「アバンダンス」の復活
―歴史の中で民主党内主導権争いを考える―
久保 文明
歴史の中で
アメリカ現代史において民主党が多数党の座を確保できるようになったのは、ニューディールの政治的成功による。民主党は1932年から48年の大統領選挙まで、フランクリン・D.ローズヴェルトの4回とハリー・トルーマンの1回で5連勝した。それ以前の民主党は長らく基本的に少数党であった。
ニューディールが経済的に成功であったかどうかについては否定的に捉えるべきかもしれない。アメリカ経済が大恐慌前の水準に回復したのはアメリカが戦争に突入してからであった。しかし、ニューディールが政治的に、すなわち民主党を多数党に押し上げる点で成功したことは否定しがたい。
しかし、1960年代からの知的雰囲気の中で、アメリカの、そしてそれにかなりの程度影響された日本の歴史学者は、ニューディールを批判的に捉えていた。その理由は、ニューディールは十分に貧富の差を是正せず、絶好の機会であったにもかかわらず銀行の国有化を断行せず、人種問題の解決もできなかったといったものである。批判の中心となったのは、アメリカではニューレフトといわれた歴史学者であった。歴史学者の間では今でもニューディールについてはこのような態度が主流かもしれない。
ところが、近年興味深いことに、民主党支持者、特にその左派を中心にニューディールに熱い眼差しが注がれている。ジョー・バイデン政権は巨額の資金を投ずるアメリカ救済計画法、インフラ投資雇用法、インフレ抑制法、そして半導体・科学技術法などを2021年から22年にかけて矢継ぎ早に成立させたが、民主党内からはバイデン大統領をフランクリン・D.ローズヴェルトの再来、その業績をニューディールの再現と評価する声が上がった。実は左派系の民主党政治家は、バラク・オバマが2009年に景気刺激策を成立させた際、当初から共和党に配慮し過ぎ、歳出規模を縮小し、減税を膨らませたとして、不満を募らせていた。ある旧知の政治学者は「彼は戦おうともしなかった」と批判した。ちなみに、ローズヴェルト研究所(Roosevelt Institute)はこんにち民主党左派系のシンクタンク・組織として知られている。民主党内左派において、ニューディールが十分に「左」であることを証明する言語としてきわめて高い評価を獲得していることは否定しがたい。
やや異なる次元の話であるが、最近流行のprogressiveという言葉に付せられる意味も、歴史的に大きく変わってきた。20世紀初頭の改革運動はProgressivism(革新主義)として知られた。セオドア・ローズヴェルトが1912年大統領選挙において率いた政党はProgressive Party(革新党と訳すのが普通である)であり、1924年にはロバート・ラフォレットが再びProgressive Party(革新党)を名乗って大統領選挙に立候補した。そして1948年にはヘンリー・ウォーレスがProgressive Party(こちらについては進歩党と訳すことが多い)を立ち上げた。1912年の場合はやや微妙であるが、それでもアメリカ政界の主流よりはやや、あるいはかなり左を差す言葉であったといってよかろう。
フランクリン・D.ローズヴェルトがニューディールの思想と立場を「リベラル」と定義して、小さな政府を意味したかつてのリベラルの意味を逆転させて以降、アメリカではリベラルは連邦政府主導の改革と大きな政府、そして進歩を指す言葉となった。1960年代はリベラル派の全盛期であった。しかし、1970年代後半から80年代にかけてリベラルという言葉が不人気になった後、民主党内で中道への路線転換を求める声が高まり、その流れで発足したのがProgressive Policy Institute(進歩的政策研究所)であった。ところがこんにちに至っては、民主党左派系議員連盟としてProgressive Caucus(進歩派議員連盟)が存在しており、言葉の「取り合い」の結果、現在ではprogressiveは、かつてのようにリベラルより左を意味する言葉として受け入れられつつあるようだ。
蘇る「アバンダンス」
あまり広く知られていない現象かもしれないが、近年民主党内の一部、とくに穏健派を中心とした政策専門家の間では、abundance(以下アバンダンスと表記)という言葉が頻繁に使われる1。言うまでもなく豊かさ、豊富、豊饒といった意味であるが、その真意は文脈がわからないと理解しにくい。それは必ずしも経済政策の議論ではなく、むしろ過剰な規制に関する批判的論争である。最近の議論は、エズラ・クラインとデレク・トンプソンという民主党系の二人の著名なジャーナリストが Abundance: How We Build a Better Future (邦訳『アバンダンス:「豊かな時代」を呼びさませ』)を刊行したのが一つのきっかけである。他にも、政治的立場や関心は異なるものの、同じ問題に向き合う著作がいくつか刊行されている2。本稿ではこのクラインとトンプソンの議論を紹介しながら、今日の民主党のあり方について歴史的文脈の中で考えてみたい。
