現実的な対中戦略構築プロジェクトのワーキングペーパー掲載のお知らせ

 この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では「現実的な対中戦略構築プロジェクト」と提携して、日米専門家による対中戦略構築のための情報を日本語と英語で掲載いたします。今後の国際関係の潮流の要因である米中関係について少しでもIINA読者の理解にお役にたてれば幸甚です。


1.日米同盟の「対中同盟」としての実質的「再々定義」

 現在の世界は、ルールに基づくリベラルな国際秩序の動揺という深刻な問題に直面している。長く国際社会の平和と繁栄の礎となってきた米国主導のこの秩序に、近年中露という権威主義国家が挑戦を強めている。

 とりわけ重大なのは、今や世界第2の大国である中国のふるまいである。従来の国際秩序の下では、世界最強の米国も他国を力づくで圧迫するような行動を比較的慎み、国際的なルールを尊重して行動してきた。中央政府を欠いた国際社会では、強者が力で弱者を威圧・強制すれば平和への深刻な脅威となる。米国がそうした態度を控えてルールに基づく国際秩序を主導してきたことは、その意味で重要であった。だが、少なくともこれまでのところ、中国にはそうしたパワー行使に関する抑制的姿勢はみえない。南シナ海や東シナ海でみられるように、中国は、国力の増大につれて、自らの力によって国際秩序の現状を一方的に変更し、国益の増進を図る態度をあらわにしてきている。

 こうした中国の挑戦を前に、ルールに基づくリベラルな国際秩序を、特にインド太平洋地域でいかに守っていくかが、今日の日米同盟にとっての最大の戦略的課題となっている。日本は第2次安倍晋三政権期からこの問題を最重要の外交目標に掲げ、そのために日米同盟を従来にも増して重視するようになり、菅義偉政権もその姿勢を受け継いだ。米国もジョー・バイデン政権がルールに基づく国際秩序を中国の挑戦から守り抜く意思を鮮明にし、日本との連携をかつてなく重視するようになった。

 こうした日米の外交姿勢は、両国間の同盟に大きな変化をもたらしつつある。冷戦後の1996年に再定義された日米同盟は、長くアジア太平洋地域の安定化装置であり特定の国に向けられてはいないとされてきた。それは、冷戦後の同地域には冷戦期のソ連に匹敵するような喫緊の脅威が存在しなくなったと考えられたからである。だが、自由主義的な国際秩序への中国の挑戦の急速な高まりという新たな現実を前に、日米同盟は再び特定の国を指向するものになり始めたようにみえる。

 2021年3月の日米安全保障協議委員会(2+2)の共同発表には、「拡大する地政学的な競争や新型コロナウイルス、気候変動、民主主義の再活性化といった課題の中で、日米は、自由で開かれたインド太平洋とルールに基づく国際秩序を推進していくことへのコミットメントを新たにした」ことがうたわれ、「ルールに基づく国際体制を損なう、地域の他者に対する威圧や安定を損なう行動に反対する」との表現で、中国の力任せの国益主張や現状変更の試みに対抗する意思が示された[1]。4月の菅・バイデン首脳会談後の日米共同声明には、両首脳が「ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有し」、東シナ海での「あらゆる一方的な現状変更の試みに反対する」ことや、「自由で開かれた南シナ海における強固な共通の利益を再確認」した旨が明記された。「台湾海峡の平和と安定の重要性」が52年ぶりに言及され、尖閣諸島への日米安保条約第5条の適用や、香港や新疆ウイグルの人権状況への懸念も書き込まれた[2]。

 日米同盟の定義が正式に変更されたわけではない。だが、これらのことばは、日米同盟が既存のルールに基づくリベラルな国際秩序を守るための「対中同盟」に実質的に「再々定義」されつつあることを示唆するものである。それは、バイデン政権の発足以来、日米に、今や両国は他のリベラルデモクラシー諸国とともに中国との体制間競争を闘っているのであり、その中で将来の国際秩序のあり方をめぐる競争こそはまさに中核をなすもので、それに勝ち抜くためには両国間の同盟協力が鍵となるという認識が共有されるようになったからである。4月の菅首相との会談後の共同記者会見でバイデン大統領が、「中国からの挑戦を受けて立つために」、そして「21世紀においてもなお民主主義諸国が競争し勝利できることを証明するために」日米が「ともにとり組む」と強調したのはその証左であった[3]。

 現在、レトリックのレベルでは、日米の対中連携は文句のない強固さを示している。だが、両同盟国には2つの課題が残されている。

 1つは、表明されているレトリックに見合った実際の連携をいかにとっていくかが問題である。中国の挑戦から既存の国際秩序を守ることや、中国の好ましくない行動を抑止したりする上で、ことばによる牽制は重要ではあるが、ことばだけでは目標を達成することはできないからである。具体的な連携がなされなければならない。そのためには日米が行動することが必要であり、行動するための能力を日米が整備することが不可欠である。

