AU発足20周年
2021年5月25日、アフリカ連合(AU)は発足20周年を迎えた。国連では未承認の西サハラをも含む55か国が加盟している。AUに関しては、COVID-19対策、2021年1月に始動したアフリカ自由貿易圏(AfCFTA)の促進、アフリカ大陸内のより円滑な移動を目的として2016年に公表された「アフリカ・パスポート」等々、注目すべき政策を進めている。
しかしなにより重要なのは、AUが2021年5月以降、エチオピアへの選挙監視団およびティグライ戦争に関する調査団派遣、ソマリアをめぐる国連および現地政府との足並みの乱れ、マリの加盟国資格停止など、アフリカの安全保障における重要案件で注目すべき決定を行ってきたことだ。これは、ASEAN(東南アジア諸国連合)や日本に重要な示唆をあたえるものである。2021年2月のクーデター以降、国軍による激しい弾圧と、抗議・抵抗する市民・民主化勢力および少数民族勢力、さらには武装闘争を展開する一部少数民族勢力で混迷を極めるミャンマー情勢への関与を模索しているからだ。
本稿は、アフリカの安全保障における過去のOAU(アフリカ統一機構)からAUへの連続性に着目することで、現在のAUの安全保障の機能を再考する。そのうえで、現在進行している3つの安全保障リスクを取り上げ、AUがグローバルな安全保障においていかなる役割を果たし得るかを展望したい。
OAUからAUへ
安全保障分野における昨今のようなAUによる関与は、1963年に前身のOAUが設立された時には想定していなかったようにみえる。OAUの原加盟国は20か国であり、国際関係は冷戦と脱植民地化という大きな構造転換の下にあった。OAU憲章が加盟国の内政不干渉原則を掲げていたことも、OAUが紛争解決に消極的であった理由の一つと指摘される。しかし、現在に至る58年間の経緯をみれば、いくつかの転換点がある。
まず、OAU設立の目的がアフリカの脱植民地化とパン・アフリカニズムであったことは、アフリカにおける安全保障課題をリージョナルな枠組みで解決する大きな動機となった。OAU創設10周年の首脳会議において、当時議長であったエチオピアのハイレセラシエ皇帝は、1973年5月28日の演説で、「加盟国は、アフリカ域内の紛争を他の機構(すなわち国連)に持ち込む前に、まずはOAUでの解決を図る義務を負うことに合意し、実行し得ている」と述べた。他方、「アフリカが分断されたままでは、正義に基づく集団安全保障において限定的な役割しか果たすことができない」とも指摘した。その上で、常設のアフリカ平和維持軍の創設を提案している[1]。実際には常設の平和維持軍は実現しなかったが、OAU時代に域内の紛争に関与した事例がないわけでない。1981年から1982年にはチャドへOAUのPKO(平和維持活動)が展開した例がある[2]。
1990年代に入り、冷戦の終焉とアフリカにおける紛争の増加、質的変化に直面したOAUは、1993年に紛争解決メカニズムを設立した[3]。タンザニア出身で長年OAU事務局長を務め、「ミスターOAU」と言っても過言ではないサリム・サリムは、1992年6月の第56回OAU閣僚理事会において紛争解決メカニズム設立を提言する報告書を提出した。その中では、国連との連携の下、OAUが恒常的に域内の紛争解決に関与する制度構築が必要と指摘している[4]。
2002年の第38回OAU首脳会議においてAUへの改組がきまると、2004年5月25日に安全保障に関する平和・安全保障理事会(PSC)がアディスアベバで発足した。PSCは、平和支援ミッションの設立、仲裁、紛争予防、非合法的手段での政権交代に対する制裁など、域内の安全保障政策に関し重要な決定を行う権限を与えられている[5]。そもそも、AU設立条約では、4条(h)においてAU総会の決定を前提としながらも、戦争犯罪、ジェノサイド、人道に対する犯罪が発生した際には加盟国に対して介入する権限を盛り込んでいる[6]。2010年の始動を目指したアフリカ待機軍(African Standby Force: ASF)などとの組み合わせにより、AUはアフリカの安全保障をリージョナリルレベルで追求するプラットフォームとなっている。さらに、AUにおける意思決定および施策を支えているのが準地域機構である[7]。アフリカには、サブリージョナルな枠組みを基盤としつつ、アフリカ大陸を網羅する構造が重層性を担保している。これらはOAUからAUへの改組が安全保障に関する大きな転換をもたらしたことを示している。ただし、実行が制度に十分に伴わないこと、資源不足、サブリージョナルなレベルでの勢力争いなどAUには課題も多い[8]。
現在のアフリカの安全保障リスクとAUの関与
このように、アフリカの安全保障に関する地域独自の取り組みは、OAUからAUへと改組する過程で、安全保障の機能が萌芽し、それが実質的な機能として拡大してきた。現在のアフリカの安全保障リスクに対し、AUはどのように関与しているのだろうか。ここではエチオピア、マリ、ソマリアの事例から考察したい。
ノーベル平和賞まで受賞したアビィ首相を擁するエチオピアの内政不安にAUはどこまで関与できるのか。その一つの答えとして、2021年6月4日、AU委員会のファキ委員長が「AUエチオピア選挙監視団」(The AU Election Observation Mission to Ethiopia)の派遣を承認した[9]。AUによる選挙監視は、OAUからAUへの移行期以降の、アフリカ民主主義・選挙・ガバナンス憲章(2007)、AU/OAUアフリカにおける民主的選挙運営の原則に関する宣言(2002)、選挙監視団・モニタリングミッションに関するAUガイドライン(2002)をはじめとする取り組みに基づくとされている[10]。選挙監視団の派遣は、2020年11月4日以降のエチオピア政府軍とティグライ人民解放戦線(TPLF)との戦闘、政府軍による北部ティグライの軍事制圧、集団殺害や難民発生が報告されるなど、同国の内政不安に対するAUの関与を示すものである。AUはまた、人権委員会がティグライにおける人権侵害・非人道的行為に関する調査団の派遣を決定している[11]。ただし、エチオピア政府は受け入れを拒む姿勢をみせており[12]、AUがどこまで実質的な措置を講じ得るかは未知数である。
