はじめに

 ロシア軍は、2月24日、ウクライナへ全面侵攻、短期間でのゼレンスキー・ウクライナ政権を転覆させられると踏んだプーチン・ロシア大統領の思惑は外れ[1]、無差別攻撃を強めている。そして、侵攻から既に2か月以上が経過し長期戦の様相を呈している[2]。この間、プーチン大統領の健康不安説、精神不安説などが新聞も含め掲載されている[3]。当然ながら、国家元首をはじめとする主要為政者のそうした個人に係るものは、軍事作戦においても大きな影響を与え、ましてや権威主義国家ではなおさらである。しかしながら昨今の報道は、上記事項などにあまりにも傾向しており、軍事的合理性からの分析が少ないように思われる。また、ロシア側からの情報が少ないことおよびウクライナ側の積極的な情報発信から、ウクライナ側の報道、発信に偏向しているともいえる。ロシアの力による一方的な現状変更の否定を前提としながらも、本論考では、ロシア軍の軍事的合理性を中心とした分析を作戦術の視点から考察するものである。また、ロシア軍、ウクライナ軍の人員、武器・弾薬の質と量およびウクライナ軍を支援する各国からの武器・弾薬など、軍事資源の細部については、不明な点も多くあることから、細部の彼我の戦闘分析は後世の研究に委ねなければならないが、ロシア軍の侵攻当初の軍事作戦を作戦術の要素である目的、方法、手段、そしてリスクについて分析することにより、今後の戦況分析の資とすることをも考察の目的の一つとするものである。

作戦術とは

 作戦遂行において、近代の軍事組織の意思決定と作戦遂行に不可欠である「作戦術」とは、「目標(望ましい最終状態)は何か【目的】、その達成のための重心はどこでどのような行動の連続が望ましいのか【方法】、諸行動の連続のためには、どのような資源(兵力、ロジスティックスなど)が必要なのか【手段】、行動の結果生じる失敗と不測事態はどのようなものか【リスク】」について、全ての各階層の指揮官が判断するものであるとされている[4]。当然ながら戦略(政策)と戦術(現場)は、密接な相関関係にあり、この戦略と戦術の橋渡しの役割を持つのが作戦術とも言われている[5]。作戦術をリスクの観点から分かりやすくモデル化したのが、米陸軍大学で戦略学を専門としていたアーサー・リュッケ教授(元米陸軍大佐)である。リュッケは、「戦略の三本足の椅子モデル」において、「戦略は、目的(ends)+方法(ways)+手段(means)で描くことができ、もしこれらのバランスがとれていなければリスクが高まる」という理論を展開した。リュッケは、もし三本の足の間でバランスがとれなければ椅子は傾き、もし足のうちの1本が短すぎれば、リスクは大きくなり椅子の上の戦略も転倒すると述べている[6]。

 軍事史において、この作戦術の起源は、ソ連とされている[7]。それは、例えば、第一次世界大戦と内戦での作戦が数千㎞、兵士数百万人の作戦レベルでの戦争準備、理論と実戦の教訓、すなわち、戦争を研究、理解、準備、実施するための枠組みを提供するものが作戦術としている[8]。こうしたことから、作戦術の理論をロシア軍のウクライナ侵攻の当初作戦に当てはめて考察することは、有効な分析の一つであると考える。

作戦目的と現状

 ロシア軍の作戦目的は、次の2つが想定される。その一つは、ロシアが主張するルハンスクとドネツクの「人民共和国」の独立と人民保護である[9](東部からの殲滅作戦)。もう一つは、NATOの東方拡大などにより、威圧され民族虐殺に遭っているウクライナの人たちを守り、ウクライナの「非軍事化と非ナチス化(NATO加入阻止)」の実現とされ[10]、そのための政権交代(転覆)を目的とする首都キーウ(キエフ)へのベラルーシおよびロシアからの侵攻(以降、機動作戦)であったと考えられる。また、この機動作戦は、キーウ郊外ホストメル空港への空挺作戦から始まったが失敗に終わっている。一方で作戦目的が不明確な軍事侵攻として、ウクライナ北部からのルハンスク・ドネツク州を越えたハルキウなどへの侵攻(北部からの殲滅作戦)およびクリミア半島からのウクライナ南部への侵攻があり、これも殲滅作戦に属するもの(南部からの殲滅作戦)であるが、ルハンスク・ドネツク州への侵攻を支援する作戦、およびロシア領土からクリミア半島への回廊の確保やクリミア半島の水源地であるへルソンの確保[11]あるいはウクライナ軍の戦力分散であると言われているが、大義は見えず、またロシアの上記2点の目的達成のためとは言い難く、作戦術分析における作戦目的としては曖昧なものである。その後、3月25日、ロシア軍のセルゲイ・ルドスコイ第一参謀次長が、「第一段階をほぼ完了し、今後ドンバスの完全開放に注力する」と記者会見で発表し[12]、キーウ方面進出部隊(機動作戦部隊)を東部に転進させた。そして、4月23日、ロシア中央軍管区の副司令官が、「特別軍事作戦」の目標を「東部ドンバス地域と南部を完全なる管理下に置くこと」と表明、併せてモルドバ侵攻も示唆した[13]。この時点でロシア軍は、東部に兵力を集中させ、南部へルソン州を占拠、ミコライウ州を攻撃中であった[14]。この発表でウクライナ南部侵攻が目的の一つであることについて、侵攻の1か月後に初めて明らかにしたことになる。この発表により、ロシア軍のウクライナ侵攻の目的が、キーウに所在するウクライナ政府の政権交代(転覆)を諦め、ルハンスクとドネツク人民共和国の独立、マリウポリから(クリミア)、へルソン、場合によってはオデーサを経て沿ドニエストル共和国までの南部を管理下に置くことが明らかとなった[15]が、この目的は、これまでの侵攻の現状から、当初作戦において定めた計画であるとは考えにくい。

