はじめに
金正恩(以下「金委員長」という)指導体制以降、北朝鮮は核実験と弾道ミサイルをはじめとするミサイル発射を繰り返している[1]。そして、2021年1月に開催された朝鮮労働党第8回大会において、「国防科学発展及び武器体系開発5ヶ年計画」を発表し、これまでの3年間で一定の成果を上げている[2]。また、その計画のほとんどは、核と宇宙・空領域での各種ミサイル開発やその推進であるが、水中分野で「核潜水艦(原子力潜水艦)と水中発射核戦略武器の保有」が示されている。
本論では、水中分野のうち水中発射核戦略武器開発とその戦力化の現状について分析するとともに、2024年6月に締結されたロシアと北朝鮮の「包括的戦略パートナーシップ条約」が北朝鮮の水中発射核戦略武器開発に及ぼす影響、さらには日本がいかなる対策をとるべきかについて考察する。
北朝鮮の水中核兵器開発の現状
2021年に計画が発表された水中発射核戦略武器開発について、北朝鮮は2023年3月~4月にかけて、「新たな水中攻撃型武器体系に関する試験」として「核無人水中攻撃艇(ヘイル)」の実験を行ったと、朝鮮中央通信が公表した[3]。具体的には、「ヘイル」、「ヘイル1」、「ヘイル2」の実験を実施し、その航行時間と距離の増加を図っている。同報道によれば、このヘイルについては、過去50回以上の試験を実施し、金委員長自らが29回に渡って試験を指導、また、2022年12月の朝鮮労働党第8期中央委員会第6回総会で実戦配備が決定されたとのことである。
北朝鮮は攻撃艇を隠密に作戦水域に潜航させ、水中爆発で超強力な放射能の津波を起こし、敵の海軍打撃群と主要な作戦港を破壊することとしている[4]。そして、2023年7月27日の軍事パレードにて核無人水中攻撃艇を登場させている[5]。さらに北朝鮮は、2024年1月にも日米韓軍事演習に対抗した「ヘイル」の試験を北朝鮮の東岸沖で実施したと発表している[6]。これにより試験を継続していることが明らかとなっている。
北朝鮮は「ヘイル」を既に実戦配備したとしているが、兵器の試験は実戦配備する前に実施することが軍事的常識であることを踏まえれば、「ヘイル」は未だ実戦化できていない、あるいは仮に実戦配備していたとしても、その後、大きな問題点が生起したと見積もることができる。
ロシアの水中核兵器開発の現状
2024年6月に北朝鮮との「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結したロシアにおける水中核兵器開発の歴史は長い。まず冷戦期に実用化された核魚雷(T-5)は基本的に少威力核弾頭を搭載したものである[7]。キューバ危機前の1962年10月、ソ連潜水艦B-52が大西洋において米海軍駆逐艦に追跡され訓練用爆雷を投下されたことから、艦長が大戦開始と考えたとされ、T-5核魚雷発射も選択肢としたが、結果的には発射されなかった。この事実がソ連崩壊後、公表されたことでソ連潜水艦がT-5核魚雷を搭載していたことが明らかとなった[8]。また、艦隊や都市を丸ごと巨大津波により壊滅させる構想(100メガトンのT-15核魚雷計画)もあったが、実現していない[9]。
近年では、2018年3月の議会向け教書演説でプーチン大統領が存在を明らかにした6種類の新型兵器の一つとして、敵艦隊や沿岸都市を大威力核弾頭で破壊する「核魚雷」について発表されている(この「核魚雷」について、プーチン大統領は、まだ名称は決まっておらず国防省からの提案を待っていると演説で述べていたが、その後「ポセイドン」と名付けられた)[10]。さらにプーチン大統領は、「核魚雷」の静粛性、高速性が極めて高く、非常に深く潜航できるため、現時点ではこの兵器に対抗できる手段はないと述べている[11]。そして、2023年に入ってからは、核魚雷「ポセイドン」を搭載する特殊任務原子力潜水艦(「ベルゴロド」、「ハバロフスク」)を隷下に持つ新たな師団がカムチャッカ半島において編成され、また同潜水艦基地が建設されるとの報道がある[12]。
ロシアとの「包括的戦略パートナーシップ条約」締結の影響
