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論考シリーズ | No.171 | 2024.11.20
アメリカ現状モニター

保守的な判決が続く連邦最高裁、
バイデンによる改革案の背景にあるものとトランプ2.0

西山 隆行
成蹊大学法学部教授

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司法部門への信頼度の低下とバイデンの改革案

2024年大統領選挙は、接戦となって結果の判明までに数日を要するとの予測が一般的だった1。だが、実際は接戦7州の全てを抑えた共和党のドナルド・トランプが大統領選挙人数で民主党のカマラ・ハリスを上回り、大統領に選出された。また、連邦議会上院については大方の予想通り共和党が多数を占めた2。

大統領職と連邦議会上院多数党の地位を共和党が確保したことは、米国の司法政治にとって大きな意味を持つ。連邦裁判所の判事は、欠員が出た場合、後任は大統領が指名し、連邦議会上院がそれを承認することで補充される。9名からなる連邦最高裁判所判事の構成は現在、保守派6名、リベラル派3名と保守派優位であり、近年、保守的な判決が出続けている。仮に連邦議会の構成が変わらないと想定されるトランプ政権の最初の二年間に連邦最高裁判所判事に欠員が生じるようなことがあれば、連邦最高裁判所の保守優位はさらに強まることになるだろう。

実は米国民の間で最高裁判所に対する支持は近年低下している3。大統領選挙の出口調査の結果を見ても、最高裁判所を支持する人の割合は35%、支持しない人の割合は60%となっている。なお、支持、不支持には党派的な側面も存在しており、最高裁判所を支持するとした人の83%がトランプに投票する一方で(ハリスに投票したのは14%)、支持しないとした人の71%がハリスに投票している(トランプに投票したのは26%)4。

統治機構に対する信頼度や支持率は近年低下しているが、司法部門に対する信頼度の低下、支持率の低下はとりわけ民主党支持者の間で顕著である。以前のレポートで紹介したように、2016年と2020年の大統領選挙年に連邦最高裁判所の判事が死亡した後の、上院多数党院内総務であるミッチ・マコーネルによる対応が一貫しなかったこともあって連邦最高裁判所の判事の構成が保守派優位となったことが、民主党支持者の間で司法部門に対する信頼度と支持率を低下させた理由の一つである5。そして、2020年大統領選挙で大統領が民主党のジョー・バイデンとなり、上院でも民主党が多数党になったのを受けて、リベラル派の中でバイデン大統領に連邦最高裁判所の判事の数を現在の9名から増員してリベラル派判事が多数になるだけ補充するよう求める声も登場した6。だが、バイデンはそれを拒否する一方で、連邦最高裁判所改革について検討する委員会を設置するとした7。

その成果としてバイデン大統領は、7月29日に連邦最高裁判所の改革案を提示した。リンドン・ジョンソン大統領図書館で発表するとともに、その見解をワシントン・ポスト紙でも発表している。バイデンが提唱した改革点は3点ある。第一は、今年7月に連邦最高裁判所が出した、大統領が憲法上の権限の範囲内で行った行為については刑事訴追からの「絶対的免責」が認められるという判決を覆す内容の合衆国憲法修正を行うことである(「誰も法を超越することはできない」修正とバイデンは名付けている)。第二は、連邦最高裁判所の判事の任期を最長で18年とすることである。第三は、連邦最高裁判所判事に執行可能な倫理規定を導入することである8。2024年大統領選挙の民主党候補となった副大統領のカマラ・ハリスはジョンソン大統領図書館での発表には参加していなかったものの、バイデンの提案を支持する旨表明している。

バイデンは、36年間連邦議会議員を務めて上院司法委員長などを経験し、また副大統領、大統領として連邦裁判所判事の任命にも携わってきたことを踏まえて、アメリカの統治機構と権力分立に大きな敬意を示しているものの、現在起こっている事態は正常でなく、アメリカ国民が最高裁判所の判決に対して抱く信頼が掘り崩されていると指摘している。

後にも述べるように、バイデンの改革案が実現する可能性はほぼゼロに近い。だが、近年の米国における司法部門の正統性の低さを考えれば、バイデンの改革案の内容を分析するとともに、そもそもバイデンが改革案を出す必要があると判断した背景について理解する必要があるだろう。

「誰も法を超越することはできない」修正

バイデンの改革案の第一は、2024年7月1日に連邦最高裁判所が、大統領が憲法上の権限の範囲内で行った行為については刑事訴追からの「絶対的免責」を、その他の公式行為については少なくとも「推定的免責」を享受するとの判決を出したことを踏まえて出されたものである(私的行為については起訴される可能性があるとしている)9。トランプは刑事訴追を受けた初の大統領であるが、この連邦最高裁判所の多数意見は、トランプ前大統領の絶対的免責の主張を退けた下級審の判断を覆すものであり、大きな論争を巻き起こしている。

