アフリカでは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大が安全保障と密接に関連しながら展開している。特に、国連平和維持活動(PKO)や和平プロセス、過激派対策、難民保護への影響は顕著だ。もっとも、アフリカにおいては、感染症の流行拡大が紛争や社会不安と密接に関連しつつ進行する状況は、西・中央アフリカにおけるエボラ出血熱の例からも既視感がある。つまり、「感染症の安全保障化」は今に始まったことではない。そこで本稿では、COVID-19の感染拡大がアフリカの安全保障に及ぼす影響と対策の枠組み、さらにはグローバルな安全保障へのインパクトを指摘する。
今、アフリカで何が起こっているのか?
(1)アフリカでの感染状況
アフリカ連合(AU)のアフリカ疾病予防管理センター(Africa CDC)[1]によると、5月19日時点でアフリカの感染者は世界の約1%であり、欧州やアメリカ地域と比較すれば感染の拡大は緩やかにみえる[2]。しかし、直近1週間で南アフリカ共和国が5,781人、エジプトが3,018人、ナイジェリアが1,534人増加している[3]。中でも注視すべきは、ソマリアやリビア、西アフリカのサヘル地域など、すでに紛争や過激派の活動が発生している国・地域と、ジブチのように国際安全保障上重要な地点で感染が拡大していることだ。
(2)過激派の活発化
COVID-19の感染拡大によって現地政府のリソースが割かれていることは、過激派組織を活発化させる余地を生んでしまっている。サハラ砂漠の南縁に広がるサヘル地域では、もともと社会インフラが脆弱な国が少なくない。各国政府がCOVID-19対策に追われる中、過激派組織が脆弱層に対し、ヘルスケアや治安維持等の生活支援を提供することによって人心掌握を進めている[4]。サヘル地域では、2013年頃からマリやチャド、そして近年ではニジェールやブルキナファソで過激派の活動が活発化してきた。マリでは国連がPKOミッションを展開するだけでなく、フランスが派兵し、近隣諸国の軍によるオペレーション「G5サヘル」も展開している。ナイジェリアのボコ・ハラムもCOVID-19の感染拡大以降、攻撃を拡大している[5]。このほか、南部アフリカのモザンビークは「イスラム国」支持組織を、ソマリアをはじめとする「アフリカの角」地域は別のイスラム過激派勢力「アル・シャバーブ」(al-shabaab)を抱える。感染拡大により、これらの地域で、COVID-19の感染拡大に乗じて過激派組織がサヘル地域のように勢力を拡大する危険性も否定できない。
(3)紛争起因の人道状況悪化と和平プロセスの遅延
COVID-19の流行で紛争に翻弄される市民の生活がさらに脆弱化し、和平プロセスもとん挫している。その最たる例がリビアだ。武装勢力による医療施設への攻撃が続いており、COVID-19に対する同国の医療システムをさらに脆弱にしている。また、多くの難民がリビアから地中海を渡っているが、COVID-19の感染拡大が続くイタリアやマルタは港を閉じており難民の行き場がない[6]。難民と感染症に関しては、キャンプにおける感染が危惧されている。南スーダン政府は5月に首都ジュバの文民保護(Protection of Civilians: PoC)サイトで2名の感染者がいることを発表した[7]。昨今のアフリカの紛争では、国連ミッションをはじめとする外部アクターが一般市民を保護するPoCを任務とするケースが増えているが、PoCサイトでの感染拡大は、国際機関・関係国政府ともに是が非でも避けたい事態である。
国家間の緊張関係がCOVID-19対策をめぐって表出しているのが「アフリカの角」だ。5月、ソマリアのCOVID-19対応に必要な物資を輸送中のケニアの航空機が撃墜された。撃墜したのは、ソマリアに展開するAUソマリア・ミッション(AMISON)の枠外で展開していたエチオピア軍と報道されている[8]。事故の詳細については、エチオピア、ケニア、ソマリア合同で現在調査中とされているが、ソマリアにおけるエチオピアへの反発が一層高まり[9]、エチオピア軍の撤退を求めるデモも発生している。
さらに、ソマリアをはじめとするアフリカの角情勢と密接に関連するイエメンも混迷を深めている。同国では1000万人に近い人々が飢餓の瀬戸際にあり、世界最悪といわれる人道危機がCOVID-19の感染拡大以降、一層悪化している[10]。軍事介入をしているサウジアラビアが、4月15日に突然の停戦宣言をしたのも、グテーレス国連事務総長による停戦呼びかけに答えたものか、王族に150人以上の感染者が明らかとなった国内情勢によるものなのかは定かでない。
UN Photo/Isaac Billy (An internally displaced woman voluntarily returning to her home in Bentiu, South Sudan, is being checked for fever.)
