現実的な対中戦略構築プロジェクトのワーキングペーパー掲載のお知らせ

 この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では「現実的な対中戦略構築プロジェクト」と提携して、日米専門家による対中戦略構築のための情報を日本語と英語で掲載いたします。今後の国際関係の潮流の要因である米中関係について少しでもIINA読者の理解にお役にたてれば幸甚です。


 近年、習近平政権が推進している法治建設は、その重要な目的の一つを、国際的な規範構築における発言力の拡大に置いている。中国は、アメリカをはじめとする諸外国の法の域外適用による不利益に対処する際、各国の経験を参考に、自国の法規を国際的な規範とすり合わせ、域外適用をめぐる諸国家間、諸アクター間の対立の中で、自らの利益や価値を国際社会に受けいれられるかたちで実現しうる方策を模索している。同時に、上海協力機構や「一帯一路」沿線国における国際的な法治協力の枠組みの構築を主導しようとしている。このような国際的な法治の領域における戦線の交錯状況を考慮した時、リベラル・デモクラシーを支持するか否かという旗印はあまり意味を持たない。日本、アメリカともに、それぞれが自国の利益や価値に基づき、是々非々の姿勢で中国との規範構築のすり合わせの場を確保していくことこそが現実的であろう。

1.習近平政権下の法治建設

 習近平政権による統治の特徴の一つに、法や規則による統治の推進がある。法治の方針は、2014年10月の党中央委員会全体会議の主なアジェンダとなり[1]、2017年秋の第19回党大会では、「法による国家統治」が「四つの全面性」と括られる目標群の一つとなった[2]。そして今年(2021年)1月には「法治中国建設計画(2020〜2025)」(以下、「計画」)が公表された[3]。同年3月1日付『求是』には、習近平による重要記事「断固として中国の特色ある社会主義法治の道を進み、社会主義現代化国家の全面的建設のために有力な法治保障を提供しよう」が掲載された[4]。

 習近平が法治を進める目的は、政治面においては、共産党の一党支配体制の強化にある。規律ある党が前面に立って、法に基づく統治を実現することにより、党の領導を中央・地方政府の各機関や社会の隅々にまで行き渡らせることこそ、法治建設の最大の目的と言ってよい。また経済面においては、規律ある市場の構築である。習政権は一方で、経済発展の質を高め、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)への参加を実現するために、経済領域の法整備を進め、行政による経済活動への不当な干渉を抑制し、非公有制経済に対する不合理な規制を廃止する方針を打ち出した[5]。また他方で、2021年3月の全国人民代表大会の「政府活動報告」で、李克強総理が、金融持ち株会社やフィンテックに対する規制の強化、「独占禁止法」に基づく取り締まりの強化、無秩序な資本拡大の防止の必要を強調したように、巨大民間企業の野放図な経営には規制をかけようとしている。いずれも、法規に基づく市場の形成を目指す動きとして捉えられるだろう。

 そして近年になり、法治建設のいま一つの目的として注目されているのが、対外関係を有利に展開するためのツールとしての側面である。諸外国による法の域外適用の動きに対抗するとともに、国際的な規範構築における発言力を確保するため、習政権は法治の領域における国際的な協力枠組みの建設を推し進めている。

 そこで本稿では、習政権が推進する法治建設の対外的側面に焦点を当てて現状を整理する。ただし、筆者は法律の専門家ではないため、個々の法律の内容には踏み込むことはできない。あくまで、習政権が、対外政策を有利に展開するために、法治をどのように利用しようとしているのかを分析し、その上で中国の動きにどのように対応すべきかについて考察したい。

2.対外的法治建設をめぐる中国の動向

(1)対外的法治建設の提唱

 先述のとおり、習政権下で推し進めている法治建設は、対外関係に関わる法治建設に重点を置いている点に一つの特徴がある。とりわけ中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議(2020年10月)で対外関係に関わる法治の強化が謳われ、続く中央全面依法治国工作会議(2020年11月)で、習近平が国家主権と核心的利益を守るために国内の法治と対外的法治の整備を統合的に推し進める方針を示して以降、習政権による法治建設の対外戦略としての側面が内外の注目を集めるようになった。

 習近平は上記の講話の中で、対外的な法治建設に関連して、次のように述べた。宇宙、インターネット、ビッグデータ、AIなどの新しい領域で、多くの国が自国の利益に沿った国際ルールを提案しようとしている。そうした中で、中国としても、国内の法治と対外関係に関わる法治とを統合的に推進するべきである。その一環として、法の域外適用をより効果的に実行するために、国内の法制度を最適化し、主領域の立法や法改正を促進するべきである。また同時に、対外関係の法治に携わる人材を国際機関に送りこみ、国際機関による政策立案、ルール設計、通常業務の運営に積極的に参加していくべきである、と[6]。

