年初から緊張が高まっている米・イラン関係の行方を読み解く上で、近年、中東地域において巧みなバランス外交を展開するロシア・ファクターの重要性が益々高まっている。そこで9・11テロ事件以来の中東地域を巡る米露の駆け引きを詳述した本記事(月刊誌『Voice2019年6月号』初出)を、Voice誌のご厚意により、ここに転載したい。

米露の戦略的な駆け引き

 ポスト冷戦秩序が、いままさに危機に直面している。それは米国が主導して描いた「ゲームのルール」に基づくリベラル国際秩序の危機といっても良い。
 その危機は二つの方向から迫っている。まず、米国主導のリベラル国際秩序の「ゲームのルール」に不満を抱く中国、ロシア、イランといった国々が、これに明確に挑戦し始めていること。また、米国自体が、自ら作り上げたリベラル世界秩序を維持する責任を果たす超大国(a superpower)から、自国の利益と国内政治を最優先する一大国(a great power)へと変貌しつつあることだ。
 本稿では、世界秩序が米国主導の一極システムから多極化していく再編期に突入したとの前提に立ち、この世界秩序再編の行方を、とくに拡大欧州・中東地域における米露の戦略的な駆け引きに焦点を当てて、分析することにある。
 その場合の「拡大欧州・中東地域」とは、どこを指すのか?まず、米国の世界戦略の観点から、ソ連邦崩壊後の世界の戦略空間を大きく三つに分けてみる。
 ①冷戦時代、米ソ両国の二大超大国の勢力が真正面から対峙した欧州地域から、ソ連邦の後継国家・ロシアとその他の旧ソ連邦諸国までを包含する拡大欧州地域。
 ②世界全体の原油確認埋蔵量の約半分が眠るイスラム湾岸諸国から米国と特別な関係を有するイスラエルまでを含む従来の中東地域に加え、アフガニスタンやパキスタンを加えた拡大中東地域。
 ③経済・軍事両面で急速に台頭する中国をはじめ、日本、韓国、東南アジア諸国、そしてインドを含めた地域全体として世界経済全体を牽引するインド太平洋地域。
 前述の拡大欧州・中東地域とは、前述の①と②を合わせたものである。

「多極世界」をめざすプーチン・ロシア

 ロシアの外交・安全保障戦略観には、「ロシアは大国(a great power)でなければならない」という自己認識が大きな影響を与えている。そんなロシアの外交・安全保障戦略の中心に据えられているのが世界秩序の「多角化」である。ロシアが「多極世界」を求める究極の目的は、ロシアが米国との関係においてジュニア・パートナーの地位に甘んじざるを得なくなったり、米国が一国主義的な振る舞いで、ロシアの安全保障上の利益を損なうようなことがないように、米国一極の世界秩序の形成に抵抗することにある。
 ソ連邦崩壊後、米国は、これまでソ連邦の勢力圏の中にあった中・東欧地域や旧ソ連邦地域に生じた戦略的真空を埋めるべく、まずは大西洋条約機(NATO)、次に欧州連合(EU)の東方拡大政策を進めていく。ロシアはソ連邦崩壊後の急激な国力の衰えから、この動きを容認せざるを得ない時期が続いた。
 この米露の駆け引きの舞台は、前述の戦略空間で言えば、①に該当する。

「多極世界」をめざすプーチン・ロシア

9・11事件で登場した拡大欧州・中東地域

 米露が駆け引きを繰り広げる戦略空間を一挙に拡大させたのが、国際テロ組織「アル・カイダ」が米国本土を襲った2001一年9月11日の同時多発テロ事件(以下、9・11事件)だった。
 このとき、プーチン大統領はブッシュ大統領に「対テロ」戦争での共闘を申し出た。ロシアも米国から一定の戦略的譲歩を得て、対等な戦略的パートナーシップの構築を試みたのだ。この戦略ディールのうち、ロシアが最も重要視したのが、米国が旧ソ連邦諸国でのロシアの特別な地位を認め、バルト三国を超えてNATOを拡大させないとの確約だったとみる。
 プーチンは、9・11事件勃発を受けて、米国に「対テロ」共闘を申し出ることで、米露が綱引き繰り広げる戦略空間を前述の①から②にまで拡大し、②でのロシアの協力と引き換えに、①での譲歩を米国から勝ち取ろうと試みた。ここに①と②を合わせた戦略空間としての拡大欧州・中東地域が登場する。
 ただし、このプーチンの仕掛けた戦略ディールに米国が乗ることはなかった。それどころか、同政権内ではチェイニー副大統領などを中心に「武力でイラクのサダム・フセイン政権を体制転覆すべし」との勢力の影響力が強まり、国連安保理の承認を得ずに、イラクのサダム・フセイン政権を文字通り武力で体制転覆してしまう。

