はじめに

 2022年は中国政府が海警局の所属船を尖閣諸島周辺海域に頻繁に派遣するようになってから10年目の年であった。2012年9月11日に日本政府が尖閣諸島のうち魚釣島、北小島、南小島の三島を20億5000万円で購入することを閣議決定すると、中国政府は激しく反発し、海洋監視船や漁業監視船などを領海に侵入させた。さらに翌年、2013年にはこれら海事関係機関を統合し海警局を発足させ、2018年には中国中央軍事委員会の指導を受ける人民武装警察に組織改革し、海警船の派遣体制を強化し尖閣諸島の領海に侵入を繰り返してきた。海上保安庁の統計によれば、尖閣諸島沖の接続水域に海警船が確認された日数は、2019年は282日間であったが、2020年は333日、2021年は332日、2022年は11月末までにすでに307日を数えている[1]。これは海警局が十分な隻数の船舶とその乗組員、船舶整備計画、遠距離における通信システムなど、継続的に派遣する制度が整備されたことを示唆する。

 本稿では、昨今の尖閣諸島周辺海域における武力行使に至らない海警船による侵害行為が質的にも量的にも増加したため、海上保安庁の継続的な法執行能力強化に加え、警察力と防衛力の機能と効果を踏まえた自衛隊との連携強化が重要であることを指摘する。

重武装化する海警船の活動

 尖閣に派遣される海警船の頻度が増えたことに加え、その重武装化も無視できない。2022年11月15日に領海に侵入した海警船は、これまでで最大の76mm機関砲を搭載していると見られる。この機関砲を搭載している海警船の存在が直ちに安全保障環境に大きな影響を与えるとは限らないが[2]、11月17日にG20が開催されていたバリで日中首脳会談が行われる直前のタイミングで、これまで確認されていなかった76mm機関砲を搭載したと見られる海警船を派遣、領海に侵入させたことは、日本側を威嚇する狙いがあるとの分析もある[3]。

 また2020年頃から日本漁船への妨害を目的とした領海侵入も増えた。海警船は月に2〜3回ほど定期的に領海に侵入するが、これに加えて尖閣諸島付近で漁業に従事する日本漁船に対して接近し、妨害や嫌がらせなどを行うための領海侵入が増加した。この結果、海警船が領海内に侵入する時間が著しく長くなった。このようなハラスメント行動は、2020年には8件あり総滞在時間は199時間であったが、2021年は18件に跳ね上がり、総滞在時間が376時間に倍増した。2022年は11月末現在で13件発生しているが、総滞在時間は649時間を超える。とりわけ、2022年の6月と7月には64時間に渡り日本漁船を追跡し接近する事案が発生している。これらの領海侵入は、日本の領海内における個別の日本漁船に対する法執行活動である。したがって日本の主権に対する明らかな侵害行為であり、容認できない[4]。

海上保安庁の能力強化―巡視船及び海洋監視能力強化

 このような中国海警局による活動の拡大に対して日本の対応は如何か。海上保安庁は2016年までに抜本的な尖閣諸島周辺海域における領海警備体制の強化を行い、大型巡視船10隻と複数クルー制を導入し[5]、ヘリコプター搭載大型巡視船2隻による専従体制を構築した。また、政府は2016年12月に関係閣僚会議を開催し、海上保安体制強化に関する方針を定めて以降、体制強化を継続してきた。この結果、閣議決定前の2015年末には200トンクラス以上の巡視船が128隻であったが、5年後の2020年には141隻、2021年には144隻まで増加した。1000トン以上のヘリコプター搭載巡視船と大型巡視船の合計も2015年は62隻であったが、2020年には66隻、2021年には70隻に増加し大型化と能力強化が図られた。さらに国交省は、2022年の第2次補正予算案には大型巡視船やヘリコプターの新造費など2021年度補正予算のほぼ倍額となる過去最大となる760億円を計上した[6]。現在も大型巡視船5隻と海上保安官の訓練に必要な大型練習船1隻が建造中であり、2025年には大型巡視船が81隻となる計画である[7]。