リベラル派の判事3人はこの判断に強く反対し、「深い懸念」を表明している。例えば、ソニア・ソトマイヨールは反対意見の中で、「今や大統領は法の上に立つ王となった」とし、大統領が米軍特殊部隊に政敵の暗殺を命じたり、政権維持のために軍事クーデターを行ったり、恩赦を与える代わりに賄賂を受け取ったりしても、責任が追及されなくなるとの懸念を示している。また、ケタンジ・ブラウン・ジャクソンも、今回の判断は「新しく危険な地平を切り開く」とし、「法のガードレールを低くする」ことになると批判している。

米国の建国者は、大統領が絶対王政期の君主のような存在になることがないように、どのような人物が大統領になっても大丈夫なように、権力分立などの原則を導入したとされる。「憲法上の権限の範囲内」で行ったことであれば免責されるというのは、大統領に関して一応は憲法上の歯止めはかけられるという意味だと解釈することもできるかもしれないが、この判決が及ぼす影響の範囲については議論が生じても当然だろう。とりわけトランプは大統領就任一日目には「独裁者」となって「復讐」を行うと公言していることを考えれば、強い懸念が示されるのも当然だといえるだろう。

そのようなことを踏まえてバイデンは、「誰も法を超越することはできない」という原則に立ち返って、大統領の権力は限定されているという原則を明確にするためにも、合衆国憲法の修正が必要だと主張しているのである。

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改革案の第二のポイントは、連邦最高裁判所判事の任期を最長で18年とすることである。

米国では大統領の任期は1947年に可決し1951年に批准された合衆国憲法修正第22条で原則として2期8年を上限とする旨規定されているが(ただし副大統領から昇格した者について、昇格後の在任期間が2年に満たない場合、上限にその期間を加えることができる。任期は最長で10年近くにもなる可能性がある)、連邦最高裁判所の判事については任期制限が存在しない。立憲民主主義を導入している主要先進諸国は、裁判所判事に任期制限か年齢制限のいずれかを課しており、そのような制限がないのは米国だけだという。

連邦裁判所判事の任期が終身なのは、判事の行動や判断が大統領や連邦議会から制約されるのを避けるためだが、判事が死亡するか自ら辞するまで職を続けることができるというのは、司法政治を予測可能性が低く恣意的なものにしている面があるとバイデンは指摘する。そこで、連邦最高裁判所判事の任期を18年とし、原則として2年に1人は交代する制度を導入することで、いかなる大統領も4年の任期中に2人の最高裁判事を指名することができるようにするよう提唱している。これは、特定の大統領が連邦最高裁判所の構成を大きく左右するような事態が起こりにくくするための提案だという。

これまで連邦最高裁判所判事に任命された人物は115名で、その平均在任期間は約15年間である。1937年と1939年にフランクリン・ローズベルト大統領が指名されたヒューゴ・ブラックとウィリアム・ダグラスはそれぞれ34年、36年6か月在任し、ジェラルド・フォード大統領が指名したジョン・ポール・スティーヴンスは34年間在任した。これだけの長い間大きな権力を振るうことのできる存在は米国では稀である。だが、大統領が若い人物を最高裁判所判事として指名すれば、そのイデオロギー的な影響力を長期間にわたって行使することが可能になる10。

これまでの歴史上、F・ローズヴェルトは大統領職を12年務める中で9名の、ドワイト・アイゼンハワー大統領は5名の判事を指名した。トランプは既に3名の判事を指名しているため、より多くの判事を指名する可能性がある。しかも、若い人物を指名すれば、近年では平均寿命が延びていることを考えると、トランプのイデオロギー的な影響力が長期間続く可能性がある。

この改革案に対しては、任期を18年とするならば、最高裁判所判事も再就職を想定して行動するようになり、任期が切れる前に利己的な判断を下すようになるのではないかとの懸念も示されている。大統領選挙で特定の政党が勝ち続ける可能性もあるため、これが連邦最高裁判所判事の党派的偏りを防ぐための切り札になるとは必ずしもいえないだろう。また、合衆国憲法が、連邦裁判所判事が「善行を保持する限り」その職を保つと規定していることを考えれば、その実現には合衆国憲法の修正も必要になるとの指摘もある。とはいえ、興味深い提案ではある。

連邦最高裁判所判事に関する倫理規定

近年では連邦最高裁判所判事の倫理について、議論が高まっている。例えば、クラレンス・トマスは富豪に招待されて贅沢な旅行を行ったことが問題視されているし、サミュエル・アリトは2020年大統領選挙でのトランプの敗北を認めない活動家が掲げたのと同じ旗(Pine Tree Flag)をヴァージニアとニュージャージーの自宅で掲げたとして、批判されている。

最高裁判所を除く連邦裁判所の判事には罰則を伴う倫理規定が存在する11。連邦最高裁判所も裁判所判事としてのもの以外の収入や贈り物をもらった時には報告するという倫理規定を昨年11月に設けた。だが、食事や、個人としてのもてなしについては報告が不要とされるなど倫理規定が弱く、その執行も連邦最高裁判所自身に委ねられている。バイデンの改革案は、連邦最高裁判所判事についても執行可能な倫理規定を制定する必要があると指摘している。

