タリバーンがアフガニスタン全土の支配を開始して4か月になろうとしている。この間、日本を含む国際社会の最大の関心事は、各国の活動の為に働いたアフガニスタン人や旧政府職員の家族を含む安全とタリバーン政府による女性の権利を含む人権の扱い、飢餓への人道的支援、及び中国・ロシアとタリバーン政府との間の関係進展であった。しかし、ここに来て、イスラーム国ホラサーン州(IS-K)[1]の脅威が深刻化している。

 国際安全保障の観点から見ると、アフガニスタンに関しては、同国をテロの温床としないことが最も重要である。タリバーンの厳しいイスラーム主義支配が、アフガニスタン国内にとどまる限りは、タリバーン政府は国際社会にとって交渉の対象であり、将来の協力対象でもある。しかし、現行国際秩序を破壊しようとする勢力[2]であるISの分派であるIS-Kがアフガニスタン国内に一定の支配地を得ることになれば、国際社会にとっても脅威となる。

 IS-Kの勢力の伸長を抑え、国際社会への脅威に成長させないために、国際社会がとるべき方策を議論したい。

IS-Kの脅威

 紛争地域の軍事攻撃・事件をモニターする民間会社ExTracによると、9月18日から10月28日の間にアフガニスタンでは54ものIS-Kによる攻撃が起っており、この短期間にこれほど多数の攻撃をIS-Kが行うことはこれまでなかった[3]。攻撃の対象はタリバーン政府の治安チェックポイントが多く、活動家やジャーナリストを含む市民を狙っていた今年前半の7か月間とは様変わりしている。

 IS-Kは、2015年パキスタン・タリバーン運動の元メンバーがイスラーム国に忠誠を誓うことによってアフガニスタン東部で始まった。IS-Kは、同地域に多いサラフィ主義[4]の思想を信奉しており、同じスンニ派でもハナフィ派[5]に属するタリバーンとは思想上相容れないという[6]。この数年は、同地域では、サラフィ主義のモスクが数を増やし、IS-Kの若い戦士のリクルートの場となっていた模様である[7]。

 IS-Kの脅威について、アメリカは、6から12か月のうちに国際的標的を攻撃する能力を身につけうる可能性があるとする一方、タリバーン政府がこれをどれだけ抑えることができるかはまだ見通せないとしている[8]。タリバーンは、これまで反政府派としてゲリラ戦には長じているが、国の組織を運営して国民を守るという立場になった今、その義務を遂行する能力は未だ不明というわけである。

 アメリカは、タリバーンに対し情報面等での対IS-K共闘を申し入れたが拒否されている。タリバーンは、崩壊した政府の諜報機関が使用していた各種通信傍受の機器を使うとともに、広く住民から脅威情報を得ることができるとしている[9]。筆者はかつてアフタニスタン赴任中にカンダハールで、住民の情報協力によりIED(即席爆弾)を発見したことがある。この経験[10]からすると、タリバーンが住民の支持を得れば可能であると推論できる。問題は、タリバーンが、住民からそれだけの信頼を受けているかどうかである。東部地域のサラフィ主義コミュニティでそれができるかどうかは、今後注意深く見守る必要がある。

中国、ロシアのタリバーンへの接近―着実に積みあがる実績

 国際的に見れば、タリバーンは、中国、ロシアとの関係を深め、タリバーンの統治のあり方を理由にタリバーン政府を承認しない欧米や日本等との関係を閑却しているかのようである。10月12日、アフガニスタンに関するG20首脳テレビ会議が開催され、国際協調の重要性が確認されたが[11]、タリバーンの行動に影響を与えるものではなかった。

 他方で、10月20日にモスクワで行われたタリバーンとロシア、中国等10か国との会議では、タリバーン側は、ハナフィ暫定政府副首相が率いる代表団を送り、実務的関係を強化する合意を得た[12]。ロシアは、タリバーン政府の承認はまだ先としているが、実務的関係は着実に積みあがっていると見るべきである。ロシアはIS-Kを自国にとっての脅威と認識しており[13]、ロシアにとって実務関係の積み上げの重要性は増している。