(4)国際平和活動の停滞
COVID-19対策は国際平和活動を停滞させてもいる。現在、13のPKOのうち7つがアフリカに展開している。その特徴は、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)など予算、要員規模が極めて大きいPKOもあることだ。また、アフリカにおいてはPoCの任務を負っているものも少なくない[11]。国連は4月4日、PKO要員の派遣を6月末まで中止すると発表した。スーダンと南スーダンが領有を争っている国境地域アビエイに展開する国連アビエイ暫定治安部隊(UNISFA)では、エチオピアから派遣されるはずの警察要員の展開が遅れるといった影響も出ている。
国際平和活動は、その有効性が常に批判されながらも、アフリカの安全保障における主要なアセットの一つとして機能してきた。CODIVD-19の影響として懸念されるのは、要員提供を支えているのがアフリカ諸国をはじめとした途上国であるという点だ。COVID-19の拡大は各国軍の、ひいては国際平和活動の活動縮小を招くという意味でリスク要因である。
UN Photo UNMISS/Nektarios Markogiannis (Cases of COVID-19 have been confirmed in a UN Protection of Civilians site in Juba, the capital of South Sudan.)
感染症×安全保障―アフリカがもたらすグローバルなインパクト
それでは、「感染症の安全保障化」ともいえるアフリカの状況は、国際安全保障にいかなるインパクトを与えるのだろうか。
(1)三大感染症とエボラ対策の経験値
アフリカ特有の背景として、マラリア・結核・HV-AIDS、エボラ出血熱対策の経験値を指摘できる。コフィ・アナン第7代国連事務総長の呼びかけで設立された「グローバル・ファンド」や国際機関、EU、国境なき医師団(MSF)などによる支援が継続的に行われていたため、情報やノウハウ、医療資源を部分的にでもCOVID-19対策に活かすことができた。各国の水際対策や感染者の徹底した追跡調査など、初動体制も機能していたとされる。他方、治療に必要な資源のグローバルな取り合いが起こる中、医療インフラが脆弱なアフリカでは重症患者の増加が懸念される[12]。
ここで想起したいのはエボラ対策の苦い経験だ。西アフリカから流行が始まったエボラ出血熱がコンゴ民主共和国に拡大した際、国際機関やNGOの医療従事者が持ち込んだのではないかと攻撃の対象になったのだ。内戦を経験したシエラレオネやリベリア、コートジボワールのように、平和構築から開発、経済発展への移行におけるエボラ流行は、その歩みを遅らせ再び混乱を招くのではという危機感を生じさせたという意味で安全保障の障壁となりうる。このような経験を活かすことができるかが、今後問われよう。
© UNFPA Liberia/Calixte S. Hess (In Liberia, UNFPA is working together with the World Health Organization to co-lead the COVID-19 surveillance effort and the coordination of contact tracing.)
