ガザ地区でのイスラエルとハマス等のパレスチナ過激派との戦闘が、イスラエルとレバノンのヒズボラとの戦闘、イスラエルとイランとの直接交戦などへと拡大した。その結果、イスラエルは、ハマス、イスラム聖戦、ヒズボラの軍事部門の大半を壊滅した。また、イランとの2度の交戦では、防空システムや航空攻撃力の実力の差を示し、安全保障を強化することができた。さらに、2024年12月8日にはシリアのアサド政権が反体制勢力により打倒されるなか、イスラエルはシリアの武器弾薬庫を爆破し、同国領内に緩衝地帯を確保するに至っている。勢力バランスの観点からすると、ガザ紛争により、中東地域でのイスラエルの優位性が増したといえる。
一方、イランにとっては、戦略的要衝に当たるシリアのアサド政権が崩壊したことはパレスチナ、レバノンの対イスラエル抵抗勢力への支援ルートを失うこと意味し、安全保障態勢は全般的に大きく低下した。さらに、トランプ氏がアメリカ大統領に再任したことで、経済制裁や武力行使などイランの不安材料はさらに増えている。そのなか、イランは2025年1月17日にロシアとの間で「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結している。そこで、本稿では、中東地域の勢力バランスの変化により、劣位におかれたイランのペゼシュキアン政権がどのような対外政策で難局を打開しようとしているかについて考察する。

注目されたロシアとの条約署名
ペゼシュキアン大統領は、トランプ大統領の就任を前にした1月15日、テヘランで、アメリカのNBCニュースの独占インタビューに応じた。同大統領は、イランの核開発計画を阻止するアメリカやイスラエルの軍事行動の可能性に関して問われ、「われわれは戦争を恐れてはいないが、それを求めてはいない」と述べ、「起こらないことを厳粛に願っている」と語り[1]、トランプ新政権にメッセージを送った。このインタビューの翌日、ペゼシュキアン大統領がモスクワを訪問し、17日にはプーチン大統領と20年におよぶ「包括的戦略パートナーシップ条約」を結んだことが注目されている。
この協定については、ロシアがウクライナへの侵攻直前の2022年2月、プーチン大統領と中国の習国家主席が共同宣言を行ったこと、2024年6月に北朝鮮と包括的戦略パートナーシップ条約を締結し、同年12月にはベラルーシと相互防衛協定を締結したことと結びつけ、ロシア、中国、北朝鮮、イランの軍事関係の拡大を意味するとの見方がある[2]。
一方、これとは異なる見方もある。イランは、ロシアの間で2001年に議会承認を得た「二国間関係の協力原則に関する基本協定」を結び、20年の期間をむかえた2020年初めには、ロウハニ大統領(当時)のもとで両国の戦略的パートナーシップ協定の構想の実現を進めていたが、締結には至らなかった。その後、イランは2021年3月に中国との間で25年間に及ぶ「包括的戦略パートナーシップ協定」を結び、同様の協定をベネズエラ、シリアとも締結し、今回はロシアとの条約署名となっただけだとの指摘がある。また、条約内容には目新しいものがなく、過去3年間に両国が締結した協定の対象分野が含まれているに過ぎないとも分析されている[3]。実際、今回のイラン・ロシアの条約の第3条3項では、一方の締約国が侵略を受けた際には、もう一方の締約国は侵略者にいかなる援助の提供もしてはならないと言及するにとどめており、相互防衛協定とは言い難い[4]。
ペゼシュキアン外交の目的
では、ペゼシュキアン大統領が、長らく遅れていたイランとロシアの条約に署名したのはなぜだろうか。イランは長らく欧米の経済制裁を受けている。少なくとも厳しい経済状態が続いているイランにとって、ロシアとの条約締結の主要な目的は、同国との経済協力の基盤を固め、周辺諸国との経済関係を強化することだといえる。そのための主な手段は、欧米諸国が関与していない上海協力機構(SCO)、BRICS、ユーラシア経済連合(EAEU)などの地域協力組織の加盟国と、貿易、エネルギー、決済システムの構築、投資、輸送といった分野での経済協力を拡大することである。こうした経済協力を支える重要な要素のひとつは輸送ルートの整備であり、イランとロシアがかかわる重要ルートには国際南北輸送回廊(INSTC)がある。今回のロシアとの条約には、このINSTCの整備での協力もうたわれている[5]。
INSTCは、インドのムンバイからイランのバンダル・アッバース港およびチャーバハール港を経由し、そこから北上してカスピ海を通り、ロシアのサンクトペテルブルグを結ぶものである。INSTCの整備にあたっては、イラン南部とパキスタンとの国境地帯のバローチ族の分離独立運動、イラン北部で国境を接するアゼルバイジャンとアルメニアの紛争などが障害となる恐れがある。このこともあって、2024年5月にイランとインドがチャーバハール港の整備10年契約を結びINSTCの整備が本格化して以来、8月にはプーチン大統領がアゼルバイジャンを訪問し、11月にはペゼシュキアン大統領が就任後の最初の国内訪問でシスターン・バローチスタン州を視察している[6]。
イランにとって、INSTCの整備が進めば、周辺諸国との経済協力の基盤固めという目的が達成できるだけでなく、石油輸出ルートをホルムズ海峡の外にも確保できる。それにより、同海峡の封鎖を戦略的に利用しやすくなるというメリットもある。

