東地中海地域では昨年末から年初にかけて2つの注目すべき出来事が起きている。一つは、昨年12月にトランプ政権が「エルサレムはイスラエルの首都」と認定して以降、パレスチナやヨルダンなどにおいて市民の抗議行動がみられていることである。もう一つは、今年1月20日にトルコがシリアのアレッポ県アフリン市一帯で軍事作戦「オリーブの枝」を開始したことであり、現在もシリアのクルド勢力との間で軍事衝突が続いている。今のところ、両出来事から予測不能なリスクが生じる可能性は低いといえる。ただ、前者については、2000年のインティファーダ(市民蜂起)でみられたように闘争で銃が使用されれば事態は一変する。また後者については、トルコ軍の作戦が、およそ200名の米軍が駐留するマンビジュ市の攻略にまで拡大すれば、トルコ軍と米軍が直接対決する可能性もある。国際社会は、これら2つの問題でリスクが高まらないうちに政治解決のプロセスを進める必要に迫られているといえる。

 以下に両問題について詳述するが、先に蓋然性が高いと考えられるシナリオを挙げておこう。まずエルサレムをめぐる問題では、パレスチナ自治区の経済が悪化し、アッバース自治政府大統領が退任に追い込まれる。その後任者がイスラエルとの和平プロセスの再開を選択するというものである。また、トルコの「オリーブの枝」作戦については、シリアのクルド勢力がユーフラテス川東岸まで撤退することで解決がはかられるというものである。

中東和平問題

イスラエル

 1967年6月のアラブ・イスラエル戦争(第3次中東戦争)の際、国連安保理で採択された決議242号には戦争による領土の取得は容認されないことが明示された。このことは、同戦争でイスラエルが占領した東エルサレムはイスラエルの領土にはならないことを意味する。しかしその後、米国とイスラエルの政治指導者たちが主導して進めた和平プロセスの中で、この決議242号は空文化していった。トランプ大統領のエルサレム首都承認および大使館移転宣言もこの流れの中の出来事と位置づけることができる。

 このような潜在的要因があったにしても、トランプ大統領の宣言は唐突にみえる。しかし引き金になったと考えられる要因はある。一つ目は、2017年9月の国連総会でアッバース大統領が国際刑事裁判所にイスラエルを告訴する意向を示したことである。二つ目は、トランプ大統領が主導する中東和平問題の解決案――エルサレム東方郊外のアブ・ティスをパレスチナの首都として国家を建設するというもの――を、2017年11月にアッバース大統領が拒否したことである。なお、ワシントンにおけるPLO使節団事務所の閉鎖、パレスチナへの財政支援の削減もこのような要因と関係している。

 一方のイスラエルのネタニヤフ政権は、トランプ政権がパレスチナ指導部に強い圧力をかける中、内的には国際法違反となる入植者住宅の建設の拡大やインフラ整備など、着実に占領地の現状変更を進めていくだろう。それはネタニヤフ首相の政権固めに資するものでもある。また同政権は外交でも、米国を仲介者としてサウジアラビアなどのアラブ諸国との関係改善を進めている。この「アウト・サイド・イン」の中東和平アプローチを主導しているのはクシュナー米大統領上級顧問である。トランプ大統領のエルサレム首都宣言に抗議して、1月14日にPLO中央委員会は、(1)米国を和平仲介者と認めない、(2)イスラエルがパレスチナ国家を承認するまで、イスラエルの承認(1993年9月)を凍結する、(3)治安協力を停止することを決議した。しかし、イスラエルと米国は一方的に和平を押し付けようとしている。仮に、パレスチナ側がEUなど新たな和平仲介者を見つけ出せたとしても、イスラエルと米国はその仲介者を認めることはないだろう。

 ネタニヤフ首相は汚職問題を抱えながらも政権強化に向かっているのに対し、パレスチナ指導部内には闘争路線をめぐり意見対立が生じている。その要因の1つは、トランプ政権が「国連パレスチナ難民救済事業機構」(UNRWA)への1億2500万ドルの拠出金のうち6500万ドルを凍結したことである。この凍結がパレスチナ側の食糧、医療、教育などに悪影響を与えることが危惧されている。パレスチナ指導部の選択肢は、(1)和平のテーブルに着くか、(2)抵抗活動を過激化させるか、(3)国際世論に訴えて新たな和平プロセスや支援システムを構築するかであろう。