(2)「基地銀座」ジブチのCOVID-19感染拡大と中国の一帯一路
アフリカはもとより、国際安全保障にとって看過できないのが、主要国の軍が駐留する「基地銀座」と化しているジブチでCOVID-19が感染拡大していることだ。ジブチの感染者数は東アフリカ最大であり(1,548名)、隣国ソマリアが僅差で続く(1,455名)[13]。アデン湾をのぞむジブチはフランスの旧植民地であり、現在も安全保障面でフランスに依存するとともに、各国の軍事拠点を受け入れることで存在意義を示してきた。米国、フランス、イタリア、中国に加え、日本も自衛隊が拠点を置いている。
とくに、中国は海外唯一の軍事拠点をジブチに設置している。他国の施設が国際空港周辺に集結する一方、中国の拠点は海岸に位置し、港湾工事などを進めている。中国は「一帯一路」の一環としてジブチへの経済支援を拡大してきた。ジブチとエチオピアとをつなぐ鉄道の敷設や、AU本部の建設・寄贈など、中国の対アフリカ戦略は耳目を集め、COVID-19に関しても医療団の派遣や資機材の提供など「コロナ外交」の成果は未知数だ。
このようなジブチにおけるCOVID-19感染拡大は、各国の対アフリカ安全保障戦略にも影響を及ぼしかねない。
(3)カギを握る、リージョナル・サブリージョナルな枠組み支援
それでは、アフリカの感染症拡大と安全保障化のリスクを下げるために何が必要か。国際機関や国際NGO、域外諸国もさることながら、西サハラを含む55の加盟国を有するAUが、サブリージョナルな(準地域)単位でのCOVID-19対策を進めている[14]。地域全体を網羅するAUが統括し、サブリージョナルな枠組みで実働するというパターンだ。これは、経済協力や干ばつ対策を目的として発足したアフリカの準地域機構である各地域のアフリカ諸国経済共同体(RECs)を、AUがアフリカ待機軍制度(ASF)など安全保障でも活用してきた手法である。アフリカのリージョナル、サブリージョナルな枠組みを国際的にいかに支援していくかは、「感染症の安全保障化」の観点からも重要である。
表2:アフリカのサブリージョナルな枠組みと感染状況
準地域の枠組 | 最大の感染者国 | 総数(1週間) | 準地域機構 | RCCの拠点 |
東部 | ジブチ、ソマリア | 1,518 (291) | IGAD/EAC | ケニア |
西アフリカ | ナイジェリア | 6,175 (1,534) | ECOWAS | ナイジェリア |
中央アフリカ | カメルーン | 3,529 (950) | ECCAS | ガボン |
南部アフリカ | 南アフリカ共和国 | 16,433 (5,781) | SADC | ザンビア |
北アフリカ | エジプト、アルジェリア | 12,764 (3,018) | CEN-SAD/MAU | エジプト |
出所:Africa CDCのデータをもとに筆者作成。
問題は、このような枠組みがどこまで実効的に機能するかである。アフリカ域外からの支援として注目すべきなのは欧州の動きだ。アフリカ諸国と欧州諸国、特に英仏との間には、旧宗主国と植民地という歴史的背景があり、現在も安全保障や経済関係、文化的側面において密接な関係を維持している。EUはいち早く支援を表明し、ドイツ財務相が5月の関係国会議でアフリカの債務削減を提案した。フランスも4月15日にマクロン大統領が他の欧州諸国とともにAUを中心としたアフリカ支援のイニシアティブを立ち上げている[15]。EUおよび欧州諸国、中でもフランスは従来からAUの強力な支援アクターであり、ソマリアの治安維持をはじめアフリカの安全保障においても予算、ロジスティックス、能力構築支援で主軸となってきた。国際社会が「アフリカ自身による問題解決」を望み、アフリカ諸国自身も試行錯誤する中、アフリカが「感染症の安全保障化」に地域レベルでどこまで対応できるかを注視していきたい。
UN Photo/Eskinder Debebe (Josep Borrell, Euopean Union High Representative for Foreign Affairs and Security Policy, addresses Security Council members in connection with the Cooperation between the United Nations and regional and sub-regional organizations.)