イラン外交はトランプ政権との交渉につながるか
イランは、ロウハニ大統領時代には欧米諸国との関係改善を基本政策としていた。その後、2021年に就任した保守強硬派のライシ大統領は、近隣諸国との関係改善・関係強化へと政策を変更し、2023年には中国の仲介によりサウジアラビアと国交を正常化した。また、2023年7月にはSCOに加盟し、8月にはBRICSへの加盟を承認され、12月にはEAEUと自由貿易協定を締結するなど地域協力組織での多国間外交にも取り組んだ。さらに、INSTCの整備により、インド、ウズベキスタン、トルクメニスタンとの貿易の拡大や輸送の協力を促進してきた。ペゼシュキアン政権も基本的にはこうしたライシ大統領の路線を継承しており、UAE、バーレーンとの関係改善も進んでいる。
さらに、域内の勢力バランスの面でイランの弱体化をもたらしたガザ紛争によって、逆説的ではあるが、イランとアラブ・イスラム諸国との連携は促進された。それだけでなく、国連や国際会議の場でもグローバル・サウス側の国として連帯できた。また、イランはOPECプラスでの原油価格の調整やBRICS内での通貨などに関する政策協議にも参加できており、イランの国際的孤立感はほぼ解消されたといえる。
戦争を望まず、石油価格の低下や基軸通貨ドルの堅持を主張する2期目のトランプ大統領が、イランの国際社会での立場の変化や、ペゼシュキアン大統領がNBCで語った平和を求めるメッセージを考慮すれば、核合意復帰交渉やイランの海外資産凍結解除の交渉のテーブルに着く可能性もでてくる。トランプ大統領は、2月4日、「イラン政権に対し最大限の圧力」をかけるための国家安全保障大統領覚書に署名する一方、記者団に対し、「真剣に耳を傾けているイランに、ぜひ素晴らしい取引をしたい」と語った[7]。
しかし、同大統領が署名した覚書はイランの石油輸出をゼロにすることや、国連決議にもとづく制裁および制限(スナップバック)を完了するためのキャンペーンの実施などが盛り込まれている[8]。こうしたトランプ政権に対し、2月7日、イランの最高指導者ハーメネイ師は、軍関係者を前にした演説で、「不誠実なアメリカとの交渉は賢明ではない」と述べている[9]。同師の言葉どおりになると、核合意復帰交渉やイランの海外資産凍結解除は遠のく。それは、イラン経済にはマイナスの影響をもたらすだろう。ペゼシュキアン政権の外交は正念場をむかえている。

(2025/02/12)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Iran’s Foreign Policy Has Been Put In an Inferior Position in the Middle East Region ― The Background to the Conclusion of a Comprehensive Partnership Treaty with Russia
脚注
- 1 Dan De Luce, “Iran 'never' plotted to kill Trump during campaign, Iran's president tells NBC News,” NBC News, January 15, 2025.
- 2 ロシアと北朝鮮の包括的戦略パートナーシップ条約は、北朝鮮兵士のロシア派遣につながった。また、ロシアとベラルーシの相互防衛協定により、ベラルーシへの戦略核兵器の配備が可能となった。Frederick Kempe, “A Russian-Iranian inaugural gift for Trump,” Atlantic Council, January 18, 2025.
- 3 Nikita Smagin, “New Russia-Iran Treaty Reveals the Limits of Their Partnership,” Carnegie Endowment for International Peace, January 21, 2025.
- 4 “Text of joint comprehensive strategic agreement between Iran and Russia,” Islamic Republic News Agency, January 17, 2025.
- 5 Ibid.
- 6 “President Pezeshkian arrives in Sistan-and-Baluchestan Province,” Official Website of the President of the Islamic Republic of Iran, November 21, 2024.
- 7 “Trump says he would love to make a deal with Iran,” Reuters, February 5, 2025.
- 8 “National Security Presidential Memorandum/NSPM-2 Executive Order,” The White House, February 4, 2025.
- 9 “Leader: One shall not negotiate with a perfidious U.S. government,” Islamic Republic News Agency, February 7, 2025.