グテーレス国連事務総長は2023年7月20日に『新・平和への課題』(A New Agenda for Peace)を発表した[1]。グテーレスは、「ポスト冷戦期」の時代が終焉し、新国際秩序と多極化の時代に入りつつあるとの現状認識を示した。確かに、気候変動の影響やテロリズム・暴力的過激主義の蔓延、大国などによるディスインフォメーション作戦を通じた社会的混乱の騒擾など、危機が世界各地で生じている。さらに、ロシアのウクライナ侵攻以降、多国間主義はいっそう危機に瀕し、国連安保理が国際秩序を主導する仕組みはこれまでにもまして揺らいでいる。

 そのような中、アフリカは複合的な危機に直面している。しかも、この地域の安全保障に投じうる人的・物的・金銭的資源は常に不足している。そこで、本稿では、グテーレスが『新・平和への課題』でアフリカの安全保障に関し打ち出した提言を分析する。特に、グテーレスが「平和執行」(peace enforcement)の必要性や、「強力な」(robust)平和活動の重要性をあらためて指摘したことに注目したい。しかも、彼は、それらの実施を国連と地域機構の「パートナーシップ」にゆだねている。いずれも、ポスト冷戦期以降のアフリカにおける平和活動の経験を踏まえ、新たな脅威と激変する国際関係に適応するうえで不可避である。

第77期国連総会で冒頭演説するグテーレス事務総長(2022年9月20日) UN Photo/Loey Felipe第77期国連総会で冒頭演説するグテーレス事務総長(2022年9月20日) UN Photo/Loey Felipe

 『新・平和への課題』はグテーレスが国際安全保障についての現状認識を広く国際社会へ伝えるとともに、国連加盟国に対する提言を盛り込んだ事務総長報告書である。その直接的な契機は2020年9月の国連総会「75周年サミット」であった。加盟国がここで宣言を発し、「平和の促進と紛争予防」を含む重点分野について事務総長へ国連の取り組みを検討するよう求めた[2]。これに対し、グテーレス事務総長は、まず2021年に『われら共通の課題』(Our Common Agenda)で総合的な指針を示した[3]。その中で安全保障のキーワードに据えたのがNew agenda for peaceである。今般の『新・平和への課題』は、紛争予防や軍縮、イノベーション、国連改革など5つの優先分野と12の行動提言を盛り込んだ。

ポスト冷戦期からの連続性と転換

 今回、グテーレスが『新・平和への課題』と題した背景として、ガリ第6代国連事務総長が30年前にまとめた『平和への課題』(An Agenda for Peace)(1992)の存在がある。1992年当時は冷戦の終焉とともに大国間協調の兆しがみえ、国際社会の国連に対する期待が一時的であれ大きかった。ガリは『平和への課題』で「絶対的国家主権の時代は過ぎ去った」と主張し、「平和執行部隊」構想を提示した。これは国連加盟国から提供される要員で構成され、強制力を伴ってでも和平・停戦合意の履行や人道危機などへ対処することを想定した部隊であった。ソマリアや旧ユーゴスラビアに展開した国連平和維持活動(PKO)は、このアイデアを具現化すべく、憲章7章(集団安全保障)下のマンデートを付与された。しかし、これらは紛争当事者からの妨害や人道危機に対処する資源も経験も不足しており、国際社会から「失敗」と批判された。その後、ガリが1995年に『平和への課題:追補』で平和執行部隊構想を取り下げたことで、強制力を伴う平和活動も有用性を失ったかにみえた。

ルワンダのジェノサイド翌年に現場で献花するガリ事務総長(1995年7月14日)UN Photo/C. Dufka, UN7757322ルワンダのジェノサイド翌年に現場で献花するガリ事務総長(1995年7月14日)UN Photo/C. Dufka, UN7757322

