原油価格の指標となるWTI原油が[1]、2月3日、ニューヨークの商品取引所で2014年10月以来の1バーレル90ドル台まで上昇した。2014年10月以来の高値である。その背景には、石油輸出国機構(OPEC)と非OPEC主要産油国で構成されるOPECプラスによる3月も現行の増産ペース(月量40万バーレル)を維持するとの決定、ウクライナをめぐる原油・天然ガスの輸出国であるロシアと欧米との緊張などに加え、中東の湾岸地域での緊張の高まりがある。
1月17日、24日、31日にアラブ首長国連邦(UAE)がイエメンのシーア派反政府組織であるフーシ派から攻撃を受けるという出来事が起きた。フーシ派が「イエメン・ハリケーン」作戦と呼ぶこの攻撃は、イエメン内戦において、サウジおよびUAEが支援する勢力とフーシ派との戦闘が激化する最中に行われ、UAEだけでなく関係国にも少なからぬ衝撃を与えた。
以下、本稿では、イエメン情勢が世界有数の産油国であるUAEの安全保障に与える影響について検討する。
人道危機下のイエメン情勢とフーシ派の戦術転換
フーシ派(自称アンサール・アッラー:神の支持者)の起こりは、1978年のクーデターから続くイエメンのサレハ政権の腐敗に抵抗するため、1990年代にイエメン北部のサアダ県で勢力を強めていったイスラムのザイード派(シーア派の分派)の宗教運動である。同派は、2003年の米国のイラク侵攻後、「神は偉大なり、米国に死を、イスラエルに死を」などのスローガンを掲げるようになり、過激化傾向を強めた[2]。さらに、2012年2月にサレハ政権が倒れ、サウジに支えられたハディ暫定政権が樹立されると、フーシ派は同政権への抵抗運動を展開し、イエメンは現在まで続く内戦状態に陥った。その後、2015年にサウジ、UAEがアラブ連合軍を形成してイエメン内戦に介入したが、現在、人道的大惨事といわれるような状況になっている。
ここ数カ月、その連合軍が攻勢を強めており、2021年11月には、紅海に面するホデイダ県、アラビア海側に位置するシャブワ県に展開し、マアリブ県、シャブワ県でのフーシ派の軍事的進展をくい止め、2022年1月に入り、シャブワ県を掌握した。この作戦で活躍したのは、UAEが支援する民兵組織「アル・アマリカー」(ジャイアンツ旅団)である[3]。現在、地上戦はフーシ派に不利に動いている。
フーシ派からみれば、この戦局は、2019年7月にイエメンから撤退したはずのUAEが再び西部地域で軍事行動に関与しはじめたことによってもたらされたとみえるだろう。フーシ派は、1月、UAEに対する報復攻撃を開始した。それ以前のフーシ派によるUAEへの航空攻撃は、2018年7月のアブダビ国際空港とドバイ国際空港をドローンで狙ったものが最後であった[4]。
1月17日の攻撃は、多数のドローンとミサイルを使った大規模なもので、アブダビの国営石油会社(ADNOC)の施設エリア、およびアブダビ国際空港の拡張工事エリアで火災と爆発が発生し、ADNOCの従業員3人が死亡、6人が負傷している[5]。また、24日には、アブダビ南方の米軍が駐留するアル・ダフラ空軍基地がミサイル攻撃を受けた[6]。その後もフーシ派は、イスラエルのヘルツォグ大統領のドバイ万博訪問に合わせるように、1月31日にもミサイル攻撃を実施している[7]。
UAEの防空システムを脅かすフーシ派の航空攻撃能力
1月17日と24日のフーシ派の攻撃で使用されたドローン、ミサイルはともに飛行距離が伸びていた[8]。また、多数のドローンとミサイルの組み合わせにより攻撃された場合、迎撃が難しいこともみえてきた。今後も、フーシ派はこうした兵器を用いてUAEの石油関連施設、空港、商業地域などの重要施設を標的とする攻撃を続けると考えられる。
これに対し、UAEはパトリオットミサイルやTHHAD(終末高高度防衛)ミサイルを使用して自国を防衛する一方、サウジとともに航空戦力によりフーシ派の軍事拠点への攻撃を続けるとみられる。実際、連合軍は1月17日から4日連続でイエメンの首都サナアやマアリブ、ホデイダ港で空爆を行った。
しかし、1月21日、フーシ派が拠点を置くサアダにある移民拘留施設を連合軍が爆撃し、70人以上の死者と多数の負傷者が出たことで、国際的な非難を浴びたことからもわかるように[9]、ドローンやミサイルの発射を航空戦力のみで阻止することは難しい。
UAEのフーシ派リスクは続く
ドバイでは2021年10月から2022年3月末まで万国博覧会が開催されており、UAEとしては防衛力強化が急務となっている。このUAEに対し、アメリカのオースティン国防長官は、2月1日、アブダビのムハンマド皇太子と電話会談を行い、「現在の脅威に対して支援する」と伝えた[10]。また、2月4日にはフランスのパルリ国防大臣が、フランスはUAEの「領空を守るための支援を行うことを決定した」とツイートしている[11]。
