近年、米中対立の激化を背景に、南シナ海をめぐる緊張も高まっている。米国が「航行の自由」作戦(FONOP)を展開する一方で、中国は自らが管理下に置く島嶼の軍事化を一層推し進め、海域での軍事演習を活発化させている。東南アジア諸国連合(ASEAN)の4つの加盟国(ブルネイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム)は南シナ海の島嶼の領有権や排他的経済水域(EEZ)の境界などの主張を巡る係争国であり、またインドネシアも、南シナ海の領有権紛争を、自国のEEZに密接に関連する問題ととらえている。米中の争いに加え、ASEAN諸国の対米・対中関係とASEANの多国間関係も絡み合い、南シナ海をめぐる各国の動きは一層錯綜し、事態は複雑化している。

ASEANの南シナ海対応――中国とアメリカの間で

中国は「行動規範の協議は進展」と表明

 2019年7月、バンコクで中ASEAN外相会議が行われた。会議後の記者会見において王毅外交部長(外務大臣)は、中国とASEANの当局者は、南シナ海に関する行動規範(COC)に関し、たたき台草案の第1回読み合わせを終了したことを明らかにした。中国は2021年までにASEANとの間でCOCを締結する意向を示しており、当局者間の協議において「新たに大きな進展」があったと評価した。同時に王毅部長は、域外国は中国とASEANの間に不和の種を蒔くような行いを厳に慎むべきであると述べ、米国をけん制した[1]。中国は、ASEANとの2者間で南シナ海問題を解決することが可能であると主張し、COC協議の進展を例にそうした動きが実際に存在することをアピールすることによって、米国の介入を不当かつ不必要なものと国際社会に印象付けようとしている。

比中国間の緊張と関係修復の動き

 中国側の主張に対して、フィリピンはCOC交渉の遅れに不満を募らせた。ドゥテルテ大統領は、COC策定のさらなる遅れは、係争海域において「誤算」(miscalculation)を生じさせかねないとして、交渉の進展ぶりに不満を表明した[2]。ドゥテルテ発言の背景には、南シナ海で中国との間で発生したトラブルがあった。2019年6月、スプラトリー諸島のリード礁付近で停泊中のフィリピン漁船に中国漁船が衝突し、フィリピン漁船が沈没する事案が発生した。フィリピン世論は、中国漁船による「当て逃げ」として中国への反発を強め、マニラでは反中デモも行われた。対中関係を重視するドゥテルテ大統領は当初、表立った対中批判を控え、国民の反感を和らげるために、南シナ海における中国との協力を模索した。その際、対中批判の役割はもっぱらロレンザーナ国防相に任された[3]。しかし、国内世論に押され、大統領自身も次第に、南シナ海におけるフィリピンの主権や海洋権益を守ることについて、明確な立場を示す必要に迫られるようになった。2019年8月末にドゥテルテ大統領は訪中したが、渡航前に大統領は、首脳会談において2016年の仲裁判断に言及するとまで明言した[4]。会談においてドゥテルテ大統領は習近平国家主席に対し、「申し訳なさそうな口調で」仲裁判断に言及したという[5]。

比中国間の緊張と関係修復の動き

 中国は、フィリピンに対して柔軟に対応し、ドゥテルテに助け舟を出した。ドゥテルテ訪中前、北京のフィリピン大使館はロクサン外相に報告書を送り、その中にはフィリピン漁民に対する中国漁船船長の謝罪の言葉が含まれていた。大統領側は中国側の謝罪を受け入れるとし、大統領訪中前に問題の火消しを図った[6]。また首脳会談で両国は、COC協議の加速と、南シナ海における資源の共同開発の促進で合意するなど、関係の改善をアピールした[7]。

