今年2月、インド洋で大きな動きがあった。モルディブ情勢の不安定化でインド軍がモルディブに介入する可能性が指摘されたのとほぼ同じくして、中国海軍の艦艇11隻がインド洋に入ったのである[1]。ソマリア沖の海賊対処に参加している中国艦艇3隻と合わせると14隻もの中国艦艇がインド洋に展開したことになる。これに対し、インドはベンガル湾とアラビア海などで大規模な軍事演習を実施した。また、中国艦隊のインド洋侵入に合わせて、インドは艦隊を派遣、中国側はインド艦隊と遭遇した後、引き上げたようだ。

  昨今、インド洋では印中海軍の動きが活発になっている。一体インド洋で何が起きているのか。それは日本にとってどのような意味を持つのか。本稿は、インド洋をめぐる印中の軍事的な動きに注目する。

インド洋に進出する中国

 インド海軍の活動の活発化の背景には、インド洋における中国海軍の動きがある。中国は、2000年代よりインドの周辺国でいわゆる「真珠の首飾り戦略」に基づく港湾開発を行い[2]、それと同時に、ミャンマーのココ諸島に軍の通信施設を設置した。ココ諸島はマラッカ海峡のすぐ近くで、情報収集と、中国艦艇をインド洋に入れるための施設と認識される。そして、2008年に中国がソマリア沖の海賊対策に艦艇を参加させて以降、次第にインド洋での存在感を高めていった。インド海軍参謀長が2017年12月に語ったところによると、中国の艦艇はインド洋に常時8隻展開させている状態になっており、その中には原潜・通常型潜水艦も含まれる[3]。また、中国は、インドの周辺国のパキスタンに8隻、バングラデシュに2隻の潜水艦を輸出し始め、ジブチに海軍基地も設置した。そのため、中国が近い将来、空母機動部隊をインド洋に派遣することも想定し得る状態になったのである。

インドの懸念

 このような中国の軍事的なインド洋進出で危惧されることは、有事の場合に、インドの核ミサイル搭載潜水艦が中国潜水艦に沈められてしまうことや、インド洋を通るシーレーンが中国の攻撃にさらされることである。しかし、有事だけでなく、平時においても危惧される状況がある。それは、インドよりも中国の存在感が増すと、インド寄りのインドの周辺国が、姿勢を転換し、中国にすり寄っていくことだ。中国が実行している方法は、まさに孫氏の兵法にある「戦わずして勝つ」ために有用な方法といえる。だから、インドもまた、中国に負けない存在感を平時から示さなくてはならなくなったのである。

東シナ海

図1:中国のインド洋における活動
※筆者作成

インドの対抗策

 このような中国の進出に対して、インドはどのような方法で、存在感を増そうとしているのだろうか。インドが自らの存在感を高めるのに使っている手段は大きく分けて、2つある。

(1)プレゼンス(存在感)の誇示
 1つは、軍の存在感を示すことである。インド軍は、2000年代初めから徐々にインド洋における活動範囲を拡大すべく基盤作りに着手した。マラッカ海峡近くのインド領、アンダマン・ニコバル諸島の基地を強化、マダガスカルとモーリシャスに海軍の通信施設を設置し、軍事用の通信衛星を打ち上げて陸から遠く離れても通信できるようにした。2010年代には、毎年、4隻程度の艦艇で小さな艦隊を編成し、遠洋航海させて各国を訪問させた。そして、2014年にナレンドラ・モディ政権が成立してからは、より積極的に各国に展開した。モディ政権成立からわずか1年でインド海軍艦艇は世界50か国以上を訪問し、その中には、モルディブとスリランカに対して空母を親善訪問させた事例もあり、2016年には50か国から100隻以上の艦艇をインド洋に集めて、インドで国際観艦式を実施した。そして、2017年10月には「ミッション・ベース・ディプロイメント(任務ベースの配備)」構想を開始した。これは、インドが参加している7つのミッション[4]に参加する艦艇を、それぞれ3か月の航海に出し、インド洋の様々な国に寄港して、インド洋におけるインドの存在感を示そうというものである。かなり大規模な構想である。2018年5月には、インド空軍もアンダマン・ニコバル諸島に戦闘機を配備することを決め、中国の空母機動部隊の進出に備えている。

 インド軍を展開させるには、各国の港へのアクセス権が必要であるが、2016年にはアメリカ政府からディエゴ・ガルシア島[5]、2018年にはオマーン政府からドゥクム港、フランス政府からレ・ユニオン島(図2左下参照)の海軍基地へのアクセス権を取得した。2018年にはセイシェルのアサンプション島へのインド海軍の基地設置を合意したようである。インド海軍の存在感は確実に高まりつつある。

(2)積極的な能力向上支援
 インドがその軍事的な存在感を示すために取り組んでいるもう1つの方策は、インドが各国の軍事力の能力向上を支援していることだ。それには、インド国内に受け入れる方法と、インドが各国に出向いて支援する方法、さらには金銭面の支援がある。

 インド国内に受け入れる方法としては、留学生を受け入れて教育し、装備品を整備し、演習場を貸し出したりする協力方法を採用している。例えば、マレーシアは自国の戦闘機をインドに持ち込んで整備し、シンガポールはインド国内の演習場を長期に借りている。

 一方、インドが各国に出向いて行う方法は、教官を訓練のために派遣するもので、時として装備品の供与や輸出とがセットになっている。モルディブ、セイシェル、モーリシャスはインドから哨戒機、哨戒ヘリ、哨戒艦艇の供与を受けており、供与された装備の運用法を訓練するために、インド軍が派遣され常駐して訓練にあたっている。

