サウジアラビア(以下「サウジ」と表記)人・ジャーナリスト、ジャマル・カショギ(以下、「JK」と表記)氏の殺害に端を発して、サウジの危機が世界に顕わになった。サウジは、内においては王位の第3世代への継承及び非石油産業と雇用の拡大、外においてはイラン及びイスラム過激主義との戦い及び原油価格低迷への対応等の内憂外患を抱えている。

 日本にとって、サウジの危機は対岸の火事ではない。サウジの危機は、その石油に頼ってきた日本のエネルギー安全保障の危機である。サウジの現体制に対する国際世論は、JK殺害により極めて厳しいものになっているが、日本としては、短期の人道的な判断よりも長期的な戦略を優先し、日本がこれまで行ってきた支援を維持して静かな影響力を継続していくべきである。

サウジからの原油供給の重要性

 1973年以来、サウジは、アラブ首長国連邦(以下「UAE」と表記)とともに一貫して日本に大量の石油を供給してきており、その量は日本の原油総輸入量の約40%を占め[1] ている。日本は、これにより、イラン・イスラム革命及びイラン・イラク戦争並びに湾岸戦争によりイラン、イラクからの原油輸入が減少しても原油供給が絶えることがなかった。しかし、もし、サウジにおいて現体制が動揺し、それが、日本の石油供給に影響を与えることになれば、原子力発電に制限があり、かつ自然エネルギーも十分に発展していない日本のエネルギー安全保障は、一挙に不安定化することになるだろう。

 また、サウジからの原油供給は、世界の経済にとっても極めて重要である。11月5日から予定されていた、アメリカによる対イラン制裁の一環としてのイラン産原油輸入禁止は180日間の猶予を与えられることになったが、この制裁はサウジの対米協力がなければ効果的でない。ましてや、サウジが混乱し同国産原油供給が減るとすれば、1973年及び1979年の第1次及び2次の石油危機の例を出すまでもなく、世界経済への悪影響は多大なものとなる。更に、サウジの混乱は、盟友UAEにも飛び火し、日本と世界のエネルギー供給及び経済への悪影響は倍加することになるだろう。

サウジの王位継承

 他の中東諸国と同様に、サウジは強力なリーダーシップがあって初めて政権が安定する。サルマン国王は、自身の息子ムハンマド・ビン・サルマン(以下MBS)を皇太子に据えることにより、第3世代への政権移行の道を作り出した。このため反対する王族を排除し、何千人もいるともいわれる王族を力で抑え込んできた。一方、MBSは、女性の自動車運転解禁や映画館開設などで若者を中心に圧倒的な国内的支持を得ている。

 サルマン国王・MBS体制は、盤石とみられてきたが、JK殺害から起きた国際的批判・圧力がそれを揺るがすかもしれない。同国王は同母弟アハマド王子ら主要王族の支持を得る[2] とともにアシール等地方を行幸し部族の支持固めを行った[3] 。現時点では、国内的には現体制は盤石であるとみられている。

 しかし、この盤石さは、あくまでもサルマン国王の強力なリーダーシップがあってのことではないかと考えられる。MBSは、国内では改革路線を行うことにより、宗教的保守派の反発を得ている。また外交問題では、イエメンへの内戦介入、JK殺害等で成果よりも混乱をサウジにもたらしている。もし年末で83歳になるサルマン国王が死去した場合、MBSに対し、二聖モスクの守護者[4] に相応しいか否かの議論が起こり、反対の動きが出ないとも限らない。

 MBSは王位継承までにサウジ国内諸勢力を味方につけ、国際的な批判やあり得るかもしれない人道主義に基づく欧米諸国の制裁を跳ね返していかねばならないが、そのための時間は長くはない。MBSの王位継承の時期を歴代サウジ国王の寿命をベースに推し量ると10年以内に来るものと考えられる。いや数年後かもしれない。