 もう1つは、日米双方が、中国による挑戦から既存の国際秩序を守るための同盟という戦略的方向性を、一貫して持ち続けることができるかどうかという問題である。忘れられがちなことであるが、比較的最近まで、こうした見方は日本でも米国でも決して一般的なものではなかったのである。

 筆者は、2010年1月にワシントンで開催された第16回日米安全保障セミナーの席上[4]、「同盟の将来ビジョン」と題するプレゼンテーションを行い、誕生からその年で50年目を迎えた日米同盟を、中国などの台頭を前に、米国のリーダーシップの下で日本を含むリベラルな価値や原則を共有する諸国によって築かれてきた既存の国際秩序の「最も根本的な諸要素(the essential elements)」、すなわちこの秩序が拠って立つ「基本的なルール、規範、原則」などを守るための同盟に再定義すべきであると提唱したことがある[5]。

 これは、日米同盟を中国の挑戦から既存のリベラル国際秩序を守るためのツールとすべしという主張として最も早期のものであったと思われる。だが当時、会議の出席者の反応はあまり熱心なものではなかった。特に、多くの米国側出席者は、中国の台頭がもはや現実のものとなっている以上、既存の国際秩序が変質してしまうことはやむを得ないと述べたのであった。

 もし今後このようなあきらめの空気が日米に拡がるようなことがあれば、バイデン大統領のいうところの民主主義と権威主義の競争は、自動的に後者の勝ちとなってしまう。日米が、「ルールに基づく国際体制を損なう、地域の他者に対する威圧や安定を損なう行動に反対する」姿勢をどこまで貫けるのか、その決意が問われている。

 本稿では、日米がこれらの課題に対応するために、何がなされなければならず、何がなされるべきではないのかについて検討したい。

2.日本は現在の中国問題を「米中対立」に矮小化してはならない

 日米が、中国による挑戦から既存の国際秩序を守るための日米同盟という戦略的方向性を持続させ、そのために必要な資源を投入して必要な行動を連携してとり続けていくための前提条件は、両国が、現在進行中の中国との体制間競争を「ともに闘っている」という意識を持ち続けることである。日米同盟が現在かつてなく強固であることは疑いを得ない。2021年9月3日の菅義偉首相の突然の退陣表明の直後にも、ホワイトハウスの報道官は、「日米同盟は、政府間のみならず、国民の間でも鉄壁であり、今後もそうあり続ける」と述べたと報じられている[6]。だが、中国との体制間競争を「ともに闘っている」という意識については、日米それぞれに懸念材料がある。

 まず日本については、国民の間に、現在は「米中対立」の時代であり、それにいかに向き合うかが日本外交にとっての課題であるとする見方が少なくないことが気がかりである。この見方の根底には、日本は米中の対立の外にいるとの認識がある。そしてそこからは、日本は米国と中国との対立に過度に巻き込まれることがあってはならず、日本はそれを回避するために米国とは距離を置いて独自の対中外交路線を打ち出すべきであるといった主張が導かれやすい。4月の菅・バイデン首脳会談の直後の『朝日新聞』の社説が、日本は中国に対し「自らの主体的な戦略を描いたうえで、米国をはじめとする関係国と協働し、対立をエスカレートさせないことを最優先に取り組むべきだ[7]」と論じたのはその典型であった。こうした主張は、日本国民には受け容れられやすい。なぜなら、日本は米国とは異なり中国と地理的に近接しているため、中国との対立をできるだけ回避したいという願いは、日本人の大多数によって共有されているからである。

 だが、米国だけが中国の対立の中にいて日本はその外にいるとの認識は適切ではない。日本は米国とともに、中国との対立の主要な当事者なのである。なぜなら、ルールに基づくリベラルな国際秩序への中国への挑戦は、日本自身の生存と繁栄に関わる死活的な問題であるからである。中国の、力による威圧や力の行使をためらわない国益追求が、尖閣諸島の主権や、日本の生命線であるシーレーンが通過する南シナ海の海洋秩序を脅かしているという現実があるにもかかわらず、中国との「対立をエスカレートさせないこと」が日本外交の「最優先」の目標であると考えることは危険である。中国との友好を願いつつも、譲れない国益を守り、ルールを基盤とする国際秩序を維持し、そのために自由で開かれたインド太平洋を実現する。そうした目標のために必要な場合には中国に断固として立ち向かう。それが、日本のとるべき対中姿勢であり、日米同盟はそのために不可欠なツールなのである。

