武漢に端を発した今回の新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の全地球規模への拡大が続く中で行われたWHO(世界保健機関)総会が閉幕した。日米をはじめ多くの国が支持した台湾のオブザーバー参加は先送りされた[1]。しかし連日の報道などにより、かえって台湾の存在が国際社会の関心を集めることになったのではないか。

台湾と国際社会との関係

 1971年、国連における代表権が中華民国から中華人民共和国に移り、蒋介石政権が国連から追放されたことにより、台湾は国連及び国連の専門機関から脱退することとなった[2]。

 しかし、人口2360万人、名目GDP5894億ドルの経済規模を持つ台湾は、国際情勢の変化や経済などのグローバル化の進展に応じて、様々な形で国際社会との関係を維持してきた[3]。

 例えば、日本と台湾の間では年間に総額670億ドルを超える貿易、670万人を超える相互往来が行われ、台湾在留邦人は2万人超を数える「非政府間の実務関係」にある[4]。欧米諸国をはじめ多くの国々も台湾との間に類似した関係を持っている。また外交関係を有する国はわずか15か国ではあるが[5]、入国ビザの事前入手不要な渡航可能国・地域の数では、第70位(74か国)の中国を超える第33位(146か国)に台湾の旅券は位置付けられている[6]。政治や外交に関心の高くない多くの人々にとって、台湾が独立国家か否かはあまり関係のないことなのであろう。現実の国際社会と台湾の実務的な関係は緊密である。

 一方、台湾と国際組織との関係について、「一つの中国」の立場に立つ中国は、「台湾のWHOなどの国際組織における活動は両岸の協議を通じて行わなければならない」として、国際社会における台湾の活動は中国を介して行われるものであると主張する[7]。しかし、2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行した際に、「台湾がWHOの非加盟国であるという理由で、WHOから情報を随時得ることができず、多くの市民と医療従事者がSARS感染によって死亡」するなど[8]、中国を介したWHOとのコミュニケーションがうまく機能しなかった。このようなWHOをめぐる中国と台湾の関係は、今回の新型コロナウイルスにおいても変わりないようだ[9]。こうした状況を見た国際社会が、貿易や観光など様々な形で国際社会と密接につながっている台湾社会が公衆衛生・感染症にかかわる「地理的空白」[10]となっていると実感したとしても不思議ではない。

海洋安全保障においても「地理的空白」にある台湾

 海洋に囲まれた台湾が「地理的空白」となっているとの感覚は、海洋を介して台湾に隣接する諸国にとって公衆衛生に限られるものではない。海洋は、領土・領空と異なり領海といえども軍艦を含む第三国の艦船に無害通航が保障されている国際公共財であり、あらゆるものが海を介して往来している。

 海洋を語る上で漁業活動の場を重複・隣接するもの同士のコミュニケーションも無視することはできない。幸いに、日本との関係においては、2013年に合意したいわゆる「日台漁業取決め」の下、「日台漁業委員会」[11]や「日台海洋協力対話」[12]などによって日台間の漁業問題に関する「地理的空白」を埋める努力が重ねられつつある。また、マグロやサンマなど日本漁業と多くの点で競合する台湾は、北太平洋漁業委員会(The North Pacific Fisheries Commission:NPFC)[13]、北太平洋マグロ類国際科学委員会(International Scientific Committee:ISC)[14]など水産業に関する国際組織のメンバーとして日本など関係国との認識共有やルール設定を図っている。

 海洋では、漁業と同様にあるいはそれ以上に、安全保障、法執行における隣国間の争いを無視することはできない。台湾は、2隻の駆逐艦、20隻のフリゲート及び潜水艦を揃えるアジア有数の海軍力を有している。さらに3個旅団1万人規模の海軍陸戦隊を含む約14万人の陸上戦力もある[15]。また海上保安庁に相当する海洋委員会海巡署は、2隻の3000トン級、4隻の2000トン級巡視船をはじめとする東アジア有数の海上法執行能力を有している[16]。規模や実力では米国や中国のそれには到底及ばないものの、日本のみならず南シナ海を共通の活動エリアとするフィリピンやベトナムなど東南アジア諸国から見れば決して無視や軽視のできるシーパワーではないだろう。

 冷戦の頃より、意図的な侵略は措くとして双方が望まない危機的な事態を回避・予防するために国際社会では、相対する当局間のバイラテラル、マルチラテラルなルール設定やコミュニケーションメカニズムが形成されてきた。

 しかしながら、台湾に隣接するいずれの海軍や海上法執行機関も台湾海軍や海巡署とのバイラテラルな関係を有していない。関係当局のリーダーシップが一堂に会する西太平洋海軍シンポジウム(WPNS)やアジア海上保安機関長官会合[17]などのマルチラテラルな枠組みにも台湾の関係当局は参加していない。この問題点は、台湾海軍や海巡署が独立国家の軍隊や法執行機関であるか否かではなく、アジア有数の装備と能力を有しながら適切なコミュニケーション手段を欠くシーパワーが、活動の場を重複する海洋に存在するという「地理的空白」を生じさせていることにある。