 1月22日、イスラエル訪問中のペンス米副大統領が、2019年末までに同国の米大使館をエルサレムに移転すると演説の中で述べた。1月25日にはダボスの世界経済フォーラムに出席したトランプ大統領とネタニヤフ首相が会談。その記者会見でトランプ大統領は、米国のために何もしてくれない相手には支援しないとの姿勢を示した。米国の資金やアラブ諸国からの支援が細る中で、パレスチナ自治政府が選択肢を検討する時間はあまりない。「エルサレム問題抜き」の和平交渉に活路を見いだし、二国家共存を探る道へと向かう蓋然性は高まっている。

トルコのシリア侵攻

トルコの船

 シリアでの「イスラム国」(IS)との戦いにおいて、米国はクルド勢力(民主統一党:PYD)を中心に据えた。このPYDの戦闘部隊である人民防衛部隊(YPG)は2016年6月、ラッカ奪還作戦の一環としてユーフラテス川の西岸に渡河し、マンビジをISから奪還した。これに対し、シリアとの国境地帯でクルド勢力が伸長することを恐れたトルコは、2016年8月に「ユーフラテスの盾」作戦を実施、シリア領への軍事介入を行った。同作戦は7カ月に及んだ。そのことから、トルコが危惧したのは、イラクのクルド自治地域の独立の動きに合わせてシリアで「北シリア民主連邦」が樹立されること、さらに両クルド自治地域が一体化されることであったとみることができる。つまり、トルコは同国の反体制派組織のクルド労働者党(PKK)の壊滅だけでなく、クルド民族国家が樹立されることを阻止するとの意識を潜在的にもっているのである。「オリーブの枝」作戦において、1月26日にエルドアン大統領が与党公正発展党(AKP)の幹部会でマンビジまでの作戦拡大に言及したことは、その意識の現れといえる。

 今回のシリアへの再度の介入の引き金要因の一つは、1月14日に米軍主導の有志連合がISとの戦いの目的で「国境警備隊:BSF」(およそ3万人規模)の創設(軍事訓練、武器供与)を発表したことである。もう一つは、2017年11月のエルドアン・トランプ電話会談で米国は今後YPGへの武器供与はしないことが合意されたことに遡る。この合意にもかかわらず、12月12日にトランプ大統領が国防総省の求めに応じて承認した有志連合への軍事支援(39億3300万ドル)の中にクルド勢力向けの5億ドルが含まれていたことが判明したことが要因といえる。

 作戦は1月20日17時に開始され、トルコ軍に加え、2万5000人の「自由シリア軍」が参戦している。トルコ軍はアフリン市の包囲網を狭めつつあるが、戦局は、(1)天候の悪化、(2)トルコ軍の展開力不足(クーデター未遂事件による組織力の低下)、(3)国境を越えてクルド人義勇兵がクルド勢力に参加などにより、予想以上に難航している。トルコは外交面では、1月23・24日に米国との政治・軍事協議、24日には両国首脳の電話会談を行っている。同会談で、トランプ大統領はトルコに軍事行動の制限を求める一方、エルドアン大統領は、米軍のマンビジからの即時撤退および、米軍がYPGに供与した重火器の回収を求めた。そして、1月27日にはチャヴシオール外相が米国に対しマンビジ市からのクルド勢力の即時撤退を求めていると記者団に表明した。また同日、カリン大統領府報道官が、YPGに対する武器供与の停止で米国と合意したと述べた。

 今後の展開としては、3つのシナリオが考えられる。一つ目は、米国・トルコ間の交渉が現場レベルには反映されず、両国間の政治的、軍事的緊張が継続する。二つ目は、両国間の外交交渉が進み、両国の衝突は回避されるが、クルド勢力の強固な抵抗により戦闘状態が長期化する。三つ目は、両国間の交渉の結果、トルコが北西シリアでのクルド自治地域の独立の動きに干渉しないとの条件付きで、クルド勢力がユーフラテス川東岸まで撤退するというものである。

まとめ

 二つの出来事は、トランプ政権が米国の歴代政権の中東政策との整合性を考慮に入れていないことを示している。また、同政権は国際的な政策協調へのこだわりもあまりないといえる。トランプ政権の国益第一主義により、シリア問題では、ロシア主催のソチでの「シリア国民対話大会」(1月29・30日)、国連主催の「ジュネーブ会議」(1月26日)がセレモニー化し、解決への道筋を見えなくしている。また中東和平問題では、パレスチナ社会やアラブ諸国における市民レベルの対立の種が蒔かれている。その結果、難民などの戦争被害者の困難な日々が長引いている。

脚注