 日本が「米中対立」の外にいるという誤った認識が、中国の挑戦から既存の国際秩序を守るための日米同盟という戦略的方向性を危うくすることのないよう、日本政府には国民を啓蒙する努力を強化することが求められる。

3.米国は対中戦略に関わる単独行動主義を避けなければならない

 日米が中国との体制間競争を「ともに闘っている」という意識を持ち続けることは、米国にも求められる。現在の米国には、中国に単独で向き合えるだけのパワーはない。同盟国やパートナー国との協力は、米国の対中戦略の不可欠な要素になっている。そしてそのことを自覚しているバイデン政権は、中でも日本を、「中国の影の中で」「筆頭同盟国」[8]というべき重要な存在とみているのである。

 そうであるとすれば、米国は、対中戦略に関わる単独行動主義を避けなければならない。中国に対する直接の政策だけではなく、米国の対中戦略にとって今や中核的な意味を持つようになっているインド太平洋政策などについても、重要な意思決定や大きな方針変更を行う際などには、他の同盟国やパートナー国、とりわけ日本との意思疎通を十分に行い、同盟国やパートナー国の側に、米国に「蚊帳の外に置かれた」、「裏切られた」といった疎外感や不信感を生まないように努めることが求められる。

 ドナルド・トランプ前大統領の単独行動主義色の強い外交を批判し、米国外交を多国間協調主義の方向へと戻す姿勢を打ち出しているバイデン政権であるが、国際社会には、バイデン大統領の多国間協調主義は「限定付き」なのではないかという疑念が政権発足当初から唱えられている。その一因は、バイデン政権が「中産階級のための外交政策」を最重要の外交方針として掲げていることにある。筆者は、2021年3月に発表した論考で、「米国の対外関与がより思慮深く選択的に行われるべきであり、その選択の基準は中産階級に利益がもたらされるかどうかであるとの主張から導き出される外交姿勢は、トランプの米国第一主義に近いものになってしまうおそれはないのか」と問いかけたことがある[9]。また、欧州のある国際問題専門家も、同年6月の論考で、「バイデン大統領の下での最初の数か月は・・・彼の多国間主義へのアプローチが、米国にとって最も近い同盟国との協力への彼の準備の度合いに明確な制限を課す政権にとっての核となる優先事項によってシェイプされていることを示してきた」と述べた上で、その優先事項とは「米国の外交政策が普通の米国人に具体的な利益をもたらすことができることを示すことである」と分析している[10]。

 最近、こうした見方が的外れではなかったことを示すようにみえる米国の行動が目立ってきているのは、日米が固く手を携えて中国の挑戦に対峙し続けることができるかどうかという観点から不安を惹起させるものである。

 ひとつは、カブール陥落の直前に米国が示した姿勢である。欧州を中心に、国際社会では米国がアフガン撤退の最終局面で同盟国と十分な協議をせずユニラテラルに行動し、同盟国との関係を傷つけたとの批判が少なくない。日本でも、ある国際問題専門家が、「バイデン政権にとって、アフガニスタンからの撤退はまさに『ミドルクラス外交』の実践だ」と批判している[11]。

 日米同盟にとってさらに重大な意味を持つのは、米英豪の新たな安全保障枠組であるAUKUSの発足の発表のされ方である。それは、米国の多くの同盟国にとっては晴天の霹靂であり、米国による一方的な行動と受けとられてもしかたがないものであった。フランスのジャン=イヴ・ル・ドリアン外相は「この粗野でユニラテラルで予測不可能な決定は、トランプ氏がかつてしていたことの多くを思い出させるものだ」、「これは同盟国の間で行われることではない」と語り[12]、欧州連合(EU)諸国は9月20日に開かれた非公式外相会合でフランスの立場を支持したと報じられた[13]。EUのジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表は、会合後の記者会見で、「この発表は、インド太平洋におけるEUとの協調を高めるという求めに反する」、「より多くの協力、より多くの調整、より少ない分裂。インド太平洋地域に安定した平和な環境を達成するために必要なのはこれだ」と述べた[14]。

 ドリアンやボレルの言葉は、AUKUSをめぐる米国の行動が、米国が中国と対峙する上で最も重要なインド太平洋戦略をめぐり、米国と欧州の同盟国やパートナー国との間に不信感や亀裂を生んでしまったことを示している。

 日本の場合には、米国から政府に対し、AUKUSについて一応は事前に説明があったようである。この点では米国に、フランスよりはましな扱いを受けたといえる。だが、その説明があったのは発表の前日のことであったらしい。その結果、発表は日本政府にとっても大きな驚きであったようである。これは、米国の対中戦略上今や不可欠の同盟国となっている国に対する意思疎通の図り方としては、とうてい十分とは言えまい。日本政府はAUKUSの発足を歓迎する姿勢を示しているが、米国に対する信頼感に全く影響がなかったとは言いきれないように思われる。