バイデンによる改革案が達成される可能性は低い

バイデンが提唱した改革案を実現するのは、決して容易でない。まず、第一、第二の改革案を実現するためには連邦議会上下両院で法案を通過させる必要があり、とりわけ上院で60票の賛成が必要なことを考えると、その実現は容易ではない。また、第1の改革案が想定する合衆国憲法の修正を実現するためには、連邦議会上下両院で3分の2以上の賛成を得るか、3分の2以上の州の呼びかけに基づいて発議され、50州のうち38以上の州の州議会での批准を要する。実現可能性は低いだろう。実際、共和党のマイク・ジョンソン下院議長は、バイデンの提案は「すでに死亡している(dead on arrival)」だと表明している。

だが、世論調査では、連邦最高裁判所の判事も他の連邦裁判所判事と同様の倫理規定を適用されるべきだという考えは世論の77%の支持を得ているし、連邦最高裁判所判事の任期制限を入れるべきとの考えについては74%が賛成している。近年、連邦最高裁判所に対する支持率と信頼度が、とりわけ民主党支持者や若者の間で低下していることを考えれば、バイデンによる最高裁判所改革案が民主党支持者の動員に有益だとの指摘もある。

なお、2020年大統領選挙の民主党の予備選挙に際して、バイデンは連邦最高裁判所改革に必ずしも積極的でなかったのに対し、カマラ・ハリスはより柔軟な姿勢を示していた(ハリスは場合によると連邦最高裁判所判事の数を増員することも検討すると発言していた)。また、2024年大統領選挙のハリス陣営に連邦最高裁判所判事の増員を積極的に提唱していたブライアン・ファロンが入っていたことで、ハリスが大統領に就任すれば連邦最高裁判所改革に積極的に取り組むことにつながると期待した論者もいた。

ハリス陣営は、検事や司法長官としての経緯を持つハリスと、被告人であるトランプを対照させて、トランプを法の上に立たせてはならないという立場をとった。この戦略は必ずしも報われず、大統領選ではトランプが勝利した。2024年選挙の結果、大統領職も、連邦議会上下両院の多数党も、全て共和党が押さえる統一政府になることが確実になったため、来年以降にバイデンによる改革案が実現することは考えられない。また、バイデン政権の残りの任期に、連邦最高裁判所の改革に具体的に着手するとも考えにくい。とはいえ、バイデン政権の改革案は、米国の司法政治が直面する困難な現実を示しているといえるだろう。

(了)

  1. 西山隆行「「11月5日」に勝者が決まらない? 米大統領選後に想定されるスケジュールとは」Yahoo! 2024年10月22日、<https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/7b26d56dc9fd634a30e217cb66de57a3e937fd31>, accessed on November 13, 2024.(本文に戻る)
  2. 2024年米大統領選の分析については様々なされているが、筆者によるものとしてはさしあたり、西山隆行「<米民主党敗北>党内から反発くらったハリス、汲み上げたマイノリティの人たちの声、トランプ現象とは何か」Wedge Online, 2024年11月7日、<https://wedge.ismedia.jp/articles/-/35649>, accessed on November 13, 2024.(本文に戻る)
  3. 西山隆行「なぜ人々は政府を信用しないのか?」西山隆行/前嶋和弘/渡辺将人『混迷のアメリカを読みとく10の論点』(慶應義塾大学出版会、2024年)。(本文に戻る)
  4. Election 2024: Exit Poll, CNN <https://edition.cnn.com/election/2024/exit-polls/national-results/general/president/0>, accessed on November 17, 2024(本文に戻る)
  5. 西山隆行「分極化時代の連邦最高裁判所―その正統性をめぐって」笹川平和財団(SPF)アメリカ現状モニタープロジェクト、2023年10月26日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_143.html>, accessed on November 13, 2024.(本文に戻る)
  6. 米国の連邦最高裁判所判事の数は合衆国憲法で規定されているのではない。現在、連邦最高裁判所判事の数が9名なのは、1869年司法法でそう規定されているためである。(本文に戻る)
  7. 当該委員会(Presidential Commission on the Supreme Court of the United States)については、Presidential Commission on the Supreme Court of the United State、White House (Dec. 7, 2021) <https://www.whitehouse.gov/pcscotus/>, accessed on November 17, 2024(本文に戻る)
  8. Joe Biden, “My Plan to Reform the Supreme Court and Ensure No President is above the Law,” Washington Post, July 29, 2024 <<https://www.washingtonpost.com/politics/2024/07/01/trump-presidential-immunity-supreme-court/>, accessed on November 13, 2024.(本文に戻る)
  9. “Supreme Court says presidents have ‘absolute’ immunity for clearly official acts but no immunity for unofficial acts,” The Washington Post, July 1, 2024, <https://www.whitehouse.gov/pcscotus/>, accessed on November 13, 2024.(本文に戻る)
  10. これらの点については、西山隆行『アメリカ大統領とは何か―最高権力者の本当の姿』(平凡社新書、2024年)第4章で紹介している。(本文に戻る)
  11. Code of Conduct for United States Judges, United States Courts <https://www.uscourts.gov/judges-judgeships/code-conduct-united-states-judges>, accessed on November 17, 2024.(本文に戻る)

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