クラインとトンプソンは民主党穏健派に属しているが、民主党左派を容赦なく批判している。地球温暖化を脅威と感じており、それを否定する共和党とは立場を異にする。彼らはグローバル経済の脱炭素化が不可欠と信じているが、民主党が強い州と共和党が強い州を比較すると、なぜ共和党は地球温暖化対策に否定的であるにもかかわらず、共和党が強い州のほうが再生可能エネルギー施設を建設するのが容易なのだろうか、という点に疑問を抱いている。
彼らはカリフォルニア州の問題を特に深刻にとらえている。高速鉄道建設については後述するが、新規の住宅建設は多くの規制で阻まれホームレスと住宅価格高騰の問題はアメリカで最悪となっている。生活コストはハワイとマサチューセッツに次ぐ高さであり、毎年数十万人がテキサス州やアリゾナ州に流出している。そして同様の問題が、実は他の民主党系の州や都市にも見られる。「これは民主党系[州・地方]政府の政策実施能力の問題ではないのか。政府が無能だからではないか。問題を解決できずにいることがトランプ的ポピュリズムに火をつけているのではないか。」著者たちによれば、不吉なことに2024年大統領選挙では、これらの民主党の地盤である地域でも有権者の投票動向は共和党支持に移動した。
かくして、興味深いことに、現段階のアバンダンス論争の少なくとも一部は、中道系民主党員による左派民主党員に対する批判という形で展開している。とくに標的にされているのは、レイチェル・カーソンやラルフ・ネーダーの流れを汲む環境保護運動や消費者保護運動であり、それらはしばしばアメリカ政治の用語では公共利益運動とも呼ばれる。ネーダーが立ち上げたパブリック・シティズンという市民団体は、その典型例である。これらの運動の成果として、土地利用、開発、建築などについて、きわめて膨大かつ複雑な規制の網がかけられている。そしてこの勢力は民主党の中で支配的な影響力を有している。著者らは正面からそれに挑戦しているのである。
再びニューディールの話を持ち出すと、実はニューディール期においても、アバンダンスはscarcity(欠乏)と対置されて、スローガンとして、あるいは達成すべき政策目標、あるいは夢としてしばしば語られており、とくに1930年代後半以降に頻繁に使用された。それは経済の計画化とそれによる完全雇用の実現と組み合わされて論じられることが多かった。例えば、ニューディール派の経済学者ガーディナー・ミーンズは第二次世界大戦中に、「計画は需要に、すなわち民間の消費に焦点を合わせるべきである。さらにそこでの計画は、戦争終了後に真のアバンダンスを創造するだけの十分な経済活動を保証するようにすべきである」と論じた3。この頃、アバンダンスを掲げたのは、民主党の中ではやや左の勢力であった。
さらに1948年大統領選挙に向けて、進歩党がアバンダンスをより中心的なスローガンとして吸収していく。同党大統領候補ウォーレスは「アバンダンスの時代」を要求し4、同党の政策綱領においても、アバンダンスは中核的重要性を与えられていた5。ただし、当時は一般的な豊かさあるいは高度の経済成長を意味していた。
このような経緯を振り返ると、アバンダンスとしては久しぶりの政界復帰である。ただし、1930年代後半から40年代には民主党内外左派の「所有物」であったのに対し、2020年代半ばには民主党中道派のスローガンとなった。
こんにちアバンダンス・アジェンダは、土地利用等での規制緩和・撤廃あるいはファースト・トラックの設定を求めているが、その前に立ちはだかっているのが左派(環境保護派など民主党の左派を形成する運動・団体)である。現在、民主党内の政策論争において、とかく左派の政策提案に反対するだけの傾向をもつ穏健派にエネルギーと政策上の具体性を提供しているのがこのアバンダンス・アジェンダであるといえよう。
実は、ここでもニューディールは興味深い比較対象となる。なぜなら、ニューディールはまさに「作るリベラリズム」であったからである。その象徴が公共事業である。ニューディールは連邦政府の権限を強化したうえで、とくにハロルド・イッキーズのもとで公共事業局(Public Works Administration)が、道路、港湾、ビル、橋などを建設し続けた。
