「アフリカの角」に位置するソマリアをめぐって、国際安全保障上のリスクが高まっている。2020年12月に予定された議会選挙が国内政治の混乱により延期されたうえ[1]、ソマリア政府はケニアとの国交断絶を表明した。COVID-19の感染拡大状況も十分に把握されていない。このような中、ソマリアに展開するアフリカ連合(AU)の平和活動ミッション(African Mission in Somalia: AMISOM)撤退が2021年に予定されており、米国のトランプ大統領(当時)も2020年12月にソマリア駐留の米軍撤退を決定した。これまで国際社会は、ソマリアの混乱がリージョナル、グローバルな安全保障に深刻な影響を及ぼすと認識し介入してきた。しかし、ソマリアへの関与が削減されつつある今、同国はさらなる混乱の中にある。

「未承認国家」

 ソマリアの不安定な状況は1991年1月のバーレ政権崩壊に端を発する[2]。2012年9月にソマリア統一政府が発足するまで、国連、AU、政府間開発機構(IGAD:東アフリカの準地域機構)、欧州連合(EU)、欧州諸国(特に英国)、近隣諸国(特にジブチ)など様々な主体による仲介、和平交渉が行われた。国内政治の安定が不可欠だが、そこで課題となるのがソマリア国内の「未承認国家」ソマリランドと、自治を標榜するプントランドの存在である。

 ソマリアは旧英領ソマリランドと旧イタリア保護領とが1960年7月に1つの国家として独立した。しかし、英領ソマリランド(現在のソマリランド)は、3日早く独立を表明したため、バーレ政権崩壊時、ソマリランドは「自国の独立を回復した」と主張している。実際、ソマリランドは独自の政府、通貨、法制度をもち、南部ソマリア(ソマリランド、プントランドを除いた地域)よりもはるかに安定している[3]。

 しかし、今回のCOVID-19の感染拡大で明らかになったことは、そのソマリランドも、感染症に関しては非常に脆弱なインフラしか備えていないということであった。ソマリアではCOVID-19の感染がどの程度拡大しているかよくわかっていなかった。そのような中、政治的には比較的安定しているソマリランドは国外メディアの取材・報道が比較的多いからこそ、実際にはCOVID-19対策においては資源不足で厳しい状況下にあることが露見した形である[4]。さらに、2020年12月、ケニアがソマリランドに在外公館を開設したことに反発し、ソマリア政府はケニアとの国交断絶を表明した[5]。ソマリア、ケニア、ソマリランドの関係が今後どのように展開するか不透明であり、「アフリカの角」情勢を左右しかねない。

アッシャバーブ

 ソマリアが国際安全保障において関心を集める最大の理由は、アッシャバーブ(Al Shabaab)の存在である。アッシャバーブは「若者」を意味する[6]。ソマリアが1991年の国家破綻、内戦、無政府状態にあった過程で、2000年代初頭に生まれた組織体である。米同時多発テロ事件を起こしたアル・カイーダ(Al Qaeda)と提携し、ソマリア国内はもちろん、周辺国でのテロ行為を繰り返しており、東アフリカ最大の脅威といってよい。

UN Photo/Stuart Price アッシャバーブ撤退の数日後、ソマリア最大のバカラマーケット(モガディシュ)を歩く男女(2011年8月)UN Photo/Stuart Price アッシャバーブ撤退の数日後、ソマリア最大のバカラマーケット(モガディシュ)を歩く男女(2011年8月)

 ソマリアは、エチオピア、ケニア、ジブチと国境を接し、IGADにも加盟している。同時に、ソマリアは湾岸諸国との関係も深く、いわば中東とアフリカの結節点である。直近では、2021年1月3日に首都モガディシュで発生した自爆事件に関し、アッシャバーブが犯行声明を発している。この自爆事件では、カタール政府が出資しトルコ企業が請け負う道路建設の現場で発生し、トルコ人2名を含む死者を出している。ソマリアのインフラ建設や経済活動に湾岸諸国やトルコの出資・関与が見られる一方、アッシャバーブの自爆事件はこのような外国政府・外国籍組織の関与する事業で発生している[7]。さらに、ソマリアからは人々が海を渡ってイエメンに難民として逃れているが、そのイエメンでも内戦が続いている。ソマリア難民は、複合的な人道危機にさらされる結果となっている。このように、ソマリア情勢は、東アフリカだけでなく、中東、特に湾岸諸国、ひいてはトルコまで射程に入れた分析が必要である。

UN Photo/Mark Gartenソマリアに関する国連イスタンブール会議で協議する潘国連事務総長、エルドアン首相、シェイク・シャリフ暫定ソマリア政府大統領ら(2010年5月)UN Photo/Mark Gartenソマリアに関する国連イスタンブール会議で協議する潘国連事務総長、エルドアン首相、シェイク・シャリフ暫定ソマリア政府大統領ら(2010年5月)