ジョージア紛争はウクライナ危機の前哨戦

 更に、2003年末から2004年末にかけてジョージア、ウクライナといった旧ソ連邦諸国で「カラー革命」が続発する。特にウクライナ「オレンジ革命」には米国の共和・民主両党の傘下の非政府組織(NGO)が積極的に関与していた。
 そして2008年4月、ルーマニアの首都ブカレストで開催されたNATO首脳会談に置いて、米国は、ウクライナとジョージアのNATO加盟に向けた重要プロセスと位置付けられたメンバーシップ・アクション・プラン(MAP)の両国への付与を提案する。
 じつはこれに先立ち、米ブッシュ政権内では両国へのMAP付与をNATO首脳会談で提案すべきか否か、賛否が別れていた。チェイニー副大統領周辺はこれに賛成だったが、ゲーツ国防長官とライス国務長官は反対だった。結局、ブッシュ大統領がこれに賛成し、裁可が下った。
 だが、NATO首脳会談では、ドイツのメルケル首相が両国へのMAP付与には強く反対する。その結果、MAP付与なしで「将来的なウクライナとグルジアのNATO加盟を支持する」という最終文書を出して玉虫色の決着が図られた。
 その僅か4か月後の2008年8月7日、あのジョージア紛争が勃発する。ブカレストでのNATO首脳会談が、このジョージア紛争の大きな誘因となったとの見方がある。アブハジアと南オセチアの「凍結された紛争」がある限り、ジョージアのNATO加盟はあり得ない。それゆえ、同国のサーカシビリ大統領は、武力でこれを解決するしかないと考えたのだ。もちろん、ロシア軍はこれに反撃を加え、僅か5日間で終戦となる。
 このジョージア紛争は、冷戦終結後、ロシア軍が国境を越えて武力行使をした初めての出来事であり、6年後に勃発するウクライナ危機の前哨戦だった。ロシアは、旧ソ連邦諸国のNATO加盟には武力を行使しても阻止するとの意思を示したのである。

ジョージア紛争はウクライナ危機の前哨戦

拡大中東地域におけるイランの台頭

 じつは、このジョージア紛争で米露関係は一次的に悪化したものの、両国関係が決定的に悪化することはなかった。それどころか、2009年1月に発足した米オバマ新政権は米露「リセット」の名の下で、ロシアとの関係改善に動き出す。イラン核開発問題を外交的手段で解決するには、ロシアとの緊密な協力が不可欠だったからである。
 2003年、米国はイラクのサダム・フセイン政権を早々に打倒したが、その後の戦後統治に失敗し、アフガニスタンとイラクに長期の軍事的関与を余儀なくされる。また、強大な軍事力を持った地域大国・イラクを打倒してしまったことで、拡大中東地域の勢力均衡を壊してしまった。
 その結果、2004年にもアフガニスタン、イラク、シリア、レバノンまで拡大中東地域の広範な範囲で影響力を有するイスラム教シーア派国家・イランの地域大国としての台頭を許してしまう。しかも、イランはロシアの支援のもとイラン南部に民生用のブシェール原発建設を進める以外に、国際原子力機関(IAEA)にも報告していない秘密の核開発計画にも着手していた。
 その後の拡大欧州・中東地域を舞台にした米露の駆け引きは、このイラン・ファクター抜きには理解できない。ロシアはイランとの関係を駆使して、米国との戦略ゲームを繰り広げることになる。
 2005〜08年、ロシアはブシェール原発の件もあり、イランの原子力の平和利用の権利は一貫して擁護する一方、ロシアの仲介案をイラン側が拒否すると、国連安保理決議などで徐々に米国と立場を接近させていく。ところが、ジョージア紛争の勃発でこれが一時凍結状態に陥ってしまう。それをもう一度再開するのが、オバマ政権下の米露「リセット」の最大の目的だったのである。