 対外的な法治建設を推進するという方針は、先述の「計画」にも明記された。そこには、対外関係関連業務に関わる法務制度を整備すること、対外関係関連の法律サービスを強化し、在外の中国の市民や法人、中国にいる外国の市民や法人の合法的な権利と利益を保護すること、内外の経済貿易協力企業に対し、コンプライアンスを強化し、法的リスク意識を高めるよう指導すること、法の域外適用のための法制度の構築を加速させること、司法領域の国際的な交流と協力を進化させること[7]、国際的な規範形成に積極的に参加し、公正で合理的な国際的規範体系の形成を推進することなどが方針として打ち出された。

 上記の方針を踏まえ、2021年3月8日、中国で立法機能を担う全国人民代表大会常務委員会での報告の中で、栗戦書委員長は、2021年度の方針として、対外関係に関わる分野の立法を重点的に進め、制裁、干渉、ロングアーム管轄に対応できるよう、問題に対処し、リスクを防止するための法的なツールボックスを充実させ、体系的で網羅的な対外関連法規体系の形成を促進するよう提起した[8]。

 以下では、習近平の講話や「計画」に示された方針の下、中国が法の域外適用にどのように対応してきたのか、司法面での国際協力に向けた動きをどのように進めてきたのかを中心に、近年の動きを概観したい。

(2)国内法の域外適用への対応

 法の域外適用に関する問題は、経済活動のグローバル化にともない、まず競争法の分野等で重要な論点となった。すなわち、国外で合意されたカルテルであっても、それが自国の自由競争経済秩序を侵害する場合には、排除措置命令及び課徴金納付命令に関する国内法の規定を適用できるとする認識が次第に国家間に共有されるようになったのであった。その後同様の論法は、証券法、税法、商標法、著作権法、特許法、情報法、公務員の贈収賄規制法などにまで広く援用されるようになり、時に、政治や安全保障に関わる目的を達成する手段としての性格を色濃く帯びるようになった。法の域外適用については、とりわけアメリカによる濫用傾向が問題視されてきた経緯がある。例えば、「愛国者法(Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001、2001年のテロリズムの阻止と回避のために必要かつ適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化するための法律)」(2001年)、「ドッド=フランク法(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act、ウォール街改革および消費者保護法)」(2010年)、「クラウド法(U.S. Lawful Use of Offshore Data Clarification Act、海外のデータの合法的使用を明確化する法律)」(2018年)などは、内外の反論を湧き起こした典型例と言えるだろう。各国が自国の利益や政治目的に基づいて、国内法の域外適用を濫用するようになれば、公平性が損なわれ、国際的な紛争をもたらしかねない。そこで、どの範囲でどの程度まで域外適用を認めるべきかという問題は、常に当該国内外の議論を引き起こしてきた。

 こうした経緯を踏まえるならば、近年米中の対抗が顕在化する過程で、アメリカが中国に対して講じた、法の域外適用を含む一連の輸出規制措置を受けて中国がとった対応は、それほど突出したものではなく、総じて慎重かつ受動的であったと言えるだろう[9]。

 アメリカは、アメリカによる対イラン・北朝鮮制裁措置に違反したとして、中興通訊(ZTE)に総額11億9000万ドルの罰金を課したが、2018年4月、同件ついての虚偽の報告を繰り返したとして、同社をエンティティ・リストに掲載し、アメリカ企業による部品輸出などを7年間禁止すると発表した(同年7 月に解除)。また2018年12月、華為技術有限公司の副会長で最高財務責任者であった孟晩舟が、イランとの取引において金融機関に虚偽の説明をした等の理由でアメリカの要請によりカナダで拘束された事件は、アメリカの制裁や輸出管理法令等に違反したとの疑義を持たれている国外の企業幹部や個人がアメリカを訪問したり、あるいはアメリカが司法共助協定を締結している国を訪問したりする場合に、身柄を拘束されるリスクがあることを示した。またアメリカは、2019年5月に華為技術有限公司およびその関連会社をエンティティ・リストに掲載したのをはじめ[10]、中国の軍民融合戦略への加担、新疆等における人権侵害への加担、南シナ海の軍事拠点化等への加担などを理由に、多くの中国系企業をリストに追加掲載した。