 新型コロナウイルスの感染と同様に、この地理的空白も中国が介入することによって解決できるものではない。

 2012年、演習中の台湾の駆逐艦が誤って与那国島付近の日本領海に接近したことがあった[18]。例えば、自衛隊と台湾軍の艦艇・航空機との間で偶発的な衝突が生じた場合に、日本が「一つの中国」を代表する中国政府に対して台湾の意図を照会したとしても、中国から適切な回答を即時に得られることは困難なことであろう[19]。

 また現状の中台関係において、台湾が中国を経由して日本にその意図を照会することも想像できそうにない。これは日本に限らず台湾に隣接する国すべてに言えることであろう。

 着実に深化している民主主義社会、強固な米国との安全保障関係、そして日本との関係を重視する姿勢など、今日の台湾社会に変化がない限りにおいて、たとえ前述のような予期せぬ衝突が生じたとしても、日台二者間の単純な問題として「地理的空白」を双方が冷静に処理できれば危機のエスカレーションを抑えることは可能であろう。しかし、新型コロナウイルスの場合と同様に、中国が介入するようなことになれば、事態は複雑かつエスカレートすることは想像に難くない。現に中国は尖閣問題に対する共同対応について台湾に繰り返し協同を呼び掛けている[20]。

 海洋安全保障の分野において台湾を「地理的空白」として放置しておくことは、はたして国際社会にとって好ましいことなのだろうか。

※本論文で述べている見解は、執筆者個人のものであり、所属する組織を代表するものではない。
また、「日本政府が中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認し、台湾が中華人民共和国の不可分の一部であるとの中華人民共和国の立場を十分理解し、尊重する」、また「日本と台湾との関係は非政府間の実務関係として維持されている」とする日本政府の立場についての議論を意図するものでもない。

(2020/6/3)

脚注

  1. 1 「WHO米中対立激しく トランプ氏、脱退示唆 台湾参加可否は先送り」『日本経済新聞』2020年5月20日。
  2. 2 UN. General Assembly-Twenty sixth Sessions, A/RES/2758(XXVI) “Restoration of the lawful rights of the People's Republic of China in the United Nations,” United Nations Digital library, October 25, 1971.
  3. 3 「國際組織參與現狀(国際機関への参画状況)」『參與國際組織』(台湾)外交部。
  4. 4 「台湾(Taiwan)基礎データ」外務省、令和2年3月17日。
  5. 5 中国は台湾と国交を結んでいる国々を「小国」と揶揄している。王怡「社评:做美国傀儡的台当局岂能期待“真外交”(社説 米国の傀儡である台湾当局に『真の外交』が期待できるはずがない)」『环球网』、2020年5月12日。
  6. 6 “Henry Passport Index,” Henry & Partners, April 7, 2020.
    日本は191か国で第1位に位置付けられている。
    なお、今回のCovid-19に関する一連の入国規制は含まれていない。
  7. 7 「2020年2月3日外交部发言人华春莹主持网上例行记者会(華春瑩外交部報道官主催定例オンライン記者会見)」(中国)外交部、2020年2月3日。
  8. 8 「新型コロナウイルスから全世界の健康を守るには、台湾は必要不可欠」毎日新聞、2020年2月13日。
  9. 9 「米がWHO非難『台湾のコロナ早期警告を無視』、中国に過剰な配慮」AFP、2020年4月10日。
  10. 10 安部総理『第201回国会参議院予算委員会会議録第2号』、2020年1月30日、17頁。
  11. 11 石原忠浩「『日台民間漁業取決め』の締結と第四原発建設の可否をめぐる展開」『交流』866号、2013年5月、16-29頁。
  12. 12 石原忠浩「日台海洋協力対話、日台貿易経済会議の開催、トランプ蔡英文電話会談」『交流』910号、2017年1月、24-25頁。
  13. 13 “About NFPC,” NFPC.
  14. 14 “About ISC,” ISC.
  15. 15 “The International Institute for Strategic Studies, 2018,” The Military Balance 2018, pp.303-305.
  16. 16 「海巡裝備・艦艇」海洋委員會海巡署。
  17. 17 「『第11回アジア海上保安機関長官級会合』への海上保安庁長官の参加について(結果概要)」海上保安庁、2015年5月。
    当該会合や2017年に始まった「世界海上保安機関長官会合」には中国海警とは別に、香港から香港警察海上部(Marine Region, Hong Kong Police Force)が参加している。
  18. 18 「台湾海軍、日本領海付近で迷走」『フォーカス台湾』、2012年8月3日。
  19. 19 笹川平和財団が実施した机上演習においても類似の課題が提起された。詳細は、『安全保障机上演習プロジェクト 2018年度報告書 大規模災害を端緒とする台湾危機に対する日米共同対処を巡る課題』、笹川平和財団、2019年11月、を参照。
  20. 20 「王毅:维护钓鱼岛主权是两岸同胞的共同责任(王毅、釣魚島の主権は両岸同法の共同責任である)」『环球网』、2013年3月6日。