オバマ時代に始まった世界秩序の多極化

 ジョージア紛争から6年後のウクライナ危機勃発とその後の米露関係にもこれと似たような構図がある。
 ウクライナ危機勃発の切っ掛けは、2013年11月末のヤヌコヴィッチ政権への反政府デモの発生(=ユーロマイダン・デモ)だった。これはEU主導の自由貿易圏構想である東方パートナーシップ(EaP)とロシア主導の自由貿易圏構想であるとユーラシア経済連合(EAEU)が、ウクライナを巡って綱引きを繰り広げた末の出来事だった。
 前述のように、グルジア紛争勃発にもかかわらず、イラン核開発問題でのロシアとの協力を優先したオバマ政権は米露「リセット」政策を取り、また、2010年には親ロシア派のヤヌコヴィッチ政権が誕生したことから、オバマ政権におけるウクライナの優先順位は大きく低下した。
 そんななか、西側陣営のウクライナ政策を主導したのは2004年3月にEU加盟を果たしたポーランドである。そのポーランドが2008年5月にスウェーデンと共にEU外相会合で提案したのがEaP構想だった。ポーランドの地政学的なDNAには、ウクライナをロシアから引き離すことで自国の安全保障を確保するという戦略観が組み込まれている。そこで「NATOが駄目なら、EUを東方拡大させ、ウクライナをロシアから引き離せばいい」という方向にかじを切った。
 当初、この提案にドイツは消極的だったが、その直後にジョージア紛争が勃発してEU内でロシア警戒論が高まり、2009年5月にEaPは正式スタートする。このEaPとロシア主導のEAEUが激しい綱引きを繰り広げた。その結果、発生したユーロマイダン・デモは、翌2014年2月末のヤヌコヴィッチ政権の打倒に繋がる。ロシアはこれを事実上のクーデターと受け止め、3月のクリミア併合、4月以降のウクライナ東部内戦への軍事的関与へと踏み込んでいく。
 かくして、プーチン・ロシアはウクライナがEUの影響圏の中に組み込まれるのを阻止した。これらは、米国主導のポスト冷戦秩序に対するまぎれもない挑戦だった。
 その結果、ロシアは米国や欧州諸国との関係を劇的に悪化させ、米国とEUはロシアに対して本格的な経済制裁を科す事態にまで発展する。
 ただ、そのウクライナ危機も、2015年2月12日にウクライナ東部の停戦と政治的解決に向けたロードマップであるいわゆる「ミンスク2合意」が締結されたことで一つの転機を迎える。ケリー国務長官がウクライナ危機勃発後、ロシア(ソチ)を初訪問したのは、その3か月後の同年5月のこと。ラブロフ外相やプーチン大統領との会談時間の大半はイラン核開発問題に費やされたという。
 というのも、一連のウクライナ危機が勃発する直前の2013年9月、米オバマ政権はイランとの核開発問題を巡る交渉を正式に再開し、その交渉がまさに最終段階に差し掛かっていたのだ。
 そして、ケリーのソチ訪問から2か月後の同年7月14日、遂にイランとP5+1(米英仏露中+ドイツ)とEUのあいだで包括的共同行動計画(JCPOA)が締結される。同日付ニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたインタビュー記事の中でオバマ大統領自身が「ロシアの協力なくしてはこの合意はなかった」と述べている。
 オバマ時代に世界秩序の多極化は始まっていたのである。