 米国は、他国との連携は自らが一方的に望むだけでは達成されないということを、あらためて認識する必要がある。米国と相手国の双方がお互いを信頼し、手を組んで共通の目標を達成したいと願っていなければ、連携は十分な効果を発揮しない。それは、日米同盟についても言えることである。

 この点に関し、米国は、アフガン撤退やAUKUS発足発表に対する他国の反応から教訓を引き出す必要がある。9月21日の国連総会での演説で、バイデン大統領は、インド太平洋を今日と将来の世界にとって「最も重要」な地域と呼び、米国はそうした優先事項に同盟国やパートナー国とともにとり組んでいくとの決意を強調した[15]。日本を含め、世界は米国の決意が本物かどうかを注視している。

4.能力整備のための投資を

 日米が中国の挑戦に連携して向き合っていく意思を持ち続けることができるとした場合、次に求められるのは、そのための能力を整備することであり、それに必要な投資を十分に行うことである。現在のコロナ禍の下で、日米の防衛や外交に関する予算には削減圧力がかかるであろうが、両国は、ルールに基づくリベラルな国際秩序に対する中国の挑戦は、南シナ海、東シナ海、台湾海峡などで典型的にみられるように、中国を起源とするウイルスが世界を苦しめているさなかにも、弱まることなくむしろ強化されているという現実を忘れてはならない。

 まず、日本に求められるのは、2015年に策定された新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)に記された日米同盟協力の内容を現実のものとするために、現在の防衛計画の大綱の着実な実践を進めていくことである。

 そのために避けて通ることができないのが、防衛支出の増額である。日本が現在掲げている積極的平和主義や自由で開かれたインド太平洋の実現といった外交・安全保障上の目標と照らし合わせてみたとき、現在の防衛支出はあまりにも少ない。特に、中国の挑戦から既存の国際秩序を守るという目標を達成することは、現在の防衛費の水準では難しかろう。

 第2次安倍政権は、小泉純一郎政権の後期から続いていた防衛支出減少の流れを反転させたが、当初予算ベースの日本の防衛費の国内総生産(GDP)比は今なお1%未満にとどまっている。これは、米国3.7%、中国1.7%、韓国2.8%といった数値(いずれも2020年[16])や、NATO諸国が掲げている2%という支出目標と比べて際立って低い。

 2015年の新ガイドラインの策定と翌2016年の平和安全保障法制の施行により、日本の安全保障政策と日米同盟は新たな段階に入ったとされている。日本が、集団的自衛権の限定的な行使をはじめとして、自らの安全と国際社会の平和のために、従来は控えてきたさまざまな活動を行えることになったためである。それは、日米が手をとり合って中国に向き合っていく上で好ましい変化である。だが、自衛隊が新たに行うことになる諸活動に対する財政的裏付けはどうであろうか。ある米国の安全保障専門家は、日本の防衛支出の現状を、30年以上も前に撤廃されたはずの「防衛費1%枠の亡霊」がさまよっているかのようであると述べ、このままでは日米の防衛協力を十分には進められないおそれがあると評した[17]。

 日本政府にこうした状況を打破するための動きがみられることは好ましい。コロナ禍の下ではあっても、日本の2022年度の防衛予算案は、先端技術などの研究開発のために過去最大の研究開発費が要求されるなど、過去最大額となる見通しであると報じられている[18]。

 だが、「過去最大額」ということばには注意が必要である。小泉政権後期から第2次安倍政権発足までの数年間の防衛費減少があったため、過去最大額になるとはいっても、防衛費の増額はさしたるものではないのである。ストックホルム国際平和研究所のデータベースによると、2001年から2020年までの間に日本の軍事支出は約4.5%しか増えていない。その結果、日中の軍事支出の差は拡大の一途をたどっている。両国の支出は2001年にはほぼ同規模であったが、2020年には日本の支出は中国の5分の1以下となっているのである[19]。

 米国にも、中国問題に対応するために十分な資源を投入し続けることが求められる。この点について、米国政府が太平洋抑止イニシアティヴを推進するようになったことは好ましい動きである。また、バイデン大統領は、アフガニスタン撤退を米国国民に向けて説明する演説の中で、米大統領の「根本的な責務」は「2001年の脅威ではなく、2021年、そしてこれからの脅威から米国を防衛し、守ることだ」と述べた上で、中国とロシアが米国にとってとりわけ重大な問題を突きつけていることに言及しつつ、「われわれは、21世紀の競争におけるこれらの新しい課題に対応するために、米国の競争力を強化しなければならない」とうたったが[20]、これについて日本では、バイデン政権がこれまでアフガンに投入されていた資源を中国問題とインド太平洋地域に振り向ける意思を示したものとして歓迎する声が聞かれる[21]。