 また、プーチン大統領は、4月10日までに、全戦域を統括する司令官としてアレクサンドル・ドゥボルニコフ大将(60歳)南部軍管区司令官を任命した[16]。当初侵攻作戦において一元的に指揮する司令官が不在であったのであれば、戦略(政策)が要求する軍事目的を含む統一的作戦立案とその未達成に大きな影響を与えたものと考えられる。具体的には、ウクライナ侵攻軍司令官による、作戦目標、主作戦指向方向、戦力配分と相互連携、陸海空および宇宙サイバー電磁波作戦の統合運用、ロジスティックスなどの明確な命令により部隊が行動することになるが、それがなかったとなれば、侵攻作戦失敗の大きな要因となる。作戦術の有効性として、作戦の目的、方法、手段およびリスクを明確にした上で、指揮を分権化し、隷下部隊の指揮官に裁量を委ねることが可能となるとされているが、そのためには、普段からの軍最高指揮官のリーダーシップと小部隊指揮官に至るまでの一貫した作戦術教育が欠かせない。

作戦の方法と現状

 ロシア軍は、2022年2月24日、「特別軍事作戦」を開始した。その方法は、当初のウクライナ軍の施設、レーダーサイトなどのウクライナ全土に及ぶ空爆と空挺作戦を含む地上部隊の侵攻であった。地上部隊の侵攻作戦は、先に述べたとおり機動作戦と殲滅作戦に区分される。

 機動作戦の要訣として、迅速性と自己完結性がある。すなわち、OODAループ(ウーダ・ループ[17])の実行と正面作戦遂行のためのロジスティックスの確保である。OODAループとは、意思決定のループを高速で回すことにより、敵より先に行動し主導権を握る意思決定サイクルである[18]。また、機動作戦は、作戦正面が迅速に進めば進むほど、補給路が伸びることから自己完結性が求められる。今回、ホストメル空港への空挺作戦の失敗により航空機による補給が絶たれ、さらに、ベラルーシ国境からキーウまでの距離さえも160㎞以上ある。機動作戦は、殲滅作戦とは異なり、作戦正面の活用であり、進出経路の確保が目的ではないことから、陸路での補給拠点確保も踏まえた経路の占拠は、困難であることが、本機動作戦からも明らかとなった[19]。

 一方の殲滅作戦は、スライス作戦のごとく占拠地域を増やしていくものであり、ロシア軍の機動作戦で大きな成果を挙げているウクライナ軍のゲリラ的攻撃の有効性も低くなると同時に、航空優勢も含め占拠した地域であることから中間補給拠点の設置も容易となる。また、全般指揮官は作戦正面ではなく後方地域での指揮が可能となる。

作戦の手段と現状

 ロシア軍にとってウクライナへの侵攻は、外戦作戦であり、攻撃側は防御側の3~5倍の戦力がなければ、確実な勝利は難しいと一般的には言われている。今回侵攻したロシア軍は、15~20万人の兵力と言われており、対するウクライナ陸軍全体で、125,600人、5年間兵役に従事した予備役が、90万人存在し[20]、それ以外にも国民が兵士登録して防衛に参加している。兵力量だけ見れば無謀な戦いであり、ウクライナ軍が直ちに戦いを諦めるとのプーチン大統領およびロシア軍の誤算があったと考えざるを得ない。

