2023年10月から始まったイスラエルとハマス等のパレスチナ武装組織との戦闘は、7カ月をむかえている。国際社会は、このガザ紛争がイスラエル対イランの国家間戦争に発展することを恐れていた。この懸念は、2024年4月1日、在シリア・イラン大使館関係施設がイスラエル軍によるとみられる空爆を受け、イラン革命防衛隊の幹部7人などが死亡する出来事で現実味を帯びはじめた[1]。

 同時期、国際社会では、ガザ地区での飢餓のリスクの高まりや医療崩壊の深刻化という人道危機への対応が急務となっており、3月25日、国連安全保障理事会はガザ紛争の即時停戦を採択した。また、4月1日にイスラエル軍が食料輸送中の慈善団体「ワールド・セントラル・キッチン」の車列を空爆するという事件が起きたことで、停戦への圧力が高まっていた。

 4月13日、イランが在シリア大使館攻撃への対応としてイスラエル本土を攻撃し[2]、4月19日にはイスラエルによるイラン本土への攻撃が行われた[3]。この両国間の直接武力行使はエスカレートすることはなかったが、国際社会にガザ紛争の停戦の必要性を一層強く認識させたと思われる。そこで、本稿では、イラン・イスラエル軍事衝突による影響も踏まえつつ、ガザ紛争の停戦に向けた国際社会の対応の現状と課題について考察する。

紛争の収束に向けた多様な国際圧力

 ガザ紛争の停戦に向けての国際的圧力は、直接国家によるものと国際機関を通してのものに大別できる[4]。まず、前者については、アメリカ、イギリスなどによる「テロとの戦い」での自衛権行使を認めた上でのイスラエルのネタニヤフ政権への国際法の順守についての説得が挙げられる。最近では、アメリカのバイデン大統領がCNNのインタビューで、イスラエルのネタニヤフ首相がガザ地区のラファ市への大規模侵攻を命じた場合、ガザの民間人殺害に使用されたことのあるアメリカ製武器のイスラエルへの輸送を中止すると言及している[5]。また、人道危機をもたらしたことへの非難にもとづく2023年10月のボリビア、2024年5月1日のコロンビアによるイスラエルとの国交断絶、同年5月2日のトルコによる対イスラエル貿易全面禁止などの圧力もある。ただ、今のところ、こうした国交断絶や経済的圧力をかける国は極めて少数である。

 国際機関を通じての圧力の事例としては、2023年12月に南アフリカがイスラエルを、2024年3月にニカラグアが対イスラエル武器輸出に関してドイツを、ジェノサイド条約違反として国際司法裁判所(ICJ)に提訴したことが挙げられる[6]。また、国際刑事裁判所(ICC)が、ガザ地区での戦闘に関連し、ネタニヤフ首相をはじめイスラエル政府および軍関係者に逮捕状を発行する準備をしているとの報道もある[7]。しかし、ICJやICCによる圧力に即効性は望めない。

 国際機関による停戦圧力として重要なものは、3月25日に採択された国連安保理決議2728号である。米国が拒否権を使うことなく棄権したため採択に至っている。同決議案は、即時停戦と人質の即時無条件解放に言及しており、ハマスの壊滅まで停戦に応じないとするイスラエルに圧力がかかる内容となっている[8]。ただし、米国は「拘束力がない」決議だと主張している[9]。

 こうした一連の国際圧力は、紛争を収束させるには至っておらず、ガザ地区で失われた命は5月6日時点で34,735人以上とされる[10]。また、ガザ地区の自治能力は失われ、多くの建物の破壊、教育や医療などの社会サービスも機能崩壊している。一方のイスラエルのネタニヤフ政権も、戦闘目的としている人質の全員解放、ハマスの壊滅のどちらも達成できていない。さらには、戦闘が長引くにつれて同政権のガザ地区での作戦に対する国際的批判や国内の抗議運動が強まる状態を招いている。

中東和平問題の解決を見据えた動きと課題

 国際社会が紛争当事者に圧力をかける一方、エジプト、カタールおよびアメリカはイスラエルとハマスの間接交渉の仲介役としての役割を担い、解決に向けて粘り強く合意を促し続けてきた。これまでのところ、この交渉で合意が得られたのは、2023年11月21日から12月1日までの停戦と、その間のハマス等の人質とイスラエルの収監者の解放の交換という1回のみである。最近の間接交渉では、5月6日にハマスのハニヤ政治局長が、エジプトとカタールに対し、両国による戦闘休止案に同意すると発表し、交渉が一歩前進したと見られた。しかし、イスラエルは、ハマスが提示した案は、同国がエジプトと策定した内容とは隔たりがあるとして合意判断を留保した[11]。翌7日にはアメリカのバーンズ中央情報局長官を加えた関係者協議が行われたが、協議は中断された。