 中国政府はこうしたアメリカの措置に対し、公式の場で強い非難を表明した。汪文斌外交部報道官は2020年8月4日の記者会見において、「アメリカが国家の安全を理由に関連企業を弾圧しているが、これには根拠がなく、単なる口実に過ぎない。これらの企業は市場の原則と国際ルールに従ってアメリカでビジネスを展開し、アメリカの法律を遵守している。アメリカ側が出鱈目な罪名でこれらの活動を制限し弾圧するのであれば、それは完全に政治をもてあそぶ行為と言わざるを得ない」と述べた[11]。

 また、アメリカをはじめとする諸外国の域外適用への直接的対処として、商務部は2021年1月には「外国の法律や措置の不適切な域外適用を阻止するための弁法」を発表し、中国の企業や市民が、外国の法律や措置の「不適切な域外適用」に従うことに対し、中国政府として禁止令を出すことができるとする規則を定めた。2021年6月には「反外国制裁法」が全国人民代表大会(全人代)常務委員会で可決、成立し、即日施行された。同法第3条では「外国が国際法および国際関係の基本的な規範に違反し、さまざまな口実もしくはその国の法律に基づき、中国に対して抑止・抑圧をし、中国公民および組織に差別的な制限措置を講じ、中国の内政に干渉する場合」について、中国は相応の対抗措置をとる権利を有すると定めた。

 さらに、商務部は、2020年9月に「対外貿易法」、「国家安全法」その他の関係法令に基づき、「信頼できない企業のリストに関する規則」を発表した。そこでは、「国家主権の安全と利益の発展に危害を及ぼす外国企業等」及び「取引中断、差別的措置により中国企業等に対する合法的権益に深刻な被害を与えた外国企業等」に対する貿易、投資、ビザ、刑事罰など広範な制裁措置が定められた。また、同年10月には「輸出管理法」を採択し(2020年12月1日施行)、「中華人民共和国国外の組織や個人が、本法の輸出管理規定に違反し、拡散防止等の国際義務の履行を妨害し、中華人民共和国の国家安全と利益に危害を及ぼした場合は、法に基づいて処理し、かつその法的責任を追究する」(第 44 条)と定めた。また、中国当局が、輸出先の最終用途や需要者を確認するための調査を行う権限を有すること(第17条)、中国で生産した原料を輸入して国外で加工した後に第三国に輸出する再輸出も対象とすること(第45条)を定めた[12]。

 このような中国の対応については、中国当局による「国家安全」の定義次第で、制裁や規制の対象範囲が拡大すること等について内外から懸念が表明されているが、総じてみれば、受動的かつ慎重なものであると言えるのではないだろうか。

 また国内法の域外適用に関し、中国が常に第三国との協調を重視してきたことも指摘しておきたい。先述の通り、国内法の域外適用に関しては、必ずしもその具体的な範囲や程度について国際的な合意が形成されているわけではない。これまでにも、アメリカによる域外適用の濫用については、各国とも対抗策を講じてきた経緯がある[13]。中国は、こうした諸外国の対抗策を参考にしつつ、利益を共にする国々と協調することにより、国際秩序の構築における発言力を確保しようとしている。

 中でも、中国が近年参考にしていると思われるのが、フランスの対応である。例えば、アメリカが国外での汚職に対するロングアーム管轄を適用し、フランスのエアバス社、トタル社、BNPパリバ社等に高額の罰金を課したのに対し、フランスは2016年12月、「透明性、汚職対策、経済生活の近代化法」(以下、「サパンⅡ法」)を創設することにより対応した。同法には、企業の営業秘密がフランスの司法機関に先立ってアメリカの司法機関により捜査されることを防ぐために、機密情報の流布を禁止する条項を設けたほか、企業のコンプライアンスの要件を、アメリカの海外汚職行為防止法やイギリスの贈収賄防止法よりもさらに厳しく設定することにより、ロングアーム管轄に対し、より能動的に対応できる環境を創出した[14]。国営新華社の刊行による週刊誌『瞭望』に掲載された記事は、「サパンⅡ法」の制定によるフランスの対応を、アメリカのロングアーム管轄に対抗するための有効な事例として評価している[15]。

