トランプ大統領が誕生してから、アメリカは、サウジ・イスラエル偏重の政策をとり、アメリカファーストによる駐留米軍の撤退策を打ち出している。具体的にはイランとの包括核合意からの離脱と対イラン制裁強化、在イスラエル大使館のエルサレムへの移転、シリアからの米軍撤退などだが、これらは中東の不安定化に拍車をかけて、危機的状況をつくりだしている。このような中、日本が政治的に動ける余地が狭まっているのが現実だ。しかし、日本ができることもある。それは、情勢の鎮静化、或いは中長期的な地域の社会経済力の増大のために、中東地域への安全保障と経済発展への支援を継続することだ。

危機的な状況にある中東情勢

危機的な状況にある中東情勢

 現在、イスラエル・イラン間の緊張が高まっている。2月13~14日にワルシャワで行われたアメリカとポーランド共催の「中東の平和と安定の将来を促進するための閣僚級会合」では、欧州各国が低いレベルの参加や閣僚の途中退席、中国・ロシアの欠席する一方、イスラエルとサウジ等アラブ主要国が席を並べていた[1]。この様子からアメリカ・イスラエル・サウジ・UAEの結束と、イラン・ロシア・シリア・イラクとの対立が更に深まっていくことが窺われる。

 イランは、アメリカの制裁により経済成長率の低下と物価の上昇を強いられ、国民生活は極めて苦しい状況である。このような中、核合意に努力したザリーフ外相が辞任に追い込まれた[2]ことに見られるように、穏健派から急進派に政治の主導権は移ろうとしている。しかし、制裁に対しては逆に国民は結束している。欧州は核合意順守に動き、更にロシアや中国の支援もあり、アメリカ等との対立から引き下がる兆しは見えない。

 シリアでは、革命防衛隊とイランの影響下にあるレバノンのヒズボラ[3]が反アサド政府派の鎮圧に影響力をもち、それを危険視したイスラエルによる両者への攻撃と両者の反撃が続いている[4]。イエメンでは、対サウジロケット攻撃などホウシー派が活発に活動している。イランは、武器供与等の低コストでサウジを泥沼の消耗戦に誘い込んでいるとも言える。 これに対してサウジは、ワルシャワ会議に見られるようにアメリカ、イスラエルとともに反イランの姿勢を崩さず、イランの核に対しても対抗しようとしていると見られる。最近、米国下院は、トランプ政権が違法な対サウジ核輸出を進めてきたことを問題にしている[5]。2011年に発表したサウジの800億ドル16基の原子力発電所建設計画[6]に対して、ロシア、中国等がこの計画受注に名乗りを上げる中、アメリカも黙っていられない、ということを示しているとも言える。

パレスチナ問題の周辺化

パレスチナ問題の周辺化

 このような中、かつては中東における最大の課題とされたパレスチナ問題が、脇に追いやられたような格好になっている。ガザ地区をハマスが支配するようになってからは、パレスチナ自治政府は、西岸地区のみの支配となり、パレスチナ側は分裂している。この状況を良いことに、イスラエルは、西岸・ガザ地区の支配の形態[7]を固定化し、入植地の増大を図っている。

 これに対し、アメリカは、大使館のエルサレム移転に見られるようにイスラエル寄りの姿勢を見せるとともに、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)への支援を止めた[8]。また、サウジを始めとする湾岸諸国も積極的なパレスチナ支援は行おうとしていない。欧州諸国や日本はパレスチナ支援は行っているが、国際社会の目をパレスチナに向ける力はない。パレスチナ問題は、中東において周辺化される状況に至っている。

日本の中東情勢安定化に向けてすべきこと

日本の中東情勢安定化に向けてすべきこと

 このような混迷した中東情勢の中で、日本が中東の安定に貢献できることはあるのであろうか。中東の平和や安定に直接つながるような貢献をする力は、日本にないのが現実だ。しかし、日本には、中長期を睨んで中東の安定化につながっていくような継続的な支援をする力はあるし、すべきと考える。