しかし、イエメンに平和がもたらされない限り、フーシ派はUAEの安全を脅かし続ける可能性がある。今後、UAEが自国を守るためにとり得る政策としては、次のようなものが考えられる。第1は、再びフーシ派との戦闘から距離を置き、イエメン南部の分離独立派「南部暫定評議会」[12]を支援するにとどまり、フーシ派による航空攻撃を中止させ、合わせて、イエメン南部のソコトラ島の利用と紅海航路の安全保障を得ることである。第2は、防空力の強化を図る一方、サウジとともにイエメンでの戦闘を継続し、フーシ派を軍事的に追い詰めることで政治的妥協を引き出すことである。ただし、前者にはサウジとのパートナーシップが弱まるリスクが、後者にはイランとの関係修復が難しくなる恐れがある。
第3の政策として考えられるのは、国連の支援を受けてイエメン情勢を政治的に解決する道を探ることである。そのことは、2月3日に行われたUAEのアブドラ外相とイランのアブドラヒアン外相との電話会談でも話し合われている[13]。死者を出した1月17日のUAEへの攻撃について、同月21日に国連安全保障理事会は全会一致でフーシ派を非難する議長声明を発出しており、安保理事国の足並みが揃った。とはいえ、安保理が政治解決に結びつく新たな決議案をまとめる動きは起きていない。
当面、UAEは防空力を強化し、フーシ派を軍事支援するイランとの協議を継続し、フーシ派による攻撃問題の打開策をさぐるとみられる。その一方、フーシ派やイランが敵視するイスラエルについては、経済、情報、軍事などの分野での関係強化政策に変更はないと考えられる。こうしたUAEの綱渡りのような安全保障の状況は、しばらくは原油価格上昇の要因になりつづけるだろう。かかる情勢下、イランはこれまで以上に、UAEの安全保障だけでなく原油価格の抑制にとって重要な存在になりつつある。
(2022/02/15)
脚注
- 1 WTIは、西テキサス地方で産出される原油で、アメリカを代表する先物商品である。ニューヨーク・マーカンタイル取引所の主要商品となっている。
- 2 Bruce Riedel, “The Houthis have won in Yemen: What next? ,” Brookings, February 1, 2022.
- 3 Ahmed Nagi, “Abu Dhabi’s Dilemma,” Carnegie Middle East Center, January 18, 2022.
- 4 Fabian Hoffmann and Timothy Wright, “The Houthis present high, low and slow challenges to the UAE’s air defence,” International Institute for Strategic Studies, February 4, 2022.
- 5 同17日にはサウジに向けてもドローン8機が発射され、迎撃されている。Ghaida Ghantous and Alexander Cornwell, “U.S. condemns deadly Houthi attack on Abu Dhabi; UAE reserves right to respond,” Reuters, January 18, 2022.
- 6 フーシ派による弾道ミサイルは米軍により迎撃された。なお、前日の23日にはサウジ南部にフーシ派のミサイルが落下し、2人が負傷している。“Houthi missiles target Saudi Arabia and UAE as escalation grows,” Al Jazeera, January 24, 2022.
- 7 Mahmoud Mourad and Alexander Cornwell, “UAE blocks missile strike as Israeli president visits,” Reuters, February 1, 2022.
- 8 前掲註3.
- 9 “Yemen: UN urges investigation into Saudi-led coalition air raids,” Al Jazeera, January 22, 2022.
- 10 オースティン長官は、誘導ミサイル駆逐艦USSコールの派遣とF22ラプター、F35ライティングⅡ戦闘機を含む第5世代戦闘機をUAEに配備すると伝えている。“US to send destroyer, fighter jets to UAE amid Houthi attacks,” Al Jazeera, February 2, 2022.
- 11 “France to help UAE secure airspace from increasing attacks,” Al Jazeera, February 4, 2022.
- 12 南部暫定評議会は、イエメンの南部5県の分離独立運動が発展したもので、2017年5月、ハディ暫定政府に対する抵抗組織として結成された。2019年11月、同暫定政府と和平合意し、2020年4月から7月の間、一時的に合意を破棄した。2022年2月現在、合意は維持されている。
- 13 “Iran, UAE FMs discuss bilateral, regional issues,” Islamic Republic News Agency, February 3, 2022.