はじめに

 2021年8月24日から25日の間、海上保安庁の巡視船「あそ」(全長79m、770トン)と米国沿岸警備隊(USCG)カッター「マンロー」(全長127m、4,500トン)が長崎県沖の東シナ海で今年3回目となる合同訓練を実施した。この訓練では、不審な外国船を発見したとの想定で、不審船に関連する情報伝達及び共有の方法の確認、さらには海上において不審な外国船舶の発見、追尾・監視から停船させるまでの実践的な訓練を実施している[1]。

 実はこれまでUSCGと海上保安庁の巡視船を使っての実践的な合同訓練を行う機会は限られていた。USCGとの船舶を使った合同訓練は、多国間訓練を含めても2018年に海上保安庁創設70周年を記念して6年ぶりに開催された海上保安庁観閲式および総合訓練にUSCGカッター「アレックス ヘーリー」(全長86m、2,592トン)が参加した訓練に遡る[2]。この機会を最後に日米の船艇が参加する海上での実践的な合同訓練は本年まで開催されていない。本稿では2021年になって増加した日米海上保安機関間の合同訓練の意義について検討する。

USCGをモデルに設置された海上保安庁~深化する協力関係

 海上保安庁は1948年5月に海上における人命・財産の保護、法令違反の予防・捜査・鎮圧を任務として設置された。海上保安庁が設置された時代背景は、1945年に第二次世界大戦が終結したものの、日本は未だ連合国軍の占領下にあり、日本の港湾、船舶、灯台などは戦争により壊滅的なダメージを受けていた。日本の周辺海域は米軍によって敷設された1万発以上の感応機雷が残されていたため、終戦から掃海作業が開始されたにもかかわらず、未だ船舶の安全な航行が阻害され、島国である日本の戦後復興に必要な外国からの物資を輸送できない状況であった。また朝鮮半島ではコレラが流行し、さらに朝鮮戦争が勃発すると半島からの不法入国者の増加により日本にコレラが流入することも懸念された。それにもかかわらず、それまで海上の治安の維持を担当していた旧帝国海軍が終戦に伴い解体されたため、海上警察力に穴があき密輸や密航が頻発するなど、日本の周辺海域はまさに暗黒の海だったのである。そこで米国のUSCGを模範とし、海上における安全や治安の確保を目的とする警察機関である海上保安庁を設置することとなったのである[3]。

 海上保安庁の設置から徐々に人員や装備が充実すると、成熟した海上警察機関としてUSCGとの協力関係が深まる。まず海上における捜索救助の分野では、1979年に「海上における捜索及び救助に関する国際条約(SAR条約)」が採択されると、1986年には「日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の海上における捜索及び救助に関する協定」が締結され、広大な太平洋における海上保安庁とUSCGの捜索救助にかかる担任水域が定められた[4]。さらに実務的な日米の協力について定める「日本国海上保安庁とアメリカ合衆国沿岸警備隊との捜索及び救助に関する協力のための指針」が作成され、それぞれの担任水域で発生した海難事故に対して、それぞれが協力しつつ海難救助の調整を図ることとなった。

 また1991年から海上保安大学校とUSCG アカデミーと交流が始まった。毎年、日本の海上保安大学校の学生がUSCGアカデミーの体験入校に参加し、帆船であるイーグル号の乗船実習にも参加する。反対にUSCGアカデミーの学生は、海上保安大学校の練習船が遠洋航海実習でパナマ運河を通航する際の航海実習に参加する。さらに1992年から海上保安大学校で開催されている学生国際会議にもUSCGアカデミー学生を招聘し学生間での意見交換を行うなど、さまざまなレベルで交流を深めてきた。

 さらに冷戦が終結すると、2000年頃までには捜索救助や教育の分野から海上法執行分野にまで協力関係が広がる。グローバル経済の発展とともにテロや密輸・密航、海賊行為などの越境犯罪や公海上での犯罪が多発し、海洋環境が世界的な問題となり、このような問題に対して一か国のみでは十分な対応ができず、海上警察機関間の連携が重要となったのである。そこで、海上保安庁は日本財団の協力を得て、2000年に韓国、ロシア、米国の各海上保安機関の長を招聘し、東京で第1回となる「北西太平洋地域海上警備機関長官級会合」を開催し、船舶による薬物・銃器の不正取引や不法移民の取締り等の業務などに関する海上警備機関間の協力体制の構築に関する議論が行われた。第2回目以降、会議の名称を「北太平洋海上保安フォーラム」と変更し、参加国も韓国、ロシア、米国のほか、カナダ、中国が後に加わり、日本を含め6か国となった。このフォーラムの結果として、日米両国とも参加する北太平洋の公海上における漁業監視共同パトロールや各国持ち回りによる多国間多目的訓練が開催されている[5]。二国間関係としては2010年9月には海上保安庁と「米国沿岸警備隊との間の覚書」が締結され、共同オペレーション、情報共有・交換のほか職員交流が定期的に実施されることとなった[6]。