冒頭で言及した通り、2024年6月19日、プーチン大統領と金委員長が、「包括的戦略パートナーシップ条約」に署名した。この条約では、「戦争を防ぎ、地域および国際的な平和と安全保障を実現すべく、防衛力を強化する」目的で共同措置を取ると規定し、戦略的・戦術的協力を強化するとしている[13]。
ロシア・ウクライナ戦争で北朝鮮がロシアに提供することとなった砲弾や短距離弾道ミサイルの見返りとして、米国と韓国の当局者らは、宇宙関連技術やその他の先進的なシステムをロシアが北朝鮮に提供する可能性があると見ている[14]。これに関し、現在、北朝鮮の軍事偵察衛星、ミサイル搭載核弾頭及びミサイル技術開発への提供が話題となっているが、すでに実用化し、さらに「ポセイドン」において高威力化、長距離化、高速力化、低静粛化をも実現していると見積もられるロシアが、核魚雷開発、すなわち、北朝鮮の「ヘイル」開発へ技術提供する可能性も排除できない。
仮に「ヘイル」が、より小型化し、さらに高威力化、長距離化、高速力化、深々度化、低静粛化した場合には、日本をはじめとする韓国や米国など、同じ価値観を共有する諸国にとって、現場での戦術的脅威のみならず戦略的にも大きな脅威となる。その理由は、「ヘイル」の小型化が北朝鮮潜水艦への搭載が可能となることや長距離化されることで、仮に潜水艦を使用しなくとも北朝鮮の軍港からの発射で、東京湾、さらにはグアム、ハワイやアラスカに向けた攻撃が可能となるからである。そして高速化や深々度化することで、探知が困難となり、潜水艦発射の核搭載弾道ミサイルと同様に核の第二撃能力を備えることとなるからである。
また、日米韓を中心に北朝鮮のミサイルに対するスタンド・オフ防衛能力や米韓との連携を含む統合防空ミサイル防衛能力を強化、また、反撃能力を備えつつあるようなミサイル対処能力と同様の対処能力向上の努力を行っていない水中での核魚雷対処は、あまりにも脆弱であり、核ミサイルを超える大きな脅威となる。
北朝鮮核無人水中攻撃艇「ヘイル」への対処策
今後日本として、北朝鮮核無人水中攻撃艇「ヘイル」に対してどのような備えが必要であるのか、4つの対処策を提言したい。
第1に、「ヘイル」に関する武器情報収集が重要である。これは軍事的視点において常識事項であるが、『孫子』の「敵を知り己を知れば百戦危うからず」である。日米韓を中心に、ミサイル防衛と同様に軍事情報包括保護協定(GSOMIA)のもとでの連携した情報収集と相互提供が必要である。
第2に、北朝鮮は「ヘイル」の運用方法として敵の海軍打撃群と主要な作戦港を破壊消滅させるとしていることから、これに対処する作戦を立案する必要がある。その際には、同盟国、同志国間での情報共有や作戦での連携も重要である。日本は対潜戦など水中分野を得意としていることもあり主導的役割が期待されるであろう。
第3に、「ヘイル」が狙う目標の一つである敵海軍打撃群破壊の対策としては、例えば空母機動部隊のように艦隊で行動する場合には、「ヘイル」の発射母体となるであろう北朝鮮潜水艦を可能な限り遠距離で早期に発見、追尾し、一定距離以内に近づけないようにすることが必要である。これには、航空機(固定翼機及び回転翼機)や潜水艦を使用することが考えられる。
そして第4に、「ヘイル」のもう一つの目標である敵の主要な作戦港破壊の対策として、「ヘイル」が敵の主要な作戦港湾に近づいていることを探知する高性能固定探知器を海底に設置することや、水中無人機による警戒監視と哨戒により、探知、類別し攻撃することが求められる。敵の主要な作戦港湾近傍においては、「ヘイル」が如何に高い慣性位置精度(水中航行のままでの位置精度を維持すること)を持ったとしても、敵の主要な作戦港をピンポイントで攻撃することは容易ではない。そのため、衛星航法位置測定のため浮上して自己の位置を再確認せざるを得ない[15]。したがって、日本からすれば、「ヘイル」を港湾近傍において浮上させなければ良いのである。例えば、定置網のような網を水上航行艦艇船舶に支障を与えない水深において、張り巡らせることも一方策である。これは、第2次世界大戦において敵潜水艦が主要な作戦港湾等に入ることを阻止するための作戦としても使用されていた実績がある。
おわりに