マリは、AUが準地域機構、旧宗主国、国際社会と協働するうえで常に難しい舵取りを迫られる典型例だ。2021年6月1日、AUの平和・安全保障理事会はマリのAU加盟資格を停止すると発表した。2020年8月と2021年5月の2度にわたるクーデターや軍による移行政権の大統領・首相逮捕および解任に対する措置である。西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)も5月30日に資格停止を発表している[13]。さらに、6月10日にはフランスのマクロン大統領が同国のイスラム過激派掃討を目的として展開してきたフランス軍の「バルカンヌ作戦」(l’Opération Barkhane)の終了と、フランス軍の漸次撤退を発表した[14]。
ソマリアはどうだろうか。これは、AUの対応が場合によって国連や現地政府と齟齬を生じさせるケースだ。AUの平和・安全保障委員会は2021年2月9日、ソマリアに展開するミッションAMISOMの任期延長の審議に際し、国連がAUと共同歩調をとらないことを批判するとともにAU独自の調査を実施するとのコミュニケを採択した[15]。他方、ソマリアでは2020年12月以降、予定されていた選挙の実施が遅れ、AUが特使を任命し調整を図ろうとしたが、この特使の人選がソマリアの一部勢力から拒否されている[16]。AUが必ずしも国連と共同歩調をとるわけではないこと、また、AUの安全保障分野における決定が加盟国政府や現地レベルとかみあわない場合もあることを示しており、リージョナルな安全保障をグローバル、ナショナル、そしてローカルなレベルとどのように折り合わせていくかという課題を突き付けている。
リージョナルな安全保障をいかに追求するか―ASEANと日本への示唆
日本にとって、AUはアフリカの重要なカウンターパートである。それだけでなく、広く一般的に、リージョナルな安全保障にいかなる組織・制度を構築するのかについて、AUがアジアおよび日本に与える示唆は少なくない。
たとえば、2021年2月以降のミャンマー情勢に地域としてどのように対処するのか、残念ながらASEANも日本も、有効な手立てを発揮する制度やアセットを備えていない[17]。ASEANは内政不干渉原則を掲げ、意思決定においても全会一致の原則をとっている。ミャンマー自身が加盟国である以上、踏み込んだ決定を行うことには、そもそも制度上限界があるのだ。他方、2020年11月の選挙については、日本を含む国際監視団がその公正性と透明性を担保したにもかかわらず[18]、国軍は総選挙を不服としてクーデターで軍政を樹立した。平和裏に抗議・抵抗をおこなった市民・民主化勢力および少数民族勢力に対する軍事政権の激しい弾圧は国際社会から強い非難を浴びている[19]。ミャンマー情勢は、かねてより国内で武装闘争を展開してきた一部少数民族勢力の存在も相まって、混迷を極めている。アジア地域にとってこれは深刻なリスクである。ODA最大供与国の日本としては今般の事態に重大な責任を負っているのであり、ASEANのような地域機構を通じて実効的な紛争解決を図るメカニズムを模索すべきである。
アジアの複雑な歴史的経緯や政治力学がASEANの限界であるようにみえるなら、必ずしもそうではないだろう。アフリカ諸国とて一枚岩とは程遠い。アフリカ域内の力学、域外からの介入にさらされてもきた。多様な歴史や文化、政治体制や経済状況をいかに地域としてのダイナミズムや安定につなげるか、日々試行錯誤している。AUがなぜ安全保障というもっとも機微な分野にあえて切り込んだのか、冷戦期の1963年から現在に至る経緯を分析することにより、今後のASEANの地域安全保障への関わり方や、日本のアジアにおける立ち位置、政策判断の参考になると思われる。
AUがアフリカの安全保障で果たす役割は限定的で、資源も常に不足し、課題も多い。しかも、アフリカは、現実問題として本稿で取り上げた事例以外にも様々な安全保障リスクを抱えている。しかし歴史を通じて、AUはリージョナルな安全保障を追求し、その課題に関与し続けてきた。引き続き注視すべきだ。
(2021/06/23)
*この論考は英語でもお読みいただけます。
The African Union’s Security Policy — Implications for ASEAN and Japan
脚注
- 1 OAU Document, CON/AHG/SP/1(Ⅹ)”Address by His Imperial Majesty Heile Selassie Ⅰ of the OAU Assembly of Heads of State and Government”, May 28, 1973. ただし同時に、ハイレセラシエは同じ演説で、「アフリカ平和維持軍は国連PKOの強化に貢献するものであることが肝要である」と述べており、あくまでも国連憲章の枠内におけるOAUの平和維持構想であることも強調した。
- 2 Terry M. Mays, Africa’s first peacekeeping operation: the OAU in Chad, 1981-1982, Praeger Publishers, 2002.
