はじめに

 日本海で中国人民解放軍の活動が活発化する中、2024年3月26日、中国の偵察型無人機が単独で大陸方面から飛来し日本海上空で活動したとの防衛省統合幕僚監部発表があった[1]。この発表から中国軍により日本海においても台湾に対するものと同様の「新常態(New Normal)」が生まれつつあることが明らかになり、安全保障に携わる関係者に衝撃を与えた。近年、中国は戦闘艦艇、軍用機による台湾海峡の「中間線」を越えた活動に加え、様々な軍用無人機を単独で台湾島周回飛行させる行動を繰り返している[2]。

 「新常態」という用語は、もともとは2014年5月に習近平国家主席が河南省を視察した際に、経済関係で用いられてきた用語であるが、台湾有事を想定した用語として使われ始めている[3]。その発端は、2022年8月4日、中国軍がナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問への抗議を口実に、台湾封鎖を想定した大規模な軍事演習を行ったことにある[4]。中国軍は、ペロシ議長が台湾を離れた後も、暗黙の取り決めであった台湾海峡の「中間線」を越えて台湾の領空、領海に繰り返し迫ったことで、台湾海峡の現状(Status Quo)が失われ、「新常態」が生起したと言われるようになった[5]。こうした事態を生じさせた中国軍の事実行為の継続という既成事実化は「新常態化戦略」といえる[6]。

 本論では、中国軍の日本に対する「新常態化戦略」について、日本海を中心に分析を行い、その上で日本がとるべき対応策を提言する[7]。

中国の日本への「新常態化戦略」の経緯

 2008年10月、中国軍の計4隻の艦艇が初めて対馬海峡および日本海経由で津軽海峡を通過し、太平洋を南下、沖縄本島と宮古島の間を通過し帰港する日本を周回する航行を行った[8]。その後、2010年から中国軍は、東シナ海への進出活動を活発化させている[9]。この背景には、2008年のリーマンショックに代表される世界的な景気後退から早期に回復したことによる経済大国としての自負、さらにその経済力を基とした「海洋大国」化[10]、それに伴う遠洋への進出を可能とする艦艇、潜水艦、航空機の近代化があったと考えられる。

 中国艦艇が初めて日本を周回した活動は、翌年の防衛白書にも取り上げられているが、図1のとおり日本海での活動よりも太平洋への進出に焦点を当てている[11]。同年11月、最新鋭のルージョウ級駆逐艦など計4隻の海軍艦艇が沖縄本島と宮古島の間を通過して太平洋に進出する航行を行ったのをはじめ、空母を含む中国艦艇の太平洋への進出頻度が増したため、中国軍の目的を太平洋進出であると捉え、対馬海峡、日本海経由、津軽海峡・宗谷海峡の通峡は、太平洋への進出経路の多様化と防衛省が考えていたことがわかる[12]。

図1:2008年10月に津軽海峡を通過した中国艦艇の航跡

出典:『防衛白書』(平成21年度版)、図表1-2-3-4

中国の「新常態化戦略」とロシアの協力

(1) ロシア海軍との関係強化

 中国軍は、2010年代以降、ロシアとの協力深化を通じて、「新常態化戦略」を展開している。中露海軍共同演習「海上協力」を2013年、2015年、2017年、2021年に日本海のウラジオストク沖で実施し、2021年の「海上協力」演習後には、初となる中露共同航行を行っている。この共同航行について、『解放軍報』は、「両国の全面的戦略協力パートナーシップを強化し、両国海軍の共同行動能力を高めて、国際と地域の戦略的安定を守ること」ことが目的であったと強調している[13]。

 2022年には、ロシア軍の年次大規模演習「ヴォストーク2022」に中国艦艇が初参加し、北海道西方約190㎞の海域で中露海軍艦艇6隻が順に機関銃による射撃訓練を実施している。その後、2回目となる中露共同航行を実施している[14]。