 しかし、グテーレスは『新・平和への課題』で国連の平和活動における「平和執行」や強力なマンデートを提言している。その背景にはアフリカを取り巻く現状がある。たとえば、2021年の安保理で議題となった危機のうち、実に70%がアフリカ関連であった。特に、アフリカでは武装勢力や暴力的過激主義によるテロの脅威が拡大している。他方、安保理は平和活動で文民保護(protection of civilians)をマンデートにする一方、国連のPKOに対テロは担わせない方針を貫いてきた。同時に、近年アフリカに展開する平和活動には、アフリカ連合(AU)などの地域機構によるものの比重が高まっている。これに対し、国連ではPKO予算を国連の平和活動以外(すなわち、地域機構による平和活動)に支出することは「禁じ手」とされてきた。加盟国は通常の分担金とは別個にPKO予算を分担拠出しているが、これはあくまでも国連自体が設置・展開するミッションの経費をまかなうことを想定しているからである。確かに、AUソマリアミッション(AMISOM)のように地域機構が展開する活動に投入されたケースはあるが極めて例外であり、安保理決議で国連PKOへの移行を前提とすることが明記された[4]。

 今回、グテーレスは『新・平和への課題』でアフリカ諸国が地域の紛争だけでなくテロリズムへも対処することを求めた。その前提となるのが安保理による授権や国連と地域機構との「パートナーシップ」である。さらに、「パートナーシップ」を促進するうえで国連のPKO予算を地域機構ミッションに提供することをも提言している。さらに興味深いのは「平和執行」の必要性を明示していることである。実際、グテーレス事務総長は2023年7月20日の演説で「アフリカほど新時代の平和執行ミッションを必要としている大陸はない」と述べた[5]。ただし、グテーレスがさす「平和執行」はガリの「平和執行部隊」構想と異なり、国連PKOや地域機構によるミッション、あるいは多国籍軍のような既存のオペレーションが限定的なマンデートを担うことを想定している。グテーレスが『新・平和への課題』で打ち出した提言は、ポスト冷戦期から継続する紛争下の人道危機や和平合意・停戦合意の脆弱性に加え、暴力的過激主義という新たな課題に国連加盟国が公正かつ毅然と対応する必要性を説いている。

 ここで重要であるのが、『新・平和への課題』の提言はグテーレス個人の見解に留まらないことである。公表に先立ち、米国以外の安保理常任理事国や日本を含む31の加盟国、14の地域機構および国家連合、40の研究機関・市民社会組織、10の国連機関が文書でそれぞれの提言を行った[6]。

 アフリカでミッションを展開しているAUも、優先課題として平和執行を伴う「強力な」対テロアプローチや地域ミッションへの国連による財政支援などを挙げた。AUの掲げるアフリカ全体の長期政策方針“Agenda 2063”やリージョナルな紛争解決コンセプト“Silence the Guns by 2030”との親和性も志向した形である[7]。本稿の執筆時点で、AUから『新・平和への課題』に対する反応は発出されていないが、グテーレスの提言がこれからどのように評価され、いかなる形で具体化するか注視したい。

出典:政治・平和構築局(DPPA)出典:政治・平和構築局(DPPA)

今後の展開と日本の役割

 今後の展開として、短期的には平和活動に関する外務・防衛閣僚会合が焦点となる。国連は2014年から同会合を開催しており、2023年は12月5‐6日にアフリカのガーナで行われる予定である。すでに公表されているコンセプトノートでも、主要議題として文民保護やパートナーシップが挙がっている[8]。『新・平和への課題』の取り扱いを含め、どのような議論が行われるか要注目である。さらに、『新・平和への課題』における提言の実装化は、グテーレス自ら提唱した2024年9月開催予定の「未来サミット」(The Summit of the Future)へ託される。

 より根本的かつ長期的な方針として、グテーレスは『新・平和への課題』の内容をどのように実現しようとしているだろうか。提言のひとつが「現況に見合った安保理改革」である[9]。これはアフリカ諸国あるいはAUの安保理への参画拡大を含むと考えられる。グテーレスは『新・平和への課題』で、アフリカにおける平和活動を憲章7章と8章(地域的取極め)にまたがる課題と分析した。アフリカの安全保障を国際社会の脅威と位置づけ、しかし「パートナーシップ」に基づいてリージョナルな主体に実施をゆだねるならば、それに見合う正統性と資源を提供しうる安保理が必要となる。