ところが、現在の民主党主流の思想は「作らせないリベラリズム」に変貌してしまったのではないか。クラインとトンプソンはこう問いかける。彼らによれば、民主党左派の目標は、左派的な政策目標を掲げながらも、それを実行する政府権限を抑制することであり、その意味でリベラリズムと言っても、反国家的な側面を持つ。そこには二つの特徴がある。一つは弁護士と訴訟に依拠する強い傾向であり、細かい手続体系を作り上げることである。もう一つは政府への不信の裏返しとして政府の外にいる市民(まさにNGO)に強い信頼を寄せることである。
作らせないリベラリズムの象徴となっているのが、連邦政府のすべての行為について環境への影響調査を義務付けた1969年の全国環境政策法(National Environmental Policy Act)である。地球温暖化政策においても高速鉄道、送電線、パイプラインなど新たなインフラの建設が必要になるが、同法はこの妨げになっている。手続きが煩雑であり、また政治家の立場からすると様々な支援団体や地元の活動家・支持者に気を遣う必要があり、またそれらの団体・運動はしばしば相互に支援し合っていて、建築推進で合意を得るのは容易でない。アバンダンス・アジェンダは、このような障壁の除去ないし緩和を提言しているが、標的にされている左派のローズヴェルト研究所や『アメリカン・プロスペクト』(American Prospect)などは反発している。
アバンダンスを阻むもの
2021年11月、1.2兆ドルを支出するインフラ投資雇用法が成立したが、その後何か月経っても何事も起こらなかった。バイデン大統領はこの法案とさらに2つの大きな法案に署名して、大統領任期の残りの期間は橋や工場での着工あるいは竣工式典のテープカットで多忙になると期待していたが、結局署名後2年経っても目に見える成果はなく、バイデンは大いに失望することになった。2025年1月20日までに完成したのは、全米で58か所のEV用充電施設のみであり、道路関係の予想工事完了時期は2027年半ばとなっている。
2008年金融恐慌の際も事情は同じであった。オバマ大統領は多数の労働者・失業者が道路・橋・公共施設を建設するニューディール再現を想像したものの、工事は遅々として進まなかった。これに対して、1930年代に作られたフーヴァー・ダムやゴールデンゲート・ブリッジは比較的にすぐに完成した。なぜ、最近はこれほど時間がかかるのか。クラインたちは、とくに民主党が統治している州・市では、何事も緩慢に、高く、そして機能不全になると論ずる。
最近、これらの動向を論じたジョナサン・チェイトによれば6、アバンダンス・リベラルは民主党穏健派に急速に支持を広げており、それはとくに以下の三つの領域での政策論争において観察できる。一つは住宅供給を増加させる必要性についてである。戦後、大都市は建築規制を激増させ、住宅不足を招いた。第二に、インフラ建設に関して網の目のように張り巡らされた法と規制の問題に関してである。州間高速道路(Interstate Highway)1マイルの建設費はここ12年で3倍になっている。カリフォルニア州は18年前にロサンゼルスとサンフランシスコ間に高速鉄道を認可したものの、まだ使えるレールはまったく敷かれていない。そして第三に、政府そのものをもっと機能するようにする必要があるという議論である。規制でがんじがらめにされた政府の政策遂行能力の欠如が問われており、論者は、欠乏ないし不足(scarcity)は、近年のアメリカ政治ではこのような政策選択の結果として生起していると主張している。
例えば、民主党はこれまでクリーンエネルギーを求めながら、同時に原発を閉鎖し、太陽光発電計画を拒否してきた。家賃高騰とホームレスの急増は、住宅建設を極度に困難にしているからこそ生じている。そして、治療薬の早期の開発が出来なかったのはそれを阻む煩雑な規制のシステムがあるためである、とクラインとトンプソンは論ずる。
彼らによれば、アメリカでは政府を敵視する右派と、政府の動きを封じようとする左派が優勢となっている。さらにここで、1980年代に政治学者アーロン・ウィルダフスキーが指摘した視角を付け足せば、北欧の社会民主主義者は、政府に権限を付与し、なおかつ信頼する。アメリカの民主党は政府に大きな権限を与えつつ、政府を信頼せず、細かな規制によってがんじがらめにする7。そして再び『アバンダンス』の著者たちの議論に戻れば、ここには大きな政府か小さな政府かとは別の問題が潜んでいる。それはまさに政府の能力の問題である。
彼らによれば、近年アメリカ政府の能力は顕著に低下している。そうであるがゆえに消費財が豊かに存在するにもかかわらず、住宅、エネルギー、インフラ、そして科学的発見の欠乏に直面しているのである。