 そして2023年、中国軍北部戦区主催の「北部・連合2023」演習を日本海において実施し、ロシア海軍もこれに参加した。この演習には中露から10隻余りの艦船と30機余りの航空機が参加、共同の指揮の下で対潜水艦戦や対空戦などの訓練を行った。その後、中国の艦船5隻とロシアの艦船5隻が宗谷海峡を通過してオホーツク海へ進出する中露共同航行を実施している[15]。この共同航行について中国国防部は、「両国海軍の艦船が太平洋西部と北部の関連海域において3回目の海上共同パトロール〔海上联合巡航〕の実施であり…この行動は第三者に対するものではなく、現在の国際情勢や地域情勢とは無関係である」と発表している[16]。

 このように中国艦艇はロシアとの協力を深めながら、日本海での活動を活発化させている。しかし、中国艦艇の日本海での活発化の記述は、令和元年版防衛白書からである[17]。すでに、2024年1月31日までに中国軍戦闘艦艇の対馬海峡通峡公表回数は、71回に及んでいる[18]。このことから、中国軍は戦闘艦艇の定期的な日本海へのパトロールを含む進出とともに、巧みな世論戦、心理戦を展開することで、中国の軍事行動に対し相手国が中国の利益に反するとみられる政策を追求しないことを成功させていると考えられる。

(2) ロシア空軍との協力

 中露の協力関係は海軍だけでなく、空軍の間でも広がりを見せている。2016年、中国軍用機(Y-9)情報収集機1機および早期警戒機(Y-8)1機の計2機が対馬海峡を初めて通過し日本海での活動を行った。以後、同年8月、爆撃機(H-6)2機を含む計3機が2日連続で、2017年1月には爆撃機(H-6)6機を含む計8機が、また同12月には中国人民解放軍空軍として初めてとなる爆撃機(H-6K)に加え、初の戦闘機(Su-30)などが対馬海峡を通過し日本海での活動を行っている[19]。

 2019年からは中露共同演習を開始し、中国軍の爆撃機(H-6)2機と、ロシア軍の爆撃機(TU-95)2機が、日本海から対馬海峡を経て東シナ海に至る空域を共同で飛行した[20]。この空域で初めて行われた中露の爆撃機による共同飛行について、中国国防部の任国強報道官は記者会見で「中露両国の空軍が初めてとなる共同空中戦略パトロール〔聯合空中戦略巡航〕を行った」と発表している[21]。ロシア軍との共同訓練は、その後、2019年から毎年1回または2回の共同訓練を実施し、2024年3月現在、7度にも及んでいる。なお、2024年1月31日までに中国軍機の対馬海峡通峡公表回数は、27回に及んでいる[22]。

 中国軍は、戦闘艦艇の活動に加え、戦闘機、爆撃機を含む軍用機の日本海でのパトロールを含む活動を活発化させ、軍用機による日本海進出の「新常態化戦略」の一歩を既に達成させている。

新たな脅威としての無人機による進出

 冒頭で述べたように、2024年3月、中国軍偵察型無人機(WZ-7)1機が、大陸方面から飛来し日本海上空で旋回した後、大陸方面に向けて北西進したことが初めて確認された。この無人機1機の飛来には多くの含意がある。

 第一に、衛星や慣性航法などを使用した単独無人飛行能力を持っていることであり、複数の単独無人機による飛来が可能であることを意味する。中国は既に台湾本島周回単独無人飛行によりその能力を実証している。中国は同飛行を偵察型無人機(UAV)のWZ-7、偵察・爆撃無人機(UCAV)であるTB-001やCH-4Bの単独飛行を成功させている[23]。日本海においても偵察型無人機(WZ-7)、さらには偵察・攻撃・爆撃能力を持つCH-4B、そしてペイロード1トン以上とされるTB-001 やCH-5無人機を今後飛来させる可能性がある。