 最後に、グテーレスの『新・平和への課題』は日本の国際平和活動への関与の在り方を考えるうえでも重要である。国連のミッションの主な要員提供国はグローバル・サウスとよばれるアジア・アフリカ諸国だが、先進国も数百人規模で参加するなど継続的関与を図っている[10]。それは情報収集やオペレーションを通じたネットワーキングなど国益にかなうからである。国際平和活動への関与を「国際貢献」とだけとらえるのではなく、国際安全保障のリスク管理・協力枠組みとして検討することが求められる。これまでも実施しているアジア・アフリカの国連PKO要員提供国支援を行っているが、国連と地域機構とのパートナーシップ強化を見据え、AU支援をさらに促進することも一案である。

(2023/10/06)

脚注

  1. 1 The United Nations, Our Common Agenda Policy Brief 9: A New Agenda for Peace, July 20, 2023 (A New Agenda for Peace). 識者の総評はやや辛口である。激変する国際環境下、焦点が国連の可能性から加盟国の責務へ移行していることを現実的な方針と評価する一方、提言が具体性に欠けるといった指摘もある。Richard Gowan, “What’s New about the UN’s New Agenda for Peace?” ICG Commentary, July 19, 2023; Adam Day, “The New Agenda for Peace: A Model for the Declaration on Future Generations?” UNU CPR, July 19, 2023.
  2. 2 “Declaration on the commemoration of the seventy-fifth anniversary of the United Nations,” UN Doc. A/RES/75/1, September 28, 2020.
  3. 3 “United Nations Secretary-General’s Report ‘Our Common Agenda’”
  4. 4 なお、国連予算によるAUミッション支援は国連とAUとの間で議論が重ねられてきた。例えば、2022年10月14日のUNOAU-AU年次会合ジョイントコミュニケがある。African Union, “Joint Communiqué: Sixteenth (16th) Annual Joint Consultative Meeting between Members of the United Nations Security Council and the African Union Peace and Security Council, New York, 14th October 2022, ” October 18, 2022.
  5. 5 A New Agenda for Peace公表にかかる事務総長演説: The United Nations, “Secretary-General's remarks at the launch of the Policy Brief on a New Agenda for Peace,” July 20, 2023.
  6. 6 各国・機関等の提言は、政治・平和構築局のwebサイトで閲覧可能。米国は単独での提言を行っていない。その理由は不明ながら、G7の提言から同国の姿勢を図るとすれば、こちらに平和執行への言及がないことは注目に値する。日本政府は国連平和活動が依然として重要なツールであるとしながらも、国際安全保障環境に鑑みて地域機構との連携を進めるとともに、紛争の政治的解決を重視し特別平和ミッション(SPM)の活用を挙げている。さらに、国連加盟国がなすべき改革として、現在の国際環境に見合った安保理改革、とくに常任・非常任理事国双方の拡大を掲げた。 “Japan’s views, priorities and recommendations for a New Agenda for Peace,” December 2022.
  7. 7 African Union, “Proposed African Union Commission Input to the United Nations’ New Agenda for Peace.”
  8. 8 “Concept Note 2023 United Nations Peacekeeping Ministerial Accra, Ghana 5-6 December 2023”
  9. 9 「75周年サミット」宣言も安保理改革、地域機構とのパートナーシップも支持しており 、加盟国との共同歩調を取ったかたちである。UN Doc. A/RES/75/1, September 28, 2020, para.9.
  10. 10 2023年7月31日時点で121の加盟国が12の国連ミッションに要員(制服組)を提供している。例えば、G7でみると米国35名、英国282名、フランス597名、カナダ57名、ドイツ570名、イタリア968名。また、ロシア77名、中国2,277名、韓国542名。日本は国連南スーダンミッション(UNMISS)へ司令部要員4名を提供している。データはPeace Security Data Hubを参照。