アメリカのイラン産原油全面禁輸の猶予が5月2日に終わり、日本企業もイランからの原油輸入をあきらめざるを得なくなった。日本は、1978年のイラン・イスラム革命後も、イランからの原油輸入を行ってきており、イランからの原油輸入が事実上ストップするのは初めてのこととなる。日本の石油安定供給にとって中東の大国であるイランと良好な関係を維持することは極めて重要なことである。このため、アメリカが強硬な対イラン政策を行い政治的に動く余地が狭まっても、日本は常にイランと協力関係を築ける分野を探し、同国との信頼関係を築く努力を行っていくべきである。

最近のイランを巡る情勢

 アメリカによる金融や産業セクターを標的にした制裁は、イランの民間部門を直撃し、物価上昇や雇用悪化を招いている[1]。イラン経済の悪化は確実で、政策の変化の方向は、国民の不満と怒りが政権に向くか、アメリカに向くかによって変わるが、現状を見ると当分は、国民の不満と怒りは後者に向けられ、政権はそれを利用する方向で続くであろう。 5月5日、アメリカは空母打撃群と爆撃機部隊をアメリカ中央軍管轄地域(つまり中東)に派遣すると発表し[2]、イランに軍事的圧力を強めた。これに対して、5月13日、サウジアラビアの石油タンカー2隻がアラブ首長国連邦(UAE)のアラビア海側沖合で「破壊行為」を受けて損傷したと国営サウジ通信が報じた[3]。

最近のイランを巡る情勢

 5月20日、「イランは中部ナタンズにあるウラン濃縮施設で、低濃縮ウランの製造量をこれまでの4倍に引き上げ」[4]、「対立するアメリカをけん制するとともに、核合意に向けた協力を引き出すため、欧州への圧力を強め」[5]ようとしている。一方で、イランは、外交攻勢も強めている。5月中旬、ザリフ外相を日本他、中国、ロシアなどに派遣した。また、近隣諸国に対しては、ザリフ外相がイラクを訪問し、イラクのハキム外相との会談でイラクが「仲裁する用意はある」と述べたことを明らかにした[6]。更にザリフ外相は同地で、サウジなどイランを敵視する湾岸アラブ諸国に対して相互の不可侵を宣言する条約を提案していることを表明した[7]。

 しかし、サウジは、イランの支援を受けているとされるイエメンのフーシ派の無人機による石油施設攻撃も受けており[8]、イランへの融和策には厳しい見方をするものと考えられる。また、イスラエルは、シリアのイラン関連施設を繰り返し空爆しており、5月27日にも占領地ゴラン高原に隣接するシリア南西部クネイトラ県のミサイル発射施設を空爆した[9]。これらを勘案すると、今日本が行わねばならないのは、アメリカとイランの武力衝突が起こり、ただでも危険な状況の中東を更に破壊的な危機へと向かうことがないように、両者間の意思疎通を良くすることだと考えられる。

トランプ大統領の訪日と安倍総理のイラン訪問

 5月27日、訪日したトランプ大統領と安倍総理の会談・夕食会が行われ、安倍総理がイラン訪問計画について言及し、同大統領は、「日本とイランとの友好関係は知っている。シンゾウがイランに行くつもりなら急いで行ってきて欲しい。私は軍事衝突は好まない」と発言した[10]。

 トランプ大統領は、イランとの戦争は望まないことを表明し[11]、6月2日ポンペイオ国務長官は、イランの核プログラムに関して前提条件なしにイランと協議する用意があると述べ[12]ている。また、イランについては、ハメネイ最高指導者はアメリカとの交渉はしないとしているものの、ロウハニ大統領は、アメリカとの対話を排除せずとしており[13]、安倍総理が、イランを訪問し、米・イラン間の対立の緩和に何らかの役割を果たす環境は存在するとみられる。

 他方、5月30日の深夜から31日朝方にかけてメッカで行われたアラブ連盟緊急首脳会議はイラン非難の声明を採択した。5月29日UAEでボルトン大統領補佐官は、上記のサウジ石油タンカーへの攻撃は「ほぼ間違いなくイランが設置した機雷によるものだ」と発言し、イランを強く非難している。