 ソマリアはムスリムのソマリ人が多数を占める国家であり、アッシャバーブがソマリア社会のイスラーム回帰を目指した原理的活動を行っていると思われがちだが、実際にはそれだけでない。1993年10月に首都モガディシュで米国レンジャー部隊要員が殺害された「ブラックホーク・ダウン」を契機に米国がソマリアからの撤退を決定し、1995年3月に国連PKO(UNOSOMⅡ)も撤収すると、ソマリアに対する国際的関与は激減し、無政府状態が続いた。そのような中、アッシャバーブは、エチオピアが2006年12月にソマリアへ軍事介入を行ったことに反感を持つ市民、特に若者からの支持を基盤に拡大した[8]。ソマリアはクラン(clan)とよばれる氏族で構成される社会であり、アッシャバーブは劣勢なクランからのリクルートで要員を確保している側面もある。ソマリアの政府機能が働かない中、道路の「通行税」を巻き上げる一方、福祉活動を通して人々からの支持をそれなりに集めていた[9]。アッシャバーブの攻撃は、AMISOMに要員を派遣する国々や、ソマリア国内の外国拠点などに向けられている。1月3日の自爆事件をはじめ、トルコ関係者がテロで狙われるのも、トルコ政府がAMISOM支援を積極的に行っていることと無関係ではない。

海賊問題

 ソマリアがグローバルな安全保障の脅威と認識された契機は、アッシャバーブに先立つ、アデン湾における海賊の頻出にあった。アデン湾はタンカーが往来する要所であり、2000年代半ばに海賊問題が生じるまで、国際社会はほぼソマリアの存在を忘れていたといえるだろう。海賊問題の発信地はプントランドである[10]。アデン湾を通過する外国籍船に対し、地元の若者が漁船で繰り返す海賊行為は、ソマリア国内の脆弱な統治と不安定な治安情勢、一向に改善しない経済状況を反映していた。これに対し、2009年1月には、国連安全保障理事会の決議1851に基づき、関係国・機関・海運業界がメンバーとなるソマリア沖海賊対策コンタクト・グループ(CGPCS)が設置された。現場での対処活動としては、NATO(北大西洋条約機構)が「アライド・プロバイダー作戦/アライド・プロテクター作戦/オーシャン・シールド作戦」を、EUが「アタランタ作戦」を展開した。日本も海上自衛隊・海上保安庁が2009年以来、海賊対処に参加している[11]。現在のソマリア海賊対処では、アメリカが主導する第151合同任務部隊(CTF151)が主力になっており、日本も参加している[12]。

ソマリアからのAMISOM撤退は何をもたらすのか

 このようなソマリアをめぐる安全保障に関しては、2007年1月以来、AUがAMISOMを展開している。国連安全保障理事会が2007年2月に決議1744でAMISOMに授権を行い、国連はPKO予算をAUミッションに支出してきた。国連のPKO予算は、通常予算とは別枠で加盟国が分担しており、国連以外の主体によるミッションには支出されてこなかった。AMISOMに対する国連PKO予算の支出は、いわば前例のない「禁じ手」である。そこまでして国連がAMISOMを支援する理由の一つが、アッシャバーブ対策、つまり、国連のPKOではマンデートに含まれないテロ対策を行うためである。EUが国連とともにAMISOMの予算、ロジスティック、能力構築支援を行っており、ソマリアの平和活動を国際社会の様々な主体が側面支援しつつ、アフリカ諸国が要員を派遣している。

UN Photo/Stuart Price 首都モガディシュをパトロールするAMISOM要員(2012)UN Photo/Stuart Price 首都モガディシュをパトロールするAMISOM要員(2012)

 しかし、AMISOMは2021年中の撤退が予定されている。2020年に想定されていたものが先延ばしになった形であり、ソマリアからのAMISOM撤退は既定路線である[13]。また、2020年12月、米国トランプ元大統領は、アッシャバーブ掃討作戦を展開するソマリア軍の訓練支援を目的として2014年4月からソマリアに再展開していた米軍要員700名のほとんどを撤退させると表明した。これは、大統領選挙での敗北が明らかとなりつつあるトランプ政権が、アメリカの軍事的対外関与を削減する方針のひとつとして行われており、アフガニスタン、イラクからの米軍撤退と合わせて決定された[14]。ただし、2021年1月2日には米軍がアッシャバーブの拠点に対する空爆を行っており、バイデン新政権の誕生も相まって、ソマリアへの米国による関与の先行きは不透明である[15]。

 ソマリアでの議会選挙の遅延、COVID-19の感染拡大、ケニアとの断交などは、いずれもソマリア政府が安全保障に対応するコストを増大させ、アッシャバーブの活性化を招きうる。アッシャバーブは2020年12月にもソマリアの首都モガディシュで発生した爆発事件への関与を表明している[16]。