 このほかにも、アメリカがイラン核合意から離脱し対イラン制裁の再導入したことを受けて、フランスがEUに対し、EU企業が特定の域外適用法令のいかなる要件にも従うことを禁止するブロッキングアウトの更新を要請したこと、競争中立、反トラスト、データ保護などを理由に、アメリカのハイテク企業を自国の法律の域外適用の主要な対象とし、Google、Microsoft、Appleなどの企業に高額の罰金を科してきたこと[16]、アメリカの「クラウド法」施行に際しブリュノ・ル・メール経済・財務相が「国家戦略クラウド」を提案したり[17]、フランス国民議会が2019年6月に報告書「報告書「フランスと欧州の主権を再構築し、域外管轄権から企業を守るための法律と措置」を提起したりしたことに中国は注目し[18]、自国の立法や政策立案の参考にしている。

 無論、いわゆるリベラル・デモクラシーを標榜する国家と、一党独裁下の社会主義体制を標榜する中国との間には、法の運用やそれを支える価値において相違は存在するであろう。しかし、田旭(上海政法学院)が整理したように[19]、中国の法学界には、中国独自の価値の実現を追求する動きが近年になって一つの潮流を作りつつあるとはいえ、民法の領域を中心に、EUの立法モデルを受容しようとする一群の学者たちがいる[20]。今次、中国企業を対象としたアメリカのロングアーム管轄に対する中国の動きや内部の議論を概観する限り、中国がこの領域における国際的な秩序形成において他国と協調するための議論の余地は十分に残されているように思われる。

(3)司法面での国際協力枠組の構築

 域外適用への対応にとどまらず、中国が対外的な法治の領域において力を注いでいるのが、中国を中心とする国際協力枠組の構築である。先述の「計画」にも、「 一帯一路」構築のための国際協力の推進を軸に、国際商事裁判所の建設と改善を推進すること、 中国の仲裁機関と「一帯一路」国家の仲裁機構とが共同で連合仲裁メカニズムを打ち立てるという方針が掲げられた。

 また、実務的な仲裁機関に加え、広く法曹の国際的連携を強化するための枠組み構築にも熱心に取り組んできた。例えば、上海協力機構の枠組みにおいては、2016年12月、李昌道(元九三学社中央法制委員会顧問、上海市人民政府参事官室主任)および范永進(上海金融業連合会副理事長)によって上海協力機構法曹サービス連盟(SCO Lawyers Service Alliance)が設立された。また、「一帯一路」の枠組みにおいては、2015 年より、「一帯一路」法律研究協同イノベーションセンター、「一帯一路」法律研究サービスセンターなど、同プロジェクトの名前を冠した様々な組織が設立されてきた。2019年 12月には、中華全国法曹協会により、中国が登記する最初の国際的法曹協会として「一帯一路」法曹連盟が設立され、広州で開かれた設立大会において、同連盟の第一期理事会メンバーおよび連盟主席・副主席および秘書長が選挙された。その結果、王俊峰(カリフォルニア大学バークレー校で法学博士号を取得。中華全国法曹協会会長、北京市金杜法律事務所管理委員会主席、中華人民共和国第13期全国人民代表大会代表、全国人民代表大会憲法・法律委員会委員、中国法学会副会長、中国国際経済貿易仲裁委員会副主任、中国最高人民法院特約監督員)が連盟主席に、グレゴリー・ビジェンドラン(Gregory Vijayendran、シンガポール法曹公会会長)、プラシャント・クマール、エレクト(Prashant Kumar、インド法曹協会候任主席)、張学兵(中国政法大学法学修士課程を経てアメリカデューク大学法学修士、中華全国法曹協会副会長)、リー・チャンヒー(李賛煕、Lee San-hee、延世大学法学学士、修士。韓国法曹協会会長)が副主席に選出された。初代秘書長には、カン・ユー(康煜、英国のノッティンガム大学国際法修士、中華全国法曹協会国際事務高級顧問・副秘書長、元中華人民共和国司法部国際合作局代理局長)が選出された。事務局は北京に置かれた。創立時には36の国と地域の法曹協会、弁護士事務所、法的機関、個人の弁護士など85のメンバーにより構成されていたが、一年後の2020年12月時点で、メンバーは54カ国の1,800名近くの団体・個人会員を数えるまでになったという[21]。康煜は2021年7月、インタビューに答え、あらゆるチャネルを活用して、連盟の国外メンバーを精力的に開拓し、連盟の「国際的な友人圏」を継続的に拡大していくとの意向を表明した[22]。