彼らは、民主党がオバマケア、フードスタンプ、貧困層への財政支援などを行ってきたことを評価し支持する。しかし、彼らの眼から見ると、政府は、すべての国民に確保すべきモノやサービスの潤沢な供給にはさほど注意を払ってこなかった。「現在不足しているのは、この供給ではないのか。民主党としては供給サイドにもっと眼を向けるべきなのではないか。民主党は未来像を描く際、欠乏ではなくアバンダンスを求めるべきではないか。消費より生産に、何を買えるかより何を作れるかにもっと関心を寄せるべきではないのか。」このように著者たちは問いかける。民主党支持者が供給サイドの議論を主張するとは皮肉な展開である。
作らせないリベラリズムの帰結―いくつかの例
以下は若干の実例である。しばしば取り上げられる政策領域は住宅、輸送手段、エネルギー、そして医療である。ここでは主として住宅と運輸について紹介する。1950年代には住宅の平均価格は平均所得の2.2倍であったが、2020年には6倍となった。医療保険、大学学費なども上昇が凄まじい。
住宅建設の戸数は1940年代には850万戸であったが、1970年代にその伸びは人口の伸びを下回り始め、2010年代には建設戸数の伸びはほぼゼロになった。これは他の先進国と比較しても少ない。なぜこのような事態に至ったのか。その答えは、「建てなかったから」であり、今日の住宅危機はその帰結である。こんにち、アメリカの成人の30%近くが収入の30%以上を住宅費に支出するいわゆる「住宅貧乏」(”housing poor”)となっている。
繁栄する都市での生活コストはあまりに高騰し、その結果貧困層には手が届かなくなった。しかし、重要な点は、著者らの見解によれば、これが政策によって意図的に作り出されてきたということであり、その犯人は1960-70年代のリベラル派なのである。ちなみに、テキサス州は全く逆の政策を採用しており、その結果住宅建設許可数(人口1,000人あたり)は2022年においてオースティンが国内首位の18件を記録している。それに対して、ロサンゼルスとサンフランシスコでは2.5件に過ぎなかった。
アメリカで土地の用途制限が導入されたのは20世紀に入ってからであった。ただ、まだ住宅建設を大きく抑制するものではなかった(人種差別的な性格は存在した)。今日の住宅不足につながる規制はその後に導入された。都市の成長を抑えるために用途制限が活用されたのである。その一例が、サンフランシスコ北のペタルマである。同市は1971年に年間の新築住宅件数の上限を500戸とし、都市開発の限界線も制定した(これが他の自治体にも広がっていく)。その結果、1960年代から90年代へと下るにつれ新築住宅数は減っていく。具体的な手法は、敷地の広さ制限、集合住宅の違法化、公共下水道の拡大中止、あるいは歴史保存地区への指定などである。
カリフォルニア州の人口はアメリカの約12%だが、全米ホームレス人口の30%を占める。そのうち、シェルターに保護されず、路上生活を送るホームレスに限ると、その割合は50%を超える。むろん、原因は用途規制以外かもしれない。著者たちは貧困率の高さ、温暖な気候、手厚い社会福祉サービス、緩い警察の取り締まりなどの要因も可能性として挙げながら議論を進めているが、例えば貧困率がもっと高いデトロイト、マイアミ、ダラス、シンシナティ、フィラデルフィアなどの方がホームレスの割合が低いことを指摘している。
著者たちの結論としては、住宅の需要とコストが最も重要な変数であった。すなわち家賃が上がるとホームレスの数も増えるのである。
1950年代にはワシントン(DC)などにはいささか大学の寮にも似た下宿屋があった。すなわち、共用のシャワー・トイレ・小さなキッチンがついていて家賃も安かった。しかしそれは消えてしまった。違法になったのである。それは、都市計画当局が、地価を高水準に保ち、地域の治安を保とうとした結果である。さらに、最低限必要な駐車台数、最長居住期限などが定められた。こうして貧困層向けの住宅は消えていった。ここまでが第一段階である。
1970年代から第二の変化が起きる。
平均的な賃金労働者は何年働けば家を買えるだろうか? 1950年は2.3年、60年は2.6年、70年は2.4年であり、大きな変動はなかった。しかし、80年は3.8年、90年は5.4年、2000年では7.0年となった。1970年代以降に何があったのであろうか。
家計純資産の中での持ち家の価値は1955-70年では21%であったが、70-79年は30%に上昇した。住宅はそれまで以上に中核的な財産となり、所有者は土地の利用制限と集団交渉によって住宅の資産価値を守ろうとするようになった。その結果が、敷地面積の下限、広い駐車スペースの義務付け、集合住宅建設と下水道網拡大への反対といった現象であった。