 ウクライナは、米国、欧州諸国などを始めとする30か国以上から武器などの軍事支援を受けており、その総額は、4月26日現在で総額50億ドル(約6,300億円余り)以上であり、さらに支援が強化される見積りである[21]。これに従来からウクライナ軍が保持している新旧武器を合わせハイロー・ミックスで使用することにより、ロシア軍はなお一層これらからの攻撃に対応することが困難になっていると予測される。

 また、米軍が数か月前からウクライナ国内におけるロシア軍の動きに関する情報をウクライナ軍に提供している[22]ことは、ウクライナ軍の手段として大きな利点である。

 さらに、機動作戦における部隊指揮官は、殲滅作戦のように部隊後方にて指揮することは難しく、作戦正面での指揮が求められる。こうしたことからロシア大部隊指揮官(将官クラス)の戦死も避けられないが、5月3日現在で、将官級9名と佐官級38名が戦死したとの情報もある。指揮官への攻撃は、米軍、NATO軍情報に加え、ウクライナ軍独自の通信情報によるとされている[23]が、指揮官の戦死は、部隊指揮に大きな影響を与えることとなり、結果として、軍事資源の減耗(手段の低下)につながっている。

リスクと現状

 グローバル化、特に情報のグローバル化・高速化が進んでいる世界において、他国に対する力による一方的な現状変更は、大きなリスクとなる。今回のロシアによる軍事作戦は、クリミア半島の占拠と同様にルハンスクとドネツクの「人民共和国」の独立のための占拠においてもリスクは伴うが、ましてや同地域以外への侵攻・占拠は、国際社会が許容できない大きなリスクとなっている。

 作戦術におけるリスクについて、リュッケの「戦略の三本足の椅子モデル」から分析すると、今回のロシア軍の作戦は、目的と方法、そして手段がかみ合っておらず、そうしたことがリスクをより大きくし、少なくとも初期段階においては、キーウからの撤退など戦略が転倒したと言える。

 さらに戦術的事項として、ロシア軍は本作戦の実行の困難性と部隊・個人練度においてのリスク評価が甘かったと言える。

 しかしながら、ロシア軍が示す第二段階においては、プーチン大統領による侵攻当初の「私たちの計画にウクライナ領土の占領は入っていない」との言葉もなく、「クリミアを含むわれわれの歴史的な土地への侵攻が画策されていた(中略)ロシアが行ったのは侵略に備えた先制的な対応だ(中略)ドンバスの義勇兵はロシア軍兵士と共に自分たちの土地で戦っている」と5月9日の戦勝記念日で述べている[24]。その目的、方法及び手段がある程度明確となってきており、戦略的リスクも低下している。

おわりに

 これまで見てきたように、ロシア軍によるウクライナ侵攻の初期段階(ロシア軍が示す第一段階)を作戦術の視点から分析すると、その主要な要素である目的と方法、そして手段がかみ合っておらず、リスクは高く、リュッケの理論からも三本の足は不安定であり、その上に存在する軍事戦略は、バランスを崩し倒れ落ちたように分析できる。

 具体的には、まず戦略、軍事目的が曖昧なまま、演習部隊を統一的指揮官が存在しないままウクライナに侵攻させ、また、その方法においても首都キーウに進撃した機動作戦ではOODAループ、ロジスティックス思考もなく、さらに全戦域を統括する司令官が不在であることから相互に連携した統一的作戦方法も曖昧であったと言える。そして手段においては、ウクライナ軍正規兵に加え予備役(市民兵)が加わった兵力量、武器などの彼我の戦力分析も計画的ではなかった。さらに米国、欧州を中心とする国々から大量の最新武器の支援、ロシア軍の兵力および指揮官の所在地情報などの情報の提供によるロシア軍の戦車、機動車、また指揮官などへの攻撃、さらにはロシアに対するこれまでにない経済制裁などロシアの予測を超えたと考えられる支援・制裁は、ロシア軍の大きなリスクとなっている。

 一方で、ロシア軍の第二段階作戦は、作戦術的分析において、その目的、方法、手段がある程度明確になってきており、戦略と戦術のギャップであるリスクは、第一段階作戦と比較して、明らかに小さくなってきている。

 こうしたことおよびロシア軍のブチャ市における占拠後の虐殺などにより、停戦交渉がとん挫していることを考慮すれば、停戦、終戦を望むウクライナ国民、また世界の多くの期待に反して、作戦術の観点からも戦闘はさらに長期化する様相を呈していると分析することできる。

(2022/05/19)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Dissecting Russia’s Operational Art in Ukraine
How Disjointed Ends, Ways, and Means Have Shackled Moscow’s Operational Warfare