 そして本年は既に3回の実践的な日米合同訓練が開催されたのである。第1回目は2月21日に小笠原諸島沖にて海上保安庁の巡視船「あきつしま」(全長150m、6,500トン)とハワイ州ホノルル基地に所属するUSCGカッター「キンボール」(全長120m、4,500トン)が外国漁船の取締りを想定した訓練であった。その内容は取締りに関する情報伝達・情報共有訓練および海上における外国漁船の発見から追跡捕捉、停船、立入検査までの一連の訓練を実施した[7]。第2回目の訓練は6月に海上保安大学校を卒業生した初級幹部を対象とする遠洋航海実習で巡視船「こじま」(練習船、全長115m、2,950トン)がホノルルを訪問する機会に合わせて合同で遭難した船舶等の捜索・救助訓練が計画された。ところが、訓練当日にホノルル付近で発生した実際の海難事故に対応することとなったため、訓練を中止しUSCGと合同で行方不明者の捜索救助活動を実施することとなった[8]。 図らずしも訓練が実践となった形である。そして8月に冒頭の第3回目の訓練が実施されたのである。

自由で開かれたインド太平洋の実現に向けて

 海上保安機関における合同訓練を行う意義は何か。まずは成熟した海上保安機関として海上法執行における専門的な経験や技術を共有し、お互いの能力向上を図ることである。広大な太平洋を挟んで相対する日米両国にとって、外国漁船による違法操業や不審船舶に対する措置に関して、双方が共同して管轄権を行使するケースは極めて限定的であるが[9]、 海上法執行に必要な情報交換や情報伝達訓練を行い、次に違反船舶の発見、追跡、停船、立入検査など実践訓練を通じて双方による海上法執行にかかる手続きを実施する訓練を行う。訓練を通じて異なる手法や技術を理解することにより、それぞれの法執行能力を向上させると同時に相互理解を深めることにより連携強化を図るのである。

 これに加え、海洋安全保障の一翼を担う海上保安機関において日米間の連携の更なる強化である。とりわけ、米国は2019年に北朝鮮の瀬取りの監視活動や中国漁船による「違法・無報告・無規制」に行われている漁業(IUU漁業)[10]や南シナ海におけるプレゼンスの向上のほか、アジア地域の海上保安機関と共同訓練や能力構築支援を目的としてUSCGのカッター「ベルトルフ」、「ストラットン」及び「ウェイシー」を西太平洋海域へ派遣した[11]。今年も「マンロー」を派遣しパトロールやプレゼンス強化に加え、海上保安庁のほかフィリピン沿岸警備隊やASEAN諸国との合同訓練を通じて各国海上保安機関との能力構築支援と連携強化を図っている[12]。海上保安庁がUSCGとの理解を深めることにより、地域の海上保安機関の能力構築に合同で支援することにもつながる[13]。

 広大なインド太平洋でグローバル化する海上犯罪への対応のほか、東シナ海や南シナ海で拡大する中国の既存の国際法秩序への挑戦への対応など海上保安機関が果たすべき役割は大きい。「自由で開かれたインド太平洋」が追求する法の支配や航行の自由の普及・定着や海上法執行能力の構築による平和と安定の確保を実現するためには、日本と同じ価値観を共有する米国との更なる連携強化が必要である。

(2021/09/24)

脚注

  1. 1 「2021 年第3回日米海上保安機関合同訓練の実施について(結果概要) ~米国沿岸警備隊との連携協力関係の強化の取組~」海上保安庁、2021年8月26日。
  2. 2 「横浜港に入港する米国沿岸警備隊巡視船が変更となります。~海上保安制度創設70周年記念観閲式及び総合訓練参加~」海上保安庁、2018年5月10日。
  3. 3 大久保武雄『海鳴りの日々』新版、北溟社、2018年9月25日(初版1978年6月1日)66頁。
  4. 4 「日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の海上における捜索及び救助に関する協定」1986年12月。
  5. 5 秋本 茂雄「インド太平洋における海上保安分野の連携・協力・支援」日本国際問題研究所『安全保障政策のボトムアップレビュー』2020年3月、53頁。
  6. 6 「第11回北太平洋海上保安サミットの結果概要」海上保安庁、2010年9月11日。
  7. 7 「日米海上保安機関合同訓練の実施について(結果概要) ~米国沿岸警備隊との連携協力関係の強化の取組~」海上保安庁、2021年2月22日。
  8. 8 「練習船こじま及び米国沿岸警備隊 による行方不明者合同捜索」海上保安庁、2021年6月23日。
  9. 9 なお練習船「こじま」が実施したような捜索救助訓練や,国際法上全ての国が管轄権を行使できる海賊事案などへの対処など例外的な場合は共同対処訓練も想定される。
  10. 10 詳しくは藤井 巌「違法な漁業活動の解決に向けた多国間協力と課題」笹川平和財団海洋政策研究所『Ocean Newsletter』第501号、2021年6月20日。
  11. 11 Ralph Jennings, “Why US Wants to Send Coast Guard to the Seas Near China,” VOA, November 10, 2020.
  12. 12 Alex Wilson, “Coast Guard cutter Munro arrives for patrol with 7th Fleet in Western Pacific,” Stars and Stripes, Aug.17,2021.
  13. 13 このような例として「海上保安庁モバイルコーポレーションチーム初派遣~フィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシア海上保安職員への日米連携訓練~」海上保安庁、2017年11月22日。