日本と世界への原油供給におけるサウジ王位継承の重要性

日本と世界への原油供給におけるサウジ王位継承の重要性

 今後数年から10年、つまり、次のサウジ王位継承までの間、日本のエネルギー安全保障が化石燃料無しでやっていけるものになるとは考えられない。サウジは日本への安定的エネルギー供給源としての地位を保ち続ける。また、同期間、世界の原油供給にとっても世界最大の原油輸出国というサウジの地位は変わらないだろう。

 上記を考えた場合、もし、MBSへの王位継承がうまく進まず、サウジに長期的な混乱が起こり、その混乱がUAE等周辺国にも飛び火した場合、日本の経済にも、世界経済にも計り知れない悪影響を及ぼすと考えられる。

サウジへの静かな協力と援助

  JK殺害容疑で、トランプ政権の思惑とは異なり、アメリカの議会や世論、同国野党からのMBSへの批判が厳しくなり、同国のサウジへの影響力は低下し、欧州を中心とする世界各国のサウジを見る目も冷たいものとなっている現状下、日本からの協力の重要性と影響力が相対的に増していくと考えられる。欧米諸国のサウジ対応を見ながら、西側各国やその投資家が国際投資会議から距離をおく中で積極的に同会議に参加したロシアや、米国との貿易戦争の最中の中国がサウジに接近していることを勘案すれば[5]、西側諸国の一国としての日本の役割は大きいものがあるともいえる。

  サウジの問題点は、MBS個人の問題ではなく、石油輸出依存の豊かな社会ゆえに若年層の失業者が放置されている、という社会構造にある[6]。MBSもその構造を変えようとして、脱石油社会づくりと非石油産業・雇用の拡大に取り組むという建設的な姿勢を示している。MBS個人の問題よりも、将来のサウジの姿を建設的に考えて行くことがサウジ国民のためにも重要であるし、サウジの安定につながる。

  以上を踏まえ、かつ「日本のエネルギー安全保障のため」ということを念頭に置いて、日本の官民は、王位継承が円滑に行われるように、サウジ社会・経済の安定に資する静かな協力を行うべきである。先月リヤドで行われた国際投資会議では、多くの日本企業のトップが出席を取りやめたが、出席はとりやめても投資等具体的なビジネスでは、サウジとの取引から撤退すべきではない。孫正義ソフトバンクグループ代表取締役会長は、同会議で予定の講演は取りやめたが、サウジとのビジネスの継続を表明した。政府の側においてもJICAの人材育成協力などこれまでの協力を静かに継続していくべきであろう。

  人権を含む普遍的価値を欧米諸国と同じくする日本であるから、サウジ支援に対する国際世論からの批判の可能性も十分に意識する必要がある。日本のこれまでの支援は、MBS個人へのものではなく、サウジの実情に合った産業構造の転換に関わる「静かな」協力である。これを継続することは、なんら国際世論の反発を受ける話ではない。しっかりこの点を抑えつつ、官民ともに着実にサウジ支援をしていくことが望まれる。

(2018/12/26)

脚注

  1. 1 経済産業省資源エネルギー庁資源・燃料部 資源エネルギー統計年報2017  pp.87-88。
  2. 2 「サウジ王室体制の支持固め」日本経済新聞朝刊13版、2018年11月22日。
  3. 3 「サウジ国王、異例の国内視察 求心力向上に躍起 」日本経済新聞電子版、 2018年11月6日。
  4. 4 サウジ国王の正式称号の日本語訳。1986年に「国王陛下」から変更。二聖モスクとは、メッカの聖モスク(マスジド・ハラーム)及びマディーナの預言者のモスク(マスジド・ン・ナービー)。単にサウジアラビアの国王というだけでなく、イスラム全体の守護者の意味を帯びてくる。
  5. 5 “The Saudi Economy Moves Closer to Russia and China”, The National Interest, December 5, 2018.
  6. 6 “Saudi unemployment stays at record high as companies struggle”, Reuters, October 19, 2018.