越中間の緊張の継続――オイルリグ事案(2014年)の再来か

 一方ベトナムと中国の間では、緊張が続いている。2019年7月初旬から中旬にかけて、中国の資源探査船が、ベトナムの管理下にあるスプラトリー諸島のバンガード礁近海で活動を行っている。これに対しベトナムは、中国の活動は自国のEEZ内における不法活動として反発を強めている。ベトナムは海上警察の監視船を現地に急行させ、中国当局の船との対峙が続いている[8]。
 中国の目的は、ベトナムがロシアとの間で進める同海域でのガス田開発を中止させることである。そのため中国は、ベトナムに対して圧力をかけている。ベトナム側は、中国の行動を2014年のオイルリグ事案[9]の再来とみなしており、強く警戒している。米国務省も中国に対し、ベトナムに対する恫喝行為をやめるよう声明を出した[10]。

越中間の緊張の継続――オイルリグ事案(2014年)の再来かき

 中国は、フィリピンに対して柔軟に対応する一方、ベトナムに対しては強硬策を続けている。中国は、ベトナムをASEAN内で孤立させようとしている模様である。ベトナムは、中国主導で中ASEAN間のCOCが締結されることに強い警戒感を示しているが、中国はブルネイ、マレーシア、フィリピンとそれぞれ個別に懐柔策をとり、ASEANの係争国間の分断を図っている。

米ASEAN共同演習

 2019年9月、米国はASEAN諸国との間で初の海洋共同演習を南シナ海で実施した。米国とタイが主催し、ASEAN10か国すべてが参加した5日間の演習で、7か国から8隻の艦艇と航空機4機が参加し、参加人数は1,000人以上に上った[11]。海洋状況把握と相互運用性の向上を目指した演習は、昨年初めて行われたASEANと中国の演習よりプラクティカルなものであったとの議論もある[12]。米中間でバランスをとろうとするASEANの動きが続いている。

(本稿の見解は筆者個人のものであり、所属組織の公式見解ではない)

(2019/10/08)

脚注

  1. 1 Jitsirtee Thongnol, “’Major progress’ on South China Sea code of conduct talks even as Beijing warns other countries against ‘sowing distrust’,” South China Morning Post, July 31, 2019.
  2. 2 Alexis Romero, “Duterte expected to push for crafting of South China Sea code ‘delayed’ by China,” Philstar Global, August 8, 2019.
  3. 3 庄司智孝「中国やアメリカとの関係を再調整するフィリピン」笹川平和財団国際情報ネットワーク分析IINA、2019年7月8日。
  4. 4 MJ Blancaflor, “Rody in China for talks over Hague ruling,” Manila Standard, August 29, 2019.
  5. 5 DJ Yap, “Palace: Duterte tackled Hague ruling with Xi apologetically,” Inquirer.net, September 2, 2019.
  6. 6 Rey E. Requejo and MJ Blancaflor, “China shipper rues ramming,” Manila Standard, August 29, 2019.
  7. 7 Neil Arwin Mercado, “Duterte, Xi agree to ‘fast track’ code of conduct in South China Sea – Palace,” Inquirer.net, September 2, 2019.
  8. 8 Bộ Ngoại giao “Phát biểu của Người phát ngôn Bộ Ngoại giao Lê Thị Thu Hằng về việc cập nhật thông tin vể tàu khảo sát địa chấn Hải Dương 8 của Trung Quốc trong vùng đặc quyển kinh tế của Viẹt Nam,” September 12, 2019.
  9. 9 2014年5~7月、ベトナムが中国と領有権を争うパラセル群島近海で、同群島を事実上支配する中国が突如巨大な石油掘削装置(オイルリグ)を設置し、探査作業を開始した。ベトナムはこれを、中国によるパラセル支配の既成事実化を強化する動きととらえ、海上警察の監視船や漁業監視船を現地に派遣して抗議する等、激しく反発し、抵抗した。
  10. 10 U.S. Department of State, “China Escalates Coercion against Vietnam’s Longstanding Oil and Gas Activity in the South China Sea,” Press Statement, August 22, 2019.
  11. 11 Lim Min Zhang, “First ASEAN-US Maritime Exercise begins in international waters in South-east Asia,” The Straits Times, September 2, 2019.
  12. 12 Lee Jeong-ho, “ASEAN steers between two powers with join US military exercise in South China Sea,” South China Morning Post, September 7, 2019.