イランでは、2021年8月に保守強硬派といわれるライシ大統領率いる新政権が発足した。その政権下、内政面では、核合意復帰協議の停滞による経済制裁の継続や新型コロナウイルス感染症などによる経済的打撃が回復していない。さらに、2022年9月にスカーフ着用問題を機に活発化した市民の抗議活動が続いている。また、外交面では、近隣のアラブ湾岸産油国との関係修復が試みられている一方、イスラエルのネタニヤフ政権の再登場で対立のレベルが上がっている。

 2023年に入り、外交と内政ともに多くの課題を抱えるイランは、ロシアとの軍事協力に加えて、1月29日にロシアとの両国銀行間の通信システムの接続で合意文書に署名したことで、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツとの対立をさらに深めている。こうした中で、2月14日に、ライシ大統領が北京を訪問し、20の協力文書に署名するなど、イラン外交において中国の存在感が特に高まっている。本稿ではこうしたイランの中国との関係強化について、「包括的戦略パートナーシップ」に焦点を当てて分析する。

包括的戦略パートナーシップの変化

 長い歴史のスパンで見ると、イランと中国との関係は実に2000年を超える。近代国家の成立以降でみれば、1971年8月に外交関係が樹立され、今日まで友好関係が続いている。その両国が、2016年に習近平国家主席がイランを訪問し、「包括的戦略パートナーシップ」で合意して以降、さらに関係を深めている[1]。2021年3月には、この合意を踏まえて「イラン・中国包括的協力協定」が結ばれ、2023年2月のライシ大統領の中国訪問で、協力協定の実現を加速化することが確認された。

 2016年の「包括的戦略パートナーシップ」は、国際秩序の多様化と経済のグローバル化の中、両国の共通利益の拡大をはかることが目的だといえる。共同声明は、20項目からなり、政治、行政協力、司法・安全保障・防衛、人的・文化的な分野にわたっている。そこには、「シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード」(通称、一帯一路)の推進や、アジアインフラ投資銀行での協力、イランの核開発に関する「包括的共同計画」(JCPOA)の合意を歓迎することなどが含まれており、国際社会情勢を踏まえた二国間協力に重点が置かれている[2]。

 2021年3月の包括的協力協定の最終的な内容は現在まで公表されていないが、2020年に報じられた協定案では両国間の25年間にわたる協力と貿易強化が強調されている。具体的には、①中国が25年にわたり、毎年4億ドルの対イラン投資を行う、②イランのサウスパルスガス田開発への中国石油天然機集団公司(CNPC)の出資比率を引き上げることなどが含まれているとみられる[3]。その背景には、中国側にとって、中央アジアへの海上からのアクセスルート上にあるイランの戦略的重要性が高まったことがあると考えられる。また、イラン側の背景としては、原油価格の下落や、アメリカのトランプ前政権のイラン核合意からの離脱にともなう2018年からの経済制裁の発動により、経済的苦境に陥ったということがあると考えられる[4]。ただしイラン側には、この協定で中国依存度が高まることへの不安の声が、一部から聞かれたといわれている[5]。

イラン側の不満表明から関係強化に向けた動きへ

 その中、2022年12月7日に習国家主席がサウジアラビアを訪問し、翌8日に二国間の「包括的戦略パートナーシップ」で合意し、さらに9日には、第1回中国・湾岸協力会議(GCC)首脳会議および第1回中国・アラブ首脳会議も開かれた。その中国・GCC首脳会議後の共同声明において、イラン・UAE間の係争地問題について2国間交渉での解決を支持することが言及された。これに対し、同係争地は自国領だとするイラン側の不満が強まり、中国に抗議するという事態に至った[6]。

 この事態に中国側の対応は早かった。12月12日からの胡春華副首相がテヘランを訪問し、今回の中国の外交政策についての説明がなされた。さらに、胡副首相は、翌13日のライシ大統領との会談で、①イランとの関係発展の意思は不変であること、②イランの国家主権と領土保全を尊重すると述べた。また、両国の今後25年間の協力の推進に関する協議をモフベル第一副大統領と行っている[7]。

 エネルギー、投資、貿易などの分野では、中国にとっては、欧米の経済制裁下にあるイランよりもGCC諸国との関係強化の方が多くの利益を得られると考えられるが、ライシ大統領の訪中ではどのような協議がなされたのだろうか。共同声明には、①包括的協力に関するプログラム実施の加速、②互いの国家主権、領土保全、国家の名誉の保護への確固たる支持、③国際安全保障とエネルギーの観点でのペルシャ湾地域の平和と安定の重要性、④国防分野での戦略的意思疎通の強化、⑤一帯一路構想への全面的参加——などが盛り込まれている。とりわけ、2015年のイラン核合意の完全で効果的な履行促進のために必要なこととして、「検証可能な形ですべての関連制裁が解除されなければならない」と協調されたことが注目される[8]。