 こうした間接交渉に加えて注目すべき国際社会の動きが2つある。第1は、パレスチナの国連加盟をめぐるものである。4月18日、国連安保理は、パレスチナの加盟勧告決議案の採決を行い、アメリカの拒否権発動で否決された。アメリカは拒否権発動の理由について、パレスチナの国家という最終地位はイスラエルとの交渉による和解の一環としてのみ実現すべきと説明した[12]。一方、決議案の提出国であるアルジェリアやそれを支持したアラブ諸国やイスラム協力機構(OIC)は、パレスチナが国連加盟を通し国際社会で国家として承認され、イスラエルと対等の立場で交渉することが中東和平問題の解決につながるとの立場を取っている。今回、パレスチナの国連加盟は実現しなかったが、パレスチナを国家承認する動きは着実に進んでおり、スペイン、ノルウェー、アイルランドなどEU諸国の中にもこの立場への賛同国が出てくるなど今後の動きが期待されている。

 第2に、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタール、エジプト、ヨルダンなどのアラブ諸国の外交が活発化していることが注目される。これらの親米アラブ諸国にとって重要なことは、自らが紛争に巻き込まれるリスク要因を排除することである。そのため、4月中旬のイランによるイスラエル本土への攻撃後、イランとアメリカに積極的に働きかけ、事態の収束に努めている[13]。さらに、攻撃に際して、サウジとUAEは、イランの無人機とミサイル攻撃に関する情報提供を通じて、また、ヨルダンは、アメリカ、イギリス、フランスとともに迎撃に参加することによって、イスラエルの被害を最小限にとどめることに協力したとされ、バイデン政権が構想する中東地域の集団防衛が機能することが明らかになったと報じられている[14]。

 このイラン・イスラエル軍事衝突リスクを軽減するためにも、ガザ紛争の即時停戦、さらには中東和平問題の解決が重要課題となる。4月下旬にサウジのリヤドで複数の会議が開催され、27日のアラブ6外相級会合(メンバー:サウジ、UAE、カタール、エジプト、ヨルダンおよびパレスチナ解放機構)や、28日、29日のアメリカのブリンケン国務長官も参加したアラブ6外相会議、世界経済フォーラム(WEF)特別会議などでは、ガザ紛争の停戦と2国家解決への支持が強調された[15]。このうち、27日のアラブ6外相級会合では、前記の2点に加え、①パレスチナ国家の承認、②パレスチナの領土としてのガザ地区の不可分性、③ラファでの軍事作戦の拒否、④ヨルダン川西岸地区と東エルサレムでのイスラエルの不法行為への警告が確認され、イスラエル、ハマス双方に交渉の合意を迫る環境をつくった[16]。以上のことから、アラブ6外相会合参加国は、短期的にはガザ紛争終結に、長期的にはガザ地区の復興とパレスチナ国家樹立に関与し、合意形成をはかっていくと考えられる。

アラブ諸国の政治指導者の思惑

 リヤドでの会議出席後、ブリンケン国務長官の「アメリカとサウジの合意はもうすぐだ」との発言や、サウジ・イスラエルの国交正常化の話題がメディアに流れている。これらは、先のイランによるイスラエル本土への攻撃の際に見られたような、アメリカ、イスラエルと連携した中東地域の安全保障構想も進められていることを示唆している[17]。

 アラブ諸国では、政治指導者の世代交代が進み、「アラブ民族の連帯」「パレスチナの大義」よりも、国益や政治目的、さらには政治指導者の「個人益」を優先した政策がより重視されている[18]。ガザ紛争の停戦は、紅海、レバノン南部、シリアのクネイトラ県などでの戦闘停止にもつながるため、多くのアラブ諸国にとって安全保障という国益にかなう。一方、ガザ地区の復興やパレスチナ国家樹立への関与は、難題山積で、自国にとって利益の薄い課題である。アラブ諸国の政治指導者たちは、パレスチナの歴史に向き合い、そこで暮らす人々の未来構想にどこまで寄り添い続けるだろうか。上記のアメリカ・サウジ関係をめぐる報道からは、この点が大きな課題といえる。

(2024/05/14)