 また、タリバーンは中国に対して2014年以降繰り返し、東トルキスタン・イスラム運動等に関し、アフガニスタンを基地にさせない約束をしてきており、COVID-19ワクチンや食糧の支援[14]、アフガニスタン産農産物の上海での販売などの協力を中国から受けてきている[15]。

 IS-Kを国際社会にとっての脅威にしないという観点からすれば、ロシアと中国のタリバーンへの接近は肯定的に捉えるべきと考えられる。

日米欧等を中心とする国際社会のタリバーンへの対応―人道支援を実施も広がらないアプローチ

 先述の通り、アメリカはIS-Kの勢力伸長とタリバーンによるIS-K抑え込みに最大限の関心をもって推移を見守っている。G20首脳テレビ会議でもテロ対策は重要課題の一つで、岸田総理は、アフガニスタンで起ったIS-Kのテロ攻撃を非難するとともにタリバーンがテロ組織と関係を断ち切ることが不可欠であることを強調した[16]。

 G20首脳テレビ会議では、テロ対策の他、人道危機、人権と人の移動がテーマであった。各国の活動の為に働いたアフガニスタン人や政府職員及びその家族の出国は、少しずつは進んでいるようであるが、出国を希望しながらも出国できないアフガニスタン人はまだ多数いる。現地から筆者に届くいくつかの情報では、タリバーンによる外国との協力者捜しが強まっている。

 アメリカ上院での公聴会では、女性の権利や女性活動家の安否が重要な課題として取り上げられていた[17]。実際に女性活動家への迫害が行われたかどうかは不明としつつも、タリバーンによる人権侵害は引き続き懸念事項である。

 国連報告書は、アフガニスタンは世界最悪の人道危機になりつつあると警告している。冬の間に2280万人が深刻な飢餓に直面し、そのうち870万人が緊急事態の飢餓に陥ると推定されており、国連は支援を求めている[18]。岸田総理は、G20首脳テレビ会議で6500万ドルの新規人道支援を約束した。

 以上をまとめれば、日米欧を中心とする国際社会は、IS-Kの伸張を防ぎ、アフガニスタン発の国際テロ防止を共通の利益としているが、その一方、人権や人の移動等についてのタリバーン政府への要求の優先度が高いために、最低限の人道支援を除く支援・協力が停止あるいは遅延している。

IS-Kを抑えるため国際社会全体として行うべきこと―実務関係構築から段階的発展を目指せ

 タリバーンがIS-Kをどこまで抑えられるか不透明な状況で、IS-Kの勢力伸長を抑えることが、中国、ロシアを含む国際社会全体にとって共通の利益であることに鑑みれば、日米欧を中心とする国際社会もタリバーンのIS-Kとの戦いを支援するような姿勢を取る必要があるのではないか。タリバーンをアフガニスタンの代表者として認め、総合的な関係構築を行うことを通じて、タリバーン支配下のアフガニスタンの政治的・経済的・社会的な能力構築を涵養することを考えてみてはどうだろうか。

 そのためにまずすべきことは、飢餓に直面するアフガニスタンへの迅速かつ大量な食糧支援だ。タリバーンは外国勢力の影響を極力排除しようとしていることを踏まえれば、国連人道機関を通じての関係構築となるであろうが、そこに国際社会とタリバーン政府との実務的協力関係を生み出すことができる。

 人道支援上の実務的協力関係が構築されたならば、次に復旧復興の段階へと進める協議をタリバーンとの間で始めることが可能となる。そうなれば、その場を通じて、女性の権利、旧政府職員への報復の禁止、自由な出入国も議題として挙げていくことができる。もちろん、筆者が再三述べてきたように、村落開発が復旧復興の重要なテーマとなる。村落開発は飢餓克服に直結しているからである。

