米国造船業の衰退と海軍力維持の課題

 米国海軍の優越的地位は前例のない脅威に晒されている。海軍力は本質的に造船能力に依拠するものだが、米国の民間造船部門は著しく衰退の一途を辿っているからである。造船業における覇権は20世紀半ばに英国から米国へ移行した後、日本、韓国を経て最終的に中国へと移った[1]。2024年現在、中国の造船所は世界の商船建造の55%以上を占める一方、米国のシェアは僅か0.1%にまで低下している[2]。かつて60以上の大型造船所を擁していた米国造船業は、現在わずか20の小規模施設で運営されているに過ぎない[3]。

 特に米国は中国の急速な海軍拡張に対する懸念を深めている。米国海軍は依然として総排水量では優位を保っているものの、艦船の数として中国は2024年後半時点で370隻以上の軍艦を保有し、米国の296隻を凌駕している[4]。それに対応してワシントンは国内造船業を活性化し海洋覇権を強化するための包括的戦略を展開し、「アメリカの海洋支配力の回復(Restoring America’s Maritime Dominance)」などの大統領令をはじめ、複数の法案が打ち出されている。

 本論考では、米国造船業の衰退を招いた規制の枠組みを分析し、これらの制約を改革して同部門の再活性化と、ひいては米国海軍力の回復を図る現在の政策動向を検討する。さらに、近年の政策議論において繰り返し言及される「同盟国との協力」の重要性を精査し、その協調的取り組みに内在するジレンマも分析する。

米国造船業と海軍力発展の構造的制約

 米国造船業の衰退にはいくつかの構造的要因がある。最も根深いのは1920年の「商船法(Merchant Marine Act)」(通称「ジョーンズ法(Jones Act)」[5])などの保護主義的規制であり、これは米国の沿岸貿易に従事するすべての船舶が米国内で建造され、米国旗の下に登録され、米国市民によって所有・運営されることを義務付けている[6]。ジョーンズ法は国内造船業者を保護するために制定されたものの、過度の保護により米国の造船所は世界的な競争から隔絶され、施設や技術への投資意欲が減退した。その結果、米国造船業は国際競争力を喪失することとなった[7]。

 ジョーンズ法の弊害は長年にわたり批判されてきたが、造船所労働者の雇用との関連性から改革は実現していない。保護主義的法律の受益者たちは議会へのロビー活動を継続し、その維持を図ってきた。ジョーンズ法の改正または廃止は、造船業が集中する地域に経済的悪影響をもたらす可能性があるからである。しかしながら、造船労働者の数そのものが1940年代の75万人[8]から1980年代の18万人[9]、2023年には10万5千人へと減少するにつれ[10]、外国の造船所での建造を可能にする立法的イニシアチブが徐々に支持を獲得しつつある[11]。

 ジョーンズ法に加えて、政府からの限定的な財政支援も造船業の衰退に拍車をかけた。1981年、レーガン政権は、海外と比べて割高な米国の船舶建造のコスト差を相殺していた連邦補助金プログラムへの資金提供を終了した[12]。その結果、海軍造船のための連邦政府の財源から補助金を受給するわずかな造船所しか生き残らなかった。対照的に、中国は生産補助金、新規参入者への参入補助金、投資補助金など、実質的な財政支援を造船所に提供することで世界市場における支配的地位を確立した。例えば、2006年から2013年にかけて、中国政府は造船部門に約910億ドルの補助金を割り当てたのに対し、米国はわずか15億ドルを拠出したに過ぎない[13][14]。

 法的制約と限られた財政支援に阻まれた造船所は、適切な設備と熟練労働力を維持できていない。現在、造船所労働者の賃金は小売業従事者のそれと大差なく[15]、これにより非効率な作業工程が生じ、残存する僅かな海軍造船所ですら納期の遅延が頻発している[16]。しかし、米国は海外での調達や外国造船所へのオフショアリングによって海軍造船のニーズを補足することすらできない。これは、ジョーンズ法とは別に他の保護主義的規制措置が存在するためである。

 例えば、1933年の「バイ・アメリカン法(Buy American Act)」は、米国国防総省が調達するすべての物品が、最終製品またはその構成部品において、実質的に米国内で生産または製造されることを要求している[17]。 さらに、1983年の「バーンズ・トレフソン法(Byrnes-Tollefson Act)」は、海軍艦艇の船体または上部構造を外国所在の造船所で建造することを明確に禁止している[18]。大統領による例外許可の規定は存在するものの[19]、その適用範囲は極限定的であり、これまで行使された実績もない。造船業全体の急激な衰退の中で、これらの制限は米国海軍艦隊の規模維持における障壁となっている。