本論では、北朝鮮が、核ミサイルのみならず、核魚雷開発にも力を注いでいることを紹介した。そして、ロシアとの間に「包括的戦略パートナーシップ条約」を結んだ北朝鮮が、弾薬やミサイル提供の見返りに、ロシアが持つ高い軍事的知識や経験をこれまで以上に得る可能性があることを指摘した。そうした知識や経験には、ミサイル技術のみならず、核兵器や核魚雷技術も含まれる可能性がある以上、北朝鮮と陸・海で接する日本や韓国にとって重大な脅威になると述べた。そこで、日本の対処のあり方について4点提言した。
なお、本論では言及しなかったが、ロシアによる水中軍事技術の北朝鮮への提供は、核魚雷のみならず、無制限に近い長時間(長距離)航行を可能とする核燃料発電器を備えた長距離核魚雷や原子力潜水艦開発のための技術提供も想定される。これは北東アジアのさらなる不安定化を招くものであることから、日本は当事者国として特に十分なる注視が必要である。
(2024/09/04)
脚注
- 1 防衛省「北朝鮮による核・弾道ミサイル開発について」2024年3月。金正恩指導体制では、2024年3月8日時点で、核実験4回、弾道ミサイル等発射数は179発となっている。
- 2 浅見明咲「北朝鮮の「国防科学発展及び武器体系開発5ヶ年計画」に関する考察―現在地と展望―」NIDSコメンタリー第294号、2024年1月23日。
- 3 “Important Weapon Test and Firing Drill Conducted in DPRK,” KCNA, March 24, 2023.
- 4 同上。
- 5 「平壌上空飛行する新型無人機 北朝鮮パレードに各魚雷も登場」産経新聞、2023年7月28日。
- 6 Hyonhee Shin「北朝鮮、水中核攻撃ドローン「津波」を実験 韓米日軍事演習を非難」ロイター、2024年1月19日。
- 7 小泉悠『オホーツク核要塞―歴史と衛星画像で読み解くロシアの極東軍事戦略―』朝日新書、2024年、254-255頁。
- 8 Noam Chomsky, Hegemony or Survival: America’s Quest for Global Dominance, Henry Holt, 2004, p.74.
- 9 小泉前掲書、255頁。
- 10 Президента России “Послание Президента Федеральному Собранию,” March 1, 2018.(連邦議会への大統領のメッセージ); さらにその性能について、タス通信は、無制限の射程を持ち、時速200㎞を超える速度であり、またその静粛性からスーパー魚雷とし、「ポセイドンのスーパー魚雷は世界に強い戦略的影響を与えるだろう」との見出しで紹介している。こうした軍事科学技術が北朝鮮に共有されたならば、その対処は限りなく困難となる。
- 11 同上。
- 12 “Источник сообщил, что объекты базирования носителей "Посейдонов" будут готовы в 2024 году” TACC, March 27, 2023(関係者によると、ポセイドン搭載潜水艦基地建設は2024年に完成する予定だという); “Дивизию спецподлодок с "Посейдонами" сформируют на Камчатке в 2025 году.” TACC, April 3, 2023.(ポセイドンを搭載した特殊潜水艦部隊が2025年にカムチャッカに設立される); 小泉前掲書、254頁。
- 13 Jack Kim, Ju-min Park「ロ朝条約、侵略受ければ「遅延なく全ての軍事支援」明記 全文公開」ロイター、2024年6月20日。
- 14 木内登英「ロシアと北朝鮮が「包括的戦略パートナーシップ条約」締結:インド太平洋地域の安全保障環境の悪化に」NRI、2024年6月25日。
- 15 能勢伸之「“泳ぐ核兵器”「ヘイル2」北朝鮮の核兵器の脅威は海にも・・・米最新鋭「USVレンジャー」の能力は【日曜安全保障】」FNNプライムオンライン、2023年9月24日。