脚注

  1. 1【詳しく】プーチン大統領の“誤算”予兆はいつから?分析」NHK、2022年4月5日。
  2. 2 例えば、 Yasmeen Serhan,“The War in Ukraine Is Just Beginning: Conflicts, though typically started easily, can be brutal, intractable, and difficult to end,The Atlantic, March 12, 2022.
  3. 3プーチン氏精神状態に疑問 米議員ら「何かおかしい」」『日本経済新聞』、2022年3月1日ほか。
  4. 4 The Chairman of Joint Chiefs of Staff,JP 3-0,June 2017, p.Ⅱ-4. JP3-0 CH1, p.Ⅱ-3.
  5. 5 河上康博「現代の安全保障講座(第27回)」全国防衛協会連合会、2021年3月、4頁。北川敬三『軍事組織の知的イノベーション-ドクトリンと作戦術の創造力-』勁草書房、2020年、116‐131頁。齋藤大介「戦争を見る第三の視点-『作戦術』と『戦争の作戦次元』」『戦略研究』第12号、2013年1月、79‐100頁。
  6. 6 Arthur F. Lykke, “Toward an Understanding of Military Strategy,” in J. Boone Bartholomees ed., The U.S. Army War College Guide to Strategy, Strategic Studies Institute, 2001, pp.179-185.
  7. 7 北川前掲書、117頁。デイヴィット・M・グランツ、梅田宗法訳『ソ連軍〈作戦術〉縦深会戦の追求』作品社、2020年、7頁。
  8. 8 グランツ前掲載、26-27頁。
  9. 9プーチン大統領 軍事作戦実施表明“ウクライナ東部住民保護”」NHK、2022年2月24日。
  10. 10 同上。ポール・カービー「【解説】プーチン氏はなぜウクライナに侵攻したのか、何を求めているのか」BBC NEWS、2022年2月23日(更新2022年3月3日)。
  11. 11 Эксперт Юг, “Екатерина Лобачева, Екатерина Лобачева, Крым перейдет на полное обеспечение водой к лету,” March 29, 2022.
  12. 12 ポール・アダムズ「【解説】ロシア軍幹部「第一段階」完了と侵攻はなぜ予定通り進んでいないのか?」BBC NEWS、2022年3月26日。
  13. 13ウクライナ侵攻の目標は東部と南部の支配 ロシア軍が表明 モルドバ侵攻も示唆」東京新聞、2022年4月23日。
  14. 14 同上。
  15. 15 同上の発表では、ドンバス地域外の北部ハルキウ方面についての言及はなく、曖昧のままであった。
  16. 16プーチン大統領、ウクライナ侵攻の指揮官を任命」CNN、2022年4月10日。
  17. 17 Grant T. Hammond, “The Mind of War: John Boyd and American Security,” Smithsonian Institution Press, 2001.(「OODA」ループとは、Observe(観察)・Orient(状況判断)・Decide(意思決定)・Act(実行)のサイクルのことを言う。)
  18. 18 河上前掲論文、6頁。
  19. 19 Stephen Fidler and Thomas Grove「ロシア軍の急所、ウクライナで補給なぜ後手に?」The Wall Street Journal、2022年4月4日。「なぜロシア軍の全長64キロの車列は動きを止めたのか ウクライナ首都近郊」BBCNEWS、2022年3月4日、(キーウから約30kmに迫った地点で全長60kmを超える車列が3日以上ほとんど動かなかった。)
  20. 20 IISS “The Military Balance 2022,” Routledge, 2022, pp.211‐215.
  21. 21ウクライナへ軍事支援強化の欧米側とロシア対決の構図鮮明に」NHK、2022年4月27日。
    この中には、対戦車ミサイル「ジャベリン」・「NLAW」、地対空ミサイル「スティンガー」・「スタ―ストリーク」、戦車「T72」、対空戦車「ゲパルト」、ヘリコプター「Mi17」、自爆攻撃機能を有する無人機「スイッチブレード」、無人ドローン「フェニックスゴースト」、155ミリ榴弾砲、装甲車、レーダー、弾薬、防弾チョッキ、兵器・武器の修理などがあるとされている。
  22. 22ウクライナによるロシア旗艦攻撃、米国が情報提供 情報筋」CNN、2022年5月6日。
  23. 23アメリカがロシア軍司令部の位置情報提供 ウクライナ軍の反撃を支援」東京新聞、2022年5月5日。
  24. 24【演説全文】ウクライナ侵攻直前 プーチン大統領は何を語った?」NHK、2022年3月4日、「【演説全文】プーチン大統領 戦勝記念日で語ったことは」NHK、2022年5月9日。