 だが、日本には不安も残っている。バイデン政権は、民主党内の進歩派から国防予算の削減を求める強い圧力を受けているとみられている。また、バイデン外交の旗印である「中産階級のための外交政策」も、国防予算には削減圧力をかけるとする見方も日本では少なくない。コロナ禍の下で、米国の中産階級の関心は従来よりもはるかに内向きになっているのではないかとの懸念もある。こうしたことから、これまでアフガンに投入されていた資源が本当に中国とインド太平洋に振り向けられることになるのかという疑問も出されている。さらに、アフガン撤退やAUKUS発足をめぐる米国の単独行動主義的色彩の濃い行動をみて、アフガンからインド太平洋への「ピボット」も、何らかの理由で日本の意向に十分配慮しない形で別の何かに再転換されてしまう可能性が否定できないとする声もある。

 日米には、ともに、相手国のこうした不安を払拭できる形での必要な投資を、対中国戦略とインド太平洋地域戦略のために実行していくことが求められる。

5.対中政策の目標を「限定」せよ

 それと同時に、日米は、中国と向き合うために利用できる資源には限界があることを直視し、達成不可能な目標を目指すことを避けなければならない。

 日米は、この認識に基づき、中国との競争の目標を、国際秩序の将来のあり方をめぐる体制間競争に勝ち抜くことに限定すべきである。中国の体制転換ではなく、将来の国際秩序をシェイプするのが日米を中心とするリベラルデモクラシー勢力なのか、あるいは中国を中心とする権威主義勢力になるのかという競争に勝ち抜くことが日米の目標であるべきである。

 これは、日米が、中国国内の人権や民主主義の問題で沈黙すべきであるという意味ではない。たとえば、1993年の「世界人権会議」により採択された「ウィーン宣言及び行動計画」で、人権が普遍的価値であり国際社会の正当な関心事項であることが確認され、「民主政治、経済発展、人権と基本的自由の尊重は、それぞれ相互に依存しており、相関して強化される」ことがうたわれていることなどにかんがみると[22]、中国による人権や民主主義の弾圧を国内問題として見過ごすことはできない。

 しかし、だからといって日米が中国の体制転換を対中政策の目標に掲げるのが賢明であるということにはならない。中国という巨大な国の体制を外から変えるだけの資源が、日米にも、あるいは仮に日米がその他のリベラルデモクラシー諸国と手を組んだとしても、備わっていないことは明白である。日米の対中政策は、この現実を踏まえたものでなければならない。中国が既存の国際的なルールや秩序を毀損するような対外行動をとることを許せば、日米にとって居心地のよい国際環境は失われる。したがって、そうした行動を阻止するためには日米は中国との対抗をためらうべきではない。しかし、中国に既存の国際的なルールや秩序を尊重させるために、中国の体制転換は不可欠ではない。したがって、中国が既存の国際的なルールや秩序を毀損するような行動を日米の許容の限界を超えてとり続けない限り、日米は中国の国内体制をリベラルデモクラシーに転換することを目指さないことが現実的なのである。

6.「現状維持勢力」としての自己規定を

 日米は、対中戦略の目標を国際秩序の将来のあり方をめぐる体制間競争に勝ち抜くことに限定すると同時に、両国がこの競争において目指すのは、基本的には既存のルールに基づくリベラルな国際秩序をインド太平洋で、そしてグローバルに維持することであることを明確にすべきである。言い換えれば、日米は、両国が国際秩序の「現状維持勢力」であることを明確にすべきである。

 この「現状維持路線」は、過去数十年間にわたって米国を中心とする自由で開かれた、ルールを基盤とする国際秩序がアジアと世界における平和と繁栄の基盤となり、日米だけではなく国際社会の他のメンバーにも大きな利益を与えてきたことにより正当化される。忘れてはならないのは、中国もこの秩序の受益国であったという事実である。この秩序の下で、中国が日本を追い越して世界第2位の経済大国になることができたということが、そのことを証明している。

 日米が国際秩序の「現状維持勢力」たることを宣言すべきであるとの主張は、近年中国が不当な手法により国際秩序のあり方を改変してしまう試みを進めていることを追認するべきであるという意味ではない。日米は、中国の「力による現状変更」の試みには断固として対抗し続けならないし、たとえば南シナ海での不当な領有権主張や人工島の埋め立てなど、これまでに既に中国による現状の一方的な改変が行われてしまっている場合には、「原状」への復帰を要求し続けなければならない。