オバマ時代に始まった世界秩序の多極化

拡大中東地域で高まるロシアの影響力

 プーチン政権がシリア「対テロ」を巡り、本格的な軍事介入に踏み切ったのは、JCPOA締結から僅か2か月後の2015年9月30日のこと。当時、アサド政権はイスラム過激派の反政府勢力の攻勢に遭い、崩壊の瀬戸際にあった。これにより、ロシアはイランと共にアサド政権を立て直し、その後、ロシア、イラン、トルコの3か国によるいわゆる「アスタナ・フォーマット」を主導して、シリア情勢を安定化に導いていく。
 ロシアは前述の「アスタナ・フォーマット」に加え、米国、ヨルダンと協力してシリア南部に事実上のイスラエルとイランの間の緩衝地帯の設置も主導した。同地域には、イスラエルとイラン、トルコとクルド、スンニ派とシーア派といった複雑な対立軸が存在する。ロシアは、その敵味方のどちらにも完全には組みすることなく、全ての関係諸国との対話チャンネルを維持しつつ、自国の利害を追求している。
 一方、2017年1月に発足した米トランプ政権は、クルド武装勢力と組んでの「イスラム国家(IS)」打倒では一定の成果を挙げるも、その後のシリアへの中長期的な関与の有無を巡っては、米軍を早期撤退させたいトランプ大統領と中長期の関与を志向する政権幹部との間で意見の違いが垣間見え、その腰は定まっていない。
 またトランプ政権は2018年5月、イランとのJCPOAからの一方的な離脱を宣言するなど、前政権の対イラン政策を一変させた。イスラエルもサウジアラビアもこれを歓迎しつつ、一方で、米国のシリアを含む拡大中東地域への中長期的な関与には確信が持てず、米国と同時にロシアとの関係強化も図っている。

日印露三カ国の戦略対話の可能性

 このように、拡大欧州・中東地域の観点から見れば、世界秩序の多極化プロセスは既に米オバマ政権下に始まっていた。同政権が主導したイランとのJCPOAは多極化世界における新たな勢力均衡に米国主導のリバラル国際秩序を適応させ、これを維持していく試みだった。中国とのルールに基づく競争を念頭に置いた環太平洋パートナーシップ(TPP)も同様である。だが、続くトランプ政権は、そのような多国間外交には背を向け、米国第一主義に基づく力任せな外交を推進し、イラン、中国はもちろん、ロシアとも関係を劇的に悪化させており、近い将来、これが好転する見通しはない。
 このような国際秩序の過渡期には、我が国もリベラル国際秩序を最大限に維持する政策をとりつつ、部分的には勢力均衡に基づくゲームも展開するというハイブリットなアプローチが求められてくる。
 現在、わが国は、米トランプ政権が離脱を発表したTPPから米国を除いたいわゆるTPP‐11や日EU・EPAを成立させ、将来的な米国のTPP復帰によるリベラル国際秩序の再構築を目指している。一方、高まる中国の影響力に対抗すべく、米印豪と共にインド太平洋戦略の枠組みを立ち上げ、同地域における新たな勢力均衡ゲームにも一歩足を踏み入れている。このアプローチは正しい。
 では、このインド太平洋地域の勢力均衡ゲームにおいて、ロシアはどのような立ち位置なのか? ロシアが同地域でのプレゼンスの確保も念頭に描いている戦略コンセプトは拡大ユーラシア(Greater Eurasia)戦略である。ここでロシアが想定する拡大ユーラシアとは、拡大欧州地域、拡大中東地域、そしてインド太平洋地域を包含する広い戦略空間である。
 この拡大ユーラシアの戦略的重心は、ロシアを含むEAEUと中国をカバーするユーラシア大陸にある。米国との関係改善の見通しがない中で、ロシアにとって中国との大陸連合が米国からの圧力をかわす唯一の手段である。
 一方で、ロシアは中国にのみパートナーを限定する積りはない。拡大ユーラシア戦略の枠内で、インド、パキスタン、イラン、ASEAN諸国などとのパートナーシップ関係を可能限り多角化したいと考えている。米国の同盟国である日本や欧州諸国も潜在的なパートナーである。
 ここに、ロシアの大陸に戦略的重心を置く拡大ユーラシア戦略の対象空間と、わが国の海洋に戦略的重心を置くインド太平洋戦略の対象空間が重なり合う部分がある。この二つの戦略のどこに利害の一致があり、どこに相違があるのかを見極めることが、今後の日露関係のあり方を探る上でも重要な鍵を握っている。
 なお、わが国が中国との勢力均衡ゲームにおいて重視するインドはロシアから攻撃型原子力潜水艦のリースを受けるなど、両国の戦略的関係には特別なものがある。とすれば、日露にインドを加えた日印露の三カ国戦略対話が実現すれば、より重層的な議論が可能となろう。

(2020/1/22)