 最近、モディ政権になってから目立つようになったのが、金銭援助である。例えばバングラデシュ空軍に対して、5億米ドル供与することで合意した[6]。バングラデシュは戦闘機の修理部品購入や、次期主力戦闘機の選定のための調査に使用するものとみられている。なぜバングラデシュ空軍の費用をインドが払うのか。修理部品を購入してやるといえば、気前がいいように見えるが、修理部品の供給によってインドはバングラデシュ空軍の戦闘機の状態がわかるし、修理部品の供給をコントロールすれば、バングラデシュ空軍の戦闘機を壊れたままにすることもできる。特に、バングラデシュは中国から戦闘機を買う可能性のある国だ。戦闘機を買えば、その運用法を教えるために中国軍がバングラデシュに常駐することになる。インドはこれを阻止したい。5億ドル供与はそのために役立つのである。

インドの地図

図2:インド洋におけるインドの活動
※筆者作成

日本にとっての意味

 印中のこのような動きは日本にとってどのような意味を持つだろうか。まず考えなければならないことは、中国海軍がインド洋に進出すると、インド洋にある日本のシーレーンを防衛するために、日本も艦艇をインド洋に展開させる必要が生じることだ。実際、日本は2001年以降16年以上、インド洋に艦艇を派遣し続けている。その背景には、インド洋に中東から日本に石油を運んでいるシーレーンがあり、日本にとって重要なことがある。

 しかし、実際には、日本がインド洋に割ける艦艇はわずかである。日本としてはアメリカに期待したいが、アメリカですら、十分な艦艇がない。昨今の中国海軍の軍事力近代化は著しく、2000年から2016年までにアメリカは15隻の潜水艦を新規建造・配備したが、中国は44隻以上建造して配備している。日米は、東シナ海や南シナ海でもより多くの艦艇を配備したいところで、インド洋まで回す艦艇には限りがある。

 だから、インド洋の安全保障は、やはりインドが責任を担ってほしい。インドが十分な海軍力を持っていれば、日米は東シナ海や南シナ海により多くの戦力を集中させることができるのである。

 昨年9月に訪印した安倍晋三首相とモディ首相が採択した共同宣言には、「両首脳は,対潜戦を含む,相互に関心を有する様々な専門分野における,日本の海上自衛隊とインド海軍の緊密な協力に留意した[7]」とある。一部の研究では、日米印で、海南島からインド洋に向けて航行する中国潜水艦を探知するセンサー網「海中の城壁」構築計画が進められているとの指摘もある[8]。インド洋でおきているインドの中国対策は、日本の安全保障に資する動きだ。だから日本としては、例えばインドの建艦能力の向上や、インドとその友好国への艦艇・航空機輸出・供与などを通じて、積極的にインドを後押しすべきと考えられる[9]。

(2018/07/10)

脚注

  1. 1「中国海軍の艦隊がインド洋航行、モルディブでは非常事態宣言発令中」ロイター, 2018年2月21日
  2. 2「真珠の首飾り戦略」とよばれるものは、主に中国がインドの周辺国で行っている港湾開発をさす。パキスタンのグワダル港、スリランカのハンバントタ港、バングラデシュのチッタゴン港、ミャンマーのチャオピュー港などがその戦略の一環とみられている。それらの港の位置をつなぐと、インドの「首」に真珠の首飾りをかけて、インドを包囲する戦略としてとらえることができ、このような名称で呼ばれるようになった。それらの港は、現時点では民生用の商業港である。ただ、近い将来、中国の軍艦が燃料や食料を補給し、乗員の休養をとり、船を整備する拠点として機能する能力を保持し、中国軍のインド洋進出に有用な拠点として機能する潜在力がある。
  3. 3“India Begins Project To Build 6 Nuclear-Powered Submarines”, NDTV, 1 December 2017
  4. 47つのミッションとは、東は、マラッカ海峡、アンダマン・ニコバル諸島、北ベンガル湾及び北アンダマン海への3つのミッション、西はホルムズ海峡、ソマリア沖、スリランカ・モルディブ、モーリシャス・セイシェル・マダガスカルへの展開を目的とする4つのミッションでインド洋の東西の端までインド海軍が存在感を示せるようになるものである。
  5. 5ディエゴ・ガルシア島はイギリス領であるが、イギリス海軍がスエズ以東からの撤退プロセスを進める過程で、アメリカがイギリスから貸与を受け、以後、基地として使用してきた経緯がある。
  6. 6“India commits $500 million credit for Bangladesh military”, The New Indian Express, 8 April 2017
  7. 7外務省「日印共同声明:自由で開かれ,繁栄したインド太平洋に向けて(仮訳)」
  8. 8長尾賢「日米印3か国がインド洋に築く「海中の城壁」」『日経ビジネスオンライン』2016年8月19日
    Abhijit Singh, “India’s ‘Undersea Wall’ in the Eastern Indian Ocean,” Asia Maritime Transparency Initiative, 14 June, 2016,
  9. 9インドへのUS-2救難飛行艇輸出の他に、スリランカへの巡視艇2隻、中古P-3C供与なども検討されている(巡視艇2隻の供与については外務省「スリランカに対する無償資金協力「海上安全能力向上計画」に関する書簡の交換」(2016年6月30日)
    中古P-3Cの供与に関しては長尾賢「日本の安全保障のカギを握るP-3C哨戒機の輸出」『日経ビジネスOnline』」2017年3月16日を参照のこと。