 安倍総理の父、安倍晋太郎外務大臣(当時)は、イラン・イラク(イ・イ)戦争中の両国を訪問し、仲介外交を展開した。1983年のことである。この時は、戦争の鎮静化「デスカレーション」を外交目標に掲げ、両国間のつなぎを行うことで、一定の役割を果たすことができた。

 現在、イランにおけるアメリカの利益代表を務めるスイスやイラクなど様々なルートでイラン・アメリカ対話が模索されている。安倍総理のイラン訪問は、そのようなルートの1つである。また、日本にとっての最大の原油供給国は域内でイランと対立するサウジである。安倍総理はアメリカから依頼されてイラン訪問するのだが、サウジがその動きから外されると日本に対する疑念も湧いてくる。日本は様々な対話ルートの一つであること及び情報提供等のサウジへの気遣いなどを勘案して両国間の意思疎通の改善に尽力するのが得策である。

トランプ大統領の訪日と安倍総理のイラン訪問

日本が進めるべきこと

 翻って日イラン関係は、日本がアメリカの同調要求の圧力に屈し、イランからの石油輸入をやめた国という形になっており、冷え込んでいる。安倍総理のイラン訪問は、これを改善することにもなるのだが、それだけではイランとの信頼関係強化にはならない。また、サウジ、UAEという日本への第1、第2の石油供給国は、イランと対立しており、これら諸国への配慮も行いつつ、冷え込んだ対イラン関係を強めていくことを模索すべきである。

 これらを踏まえ、経済分野でなく、かつアメリカでも、サウジ、UAEでも非難しようがない分野での協力を日イラン間で進めることが望ましい。その一つが防災・人道支援・災害復旧支援などの分野での協力である。イランは地震の多い国であり、常にこれらの分野のニーズが存在する。起こってからではなく、起こる前の準備から協力を行う。そこには、日本人・イラン人の直接的接触があり、協働で一つのものをつくっていく過程で信頼関係も生まれてくる。

 安倍総理の訪問では、イラン・アメリカ関係についての話が多くなるのかもしれないが、日イラン関係の話題に防災・人道・災害復旧分野における協力もいれ、これらの分野での協力を進める合意がなされれば、今後の日イラン間の信頼関係の強化につながっていくであろう。

(2019/06/11)

脚注

  1. 1 「イラン、米制裁打撃大きく 物価上昇や雇用悪化」『日本経済新聞』、2019年5月23日。
  2. 2 「米軍、中東地域に空母打撃群など派遣 イラン情勢に対応」『CNN(日本語版)』、2019年5月6日。
  3. 3 「サウジ石油タンカー2隻、UAE沖合で『破壊行為』を受け損傷」『AFP BB News (日本語版)』、2019年5月13日。
  4. 4 「ウラン濃縮量4倍、イラン核合意維持へ圧力」、『日本経済新聞』、2019年5月21日夕刊。
  5. 5 同上。
  6. 6 「イラン外相「自衛する」 対米緊張、イラクは仲裁用意」、『日本経済新聞』、2019年5月27日。
  7. 7 「不可侵条約を近隣国に提案 イラン」、 同上。
  8. 8 「サウジ原油施設に無人機攻撃 イエメンのシーア派民兵組織か」、 『産経新聞(電子版)』、2019年5月14日。
  9. 9 「イスラエル軍 シリアを空爆」、『西日本新聞』、2019年5月29日。
  10. 10 「米・イラン仲介役めざす」、『日本経済新聞』、2019年6月6日。
  11. 11 「トランプ氏、イランとの戦争『望まず』」、『毎日新聞(電子版)』、2019年5月17日。
  12. 12 「米国務長官、イランと「前提条件なし」に対話の用意」、 『Reuters(日本語版)』、2019年6月3日。
  13. 13 「米との対話排除せず イラン大統領 最高指導者は強硬」、『日本経済新聞』、2019年5月30日。