3.中国の動向をどう解釈し、それにどう対応するか

 中国は現在、米中の対抗やコロナ禍など、厳しい国際環境の中で、中国共産党結党100周年(2021年7月)、中国共産党第20回党大会(2022年秋)と政治的に重要な時期を迎えた。また、北京での冬季オリンピック開催(2022年2月)も控えている。こうした中で、習近平政権は、国際的な対中世論の強硬化を抑制しながら、他方でアメリカ等による法の域外適用、一部領域でのデカップリングの動きに対応しつつ、自国に有利な国際環境の形成に向け、着実に駒を進めていかなければならない。その際、技術開発と併せて重要性を増してくるのが、国際的な法治の領域における発言力の強化である。

 上述のように、中国は、アメリカをはじめとする諸外国の法の域外適用による不利益について、様々に対応はしているが、グローバルな市場が中国の発展に有利であることは理解している。また、域外適用のあり方について、国家間、あるいはアメリカの国内にも複雑な対立軸が存在する点に着目し、そこに、自らの利益や価値を国際社会に受けいれられるかたちで実現しうる空間を見出している。そして、諸外国の経験を参考に、自国の法規を国際的な規範とすり合わせながら、国際的規範形成における発言力を増強するための環境整備として、上海協力機構や「一帯一路」沿線国における国際的な法協力の枠組みの構築を主導しようとしている。

 このような国際的な法治の領域における戦線の交錯状況を考慮した時、リベラル・デモクラシーといった特定の価値を表面上支持するか否かという旗印は、あまり役に立ちそうもない。日本、アメリカともに、それぞれが自国の利益や価値に基づき、是々非々の姿勢で中国との規範構築のすり合わせの場を確保していくことこそが現実的な対中政策と言えるのではないだろうか。

(2021/12/07)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
【Shaping the Pragmatic and Effective Strategy Toward China Project:Working Paper Vol.5】China’s Approach to the Development of Rule by Law and Foreign Relations

