イランは、ソレイマニ革命防衛隊司令官殺害の報復として、イラクにあるアメリカ軍拠点を弾道ミサイルで攻撃したが、その後イランが行ったと明白に分かる対アメリカ攻撃は影を潜めている。中東におけるイランとアメリカの対立関係は依然として厳しい緊張状態を示しているが、両国とも実際の軍事衝突、更には戦争状態に入ることを避け、軍事・外交を慎重に進めていると見られる。一方日本の海上自衛隊護衛艦の中東派遣は、そのような中東情勢の一要素となるとともに、日本関係船舶の安全にとって重要な役割を果たしている。

 革命防衛隊の元総司令官レザイ氏が警告するように[1]、イランの支援する地域勢力がアメリカにさらなる報復攻撃を仕掛ける可能性はなくはない。しかし、当面は、イランを巡る中東情勢は、イランがアメリカと軍事的全面対決はしないという現状の維持が継続する可能性が高く、日本はこの情勢を維持ないし緩和する努力を継続すべきである。それによって日本関係船舶の安全とエネルギー安全保障も確保されていくことになる。

イランを巡る中東の緊張緩和に日本が貢献できること

イランにとっての安全保障

 まず、イラン政府が現状維持を継続する理由である。イランの現政権にとって最も重要なことは、現在の政治体制の維持である。すなわち、41年前のイスラム革命によって作り上げたイスラム法学者による統治体制である。これを守るために苦渋の選択も躊躇なく行う。ソレイマニ革命防衛隊司令官殺害に対するイランの対応及び同時期にテヘラン上空で起こったウクライナ民間航空機撃墜事件は、筆者に1988年7月のイラン民間航空機撃墜事件とその直後のイランの安保理決議598受諾を想起させる。

 当時イランは、陸上では86年以来占領していたファオを始めとしたイラク南部地域を88年4月までにイラクに奪回され[2]、海上ではアメリカ軍の脅威に晒され、もはや戦闘を継続することができなくなっていただけでなく、軍が崩壊寸前で、統治体制の危機に直面していた。当時の最高指導者ホメイニ師は「毒を飲むほど苦しい」と言いつつ、イラン・イラク紛争停戦を勧告する安保理決議598を受諾した。

 今回、最高指導者ハメネイ師はアメリカを激しく非難し報復を宣言した[3]。しかし、実際には、イラクにあるアメリカの軍事拠点を攻撃し外傷性脳損傷109人の被害[4]があったものの、アメリカ軍に死者はなかった[5]。また、アメリカの軍事拠点をイランが攻撃したその日、イラン軍はイラン首都テヘランの上空で空港を飛び立ったばかりのウクライナ民間航空機をミサイルで撃墜した[6]。

 ここで見て取れることは、イランが、トランプ大統領がツイッターで述べたようなアメリカからの「今までやられたことのないほど」の激しい攻撃[7]を避け、全面的な戦争を回避したということだ。しかもイラン軍はアメリカのミサイルと民間旅客機とを間違えるほど緊張していたという事実だ。イランは、アメリカとの全面戦争による体制崩壊を避け、戦争に至らないような、しかし緊張下での軍事・外交・経済戦略の遂行の道を選んだのだと推論できる。

 イラン側から冷静に見れば、イランは、アメリカの軍事拠点に取り囲まれている。例えば、ペルシャ湾に面するアラブ諸国全てにアメリカは軍事拠点をもっている。また、イランの東の隣国アフガニスタンにも1万人を超えるアメリカ軍が配置され、ペルシャ湾はもとより、西インド洋及び東地中海にもアメリカ海軍艦船が配置されている。イランにとっては、全面的にアメリカと戦争をするよりは、緊張関係はあっても、現状で自国の政治経済を守る選択のほうが、まだましな選択といえる。

 現在のイランをめぐる経済状況は2010年、イランの核問題に関する第4次国連制裁が可決実施され、更にアメリカ、EUによる強力な国別制裁が実施された時、イランには貿易相手がなくなっていた。イランにとってそのときよりは、今はましな状況だ。当時は、ドルもユーロも使えないし、ロシアも中国も厳しい制裁をイランに課すこの国連安保理決議1929に賛成し、制裁に協力していたからである。しかし、現在は違う。アメリカの強力な制裁は世界各国に大きな影響を与えているが、イランとの貿易が完全に止められているわけではない。ロシアや中国、更には貿易管理能力の劣る中東・アフリカの途上国の貿易関係者は、アメリカの制裁を掻い潜ってイランとの取引ができるのである。