 上記を進める中で、各国はタリバーンとの実務的関係づくりに力を注ぐべきである。テロ対策については、まずは意見交換から始め、実務的な協力を模索していくことが勧められる。

 例えば日本は、10月27日にカタールにおいて岡田駐アフガニスタン大使がムッタキ・タリバーン政府幹部と会談し、アフガニスタンに残る邦人や現地職員等の安全確保・出国、人道アクセスの確保、女性・少数民族の権利尊重を含む人権保護、包摂的な政治体制の構築、及びテロ対策について働きかけた[19]。今後は働きかけから協力関係構築へと軸足を移すことが望まれるが、そのために大規模な食糧支援は重要なインセンティブとなろう。

(2021/12/07)

脚注

  1. 1 ニューヨークタイムス紙等では、イスラーム国ホラサーン州のことを、Islamic State KhorasanかISIS-Kと記している。ISISとはIslamic State of Iraq and Sham(大シリアの意)であり、このように記せば、イラクとシリアとホラサーン州のイスラーム国になってしまう。従って、この論考ではイスラーム国はISとし、イスラーム国ホラサーン州は、IS-Kと記すこととする。
  2. 2 イスラーム国は、カリフが国境を越えて全てのイスラーム教徒を支配するという秩序体系をもち、現代国際秩序における主権国家を否定ないし屈服させる対象としている。
  3. 3 ISIS Poses a Growing Threat to New Taliban Government in Afghanistan - The New York Times (nytimes.com)
  4. 4 イスラーム・スンナ派の思想の一つで初期イスラームを模範とし、これに回帰すべきとする厳格派。イスラームが信仰される各地にまたがって存在するが、19世紀半ば以降インド北部から、パキスタン、アフガニスタンに存在する。
  5. 5 イスラーム・スンナ派4大学派の1つ。タリバーンはこの学派を思想的背景とするが、イスラームの適用については、ハナフィ派の学説に従うというよりパシュトゥーンワリというタリバーンの出身部族の規律を適用している模様。
  6. 6 脚注3参照
  7. 7 脚注3参照
  8. 8 OPEN: To receive testimony on security in Afghanistan and in the regions of South and Central Asia (senate.gov)
  9. 9 脚注3参照
  10. 10 2003-04年日本が行ったカンダハール東50キロの国道1号線修復工事では、日本大使館に勤務していた筆者は工事が行われる郡のシューラ(郡の長老たちが集まる集会・議会のようなもの)を頻繁に訪ねて説得し、工事への協力支援を得た。当時郡シューラは、アフガニスタン政府とそれを支援する外国(この場合は日本)に従うか、脅しをかけ始めたタリバーンに従うかの岐路にあった。工事が始まり住民が雇用され、日本大使館の草の根の無償実施により、地域の課題が解決されていくのを見て、住民は日本の工事が安全に進むよう危険情報を、現地のJICA職員、工事関係者を通じて知らせてくれるようになった。アメリカ工区で頻繁にタリバーンによる攻撃・技術者誘拐が起こる中、日本工区では工事期間を通じて一件の攻撃もなく、住民の道路工事従事者からの通報で敷設されたIEDを発見して事前処理したことで、唯一の危機を免れることができた。
  11. 11 アフガニスタンに関するG20首脳テレビ会議|外務省 (mofa.go.jp)
  12. 12 ロシア、タリバンと間合い 「包括的政権」求める: 日本経済新聞 (nikkei.com)
  13. 13 同上。
  14. 14 中国、アフガンに34億円相当の支援を表明 食料やワクチン - BBCニュース
  15. 15 『タリバン』食品を輸出…中国がアフガンと関係強化|テレ朝news-テレビ朝日のニュースサイト (tv-asahi.co.jp)
  16. 16 脚注11参照。
  17. 17 脚注8参照。
  18. 18 アフガニスタンは世界最悪の人道危機になりつつあると報告書が警告 | World Food Programme (wfp.org)
  19. 19 アフガニスタン情勢(タリバーンとの会談)|外務省 (mofa.go.jp)