7.日米以外の国々を日米の側に引きつけるための努力を

 以上述べてきたような対中戦略を成功裏に実践していくためには、日米の連携が不可欠である。だが、日米の力を合わせても、台頭する中国に対峙して将来の国際秩序をシェイプしていうことは難しい。日米は、日米以外の国々が、中国による国際秩序の現状変更を目指す対外政策よりも、日米によるルールに基づくリベラルな国際秩序の維持を目指す政策に引きつけられ、日米と協力する意思を持つように働きかけを行っていかなければならない。

 そのためには、日米は、自分たち以外の国々に配慮した形で対中戦略を推し進めていく必要がある。とりあえず、以下の諸点を指摘しておきたい。

(1)リベラルデモクラシー諸国

 まず、日米は、自由や法の支配といった基本的な価値や理念を共有するリベラルデモクラシー諸国との連携を確保し、強化していかなければならないが、その際には、特に以下の点に留意すべきである。

①クアッド

 日米は、近年対中戦略の重要な要素としてクアッドを特に重視しており、2021年9月には初の対面での首脳会談も行われるなど連携は着実に強化されてきている。だが、クアッド4カ国の中で、インドの動向には不確実な面があることを日米は忘れてはならない。太平洋方面での中国の行動を見据えた安全保障協力にインドの役割を期待したいのであれば、日米やオーストラリアは、インド洋方面でインドの安全保障上の要求に応えられる姿勢をいかに示すべきかを真剣に模索する必要がある。

②欧州諸国

 クアッドが活性化されるにつれ、最近では、日米豪印の協力を既存の国際秩序の維持に共感する他の国々にも拡大しようとする「クアッド・プラス」の発想が現実味を帯びてきている。将来の「クアッド・プラス」のメンバーとして最も期待が高まっているのが欧州のリベラルデモクラシー諸国である。欧州の側でも、近年、中国が欧州にとって「代替的な統治モデルを推進しつつある体制上のライバル[23]」になっているとの警戒的な認識が示されるようになっている。コロナ禍の下での中国の「戦狼外交」や「マスク外交」は中国に対する警戒心をさらに強めた。そうした中で、インド太平洋地域とそこでの国際秩序の将来への関心がにわかに高まりをみせ、2021年9月には。EUが「インド太平洋戦略に関する共同コミュニケーション」を発表するに至った。日米やクアッドと欧州諸国との対中政策での協力は、急速に現実味を帯びてきている。

 だが、地理的・歴史的な条件の相違により、日米と欧州諸国の中国に対する警戒心の内容には違いが生じている。日米は、そのことを十分に考慮に入れて両者の連携を構想する必要がある。

 たとえば、日米や豪印にとって、中国との体制間競争の最前線はインド太平洋地域である。しかし、欧州諸国にとっては、インド太平洋が重要性を増しつつあるという認識はあるものの、より重要と認識されているのはアフリカである。ある日本の外務省高官は、筆者に対し、欧州諸国はアフリカへの中国の影響力の浸透について、「焦燥感にも似た切迫感」を感じているとの見方を示している[24]。欧州諸国との間で対中連携を強化し、インド太平洋方面で欧州諸国のクアッド・プラスへの協力を引き出していくためには、日米の側も、アフリカでの欧州諸国との対中連携を進展させる姿勢が求められる。

(2)発展途上国

 将来の国際秩序を中国ではなく日米がシェイプするためには、日米に同調する国を増やすことが必要である。中国の経済的発展に引きつけられがちな発展途上国を日米の側に引きつけるためには、中国の権威主義の危険性を説くだけでは十分ではない。日米が、他のリベラルデモクラシー諸国とも協力して、中国の提供する経済的・技術的機会に対するオールタナティヴを提供しなければ、途上国は中国への依存を深める他はなく、中国のそれら諸国への影響力は必然的に増大してしまう。

 日米は、途上国に対するリベラルデモクラシー的な価値の押しつけを控える必要もある。途上国の多くは、十分にリベラルではなくまた民主主義的でもない。そうした国々へのリベラルデモクラシー的な価値の押しつけは、そうした国々をリベラルでも民主主義的でもないにもかかわらずめざましい経済発展を遂げている中国の側へと追いやってしまう危険性がある。日米は、国際的なルールを尊重し、国内で人権の侵害に抑制的な国に対しては内政干渉を控える姿勢を明確にすることにより、そうした国々が権威主義的な中国に引きつけられることを防ぐことが必要である。

 こうした配慮を行ないつつ、日米は、力ではなくルールを基盤とした既存の国際秩序こそが、中央政府を欠いた国際社会においては強国の横暴を抑制するのに役立ち、中小国の利益になるのであるということを説いていくべきである。