 このような過程を経て実施された2023年2月14日からのライシ大統領の中国訪問は、両国関係の新たな一歩になった。

中国との包括協力協定推進で経済回復への期待が高まる

 2023年に入り、1月18日にはEU議会が革命防衛隊をテロ組織として認定し、2月3日には国際原子力機関(IAEA)へのイランの核開発状況の通知義務違反をアメリカ、イギリス、フランス、ドイツが非難するなど、対イラン制裁強化の機運がさらに高まっている。その中で、イランにとって、中国との共同声明で経済制裁解除に言及し、その運用の問題点を示せた成果は大きい[9]。

 また、イランの中国の一帯一路構想への参加については、すでに実績が上がりはじめている。例えば、2022年12月には、イランがインド洋に直接アクセスできる南東部のバルチスタン州のチャバハール港と中国との間の船舶の直行便が就航した[11]。また、2023年1月にはイランは、中国の一帯一路構想との関係を深めているユーラシア経済連合との間で自由貿易に関する覚書に調印した[12]。チャバハール港に関しては、中国との間の物流の活発化に加え、インドからイラン、アゼルバイジャンを経由してロシアに至る南北輸送ルートの拠点にもなる重要な港である。イランは、同港の自由特区化に加え、自国をインド洋と中央アジア、カスピ海周辺地域を結ぶ接点(ハブ)ととらえ、国内の鉄道、高速道路の建設を推進し、経済の活性化に取り組んでいる。ライシ大統領は、一帯一路への全面的参加を共同声明に盛り込んだことで、欧米の経済制裁下での独自の経済発展の方向性を示したといえる。

 さらに、同大統領は、今回の中国訪問について、とりわけ経済的利益を得た点を「成功」だったと高く評価している。共同声明では触れられていないが、上海協力機構(SCO)への加盟に続き、大きな経済規模を有するBRICS加盟に向け中国の支持を取り付けたとされる[13]。

 インフレと通貨の暴落が続く中、中国との関係強化はイラン国民にとっても明るいニュースといってよいかもしれない。しかし、経済回復のスピードが遅ければ、このところ鎮静化したかにみえるスカーフ問題に端を発した反政府デモが再び活発化する可能性もある。最近、「大アヤトラ」と呼ばれるイランの著名なイスラム法学者たちが、経済状況の悪化に批判の声を上げはじめている[14]。イラン革命から44年を経たイスラム体制は、揺らぎはじめているようにも見える。今後、中国がこうした状況にあるイランとの関係をどのように進めていくかが注目される。

(2023/03/07)

脚注

  1. 1 “Full text of Joint Statement on Comprehensive Strategic Partnership between I.R. Iran, P.R. China,” Official website of the President of the Islamic Republic of Iran, January 23, 2016.
  2. 2 Ibid.
  3. 3 Peyman Hassani & Amir Hossein Arabpour, “Iran-China comprehensive strategic partnership from perspective of economic diplomacy,” TehranTimes, April 26, 2021.
  4. 4 Ibid.
  5. 5 青木健太「イラン:イラン・中国包括的協力協定が締結」中東調査会『中東かわら版』No.149、2021年3月29日。
  6. 6 UAEとの間のアブ・ムーサ島、大小トンブ島の領有問題について、イランは交渉の余地がないと考えている。Mehran Shamsuddin, “China's wrong move on the rotten rope of Persian Gulf Cooperation Council,” Tehran Times, December 11, 2022.
  7. 7 “China, Iran underline need for respecting IRI territorial integrity,” Islamic Republic News Agency, December 13, 2022; “Raisi voices Iranians' criticism over recent stances of Chinese president,” Islamic Republic News Agency, December 13, 2022.
  8. 8 “Emphasised in the joint statement of Iran and China; Importance of close relations between the leaders of Iran and China in deepening comprehensive strategic partnership/ Firm support for national sovereignty, territorial integrity, national honour of the parties,” Official website of the President of the Islamic Republic of Iran, February 16, 2023.
  9. 9 Tehran Timesでもこの点が強調されている。 “Xi and Raisi call for full implementation of JCPOA,” Tehran Times, February 17, 2023.
  10. 10 Ibid.
  11. 11 “China launches direct shipping line to Iran’s Chabahar port,” Tehran Times, January 1, 2023.
  12. 12 “Iran, EAEU sign free trade agreement,” Islamic Republic News Agency, January 19, 2023.
  13. 13 註8に同じ.
  14. 14 “Iran: Senior clerics are turning against Raisi government over economic crisis,” Middle East Eye, February 16, 2023.