 2月28日、岩屋毅防衛相は、シナイ半島におけるエジプト・イスラエル間の停戦監視活動等を行う多国籍部隊・監視団(MFO)からの要請を踏まえ、国際平和協力法[9]に基づき「多国籍部隊・監視団(MFO)への派遣に係る準備に関する防衛大臣指示」を発出した[10]。この多国籍軍とは、シナイ半島のイスラエル・エジプト間の兵力引き離しを監視するために米国のイニシアティブでつくられたシナイ半島「多国籍軍・監視団」(MFO)であり、日本は1988年から毎年財政支援を行ってきている[11]。

 日本では、2015年改正国連平和維持活動(PKO)協力法で定められた国際連携平和安全活動の最初の例として注目を浴びている。しかし、MFOは、イスラエルとアラブ諸国の中で初めて平和条約を結んだアラブの大国エジプトとの国境の監視を行うものであり、中東和平[12]の基礎を担うものである。そこにわずか2名であっても自衛官を派遣するというのは、日本の中東和平への静かな貢献の一つといってよい。

  その上で、この中東和平を下支えする「平和と繁栄の回廊」構想[13]を着実に進めていくことが日本のミッションである。この構想の中核を担うともいえるジェリコ農産加工団地の充実・発展は、パレスチナ人の雇用と収入の増大につながり、パレスチナの社会・経済の強化につながる。それはパレスチナの独立とイスラエルとの和平へ向けてのパレスチナ側の堅い基盤をつくることになる。

(2019/03/25)

脚注

  1. 1“Poland Hosts Middle East Summit Spearheaded By United States“, Radio Free Europe, February 13, 2019
  2. 2「ザリーフ・イラン外相が辞任の理由を発表」、TRT Net(日本語版)、2019年2月26日
  3. 3 ”Profile: Lebanon's Hezbollah movement”, BBC, March 15, 2016
  4. 4 “Why are Israel and Iran fighting in Syria, in 300 words”,BBC, May10, 2018
  5. 5 Nicholas Fandos and Mark Mazzetti, "House Opens Inquiry Into Proposed U.S. Nuclear Venture in Saudi Arabia", The New York Times, February 19, 2019
  6. 6 "Why proposals to sell nuclear reactors to Saudi Arabia raise red flags ", The Conversation, February 23, 2019
  7. 7西岸・ガザ地区は、A,B,Cの3地区に分かれ、A地区は、パレスチナ自治政府が、行政権も警察権も持つが、B地区は、行政権のみ、C地区に至っては警察権のみならず行政権もイスラエル側にあり、イスラエルはC地区に入植地を増やしていっている。
  8. 8 Karen DeYoung, Ruth Eglash & Hazem Balousha, ”U.S. ends aid to United Nations agency supporting Palestinian refugees”, The Washington Post, August 31, 2018
  9. 9正式名称は「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」、平成4年6月に成立し、通称PKO法とも呼ばれる。2015年に成立した安全保障関連法によってPKO法が改正され、従来からの国連PKO活動に加えて、新たに「国際連携平和安全活動」が追加された。今回のMFOへの派遣は同活動の初めての事例になる。
  10. 10 防衛省「多国籍部隊・監視団(MFO)への派遣に係る準備に関する防衛大臣指示の発出について」2019年2月28日
  11. 11 「1979年の『エジプト・イスラエル平和条約』に基づき,1982年からシナイ半島に展開する多国籍軍・監視団。エジプト,イスラエル軍の展開,活動状況,停戦の監視が主要任務。我が国は1988年以降,財政支援を行ってきている。」外務省「報道発表:堀井学外務大臣政務官とビークロフト多国籍軍・監視団事務局長との会談」、2018年6月6日
  12. 12中東和平とは、イスラエルとアラブ諸国間の和解・和平を言う。これまで、エジプトに加え、PLO、ヨルダンがイスラエルの生存権を承認し和平を結んだ。
  13. 13「『平和と繁栄の回廊』構想は、日本、パレスチナ、イスラエル、ヨルダンの4者による地域協力によりヨルダン渓谷の社会経済開発を進め、パレスチナの経済的自立を促す中長期的取組である。2006年に、小泉純一郎総理(当時)がパレスチナを訪問した際に提唱した我が国独自のイニシアチブである。」、外務省「『平和と繁栄の回廊』構想」、2018年4月29日