(3)ASEAN諸国

 ASEAN諸国はASEANの中心性を維持することを最優先の課題としており、そのために日米などのリベラルデモクラシー諸国の側と中国の側とのいずれかを「選択させられる」ことを強く嫌っている。国際秩序の将来についても、既存の秩序の維持の必要性を説く日米への支持を明確には表明したがらない傾向が強い。日米は、パワーでは中国に遠く及ばないASEANが将来にわたってASEAN の中心性を発揮してインド太平洋地域の秩序形成に主導的な役割を果たしていくためには、力ではなくルールを基盤とした既存の国際秩序が維持される必要があり、ASEAN諸国はこの秩序の維持を目指す日米との協力姿勢を明確に打ち出すべきことを説いていく必要がある。

8.協力・協調を中国に政治的ツールとして利用させない決意を

 日米を含む世界の全ての国にとって、世界第2の大国との経済協力が望ましいのは当然である。新型コロナウイルス(COVID-19)や気候変動問題などのグローバルな諸問題についても、世界第2の大国の協調が得られるかどうかは、結果に重大な影響を及ぼす。

 したがって、日米は、世界にとって利益となる諸課題への対応については、中国との対話の窓口を自分たちの側からは閉ざさないようにすべきである。しかし、そこにはひとつの重要な留保がある。

 中国がそうした諸問題についての協力を、日米をはじめとするリベラルデモクラシー諸国からの国際秩序のあり方にかかわる政治的譲歩を引き出すためのツールとして用いようとする時には、日米には協力や協調を拒否する勇気も求められるということである。日米は、そうした諸問題についての中国の協力を引き出そうとして、安全保障、人権、民主主義、あるいは国際システムのあり方といった諸問題で妥協することは厳に慎まなければならない。

9.一貫した対中政策を

 最後に、日米には、以上のような方針に基づいた対中政策を、一貫性をもった形でとっていくことが求められる。

 日本には、米国の対中姿勢の一貫性に対する疑念と懸念が以前から存在してきた。なぜなら、米国の対中姿勢は、過去には対立路線と協調路線の間でかなりのぶれをみせることが少なくなかったからである。オバマ政権期の米国の対中外交は、日本からみるとその典型であった[25]。さらに近年ではトランプ政権の外交は、「ある米国の政権と結んだ合意が次の政権への移行を切り抜けて生き残るのかどうか、あるいは数十年間にわたり持ちこたえてきた同盟構造がなお所与とみなせるものなのか」について、同盟国やパートナー国の信用を傷づけた[26]。米国には、日本のこうした疑念や懸念を再燃させない対中外交が求められるが、先に述べたように、AUKUSの発足の発表のされ方はこの点で問題なしとしないものであった。

 対中政策の一貫性が保てるかどうかという問題は、現時点では日本についてより深刻なものとなっている。過去数年間、日本は米国とともに対中体制間競争を闘う姿勢を明確にし、日米同盟に事実上の対中同盟としての性格を持たせることにも躊躇してこなかった。それは、日本をリベラル国際秩序の擁護者として明確に位置づけて積極外交を展開した第2次安倍政権の対外政策路線の延長線上にある姿勢であった。また、菅前首相も、就任以来安倍外交の継承をうたい実践し続けたので、これまでのところ日本の対中姿勢の一貫性は保たれてきた。だが、これからの首相の下で、日本の対中姿勢がいかなるものになるかには不確実なところがある。

 今、日米双方が、中国による挑戦から既存の国際秩序を守るための同盟という戦略的方向性を、一貫して持ち続けることができるかどうかがあらためて問われている。この問いに対する答えがどのようなものになるのかを最も注視しているのは、他ならぬ中国であろう。

(2021/10/21)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
【Shaping the Pragmatic and Effective Strategy Toward China Project:Working Paper Vol.6】The U.S.-Japan Alliance as a “Counter-China Alliance”: What Should Be Done, What Should Be Avoided