 また2022年の10月19日からは、海上保安庁では初めてとなるゼネラル・アトミックス社の大型無人航空機「シーガーディアン」の運用が開始された。「シーガーディアン」は、青森県の海上自衛隊八戸航空基地を拠点とし、最大35時間の飛行が可能であり、複数のカメラとリアルタイムで画像を伝送する機能を持つ。将来的には複数機を導入し、日本の広大な領海と排他的経済水域を包括する海洋監視能力(MDA)の強化を図るための予算が2023年度の概算要求にも計上された[8]。

 さらに2022年12月16日に開催された関係閣僚会議では、海上保安能力の更なる強化が定められた。2016年の計画をさらに強化し、巡視船や航空機などのハード面の増強に加え、警察・自衛隊など国内の関係機関や外国の海上保安機関などとの連携強化などソフト面を強化推進する方針が定められ、所要の予算を要求し定員の確保を行うことが承認された。とりわけ、大型化・武装化する中国海警船に対する尖閣領海警備能力、AIや無人機など新技術を活用した海洋監視能力、同時に発生する大規模な事案に同時に対応する能力、国内外関係機関との戦略的な関係の構築、海洋調査能力、業務基盤能力を強化することが決定された[9]。

深化する海上自衛隊との連携強化

 今回の「海上保安能力強化に関する方針」の中でも謳われた海上保安庁と海上自衛隊の関係強化が進んでいる。両機関の本格的な関係強化は1999年3月の能登半島沖不信船事件の教訓を元に作成された「不審船共同対処マニュアル」を策定したことに始まる。両機関はそれまで定常的に実施してきた通信訓練などに加え、護衛艦や巡視船など艦船が参加する実践的な不審船に係る共同対処訓練を継続的に実施してきた[10]。さらに2008年にはソマリア沖の海賊対処のために海上自衛隊の護衛艦に海上保安官が乗船し、連携して対応する制度が構築された。これは海上保安庁と海上自衛隊が継続的に連携して相互補完的に業務を実践する連携体制が構築されたことを意味する[11]。

 さらに2021年12月には更なる連携強化の一環として、伊豆大島東方海域にて護衛艦と巡視船が参加する実践的な訓練が初めて実施された[12]。参加した巡視船の中には尖閣諸島周辺海域の領海警備を担当する巡視船も参加し、領海警備にかかる不測の事態を念頭とした総合的な訓練との報道もある[13]。翌2022年11月には、日本が攻撃を受けた武力紛争事態を想定した共同訓練の実施とともに、自衛隊法第80条の規定に従って、海上保安庁が防衛大臣の統制を受ける場合の統制要領を策定する方針を定めた。これは尖閣周辺海域における安全保障環境が悪化した場合を想定し、海上保安庁が自衛隊に切れ目なく交代し、周辺の通航船舶の安全確保や訓練などが含まれると考えられる[14]。

 情報共有の分野においても海上保安庁のシーガーディアンから獲得した情報を海上自衛隊と同時に共有する方針も打ち出された。この連携強化により、海洋における監視能力が一段と高まり、新たな連携強化策の柱となることが期待される[15]。また令和4年12月の海上保安能力強化に関する関係閣僚会議でも、海上保安庁と海上自衛隊の連携強化が強調されるとともに[16]、国家防衛戦略の中でも「防衛省・自衛隊においては、我が国における海洋の安全保障の担い手である海上保安庁と緊密に協力・連携」することが明記され、自衛隊側からも海上保安庁との連携強化が強調された[17]。