米国造船業と海軍力建設を活性化するための政策

 米国は造船業の衰退と、それに伴う海軍力の侵食を明確に認識している。国内では、国内生産を要求する保護主義的法律の修正、造船所への財政支援の提供、中国の造船部門に対する制裁の実施、同盟国との協力など、多角的な取り組みが進行中である。

 注目すべき例として、2024年12月19日に民主党のマーク・ケリー上院議員と共和党のトッド・ヤング上院議員によって共同提案された「アメリカのための造船・港湾インフラ繁栄・安全保障法(Shipbuilding and Harbor Infrastructure for Prosperity and Security for America Act)」が挙げられる[20]。2024年5月の「国家海洋戦略のための議会指針(Congressional Guidance for National Maritime Strategy)」を反映したこの法案は、米国旗を掲げる国際商船隊を10年以内に80隻から250隻へと拡大することを目指している[21]。ジョーンズ法の国内建造義務を改訂する代わりに、この法案は公的資金、インセンティブ、労働力開発支援を通じて競争力を強化することに重点を置いている。これは中国の戦略と類似しており、政治的遅延を回避しながら米国造船業の再活性化を図るものである。

 もう一つの注目すべきイニシアチブは、2025年2月5日に共和党のマイク・リー上院議員とジョン・カーティス上院議員らによって再提案された「海軍即応性確保法(Ensuring Naval Readiness Act)」である[22]。この法案は、NATO加盟国または米国と相互防衛協定を結んだインド太平洋地域の同盟諸国の造船所での海軍艦艇または構成部品の建造を許可するという画期的な内容を含んでいる。これはコスト削減と納期短縮を目的とし、現在の能力と要求のギャップに対処するものである。この法案は「バーンズ・トレフソン法」の制約を一定条件下で回避するもので、同盟国の造船所での建造許すものの、中国関連企業の関与を排除している[23]。この施策により、米国海軍は短期間で艦隊建設目標を達成する機会を得ると期待されている。

 立法的取り組みを超えて、画期的な一歩は2025年4月9日にトランプ政権が発令した大統領令「アメリカの海洋支配力の回復」である[24]。中国が世界の商船の半数近くを生産する一方で、米国の建造は1%にも満たないという現状を背景に、この命令は長きにわたり等閑視されてきた米国の造船業と海事労働力の再構築を義務付け、国家安全保障と経済的繁栄の双方を促進することを企図している。

 大統領令によれば、国家安全保障顧問は210日以内に海事行動計画(MAP)を策定することを任じられている。この計画には、海事安全保障信託基金、造船金融インセンティブプログラム、海事繁栄ゾーンの創設などが含まれる。国防総省は180日以内に海事産業基盤を評価し、商務省は90日以内に金融インセンティブプログラムを提案し、運輸省は海事労働力訓練について報告することを求められている。米国通商代表は中国の反競争的慣行に対する対抗措置を提案するよう指示されており、また同盟国の造船業者による米国への投資を促進し、中国の不公正な貿易慣行に対処するために同盟国との貿易政策の協調を図ることも命じられている[25]。総じて、この大統領令は米国の海洋力を回復し、中国に対する優位性を獲得するための長期戦略の端緒を示すものである。

二つの政策目標のジレンマ – 保護主義と同盟国との連携

 これらの取り組みにもかかわらず、課題は依然として残存している。米国は国内造船業の復興と海軍力の急速な拡大という二つの目標を同時に追求しているが、これら両目標を達成する手段は相反する可能性がある。トランプの大統領令によって提供される財政支援(同盟国からの対米投資を含む)は、徐々に造船産業を再建する可能性がある。しかし、既存の施設と熟練労働力の不足が海軍競争への迅速な対応を阻害している。他方、共和党が支持する「海軍即応性確保法」は、海軍の要求を即時に満たすために同盟国から艦船を調達することを提案している。しかし、このアプローチは米国造船業の根本的課題解決を回避するものであり、米国製造業の復活というトランプの政策指針とも整合しない。したがって、トランプの大統領令と「海軍即応性確保法」はいずれも同盟国との協力を要請しているものの、それぞれ異なる文脈に置かれている。米国は短期的な海軍建設と長期的な進めるべき産業再生の両方に対処する均衡のとれたアプローチを構築する必要がある。