脚注

  1. 1 “Joint Statement of the U.S.-Japan Security Consultative Committee (2+2),” March 16, 2021. accessed on March 17, 2021.
  2. 2 “U.S.-Japan Joint Leaders’ Statement: ‘U.S.-Japan Global Partnership for a New Era,’” April 16, 2021. accessed on April 17, 2021.
  3. 3 “Remarks by President Biden and Prime Minister Suga of Japan at Press Conference,” April 16, 2021. accessed on August 19, 2021.
  4. 4 日米安全保障セミナーは、日本の外務省の後援を受けて日本国際問題研究所と戦略国際問題研究所(CSIS)が開催する年次会議で、日米安全保障関係に関する最も権威あるトラック2会合とみなされている。
  5. 5 Matake Kamiya, "Future Visions of the Alliance," Brad Glosserman, rapporteur., Celebrate or Separate?: The Japan-US Security Treaty at 50 (Honolulu: The Pacific Forum CSIS, 2010) [presentation at "The 16th Annual Japan-U.S. Security Seminar," Washington, D.C., January 15-16, 2010]). accessed on August 19, 2021.
  6. 6 Jesse Johnson, “U.S.-Japan alliance to take hit from Suga’s decision to step down,” The Japan Times, September 6, 2021. accessed on September 7, 2021.
  7. 7 「(社説)日米首脳会談 対中、主体的な戦略を」『朝日新聞』2021年4月18日。
  8. 8 Bill Powell, “Joe Biden Sees Japan's Yoshihide Suga as New 'Ally in Chief' as China Tensions Rise,” Newsweek, April 18, 2021. accessed on April 20, 2021.
  9. 9 神谷万丈「バイデン政権は米国を世界のリーダーに戻せるか――『中産階級のための外交政策』をめぐって」『Security Studies 安全保障研究』(鹿島平和研究所、安全保障外交政策研究会)第3巻第1号、2021年3月、[同論文はhttp://ssdpaki.la.coocan.jp/proposals/70.htmlからも入手可能]。 同論文の英語版として“Can the Biden Administration Restore America as a Global Leader?: What is ‘A Foreign Policy for the Middle Class?’” Security Studies (Kajima Institute of International Peace, Society of Security and Diplomatic Policy Studies), Vol. 3, No. 1 (March 2021) [also available at http://ssdpaki.la.coocan.jp/en/proposals/70.html].
  10. 10 Anthony Dworkin, “Americans before allies: Biden’s limited multilateralism,” European Council of Foreign Relations, 9 June, 2021. accessed on August 19, 2021.
  11. 11 中山俊宏「アフガン崩壊:『最も長い戦争』を強制リセットしたバイデンの『アメリカ・ファースト』」『Foresight』2021年8月21日。 2021年9月1日アクセス。
  12. 12 John Irish and Michel Rose, Tim Hepher, “France says Biden acted like Trump to sink Australia defence deal,” Reuters, September 17, 2021. accessed on September 18, 2021.
  13. 13 Michelle Nichols, “EU backs France in submarine dispute, asking: Is America back?” Reuters, September 21. 2021. accessed on September 21, 2021.
  14. 14 “Informal EU Foreign Ministers meeting: Remarks by the High Representative Josep Borrell at the press conference,” New York, 20 September, 2021, EEAS. accessed on September 21, 2021.
  15. 15 “Remarks by President Biden Before the 76th Session of the United Nations General Assembly,” September 21, 2021. accessed on September 22, 2021.
  16. 16 “Military expenditure by country as percentage of gross domestic product, 1988-2020,” SIPRI Military Expenditure Database. accessed on August 3, 2021.
  17. 17 ある匿名の元米国政府高官の筆者に対する発言。
  18. 18 「過去最大規模5兆4797億円 研究開発に集中投資――防衛省概算要求」『時事ドットコム』2021年8月31日 2021年9月2日アクセス。
  19. 19 “Military expenditure by country, in constant (2019) US$ m., 1988-2020,” SIPRI Military Expenditure Database. accessed on August 3, 2021.
  20. 20 “Remarks by President Biden on the End of the War in Afghanistan,” August 31, 2021. accessed on September 5, 2021.
  21. 21 バイデン大統領の8月31日の演説よりも前の論考であるが、日本の立場から米国のアフガンからインド太平洋への「ピボット」が起こることへの期待を表明したものとして、Hiroyuki Akita, “China’s Neighbors Hope Afghanistan Pullout Means Pivot to Indo-Pacific,” Foreign Policy, August 19, 2021. accessed on August 25, 2021.
  22. 22 “Vienna Declaration and Programme of Action,” adopted by the World Conference on Human Rights in Vienna on 25 June 1993. accessed on July 13, 2021.
  23. 23 “EU-China Strategic Outlook: Commission and HR/VP contribution to the European Council (21-22 March 2019),” 12 March 2019, p. 1. accessed on April 9, 2020.
  24. 24 ある匿名の外務省幹部の発言。
  25. 25 たとえば、Matake Kamiya, “Japanese View on the Obama Administration's Security Policy,” paper presented at the 20th Annual Japan-U.S. Security Seminar, Washington, D.C., March 21-22, 2014.
  26. 26 Salman Ahmed (co-editor), Rozlyn Engel (co-editor), Wendy Cutler, David Gordon, Jennifer Harris, Douglas Lute, Daniel M. Price, Christopher Smart, Jake Sullivan, Ashley J. Tellis, Tom Wyler, Making U.S. Foreign Policy Work Better for the Middle Class (Washington, D.C.: Carnegie Endowment for International Peace, 2020)の、特にpp.6, 67-69. accessed on December 1, 2020.