はじめに
ウクライナ戦争下において、ロシアは北朝鮮に急速に接近し、「露朝包括的戦略パートナーシップ条約」を締結するなど、外交政策全般を大きく見直すこととなった。一方で、中央アジアなど伝統的にロシアと軍事・経済面で強い結びつきをもつ地域では、戦争を契機として、ロシアと一定の距離をとる姿勢もみられた。
こうしたなか2025年12月8日、プーチン大統領は、大統領府に新設された戦略パートナーシップ・協力局に関する大統領令に署名した。旧ソ連圏など、いわゆる「近い外国」との関係のマネジメントに加え、グローバルサウスと呼ばれる新興国・発展途上国との関係強化を狙った機構改編と見られる。本稿では、新設部局の規程や局長人事の分析を通じて、ロシア大統領府による「官邸外交」を読み解く。

「戦略パートナーシップ・協力局」とは何か
事の発端は、2025年夏に実施された大統領府内部部局の機構改編である。8月29日付の大統領令では、国境協力局と地域間交流・対外文化交流局が廃止され、戦略パートナーシップ・協力局が新たに設置された[1]。このうち国境協力局は、2018年10月に設置された比較的新しい部局で、対CIS参加諸国・アブハジア共和国・南オセチア共和国社会経済協力局(2012年設置)を前身としており[2]、ロシア外交の文脈では「近い外国」と言われる地域を所掌していた。2021年以降は、国境協力局に改編され、重要政策としては対ウクライナ政策を担当し[3]、ウラジスラーフ・スルコフ大統領補佐官やドミートリ・カザーク大統領府次官らが同局を指揮していた[4]。なお2018年7月、プーチン大統領は、カザークを「モルドヴァとの通商・経済関係大統領特別代表」に任命していることから[5]、カザーク率いる国境協力局の管轄国には、モルドヴァも入っていたものと見られる。
カザークは、この機構改編に合わせるかのように、2025年9月18日に大統領府次官を解任されたため、クレムリンにおける権力闘争など様々な憶測を生むこととなった。
12月8日、ようやく新設部局である戦略パートナーシップ・協力局の規程が大統領令によって定められ、同局の任務は「ロシア連邦と外国との戦略的パートナーシップ及び協力を発展させるため、国際プロジェクト及びプログラムを企画・立案し、実施すること」とされた。また、大統領府外交政策局の同意に基づき、専門家局とともに、ロシア大統領と外国の国家機関公職者との交渉及び会談の準備に参画するほか、大統領府関係部局とともに国際条約の案文の検討などにも参画すると定められており、戦略パートナーシップ・協力局がロシア外交へコミットすることが明示された。なお専門家局とは、大統領のために専門的見地から報告書や分析ペーパーを作成する大統領府の内部部局である。
こうした任務のほか戦略パートナーシップ・協力局は、国際プロジェクト及びプログラムの企画・立案、実施のために、大統領府社会計画局とともに、大統領保証基金、環境・自然保護プロジェクト大統領基金、大統領文化イニシアティブ基金、非営利組織を含む市民社会機関と連携するほか、デジタル発展、技術・イノベーション、青少年政策といった政策領域における経験を外国との間で共有するという任務も付与された。
規程を見る限り、ロシアが「ターゲット」とする国との人的交流・文化交流等を端緒として、ハイレベル経済協力にまで関係を発展させることが同局の任務であると考えられる。戦略パートナーシップ・協力局は、対CIS参加諸国・アブハジア共和国・南オセチア共和国社会経済協力局を前身組織の一つとしているから、ここでいう主たるターゲットはロシア外交における「近い外国」であると考えられる。ただし、ウクライナ戦争に伴う対露経済制裁の導入と「非西洋世界」を軸としたロシアの新たな外交戦略を背景として、これからは「新規開拓」も求められよう。
チトフ局長の就任と国営原子力企業ロスアトムの影響力
戦略パートナーシップ・協力局長には1984年生まれのバディム・チトフが就いた。国家コーポレーション・ロスアトムの広報畑出身で、2019年からはロスアトムの外国進出を担うロスアトム・国際ネットワークの最高経営責任者を務めた人物である[6]。なお戦略パートナーシップ・協力局の規程第10条には、大統領府第1次官が同局を全般的に指揮すると定められている。かつてロスアトム総裁を務めたセルゲイ・キリエーンコ大統領府第1次官のことを指すものと見られる。
2025年11月23日、チトフ局長の姿は中央アジア、キルギスの首都ビシュケクにあった。彼は「ロシア語・文化ユーラシアセンター」の開所式のほか、ロシアとの人的・文化的協力を拡大するための「ノマドTV」の開局式に参加した[7]。11月25日からのプーチン大統領によるキルギス訪問を前に、チトフ局長は両国間の交流促進という重要ミッションをこなしていた。
なお局長人事では、イーゴリ・チャイカの名前も挙がっていた。2006年から2020年まで検事総長を務め、現在は北カフカース連邦管区大統領全権代表のユーリ・チャイカの息子で、プーチン体制の2世エリートである。イーゴリ・チャイカは、2025年3月からCIS諸国を含む外国との人的交流を担う外務省の機関、ロシア交流庁(Rossotrudnichestvo)次長を務めており、ロシア紙では戦略パートナーシップ・協力局長の有力候補とされていた[8]。カザークの次官解任人事を含め、機構改編後の新ポストを巡って、権力闘争があったことを示唆するとともに、結果としてキリエーンコ人脈ないしロスアトム人脈がこの官職を勝ち取ったと言えよう。
キリエーンコの多様な任務
一連の動きから、カザークの解任と大統領府の組織改編を受けて、ますますキリエーンコ第1次官の政治的影響力が強まっているようだ。ロシア紙によると、2024年の終わり頃から、キリエーンコには新たな権限が付与され、「近い外国」との関係に加え、一部の「グローバルサウス」との関係も任されているという[9]。
