アフガニスタンでは、過去18年間の国際社会の軍事的、経済的、社会的な多大な支援にもかかわらず、治安は悪化したままである。直近では、アメリカとタリバーンの和平交渉は頓挫し、タリバーンとアフガニスタン政府の間の戦いが継続する可能が高くなってきている。本来であれば、アフガニスタンの平和と安定のために必要なことは、住民の命と生活が守られることが明白になり、住民がそれを支持し協力するようになることである。少なくとも、2009年のオバマ・アメリカ政権とNATOの政策はそれを明確に打ち出していたが、現在のトランプ政権にはそのような発想はないようだ。これを機に、アフガニスタンの今後と国際社会の対応を考えたい。

先行きの見えないアフガニスタン情勢

アフガニスタンの治安状況の悪化

 8月17日、アフガニスタン首都カブールの結婚式場でテロ攻撃が起こり63人の死者と182人の負傷者が出た[1]。アフガニスタンの治安状況は極端に悪化しているのみならず、それを同国政府が抑えられないでいる。35万人定員のアフガニスタン治安部隊(ANDSF:Afghan National Defense and Security Forces)は、タリバーン等反政府勢力との戦闘で多数の死者を出し、実員を30万人ほどにまで減らしている[2]。タリバーン等反政府勢力の武器がANDSFより優れている場合も多いと言われる[3]。
 アフガニスタンでは、タリバーンや「ISISホラサーン州」と名乗る勢力等反政府勢力が、繰り返し政府施設のみならず民間施設までにもテロ攻撃を広げており、年間の民間人の死亡者は2014年以降毎年1万人を超えている[4]。特に9月末の大統領選挙を控え、同選挙を妨害するようなテロ攻撃が増えている[5]。

アフガニスタンの治安状況の悪化

アメリカのタリバーンとの和平交渉とその中止

 このような中、アフガニスタン和平に深くかかわる米国は、現在、1万4千人規模の軍をアフガニスタンに駐留させているが、カタール・ドーハにおいて9回の交渉をタリバーンと行い、大筋合意に至り、撤退が進められると見られた[6]。しかし、トランプ大統領は、突如この交渉を中止した[7]。タリバーンはこれを非難し、戦闘を継続拡大するものとみられる。もちろん、自称「ISISホラサーン州」勢力等の反政府勢力も戦闘を強化するであろう。
 ドーハでなされたアメリカ・タリバーン間の合意の主要な点は、米国が16か月間に駐留する1万4千人を撤退させ、特に最初の135日間に5千人を撤兵する代わりに、タリバーンは9.11テロ攻撃のような米本土に影響するテロを起こさない保証を与えるというものとされ[8]、全軍を撤退させるというトランプ政権の意志が強く看取されるものであった。
 しかし、今全面的にアフガニスタンからアメリカ軍が撤退することは、対イラン圧力という観点からは、アメリカにとって不利益である。イランは、アメリカ軍が自国を取り囲んでいると意識している。アフガニスタンからの撤退は、イランの東方のアメリカ軍の壁が消失したことを意味する。
 現状をみれば、アメリカのタリバーンとの交渉の中止は、アメリカが支援するアフガニスタン政府とタリバーン等の反政府勢力との争いが継続・拡大するものとみなければならない。

アフガニスタンの平和と安定に必要なもの

 以上を踏まえれば、アメリカの対アフガニスタン政策の中には、オバマ政権時に作られた、地域住民の命と生活を守り、彼らの支持を得る(to win popular support)という方針はなくなったことは明白だ。トランプ大統領はオバマ政権が行ったことを否定するという立場といわれているが、彼が強く望む米軍撤退を可能にするのはアフガニスタンの平和と安定であり、それに不可欠なものは、地域の住民の命と生活を守る意思と手段である。
 2009年、オバマ政権は、「アフガン人の支持を得る」を目標に掲げ、地域住民の命と生活を軍事的・経済的に守る、包括的支援政策を遂行しようとした。軍事力を一時的に増強し、タリバーン他反政府勢力を掃討するとともに、35万人にまで達する国家治安部隊(ANSF)を訓練し、治安維持を引き継がそうとした。また、全国各地に地方復興チーム(PRT:Provisional Reconstruction Team)を配置し住民の安全と復興を助けもした。
 しかし、治安維持を引き継いだANSFはタリバーン他反政府部隊の攻勢を抑えきれず、士気は衰え、兵士の数も減少した。当然復興も進んでいない。
 今また、アフガニスタン国民の命と生活の安全が忘れられている。その意味で、国際社会とアフガニスタン政府は、オバマ政権とNATOが策定した包括的支援政策の原点に立ち戻るべきなのである。

住民の命と生活の安全への支援

 アフガニスタン支援政策の原点を考える際に重要な場所がある。アフガニスタン全体の治安が悪化する中でも、同国国内でテロ攻撃等と全く無縁のアフガニスタン東部ナンガルハール州北西部のガンベリ砂漠だ。そこには日本のNGOペシャワール会の協力でつくられた16500haの農地とそこに誕生した65万人のコミュニティがある[9]。
 2008年8月、この緑の大地をつくるために働いていた日本人の若者・伊藤和也氏が凶弾に倒れるという悲劇はあったが、2010年に全長25.5キロの灌漑用水路が完成した後は、そのような外部からの攻撃はなくなった。このコミュニティは、今や自らの力で農業を行い、コミュニティを運営し、外部からの攻撃にも防衛する。政府も、タリバーンもISISも手を出せない状況が生まれている。一種のサンクチュアリである。

住民の命と生活の安全への支援

 ペシャワール会は、現地の人々自らがもつ技術で灌漑用水路をつくり、また農業のやり方も農作業を行う農民が自ら習得する形で学ぶという支援を行った。そしてJICAが2010年からこれに協力し、農業レベルを向上させた[10]。この支援は、ガンベリ地域住民65万人の命と生活の安全を確立した。また、クナール川対岸のカマ地区もペシャワール会の支援で灌漑用水路の改築を行い農業地域として復活した。テロや争いのない地域が生まれ広がっている。
 アフガニスタンの悪化する現状に今後の国際社会が向き合うためには、この成功例をアメリカや世界にアピールする必要があるだろう。ガンベリ砂漠では、灌漑農地と自治自立のコミュニティを作り出すことにより地域住民の命と生活の安全を確立することに成功し、現在でも治安が保たれているのである。
 国際社会とアフガニスタン政府は、地域住民の命と生活を守ることが地域の平和と安定につながることを理解して、ペシャワール会型の支援を奨励していく必要があり、その過程を熟知する日本こそがそれを訴えていくべきだ。アフガニスタンにはクナール川の属するカブール水系の他に4つの大きな水系がある。住民自らが主役となる開発を進められれば、地域の治安の安定に大きく寄与するはずである。

(2019/09/18)