 第二に、無人機の特徴である長時間滞空飛行や高高度飛行(WZ-7:高度6万ft(約18㎞))が可能なこと、WZ-7はグローバルホーク程度と見積もられていることから連続36時間程度の飛行が可能とされ、今後、交代での飛来を考慮すれば、日本海における24時間常時監視(常時パトロール)も可能となる。また、高度はF-15戦闘機の実用上昇限度約5万ft(約17㎞)よりも上空飛行が可能であることから[24]、F-15のスクランブルでは対応できない可能性もある。

 第三に、対馬海峡を通峡せず初めて大陸から飛来した。これは、例えば、中国朝陽川空軍基地(延吉朝陽川空港:2,500m滑走路)から飛来したと仮定すれば、北朝鮮上空またはロシア上空を経由しても約120㎞で日本海まで進出可能である。日本海での24時間常時監視(常時パトロール)態勢がさらに現実的なものとなる。無人機の特に大陸からの日本海への進出は、中国軍の「新常態化戦略」そのものである。

日本がとるべき対応策

 これ以上「新常態」化を進めさせないために求められる日本の対応の方策として、次のことを提言したい。それは既に示されている「国家防衛戦略」の防衛目標達成のための3つのアプローチ、すなわち「日本自身の防衛体制の強化」、「日米共同の抑止力・対処力の強化」、「同志国等との連携」の応用でもある[25]。

 まず、「日本自身の防衛体制の強化」として、中国軍の艦艇、航空機に対するグレーゾーン事態での抑止、対処が必要である。また、今後、中国海警局の船舶や民兵乗船の漁船の活動も予測されることから、その準備としての自衛隊と海上保安庁のさらなる連携の強化も必要だろう。海上自衛隊の新型護衛艦(FFM)や哨戒艦、哨戒機の増強、航空・海上自衛隊さらには海上保安庁の中国無人機に対処可能な無人機の増強と訓練、連携、そして海上保安庁巡視船、航空機および水産庁の漁船取締船などの増強を含む「オールジャパン」での対応も必要とされる。

 次に、「日米共同の抑止力・対処力の強化」として、定期、臨時での日本海での日米共同訓練、監視が必要である。さらには「同志国等との連携」として、北朝鮮の背取り監視と並行した中国艦艇、航空機、公船への対応と民兵乗船の可能性がある漁船等の監視態勢確立に向けた対話などを進めなければならない。

 そして、こうした中国軍の日本海での活動の活発化は、海域が極東ということもあり、ほとんど世界的には知られていない。したがって、国際世論へ広く、強く発信することが重要であり、それがひいては中国軍の日本海での活動の活発化抑止につながる。一方で、日中外交・防衛対話の継続、さらに日露対話や日北朝鮮対話の再開により、中国がロシアや北朝鮮と連携を強めないための外交、防衛上の対策も必要である。

おわりに

 本論では、活発化する中国軍の日本海での活動について、現状およびその狙いである「新常態化戦略」を分析し、日本が対処すべき一方策について論じた。当初、中国軍の日本海での活動に関し、防衛白書では中国軍戦闘艦艇の太平洋進出の経路として捉えられていた。それは中国軍の巧みな世論戦、心理戦の効果ともいえる。そして今では中国軍戦闘艦艇、軍用機の日本海での中露共同軍事演習を含む訓練、演習およびパトロールの常態化を確立させている。さらに軍用無人機を大陸から進出させるなど「新常態化戦略」を確立しつつある。中国の側からすれば、日本海での米海軍空母打撃群や戦略原子力潜水艦、戦略爆撃機を中心とする部隊や日本の海上、航空自衛隊の艦艇、潜水艦、航空機が自由に日本海で活動することについて北京攻撃の脅威と受け取っている可能性があり、それが「新常態化戦略」の真の狙いであるとも考えられる。