脚注

  1. 1 「中共中央関於全面推進依法治国若干重大問題的決定」『中国政府網』2014年10月28日。
  2. 2 第19回党大会は、「四つの全面性(小康社会の全面的建設、改革の全面的深化、全面的な法による国家統治、全面的で厳格な党内統治)」を党規約に明記した。「中国共産党章程 中国共産党第十九次全国代表大会部分修改、2017年10月24日通過」。
  3. 3 「中共中央印発≪法治中国建設計劃(2020-2025年)≫』中華人民共和国中央人民政府ウェブサイト、2021年1月10日。
  4. 4 「堅定不移走中国特色社会主義法治道路 為全面建設社会主義現代化国家提供有力法治保障」『求是網』2021年2月8日。
  5. 5 「計画」には、政府と市場、政府と社会との関係を明確化するよう努め、経済活動への不当な干渉行為を法律や制度を用いて抑制するよう一層注力すること、許認可権の行使を偽装した行政による違法行為を是正すること、ネガティブリスト方式を精力的に実施することなど、法に基づくビジネス環境の構築を進めていく方針が示された。前掲、「中共中央印発≪法治中国建設計劃(2020-2025年)≫」。
  6. 6 「習近平在中央全面依法治国工作会議上強調堅定不移走中国特色社会主義法治建設道路為全面建設社会主義現代化国家提供有力法治保障」『新華網』2020年11月17日。
  7. 7 ここには、犯罪者の引き渡し、犯罪容疑者の本国送還、受刑者の移送に関わる国際協力、テロリスト勢力、民族分離主義勢力、宗教的過激派勢力、麻薬の密輸や密入国、国際組織犯罪などの取り締まりにおける国際協力、汚職行為を行った国外逃亡者や盗品の追跡、送還・引き渡しに向けた国際協力などが含まれる。
  8. 8 「(両会受権発布)全国人民代表大会常務委員会工作報告(摘要)」『新華網』2021年3月9日。
  9. 9 アメリカは2018年7月以降、中国からの輸入品に対する段階的な追加関税措置を講じると同時に、アメリカから中国への輸出についても規制を強めてきた。2018 年 8 月 「輸出管理改革法」(Export Control Reform Act、ECRA)を制定し、その中で、「輸出管理法」(Export Control Act of 2018、ECA)を定め、アメリカの安全保障(技術面での指導的立場の維持を含む)や対外政策の観点からアメリカの民生品の輸出管理を実施するための権限を大統領や商務長官に賦与した。実際の運用においては、ECA等に基づいて策定された「輸出管理規則」(Export Administration Regulations、EAR)に従って、商務省産業安全保障局(Bureau of Industry and Security、BIS) が輸出管理を担っており、同規則の対象となる品目をアメリカから輸出、再輸出あるいは国内移転する場合、取引の当事者は、アメリカ国内の者か、一般にアメリカの管轄権に服さない国外の者かを問わず、原則として、事前にBISに申請し許可を得なければならない。EAR の規定に違反したならば、アメリカ当局は、アメリカの管轄権に服さない者に対しても罰則を適用することができる。アメリカの安全保障や対外政策上の利益に反する企業や大量破壊兵器の開発等に関与した企業等は、随時取引禁止顧客リスト(エンティティ・リスト)に掲載される。
  10. 10 華為に対しては、2020 年 5 月になって追加措置として、外国企業に対しても、国外であっても、アメリカの技術を使用するすべての製造工場に対し、華為との取引を禁止すると発表された。「米商務省、ファーウェイなどへの輸出管理を強化、第三者からの調達を制限」。
  11. 11 「2020年8月4日外交部発言人汪文斌主持例行記者会」
  12. 12 「中華人民共和国出口管制法」
  13. 13 例えば、1996年にアメリカが「ヘルムズ=バートン法(キューバの自由・民主的連帯(リベタード)法)」を打ち出すと、EU、カナダ、メキシコなどは、続々と阻断性の法律法規を公布し対抗した。EUの規則(Council Regulation (EC) No2271/96 of 22 November 1996 Protecting against the Effects of the Extra-Territorial Application of Legislation Adopted by a Third Country, and Actions Based thereon or Resulting therefrom)には、ヘルムズ=バートン法に基づくEU域外のいかなる裁判所による判決、行政機関による決定も域内においては承認あるいは執行されないこと、EU内の自然人や法人が、同法の適用によって被った損害について、損害の回復を要求する権利を有することが定められた。
  14. 14 このコンプライアンス要件は、フランス企業や海外子会社だけでなく、フランスにある外国企業にも同様に課せられ、汚職撲滅のための法的管轄権の対象に組み入れられた。“A New Era in French Anticorruption Enforcement: What Companies Should Know About the Newly Enacted Spain Ⅱ Law,”Jones Day , January 2017.
  15. 15 楊成玉「応対美国長臂管轄、法国有哪些反制組合拳」『瞭望』2020年第40-41期、2020年10月12日。
  16. 16 例えば、フランス経済・財務省の担当総局は2019年1月、透明性のない情報提供とデータプライバシー保護に関する規定に違反したとして、Googleに5,000万ユーロの罰金を科した。これは、2018年5月のEU一般データ保護規則の発効後、初めて科された罰金となった。また2019年12月には、「不透明で理解できない運用ルールを適用することにより、検索広告市場における支配的地位を濫用した」として、Googleに1億5,000万ユーロの罰金を科した。さらに2020年2月には、Apple社の携帯電話のユーザーがOSをアップデートすることにより端末の速度を低下させる可能性が判明したことから、「誤解を招くような商行為を構成する必要な情報の欠如」を理由に同社に2,500万ユーロの罰金を科した。さらに2020年3月、流通ネットワークにおける独占的行為等を理由に、Apple社に11億ユーロの罰金を科した。
  17. 17 ここでル・メール経済・財務相は、アメリカによるアクセスからフランス企業の戦略的データを安全に保管するためのツールを作成すると表明した。 “National Cloud Strategy: is France ready to enter the era of liquid computing?” inCyber, August 23, 2021.
  18. 18 同報告書では、①EU企業によるコンプライアンスの強化、②域外管轄権に対抗するための国際法の有効性を確保するための国際司法協力の強化、③経済・金融犯罪対策とりわけ国際商取引における外国公務員への贈収賄対策に関わる政策研究の始動などが提案された。Michael Huneke and Jan Dunin-Wasowicz, “Is Foreign Bribery Jurisdiction an Element of Economic Sovereignty?”New York University School of Law, May 20,2020.
  19. 19 田旭「欧盟個人数据保護法的全球影響成因與啓示」『江西財経大学学報』2020年第4期(総第130期)。
  20. 20 2021年8月20日に導入された「中華人民共和国個人情報保護法」も、2018年に施行されたEU一般データ保護規則(GDPR)を参考に、中国の国情に基づいて作成されたものだと説明された。「個人信息保護法的深遠意義:中国與世界」『中国人大網』2021年8月24日。
  21. 21 「『一帯一路』律師連盟成立一周年以優質法律服務護航『一帯一路』建設」『東方網』2020年12月28日。
  22. 22 「『一帯一路』律師連盟康煜:加快建立渉外法律服務機制為『一帯一路』建設保駕護航」『中国一帯一路網』2021年7月27日。