(2020/6/4)
脚注
- 1 Africa CDCは2016年1月の第26回AU首脳会議が設立、2017年1月に正式に発足した。
- 2 Africa CDC Africaによると、感染者数は世界全体で4,622,001名、アフリカ88,172 名、欧州1,890,467名、アメリカ地域2,017,811名。Africa CDCは、統計の出所を、WHOに加え、アフリカ諸国より提供されたデータとしている。Africa CDCの報告数値は、感染者・死者数でWHO発表と異なっている。この点一つとってもCOVID-19対策におけるグローバルレベルとリージョナルレベルとの差異を垣間見ることができる。数値の違いの要因として、WHOにおける「アフリカ」は47カ国とされ、エジプト、モロッコ、スーダン、ジブチ、ソマリア、チュニジア、リビアが湾岸諸国とともに「東地中海地域」に振り分けられているなど、区分方法の違いなどが考えられる。参考まで、WHO発表のデータは、“Coronavirus disease (COVID-19) Situation Report– 120,” WHO, 19 May 2020.
- 3 Africa CDC.
- 4 Julie Coleman, “The Impact of Coronavirus on Terrorism in the Sahel,” The International Centre for Counter-Terrorism, April 16, 2020.
- 5 Abu-Bakarr Jalloh, “Increased terror attacks in Africa amid coronavirus pandemic,” Deutsche Welle, April 9, 2020.
- 6 UN News “Acting SRSG Stephanie Williams Briefing to the Security Council -19,” May 19, 2020.; Edith M. Lederer, "7 UN agencies urge Libya cease-fire to contain coronavirus," AP News, May 14, 2020.
- 7 PoCサイトとは、2013年の南スーダンにおける武力衝突の際に難民が国連のコンパウントに保護を求めてきたことを受け、国連が史上初めて設置した、文民保護を目的とする施設である。4月末時点で、南スーダン全体で約19万人がPoCサイトに滞在しており、このうち約3万人がジュバのPoCサイトに滞在している。UN News “South Sudan: Coronavirus cases confirmed inside UN civilian protection site,” May 13, 2020.
- 8 Abdi Latif Dahir, “Ethiopian Troops May Have Shot Down Aid Plane in Somalia, Report Says,” New York Times, May 10, 2020.
- 9 エチオピアとソマリアには対立の歴史がある。1977年のオガデン紛争はその最たる例であり、冷戦期には米ソが両国をそれぞれ支援し、その構図がオガデン紛争を機に入れ替わるなど、二国間関係を超えた構造的な緊張関係にあった。2000年代以降、ソマリアで実効的政府を樹立するプロセスにおいても、米国の支援を受けるエチオピアによる軍事介入を受けている。現在も、エチオピアのソマリ州に居住するソマリ人の処遇や、ソマリアを拠点とする過激派組織アル・シャバーブ対策など、懸念材料がある。エチオピアはAU本部を置き、アフリカの政治の中心の一つといえるが、そのAUがソマリアに展開するAMISOMにエチオピア軍が参加していることは、ソマリア側にとって好ましからざる状況ともいえる。
- 10 Maha El Dahan, "Yemen could face 'catastrophic' food situation as pandemic worsens: FAO," Reuters, May 18, 2020.
- 11 国連PKOミッションの要因提供状況など、詳細は、https://peacekeeping.un.org/en/dataを参照。
- 12 アフリカにおける「グローバル・ヘルス」政策の経緯については、例えば、玉井隆『治療を渡り歩く人びと―ナイジェリアの水上スラムにおける治療ネットワークの民族誌』封響社、2020年、第1章を参照。本稿の執筆にあたり、筆者の玉井隆氏より知見を得た。御礼申し上げる。
- 13 5月19日時点、Africa CDC.
- 14 “Towards a regional response to COVID-19 in the Horn,” PSC Report, Institute for Security Studies (ISS), April 22, 2020.
- 15 Ministry for Europe and Foreign Affairs (France), “COVID-19: assistance for Africa,” May 5, 2020.