イランを巡る中東の緊張緩和に日本が貢献できること

 政治的にも、イランは地域では孤立していない。2011年のアラブの春以降、アサド政権を支援するとしてシリアに革命防衛隊を派遣し駐在させている。同じくアラブの春の際サウジアラビア(サウジ)とアラブ首長国連邦(UAE)の後押しで成立したイエメン新政権に対するフーシ派の反乱が始まると同派に対し公に軍事的経済的支援を行うようになった。アラブの春以前から支援をしてきたレバノンのヒズボラやパレスチナのハマスに対しての影響力も維持している。革命防衛隊元総司令官レザイ氏が警告するように、イランはこれらの勢力に影響を及ぼし、アメリカ軍やアメリカ権益に被害を与えることは可能である。また、地域でイランと対立するアメリカの同盟国、イスラエル、サウジ、UAEにも打撃を与え得る。

 以上を勘案すれば、イランからすれば、アメリカとの全面対決となる状況を避け、経済的には貿易包囲網の隙間を掻い潜り延命を図り、政治的には影響下にある中東各地の勢力を動かし、小規模の攻撃やテロを起こしながら、アメリカやその中東同盟国を疲弊させる政策をとるのが適当と推論できる。

日本がすべきこと

 上記のようなイランの政策は、アメリカ大統領選挙頃まで続く可能性が高い。このような状況を踏まえて、日本は中東の緊張状況を緩和する方向に向けて努力すべきである。

 日本は、安倍総理が率先してイラン・アメリカ間の緊張緩和に向けて仲介努力を行うとともに、護衛艦を派遣して地域海域の「情報収集」を行っている。これらは、既にイランを巡る中東情勢の中に組み込まれている。日本としてはこの立場を活用し、一方で情勢の緩和、他方で日本関係船舶の安全確保に努めるべきである。

 日本は、輸入石油の85%以上をペルシャ湾岸諸国から得ている。それを行っているのは、日本企業であり、日本関係船舶である。現在、日本の外航船に乗務する日本人の数は約5000人まで激減[8]し、外国人船員が多数である。しかし、日本人であろうと外国人であろうと、民間人が日本のエネルギーのために危険を冒してペルシャ湾に行って帰ってくるのである。日本政府が第1義的責任で彼らの安全を確保するのは当然のことである。このためには、大局的にはイランを巡る中東情勢の緊張緩和に外交的な努力をすること、現場レベルでは派遣した海上自衛隊の活動を使い、それを外交でサポートするなど、あらゆる手段で日本関係船舶の安全を図ることが、重要である。

イランを巡る中東の緊張緩和に日本が貢献できること

 安倍総理は、来日したローハニ・イラン大統領に海上自衛隊艦船の派遣を説明するとともに、自らサウジ、UAE及びオマーンを訪問し、自衛艦派遣への協力を求め、了解を得た[9]。これは重要な外交努力だ。このように、日本政府は、イランとアメリカの間の緊張緩和についても、様々なレベルと機会を通して、情報伝達を継続することは有益である。

 そして、今回派遣した自衛艦の情報収集活動が始まれば、その情報の骨子をイラン及びアラブ3か国にも伝えるとともに地域の安全に関する日本の評価も伝え、海域の安全が損なわれないように最善の働きかけをするべきである。派遣された自衛艦は、日本関係船舶に姿を見せ、また情報を共有することで乗組員に安心感を与えることができる。これらを通じて地域の海洋安全における日本の積極的な役割が明確となれば、日本への信頼にも貢献し、日本の関係船舶の安全とエネルギー安全保障がより確かなものになっていくであろう。

 今回の海上自衛隊の派遣のリスクに日本国内から、批判と懸念があるのは承知しているが、沿岸諸国と首脳レベルでその目的と活動内容を伝え、かつアメリカの「海洋安全保障イニシアティブ」に基づく「センチネル(番人)作戦」とも連絡調整していること、他方で最も大事な日本関係船舶の安全に大きく寄与していることを考えれば、積極的に評価されるべきと考える。

(2020/2/21)