終わりに

 尖閣諸島周辺海域における海洋秩序は、海上保安庁の法執行作用により維持されている。海上保安庁は法執行作用により、海警船の領海への侵入やハラスメントを毅然と制止する一方で、中国の一方的な主張に対する根本的な解決は外交に委ねている。相手を制止することに徹することにより現場でのエスカレーションを防ぐので、お互いが法執行機関として軍艦・公船の免除など国際法や警察比例の原則などに従っている限りは衝突を回避ことができるであろう。しかしながら、万が一事態がエスカレーションし、中国が警察力を超えた行動を辞さない場合には、海上自衛隊との切れ間のないシームレスな対応が求められる。また、このような事態に陥らないように、中国側の活動を十分に抑止することも考慮しなければならない。

 そこで海上保安庁の法執行機能と海上自衛隊の防衛機能が、海洋における安全保障のどの分野を所掌し、どの分野を連携して対処するべきか検討して整理し、包括的な戦略を組み立てる必要がある[18]。とりわけ、複雑に変化する海上安全保障の脅威に対して、より迅速にかつ的確に対処するためには、海上法執行と防衛の役割を踏まえ、海上保安庁と海上自衛隊の更なる連携強化と能力強化が必要である。

(2023/01/17)

脚注

  1. 1 「中国公船等による尖閣諸島周辺の接続水域内入域及び領海侵入隻数(日毎)」『尖閣諸島周辺海域における中国公船等の動向と我が国の対処』海上保安庁より集計。
  2. 2 「管区海上保安本部長「対応変わらない」中国船の最大級の砲に」『NHKニュースweb』2022年11月24日。
  3. 3 「中国海警船が尖閣周辺に 大型機関砲を搭載、首脳会談前に威嚇か」『日本経済新聞』2022年11月16日、4頁。
  4. 4 拙稿「東シナ海における中国のさらなる現状変更の試み−中国公船の日本漁船追跡事件で考えるべき日本の対応」笹川平和財団『国際情報ネットワーク分析 IINA 』2020年10月20日。
  5. 5 複数クルー制を導入することにより運用効率を上げ、実質的には14隻体勢となっている。
  6. 6 「巡視船・航空機増強に760億円 対中で、国交省の補正予算案」『日本経済新聞』2020年11月4日。
  7. 7 『海上保安レポート 2022』海上保安庁、2022年5月、31 頁。
  8. 8 「大型無人機、運用を開始 海保、青森に拠点」『日本経済新聞』2022年10月20日。
  9. 9 海上保安能力強化に関する関係閣僚会議決定案「海上保安能力強化について」首相官邸、2022年12月16日。
  10. 10 2022年に実施した不審船にかかる共同対処訓練については、「海上自衛隊との連携訓練を実施します!! ~ 不審船に係る共同対処訓練 ~」海上保安庁、2022年10月18日。このほか10月11日には若狭湾において、10月12日には秋田沖にて不審船にかかる共同対処訓練を実施している。
  11. 11 奥薗淳二「海上保安庁―海上自衛隊関係の変化と海賊対処法」鶴田順編『海賊対処法の研究』有信堂、2016年、177〜191頁。
  12. 12 「海上自衛隊との合同訓練の実施について」海上保安庁、2021年12月23日。
  13. 13 「海自・海保が合同訓練 尖閣警備 対中国艦念頭に」『読売新聞』2021年12月23日。
  14. 14 「海自と海保、有事の協力計画策定へ 尖閣防衛念頭」『日本経済新聞』、2022年11月9日。
  15. 15 「海保の無人機、収集情報を海自と即共有」『日本経済新聞』、2022年11月8日。
  16. 16 註14に同じ。
  17. 17 国家安全保障会議決定、閣議決定「国家防衛戦略について」防衛省、2022年12月16日。
  18. 18なおこの点に関して、兼原教授は領海警備の保護法益が主権であることを立法により明確し、海上保安庁と海上自衛隊の権限配分などを行うべき、と主張する。兼原敦子「領海警備の法整備―喫緊の課題」『ジュリスト』第1569号、2022年4月、105頁。