  国連とAUによるソマリアへの関与も、中・長期的にはCOVID-19の感染拡大から影響を受けると考えられる。2020年春の感染拡大に際し、国連はPKO要員の新規展開を凍結した。今後想定される影響は、国連のPKO予算縮小であり、AUをはじめとする地域機構・準地域機構の役割は国連を補う意味でも拡大するだろう。他方、国連がPKO予算をAMISOMに支出してきたことからもわかるとおり、アフリカの地域機構は人的・物的資源と資金不足に常に悩まされている。そこで次回は、諸アクターのアフリカの安全保障に対する関与を、COVID-19の感染拡大がどのように変化させているか分析する。

(2021/2/1)

脚注

  1. 1 “Somalia Elections 2020-2021: Lowering the Prospects of Turmoil,” Event Recording / Africa, International Crisis Group (ICG), December 2, 2020.
  2. 2 ソマリアの国家崩壊がソマリア国内外にもたらしたインパクトについては、遠藤貢『崩壊国家と国際安全保障-ソマリアにみる新たな国家像の誕生』有斐閣、2015年を参照。
  3. 3 ソマリア、特にソマリランド、プントランドについては、高野秀行『謎の独立国家ソマリランド―そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』本の雑誌社、2013年に詳しい。
  4. 4 Sheri Fink, “As Virus Resurges in Africa, Doctors Fear the Worst Is Yet to Come,” The New York Times, December 26, 2020.
  5. 5 Abdi Latif Dahir, “Somalia Severs Diplomatic Ties with Kenya,” The New York Times, December 16, 2020.
  6. 6 Council on Foreign Relations, “Al-Shabab.”
  7. 7 実際、今回のようなアッシャバーブの関与とみられる事案は2019年にも発生し、90名が人質になり殺害され、その中にはトルコ人の技術者が含まれていた。“Somalia Bomb Death Toll Rise to Five, including Turkish Citizens,” Garowe online, January 3, 2021.
  8. 8 ただし、近年、対エチオピア抵抗運動は説得力を欠くようになってきている。干ばつの際にエチオピア政府による支援の申し出を断ったことも人心の離れる一因になったとされる。
  9. 9 Institute for Security Studies(ISS Africa)のOmar S. Mahmood研究員へのインタビュー(2018年5月16日、井上実佳・川口智恵、アディスアベバにて、外務省の補助事業として実施)。詳細は、日本戦略研究フォーラム(JFSS)「補助事業実績報告書:平和安全法制に基づく我が国の国際平和協力の在り方(方向性)の研究」13頁、「外交・安全保障調査研究事業費補助金:平成30度実施事業に関する審査・評価委員会による中間評価結果」外務省、2018年7月4日を参照。
  10. 10 プントランドに関しては、遠藤貢「ソマリアにおける国家間の錯綜―プントランドでの認識を中心に」末近浩太・遠藤貢編『グローバル関係学4 紛争が変える国家』岩波書店、2020年、83-102頁を参照。
  11. 11 詳細は、井上実佳「国連PKOとソマリア-『キャップストーン・ドクトリン』『保護する責任』との関連性に着目して-」IICS Monograph Series, No.10、津田塾大学国際関係研究所 (IICS)、2009年1月を参照。
  12. 12 ソマリア沖・アデン湾における 海賊対処に関する関係省庁連絡会『2019年 海賊対処レポート』2020年3月。
  13. 13 国連とAUのアフリカにおけるミッション展開の連携については、そのもっとも初期の事例である国連AUダルフール合同ミッション(UNAMID)が2020年12月末を持って任務を終了した。12年にわたって展開してきたUNAMIDの終了は、バシール大統領の失脚というスーダン国内情勢にもかんがみて決定された。しかし、UNAMIDは現地で文民保護の任務を負ってきた経緯がある。UNAMIDの文民保護がどこまで実質的にダルフールの治安確保に寄与していたかは今後の検証を待つとしても、国連とAUが展開したミッションの撤収後、2021年1月には、早くも現地で騒乱が起こっている。
  14. 14 “In Somalia, U.S. Troop Withdrawal Is Seen as Badly Timed,” The New York Times, December 5, 2020.
  15. 15 “US Army releases video of airstrikes at Al-Shabaab compounds,” Garowe Online, January 4, 2021.
  16. 16 対テロを実施しないとの原則をとる国連PKOが過激派組織との対峙を迫られている事例としては、ソマリアとともに、西アフリカのマリを挙げることができる。いずれも、国内の紛争・衝突の中で過激派組織が台頭し、サブリージョナルはもちろん、アフリカというリージョナル、ひいてはグローバルな安全保障に影響を及ぼしている。特にソマリアには、マリにとってのフランスのように積極的・継続的関与を期待できる大国がいない。