1.ディープフェイクの背景

 近時のフェイクニュース・ディスインフォメーション(虚偽情報流布)の深刻化に伴って浮上してきた問題の一つとして、選挙に影響を与える目的で生成流布されるディープフェイクがある。

 ディープフェイクは、ディープラーニング(深層学習)とフェイクを組み合わせた造語であり、一般に、人工知能による画像処理や動画像処理技術を用いて、画像や動画像を加工・合成したり新規に生成したりして、虚偽の画像や動画像を作成して流布させることをさす。このような画像や動画像の流布は、コンピューターグラフィック(CG)技術の発展のいわば副産物であるが、ハードウェアとソフトウェアの進化によって、一昔前であればかなり高性能なコンピューターを使用しなければ編集できなかったような動画像が、アプリを利用して簡単にスマホでも取り扱えるようになってきた。このため、いわば誰でもディープフェイクを生成流布できるようになったのである。

 11月に大統領選を終えたアメリカでは、選挙に対して影響力を与えたり世論に介入したりしようとするフェイクニュース・ディスインフォメーションの一つとして、ディープフェイクが利用されるようになってきた。有名なものとしては、2019年5月に拡散されたナンシー・ペロシ下院議長(民主党)の動画を加工して酩酊して話しているかのような印象を与えるものがある。このようなディープフェイクの拡散や流布の実態について、オランダのDeeptrance社が2019年9月に公表した報告書「The State of deepfakes 2019」[1]によると、同社が2019年6月・7月に検出したオンライン上のディープフェイクは14,678件で、半年前の調査の時点から倍増しているとのことである(ただし、その多くはディープフェイクによるポルノである)。

2.選挙運動におけるディープフェイクの規制

 連邦制国家であるアメリカでは、一定の事項を除いて選挙区画定や投票方式決定などの選挙制度に関する権限、選挙運動の規制に関する権限は原則として州に属し、各州が独自に州法を定めている。

 このため、一部の州では州選挙法を改正してディープフェイク規制に乗り出している。

2.1. カリフォルニア州

 カリフォルニア州議会は、2019年に選挙運動におけるディープフェイク等を規制するAB730法案を可決した[2]。本法は、2023年1月1日までのサンセット法であり、投票日の60日前から、何人にも候補者に関するディープフェイクの発信を禁止するものである。

 本法においては規制対象を「実質的に虚偽の音声または視覚メディア(materially deceptive audio or visual media)」としており、画像、音声または動画が対象となる。ディープフェイクという文言は使用していないが、ディープフェイクも規制対象に含まれる。

 本法では、「候補者の外観、スピーチ、または行為に関する画像、音声または動画であって、当該の画像、音声または動画が誤って表示されるような方法で意図的に操作されたもの」、または「合理的な人物が、変更されていない元のバージョンを聞いたり見たりした場合に、その人物が持っているものよりも、画像、音声または動画の表現内容について根本的に異なる理解または印象を持つようにしたもの」がフェイクであるとする。

 その上で、次のように規定している。

 20010.
 (a)
 (b) 項に規定されている場合を除き、いかなる人、協会、団体、企業、選挙運動委員会または選挙組織も、現実の悪意を持って、次の選挙運動用資料を製造、配布、公開または放送してはならない。

  (1)公職の立候補者の画像または写真が重ねられているもの
  (2)公職の立候補者の画像または写真であって、他の人の画像または写真が重ねられているもの

 本条でいう選挙運動用資料とは、印刷物、新聞広告、その他の定期刊行物、テレビコマーシャル、コンピューター画像などが含まれるが、これらに限定されない。本状でいう現実の悪意とは、人の画像が写真または写真に重ねられて虚偽の表現を作成したという知識、または人の画像が重ねられたかどうかを虚偽の表現のために無謀に無視することをいう。

 (b)
 個人、協会、団体、企業、選挙運動委員会または組織は、選挙運動用資料で用いられている文字と同等のポイント大で「この画像は事実を正確に表現するものではありません」という文言を表示する場合に限り、(a) 項で禁止されている画像または写真を含む選挙運動用資料を作成、配布、公開、または放送することができる。当該の表示は、(a) 項で禁止されている各画像または写真のすぐ隣に配置しなければならない。

 ただしカリフォルニア州選挙法では、ISPは免責とされている。また、パロディを目的とした場合は、フェイクの規制に関する規定は適用されない。

2.2. テキサス州

 テキサス州も、2019年に選挙法を改正し、選挙運動におけるディープフェイク等を規制するSB751法案を可決した[3]。

 テキサス州の州選挙法では、次のように「ディープフェイク」という文言を用いて規制を加えている。

255.004条 真実の情報源
(a)候補者を傷つけたり、選挙結果に影響を与えたりする目的で、真実の情報源以外の源からから発せられた政治広告を印刷、公開、または放送する契約またはその他の契約を締結した場合、その人物は犯罪を為すものとする。
(b)候補者を傷つけたり選挙の結果に影響を与えたりする意図で、選挙運動の通信において、当該通信がその真の出所以外の出所から発せられていることを知りつつ故意に表現した場合、その人物は犯罪を為すものとする。
(c)この節の違反は、A級の軽犯罪とする。
(d)候補者を傷つけたり、選挙結果に影響を与えたりすることを意図して、次の行為を行った場合、その人物は犯罪を為すものとする。
 (1)ディープフェイク・ビデオを作成すること
 (2)選挙の前30日以内にディープフェイク・ビデオを公開または配布すること
(e)本節でいう「ディープフェイク・ビデオ」とは、欺くつもりで作成され、実際には発生しなかった行動を実行している実際の人物を描写しているかのように見えるビデオをさすものとする。

 カリフォルニア州とは異なり、テキサス州の選挙法では、ディープフェイクという文言を用いると共に、候補者を誹謗中傷したり選挙結果に影響を与えたりすることを目的としてディープフェイク・ビデオを作成することが明確に禁じられている。自らが作成したものでなくても、投票日の前30日間はフェイクと知りつつ流布させることも禁じられており、A級の軽犯罪として刑事罰も課されることになる。

 また、パロディが明確な不適用対象とはなっていない点も、カリフォルニア州とは異なる点である。

3.日本における規制の可能性

 アメリカのカリフォルニア州・テキサス州の法規制は、選挙に関係するフェイクに対象を絞って、あくまでも選挙に与える影響力の排除という観点から規制しようとするものである。カリフォルニア州法のほうが適用対象や何がフェイクに当たるのかについての定義を詳細に置いているが、今後、軽犯罪と規定しているテキサス州がどのようにフェイクに関する選挙法の規定を適用して実際に摘発・立件することになるのかは、興味深いところである。

 日本においては表現の自由や知る権利、検閲の禁止と通信の秘密というような憲法上の権利・規定が存在するため、フェイクニュースやディスインフォメーションの規制が難しいとされているが、選挙運動に関しては公職選挙法が広範な規制を置いており、最高裁判所も公正な選挙を目的とするのであれば公職選挙法による表現行為の規制は許されると解してきた。公職選挙法の定める個別訪問の禁止が憲法の保障する表現の自由に違反するのではないかという訴訟が何回も提起されつつ、そのたびに最高裁判所によって退けられてきたのは、その一例である。

 これまでの最高裁判所の判例に照らしてみれば、日本の公職選挙法を改正してカリフォルニア州やテキサス州の州選挙法が定めているようなディープフェイク規制を規定したとしても、違憲と判断される余地は小さいと思われる。少なくとも選挙運動におけるディープフェイクを規制する可能性はないかどうか、日本においても検討するべき時期にきているといえよう。

(2021/03/19)