to the COVID-19 Pandemic,” April 14, 2020. NATO Support and Procurement Agency, “NSPA team donates 3D-printed connectors to turn snorkels into emergency ventilators masks in the fight against COVID-19,”March 30, 2020.
  5. 5 NATO, “Press conference by NATO Secretary General Jens Stoltenberg following the virtual meeting of the North Atlantic Council in Defence Minister’s session,” April 15, 2020.
  6. 6 NATO,“The Warsaw declaration on Transatlantic Security Issued by the Heads of State and Government participating in the meeting of the North Atlantic Council in Warsaw 8-9 July 2016”, July 9, 2016.
  7. 7 NATO, “Topic; Troop Contributions,” March 23, 2020.
  8. 8 2006年NATOワルシャワ首脳会合で承認された集団防衛レジリエンスのガイドラインにおいて、加盟国は「大量の死傷者等に対応し得る民間医療システムや衣料品の備蓄などの能力」を維持すべきことが求められている。Jamie Shea, “Resilience: a core element of collective defense,” NATO Review, March 30. 2016.
  9. 9 Laurie Garrett,”The Next Pandemic?,” Foreign Affairs, July/August 2005.
  10. 10 Darren McCaffrey, ”Coronavirus: ‘Prepare for the second wave of COVID-19,” euronews, April 27, 2020.