従来から選挙、政党との関係、青少年政策、国家官僚の人事管理など国内政治全般を取り仕切ってきたキリエーンコは、クレムリンによる官邸外交の一部まで任されるに至った。ロシアが伝統的に強みとする原子力分野におけるパートナー国の「新規開拓」に取り組むことも想定される。今般の戦略パートナーシップ・協力局の新設を受けて、「キリエーンコ外交」がどのような展開を見せるのか、原子力分野を含め注視する必要がある。

(2026/01/27)
脚注
- 1 Указ Президента РФ от 29 августа 2025г., № 607, «О мерах по дальнейшей оптимизации структуры Администрации Президента Российской Федерации», Собрание законодательства Российской Федерации (далее - СЗРФ), 01 сентября 2025г., № 35, ст. 5180(2025年8月29日付ロシア連邦大統領令第607号「ロシア連邦大統領府機構の一層の最適化に関する諸措置について」『ロシア連邦法令集』2025年9月1日付第35号、掲載番号第5180号).
- 2 Указ Президента РФ от 25 июня 2012г., № 893 (ред. от 25 июля 2014г.), «Об утверждении Положения об Управлении Президента Российской Федерации по социально-экономическому сотрудничеству с государствами - участниками Содружества Независимых Государств, Республикой Абхазия и Республикой Южная Осетия», СЗРФ, 02 июля 2012г., № 27, ст. 3680(2012年7月25日付ロシア連邦大統領令第893号(2014年7月25日改訂)「ロシア連邦大統領CIS参加諸国・アブハジア共和国・南オセチア共和国社会経済協力局規程の承認について」『ロシア連邦法令集』2012年7月2日付第27号、掲載番号第2680号); Указ Президента РФ от 02 октября 2018г., № 559 (ред. от 12 июня 2024г.), «Об Управлении Президента Российской Федерации по приграничному сотрудничеству (вместе с "Положением об Управлении Президента Российской Федерации по приграничному сотрудничеству")», СЗРФ, 08 октября 2018г., № 41, ст. 6223(2018年10月2日付ロシア連邦大統領令第559号(2024年6月12日改訂)「ロシア連邦大統領国境協力局について(ロシア連邦大統領国境協力局規程含む)」『ロシア連邦法令集』2018年10月8日付第41号、掲載番号第6223号).
- 3 Указ Президента РФ от 09 августа 2021г., № 459, «О внесении изменений в Положение об Управлении Президента Российской Федерации по приграничному сотрудничеству, утвержденное Указом Президента Российской Федерации от 02 октября 2018 г. № 559», СЗРФ, 16 августа 2021г., № 33, ст. 6090(2021年8月9日付ロシア連邦大統領令第459号「2018年10月2日付ロシア連邦大統領令第559号により承認されたロシア連邦大統領国境協力局規程の修正について」『ロシア連邦法令集』2021年8月16日付第33号、掲載番号第6090号).
- 4 長谷川雄之「ロシア・ウクライナ戦争とプーチン体制の生存戦略」飯田将史(編著)、新垣拓、長谷川雄之『中国安全保障レポート2024―中国、ロシア、米国が織りなす新たな戦略環境』防衛研究所、2023年11月、30-31頁。
- 5 РБК(RBC), от 12 июля 2018г.(2018年7月12日付), «Путин назначил Козака спецпредставителем по Молдавии»(プーチン、カザークをモルドヴァ特別代表に任命).
- 6 ТАСС(TASS), «Титов, Вадим Петрович: Начальник Управления президента РФ по стратегическому партнерству и сотрудничеству»(ヴァジム・ペトロヴィッチ・チトフ、ロシア連邦大統領戦略パートナーシップ・協力局長).
- 7 Ведомости(Vedomosti), «Управление по стратегическому сотрудничеству начало работать с Центральной Азией: Первой страной, которую посетил начальник нового управления Вадим Титов, стала Киргизия»(戦略パートナーシップ局、中央アジアで始動――ヴァジム・チトフ新局長、最初の訪問先はキルギス).
- 8 РБК(RBC), от 29 августа 2025г.(2025年8月29日付), «Игорь Чайка стал кандидатом на пост главы нового управления в Кремле»(イーゴリ・チャイカ候補に――クレムリンの新設局長)
- 9 Там же.(同上)