大統領としては保守派として知られるロナルド・レーガンであるが、実はカリフォルニア州知事時代に、州の環境影響評価を義務づける法案に署名していた。本来は州政府の事業のみを対象にしていたが、州裁判所の判決によって民間企業によるプロジェクトにも適用されることになった。その結果、数年後にはカリフォルニア州政府機関は年に4000件以上の環境影響評価報告書を審査せねばならない状況に立ち至った。
高速鉄道建設においては遅延が深刻である。車よりも二酸化炭素排出量の削減を抑えられる高速鉄道の導入政策は、地球温暖化対策には単に二酸化炭素排出量の削減のみならずインフラ建設も必要であることを示している。すなわち、必要とされているのは「作るリベラリズム」である。
カリフォルニア州は 1996年に高速鉄道局を設置しオバマ政権も支援したが、進捗は遅々たるものである。一つ一つの区間について環境上の手続きをクリアしなければならないため環境影響評価手続きは完了せず、それに加えて裁判所・出資者・事業経営者・住宅所有者・農場所有者・環境保護団体などと交渉せねばならず、そのために莫大な時間がかかっている。鉄道の線路1キロメートルを敷設するのにかかる費用は、ドイツ・カナダ・日本などと比較してアメリカが圧倒的に高い。
かくして、1970年代以降の変化は大きい。ネーダーらが主導した運動は、環境関連の法律を制定させ、それは少なくとも新規の建設を遅延させるためにはまことに効果的であった。結果的に、彼らは民主党リベラリズムの中に新しい運動を立ち上げた。これは、政府を信用せず、規制を増やし、政府を容赦なく訴えるための運動であった。
若干の考察
以上は、民主党内の政策的対立の一様相に過ぎない。論争はおそらくまだ「政策オタク」(policy wonk)の範囲にとどまっているかもしれない。ホームレスの数と家賃との因果関係についてのクライン=トンプソンの論証がどの程度正しいかについては、議論の余地もあろう。これまでの紹介からも推察できるように、土地利用規制を支持したのはすでに当該地域に居住していた住宅所有者ら既得権益層でもあったので、民主党左派だけの責任ではないであろう。クラインたちはケーススタディにおいて新薬開発の遅さも批判するが、日本の実情から見るとこれはやや手厳しすぎるかもしれない。
彼らの議論に対しては左派の反発、あるいは彼らを共和党保守派と同列に見なす批判も当然予想される。逆に、共和党からは、ここで紹介した民主党の内紛は民主党の病理そのものであり、治癒不能とみなされるであろう。また、長年にわたって構築されてきた規制レジームが簡単に崩壊するわけでもなかろう。
しかし、環境影響評価の必要性は残るとしても、モノを作ることができない政党・運動・イデオロギーに変質してしまったとすれば、1930年代に、「作るリベラリズム」を掲げる政党として多数党の座を獲得した民主党にとって、統治政党としての資格や評価を根本的に問われる事態であるともいえる。民主党左派系市長や知事の中には、少なくとも批判の一部を正面から受け止め、市民・州民の生活の立て直しに前向きに取り組む動きも生まれているようである。ただし、まだ障壁も大きい。民主党内の主導権争いは、予備選挙など目立つ舞台においてのみならず、このように政策論においても展開されている。たしかに地味ではあるが、政策は同時にアイディアでもある。小規模ながら出来上がった体制に対する新しい挑戦も生まれている。政治におけるアイディアの力を過小評価してはならない。
(了)
- 豊かさを表す言葉としては歴史家によって”plenty”がよく使われる。その代表例として 以下の名作がある。David Potter, People of Plenty: Economic Abundance and American Character, (Chicago: University of Chicago Press, 1954). ただし、本書副題にはabundanceも使われている。(本文に戻る)