 こうした中国の日本海での軍事活動を日本が抑止するためには、「国家防衛戦略」で示されているミサイル対処や反撃能力のみならず、日本海での「オールジャパン」での統合対処も必要である。それは、ひいては、権威主義国家の力による一方的な現状変更や台湾有事を抑止することにもつながる。今後の「国家防衛戦略」実行における日本海での防衛態勢を注視したい。

(2024/05/23)

脚注

  1. 1 防衛省統合幕僚監部「中国軍機の動向について」(報道発表資料)2024年3月26日。
  2. 2 中華民国国防部「中共解放軍臺海周邊海、空域動態」をもとに筆者が分析。
  3. 3 福本智之「中国経済の「新常態」への移行に向けた展望と課題」『中国経済研究』第13巻第1号、2016年、3頁。
  4. 4 ペロシ議長は、中国が台湾周辺で「新常態」を確立することはできないと述べている。 Rebecca Choong Wilkins, “Pelosi Says US Can’t Let China Establish ‘New Normal’ on Taiwan,” Bloomberg, August 11, 2022.  
  5. 5 林成蔚・加藤洋一「台湾不在の台湾有事論」中央公論.jp、2022年10月26日。
  6. 6 既成事実化については、拙稿「人民解放軍による台湾の航空・海上封鎖作戦分析―軍事演習等から見えてくるもの―」笹川平和財団『日米台安全保障研究』2023年4月26日を参照のこと。
  7. 7 中国海警局に所属する船舶や航空機の活動や民兵が乗船していると言われている漁船群の活動も、中国共産党中央軍事委員会隷下の人民武装警察(武警部隊)の指揮のもとでの活動であることから当然関連はするものの、本論のねらいが軍事的な「新常態化戦略」の真意を見極めることにあるため、軍艦や軍用機の動向を中心に分析していくこととする。
  8. 8 防衛省『防衛白書』(平成21年度版)2009年、3-4頁。
  9. 9 尾藤由起子「東シナ海における中国の軍事活動」『海幹校戦略研究』第8巻第1号、2018年7月、53頁。
  10. 10 尾藤前掲論文「東シナ海における中国の軍事活動」52-53頁。
  11. 11 前掲資料『防衛白書』(平成21年度版)56頁。
  12. 12 前掲資料『防衛白書』(平成21年度版)55頁。
  13. 13 「中俄首次海上聯合巡航円満結束」『人民網』2021年10月24日。
  14. 14 前掲資料「中国情勢(東シナ海・太平洋・日本海)」2024年3月、7頁。
  15. 15 飯田将史「進展する中国とロシアの軍事協力―共同軍事演習の多様化と高度化」NIDSコメンタリー、第271号、防衛研究所、2023年8月29日、8頁。
  16. 16 「国防部:中俄両軍将開展第3次海上聯合巡航」『人民網』2023年7月26日。 なお、中国の巡航には、パトロール(Patrol)の意味も含まれており、単なる巡航ではないと解される。
  17. 17 防衛省『防衛白書』(令和元年版)2019年、58頁。
  18. 18 前掲資料「中国情勢(東シナ海・太平洋・日本海)」8頁。
  19. 19 前掲資料『防衛白書』(令和元年版)2019年、73−74頁。
  20. 20 統合幕僚監部「中国機及びロシア機の東シナ海及び日本海における飛行について」(報道発表資料)2019年7月23日。
  21. 21 中華人民共和国国防部「中俄首次聯合戦略巡航提昇両軍戦略協作水平」2019年8月29日。
  22. 22 前掲資料「中国情勢(東シナ海・太平洋・日本海)」8頁。
  23. 23 中華民国国防部「中華民國國防部即時軍事動態」2024年5月12日を参考に著者が分析。
  24. 24 「初めて日本海を飛行した中国無人偵察機 元航空総隊司令官が示す懸念」『朝日新聞』2024年4月23日。
  25. 25 「国家防衛戦略」国家安全保障会議決定・閣議決定、2022年12月16日、6-7頁。