 結論として、米国造船業を再活性化しつつ海軍能力を急速に拡大することは、調和のとれた政策を要する二重の課題を提示している。中国の海洋拡張がもたらす緊急性を考慮すれば、同盟国との協力は単なる選択肢ではなく必須の要素となる。特に、インド太平洋地域における主要な米国の同盟国であり、造船技術と能力において世界を牽引する韓国と日本は、米国の取り組みを支援する絶好の立場にある。彼らの先進的な造船所と確立された防衛パートナーシップは、能力ギャップを埋めると同時に、最良の実践とイノベーションを米国造船部門へ移転することになり得る。直接調達からハイブリッド建造、同盟国による米国施設への投資に至るまで、柔軟なアプローチを採用することで、米国は喫緊の「艦隊ギャップ」(中国の建艦能力との格差拡大)に対処しつつ産業の刷新を促進できるであろう。このような協力は米国の海洋力を強化するのみならず、自由で開かれたインド太平洋秩序を堅固なものとし、将来の課題に対する強靭な基盤を提供するだろう。筆者の次の寄稿では、トランプ政権の大統領令の実施と米国造船部門における国際協力および投資の動向に焦点を当て、米国がどのように造船政策を形成していくかを考察する。

(2025/06/11)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Make Shipbuilding Great Again?
Navigating the U.S. Shipbuilding Industry Between Protectionism and Partnership

脚注

  1. 1 “Industrial policy: Lessons from shipbuilding “, Center for Economic Policy Research, November 5, 2024.
  2. 2 The Whitehouse, Fact Sheet: President Donald J. Trump Restores America’s Maritime Dominance, April 9, 2025.
  3. 3 Tim Colton, “U.S. BUILDERS OF LARGE SHIPS “, Shipbuilding History.
  4. 4 Congressional Budget Office, An Analysis of the Navy’s 2025 Shipbuilding Plan, January 6, 2025.
  5. 5 The U.S. Merchant Marine Act of 1920 is commonly referred to as the "Jones Act" because it was introduced by Senator Wesley L. Jones of Washington.; John F. Frittelli, “The Jones Act: An Overview“, CRS Report for Congress, July 8, 2003.
  6. 6 46 United States Code §§861-869.
  7. 7 “Op-Ed: The degradation and recovery of U.S. shipbuilding”, Marine Log, December 3, 2024.
  8. 8 Ibid.
  9. 9 “Decline in U.S. Shipbuilding Industry: A Cautionary Tale of Foreign Subsidies Destroying U.S. Jobs”, Eno Center for Transportation, September 1, 2015.
  10. 10 U.S. Maritime Administration, Fact Sheet for Domestic Shipbuilding, July 25, 2024.
  11. 11 “U.S. targets Jones Act amendment to boost South Korean shipbuilding opportunities”, Hellenic Shipping News Worldwide, March 18, 2025.
  12. 12 “Op-Ed: The degradation and recovery of U.S. shipbuilding”, Marine Log, December 3, 2024.
  13. 13 “Why US Sanctions Against China`s Shipbuilding Sector Are Only Matter of Time”, Valdai Club, June 21, 2024.
  14. 14 “Industrial policy: Lessons from shipbuilding “, Center for Economic Policy Research, November 5, 2024.
  15. 15 “Labor Shortages Hit US Navy Shipyards but Pay Raises Could Fix the Problem: Experts”, Special Operations Forces Report, March 12, 2025.
  16. 16 “Higher pay for shipyard workers critical for military shipbuilding revival, experts say”, Stars and Stripes, March 11, 2025.
  17. 17 41 U.S.C. §§ 8301–8305.
  18. 18 10 U.S.C. § 8679.
  19. 19 Brian T. Di Mascio, “Foreign Shipyards Can Help the U.S. Navy Build Its Fleet”, Proceedings, October 2024, Vol. 150/10/1,460.
  20. 20 “The SHIPS for America Act Is Launched in Congress”, The National Law Review, January 6, 2025.
  21. 21 New SHIPS Act Legislation Aims to Revamp U.S. Shipbuilding Industry, USNI News, December 19, 2024.
  22. 22 “Utah’s Senators Introduce Bills for Navy and Coast Guard Readiness“, Mike Lee Press Release, February 5, 2025.
  23. 23 S.4531, Ensuring Naval Readiness Act.
  24. 24 The Whitehouse, RESTORING AMERICA’S MARITIME DOMINANCE, April 9, 2025.
  25. 25 Ibid.