- 2022年のDerek Thomson, “A Simple Plan to Solve All of America’s Problems,” The Atlantic, January 12, 2022, <https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2022/01/scarcity-crisis-college-housing-health-care/621221/>, accessed on October 13, 2026の論文がきっかけともいわれる。焦点の当て方や論法は異なるが、以下のものも同様の問題点を抽出している。Yoni Applebaum, Stuck: How the Privileged and the Propertied Broke the Engine of American Opportunity, (New York: Random House, 2026), Marc Dunkelman, Why Nothing Works: Who Killed Progress―and How to Bring It Back, (New York: PublicAffairs, 2025).
また以下は最近の議論を簡潔にまとめており、本稿も一部依拠している。Jonathan Chait, "The Coming Democratic Civil War”, The Atlantic, May 25, 2025, <https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2025/05/abundance-democrats-political-power/682929/>, accessed on October 13, 2026. アバンダンスについて最近は日本でも以下の文献などで紹介されている。渡辺将人「『トランプ2.0のアメリカ』民主党編④ 民主党流派の『内政』新分類学:『新世代』から『アバンダンス』まで」SPFアメリカ現状モニターNo.201、2026年5月3日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_201.html>(2026年10月13日閲覧)、安井明彦「米民主党は社会主義化するのか?」みずほ経済インサイト、2026年7月3日、<https://www.mizuhobank.co.jp/corporate/mhri/research/report/pdf/insight-us260703.pdf>(2026年10月13日閲覧)、渡辺将人「分断が複雑化する民主党の現在地」『外交』Vol.99(2026年)32-37頁。(本文に戻る) - Alan Brinkley, The End of Reform: New Deal Liberalism in Recession and War (New York: Alfred A. Knoph, 1995), pp. 230-231.(本文に戻る)
- 例えば次の記事(“Wallace Demands Era of Abundance; ‘Fearless Planning’ Could Give Average Worker and Farmer $100 a Week, He Says,” The New York Times, October 22, 1948)。(本文に戻る)
- “Progressive Party Platform of 1948”, The American Presidency Project, July 23,1948, <https://www.presidency.ucsb.edu/documents/progressive-party-platform-1948>, accessed on October 13, 2026.(本文に戻る)
- Jonathan Chait, "The Coming Democratic Civil War”, The Atlantic, May 25, 2025, <https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2025/05/abundance-democrats-political-power/682929/>, accessed on October 13, 2026.(本文に戻る)
- Aaron Wildavsky, “Choosing Preferences by Constructing Institutions: A Cultural Theory of Preference Formation,” American Political Science Review Vol. 81, No. 1(1987); Michael Thompson, Richard Ellis and Aaron Wildavsky, Cultural Theory, (Milton Park: Routledge, 1990).(本文に戻る)