- 3 “OAU Document, AHG/Del.1:Decision on A Mechanism for Conflict Prevention, Management and Resolution,” July 1992.
- 4 “OAU Document, CM/1710/(L Ⅵ)Rev.1: Report of the Secretary-General on Conflicts in Africa: Proposals for OAU Mechanism for Conflict Prevention and Resolution,” Council of Ministers Fifty-sixth Ordinary Session 22-27, June 1992. サリム・サリムは元タンザニア首相、外相、国連大使で事務局長を1989年から2001年まで務めた。なお、サリム・サリムの報告書は、1980年代末以降、OAUの首脳会議、閣僚理事会で採択された決議等を根拠としており、冷戦終結前後の国際関係に鑑みてOAU内でアフリカの紛争解決を模索していたことがうかがえる。
- 5 外務省「アフリカ連合(AU)平和・安全保障理事会の設立について」『川口外務大臣談話』2004年5月25日。
- 6 AU, “Constitutive Act of African Union.”
- 7 アフリカでは、政府間開発機構(IGAD)(東アフリカ)、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)、南部アフリカ開発共同体(SADC)といったように、諸国家がサブリージョナルな単位でも機構を設立している。
- 8 例えば、2021年6月現在、AU設立条約4条(h)を根拠として実際に加盟国へ介入が行われた事例はない。また、ASFは2010年になっても始動せず、いつの間にか「稼働している」状態になっているとされている。ただし、ASFに関してはその構想が西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)などサブリージョナルな枠組みに基づいた制度構築であった。そのため、実際のアフリカ域内の紛争に対しては準地域機構や近隣諸国による部隊派遣が行われている。
- 9 “Deployment of African Union Long-Term Observers to the General Elections in Ethiopia,” AU Press Releasee No: 054/2021, June 4, 2021. プレスリリースによれば、選挙監視団派遣はエチオピア政府の同意に基づく措置。なお、今回のエチオピア総選挙については、欧州連合(EU)が選挙監視団の派遣を中止したことが報じられるなど、国際社会の注目を集めてきた。”EU scraps plan to observe Ethiopia election,” Reuters, May 4 2021.
- 10 AU Press Release, “Deployment of African Union Long-Term Observers to the General Elections in Ethiopia,” June 4 2021.
- 11 “Press Statement on the official launch of the Commission of Inquiry on the Tigray Region in the Federal Democratic Republic of Ethiopia,” AU Press Release, June 16 2021.
- 12 “African Union launches probe into alleged rights abuses in Tigray,” Aljazeera, June 17 2021.
- 13 “West African bloc ECOWAS suspends Mali over coup,” France 24, May 30 2021.
- 14 “Fin de l’opération « Barkhane », dons de vaccins, haine en ligne : les points essentiels de la conférence de presse d’Emmanuel Macron,” Le Monde, 10 Juin 2021; Rick Noack, Danielle Paquette, “Macron announces end of major military operation in West Africa but suggests France will maintain a presence,” The Washington Post, June 11, 2021.
- 15 “Communique,” AU, Peace and Security Council 978th Meeting, February 9, 2021, p.4.
- 16 “AU sticks with John Mahama in Somalia’s mediation plan,” Garowe Online, May 18, 2021. なお、ソマリアの選挙に関しては、グテーレス事務総長とファキAU委員会委員長が共同声明を発しており、足並みをそろえた形である。African Union and United Nations, ”Statement by the African Union Commission Chairperson and the United Nations Secretary-General on Somalia,” February 16, 2021.
- 17 ASEANは4月24日に臨時首脳会議を開き、ミンアウンフライン最高司令官を招聘したうえで暴力の停止を求めた。 6月4日にはASEAN特使がミャンマーでミンアウンフライン最高司令官と面会するなど対策を講じているが、事態の打開には至っていない。むしろ、ASEANが軍事政権を国際的に承認する場として利用される危険性もあり、加盟国は難しいかじ取りを迫られている。
- 18 外務省報道官談話「ミャンマーにおける総選挙実施」2020年11月9日。
- 19 例えば、グテーレス国連事務総長は2021年2月28日、ミャンマー軍事政権によるデモへの武力弾圧を非難するとともに、国際社会が団結して対処すべきとの声明を発表した。EUもボレル外交安全保障上級代表が同日に同様の声明を発している。