脚注

  1. 1 “Iran says Israel bombs its embassy in Syria, kills commanders,” Reuters, April 2, 2024.
  2. 2 Dan Williams and Parisa Hafezi, “Iran launches retaliatory attack on Israel with hundreds of drones, missiles,” Reuters, April 14, 2024.
  3. 3 イラン側も、イスラエル側も、この攻撃がイスラエルによるものであると明確にしているわけではない。Alex Marquardt, Helen Regan, Hamdi Alkhshali, Artemis Moshtaghian and Adam Pourahmadi, “US official tells CNN, as region braces for further escalation,” CNN, April 19, 2024.
  4. 4 この他に、アメリカの大学での学生を中心とする抗議活動をはじめ世界各地で起きている停戦を求める市民運動の圧力もあるが、これについては紙幅の関係上別稿に譲りたい。
  5. 5 バイデン大統領は、この発言と同じ2024年5月8日のCNNのインタビューの中で、アメリカはイスラエルに防衛兵器の提供は続けるとも述べている。 Kevin Liptak, “Biden says he will stop sending bombs and artillery shells to Israel if it launches major invasion of Rafah,” CNN, May 9, 2024.
  6. 6 Wendell Roelf and Toby Sterling, “South Africa files genocide case against Israel at World Court,” Reuters, December 30, 2023; Stephanie van den Berg, “Nicaragua files case at World Court against Germany for aiding Israel,” Reuters, March 2, 2024. なお、ICJは、ニカラグアによる提訴を4月30日に却下した。
  7. 7 Andrew Macaskill, “Israel concerned over possible ICC arrest warrants related to Gaza war,” Reuters, April 30, 2024.
  8. 8 Raffi Berg, “UN Security Council passes resolution calling for Gaza ceasefire,” BBC, March 26, 2024.
  9. 9 Nadeen Ebrahim, “Hamas has offered a ceasefire deal. Here’s why that won’t bring an immediate end to the war in Gaza,” CNN, May 8, 2024.
  10. 10 “34,735 Palestinians killed and 78,108 injured in Israel's military offensive on Gaza since Oct.7 - Gaza health ministry,” Reuters, May 6, 2024. ハマスが運営するガザ保健当局が公表するガザ地区でのイスラエル軍の軍事行動で殺害されたパレスチナ人の人数には、ハマス関係者も含まれていると考えられる。一方、破壊された建物の下の遺体回収が遅れていることから、死者数はさらに多い可能性がある。
  11. 11 Humeyra Pamuk, Alexander Cornwell and Pesha Magid, “US, Britain urge Hamas to accept Israeli truce proposal,” Reuters, April 30, 2024.
  12. 12 Michelle Nichols, “US stops UN from recognizing a Palestinian state through membership,” Reuters, April 19, 2024.
  13. 13 Samia Nakhoul and Pesha Magid, “Gulf states, vulnerable but influential, seek to stop new Iran-Israel war,” Reuters, April 15, 2024.
  14. 14 Stuart Winer, “Report: Gulf states, including Saudi Arabia, provided intelligence on Iran attack,” Times of Israel, April 15, 2024.
  15. 15 “Six-Party Ministerial Meeting Convenes in Riyadh to Discuss Israeli War in Gaza Strip,” Asharq Al-Awsat, April 29, 2024; “Saudi FM: Giving Palestinians their Rights is the Solution to Stability,” Asharq Al-Awsat, April 29, 2024.
  16. 16 “Six-Party Arab Group Warns of Israeli Aggression on Gaza, Calls for Two-State Solution,” Asharq Al-Awsat, April 28, 2024.
  17. 17 「もうすぐ」とされる「アメリカとサウジの合意」の内容として、アメリカからサウジへの要求にはサウジに中国製武器購入を停止させることや中国政府によるサウジへの投資の制限などがあり、サウジ側の要求には、アメリカによる同国防衛の正式保障や人工知能を含む先端技術の提供などがあると報じられている。Humeyra Pamuk, Alexander Cornwell and Matt Spetalnick, “US and Saudi Arabia nearing agreement on security pact, sources say,” Reuters, May 3, 2024.
  18. 18 例えば、サウジのムハンマド皇太子は、2018年のイスタンブール総領事館内でのカショギ記者殺害事件をはじめ、イエメン内戦への介入、強硬な手段での皇太子就任などで国内外での評判が必ずしも高いとはいえない。同皇太子が国内外に政策実績を示すためには、4月28日のリヤドでの世界経済フォーラムでもアピールしたサウジの成長戦略「ビジョン2030」の成功や、湾岸アラブ諸国を代表する政治リーダーのひとりとして認識される必要がある。「ビジョン2030」の都市計画に際しての住民の強制排除やイスラエルとの国交正常化を視野に入れてのソーシャルメディアの弾圧などの政策には、以上のような背景があると考えられる。Merlyn Thomas and Lara El Gibaly, “Neom: Saudi forces 'told to kill' to clear land for eco-city,” BBC, May 9, 2024; “Saudi Arabia 'detains people for anti-Israel social media posts',” Middle East Eye, May 2, 2024.