現在、国際社会では、従来考えられなかった事象が発生している。最も世界の注目を集めているものは、イスラエルのガザへの攻撃であろう。ガザでは、中東初の「飢饉」が発生し[1]、国際刑事裁判所(ICC)は2024年11月、ネタニヤフ首相他の戦争犯罪および人道に反する行為に対し逮捕状を発行し[2]、国際ジェノサイド研究者協会(IAGS)はイスラエルのガザでの行為を「集団虐殺(Genocide)」であると発表した[3]。しかし、それにもかかわらず国際社会はイスラエルのガザへの攻撃を止めることができていない。
世界を見渡せば、各地で紛争が発生し、難民や国内避難民など、「住むところを追われた人々」は、過去最大の記録を毎年更新し、過去5年間で48%も増加している[4]。一方、西側諸国をはじめ世界全体で難民・移民への排斥運動が広がっており[5]、先進諸国から途上国への政府開発援助(ODA)は減少している[6]。なぜなのか?
今年、国連は創設80年の節目を迎えた。人類はこれまで、人道原則(Humanitarian Principles)や人権規範など様々な普遍的価値を作り、国際社会全体で遵守していく文化を育んできた。それが今、擁護されなくなっている。本稿ではその原因について、まず国際社会のガバナンスのシステムに着目し分析を行い、次いで昨今、隆盛を極めるポピュリズムとの関係で検証を行なう。これらの分析を踏まえ、今後、国際社会が取るべき方策につき論じることとしたい。

強制執行力のない国際社会
国際社会は、これまで国連を多国間主義(マルチラテラリズム)の調整機関として位置づけ、主に国連の下で、様々なシステムの制度構築を図ってきた。しかしながら、このような国際社会のシステムは、通常国内に存在する法執行システムと異なり、強制執行力が伴っていないことを理解する必要がある。国内であれば、法律を制定する「立法」、法に基づいた活動を行なう「行政」、法に照らした措置を下す「裁判所」が存在し、行政の一機関として「警察」が法の強制執行機能を担っている。
しかし国際社会には、このようなシステムが不明瞭な形でしか存在していない。例えば、国際刑事裁判所(ICC)が発行する逮捕命令は、米国、ロシアなどのICC非加盟国は従う義務を負わない。また加盟国でも、義務を履行しない場合の罰則規定がないため、強制力がない。また警察に相当する「法の強制執行機関」も国際社会には存在しない。国連PKOは武力を有するが、そのマンデートは紛争が停止した国・地域における「平和の維持(Peacekeeping)」であり、「武力の行使による紛争の停止(Peace Enforcement)」ではない。現在、国連安保理での合意形成が難しくなり、国連PKOの新規派遣は2017年のハイチを最後に実現していない。過去には、アフガニスタンなどに多国籍軍が派遣されたことはあるが、米国などの主要国が動かない限り実現しない。少なくとも、現在のイスラエル・パレスチナ問題に関し、米国が軍を派遣し、イスラエルのガザへの攻撃を阻止するというシナリオは非現実的である。
つまり、米国などの主要国が多国籍軍を派遣する等の措置を取らない限り、強制的に紛争を止める手段は国際社会には存在しない。これまでアメリカは、例えばシリア、ソマリア、アフガニスタンなどに部隊を派遣してきたが、トランプ大統領は、「米国は世界の警察官の役割から手を引く」と宣言している[7]。このような米国の外交政策の変化により、この事実がより鮮明になったのである。
ポピュリズムの台頭と二極化する社会
人道原則などの普遍的価値が擁護されなくなった背景には、ポピュリズムの台頭があると考えられる。中央ヨーロッパ大学民主主義研究所のアンドレアス・シェドラー氏は、ポピュリズムについて、「民主主義制度下で誕生した政治エリートと市民の間の断絶を社会の対立軸として位置づけ、現在の政治システムを自己利益に走ったエリート達による民主主義代表制の失敗と非難する一方、自らが権力を掌握した場合、権力のチェック・アンド・バランスのない極端な「委任民主主義」体制を求め、既存の民主主義を選挙的権威主義体制へと変質させるリスクをはらむもの」と説明する[8]。現在、西側諸国においてポピュリズムの台頭が顕著になっているが[9]、社会の中に貧困が広がり、格差が拡大し、現在および将来の経済や社会に不満・不安を抱える層が増えているため、ポピュリストの主張になびきやすい環境にあることが理由として挙げられる[10]。社会において「持てる者」と「持たざる者」の格差が広がり、多くの人々が「持たざるもの」の側に転落している。このように感じる人々は、自身が「社会から取り残された」と認識し、国際社会の課題に関与するより、自国の問題、自身の問題に政府が関与することを強く求める。また難民、移民など、新たに社会に参入してきたグループを社会の脅威と捉え、彼らより国民のことを第一に考える「自国民ファースト」の意識が高揚し、排斥運動が活性化する。
かつての途上国で著しい成長を遂げる国が増える中、多くの先進諸国では経済が停滞ないし低成長傾向にあり、これが将来に対する不安感を醸成する土壌となっている。こうした中、先進諸国では、人道原則などの普遍的価値の擁護・促進を訴える人々と、普遍的価値の擁護より、自身の目の前の生活環境の改善を訴える人々の間の認識ギャップは、より大きく広がる状況となっている。自らを「社会から取り残されている」と感じる人々に、自らの国とは遠く離れたパレスチナへの支援を語っても、理解を得ることは容易ではない。このように、ポピュリストの言説になびく人々が増えた結果、普遍的価値の擁護を主張する人々の声はかつてほど支持を集めなくなっているものと考えられる。

新自由主義とグローバリゼーション
よりマクロな視点で、世界の潮流を振り返ると、1980年代以降、主流化した新自由主義の下で、富めるものはますます富み、流れに適応出来なかったものは貧しくなり、社会内の格差が拡張することとなった。新自由主義はグローバリゼーションを促進し、勢いのある途上国は経済を成長させ、勢いを失った先進国は取り残されていく現象が発生した。またこれまで形成されてきた国際システムは、法的拘束力を強め、例外なき規範により、先進国であっても途上国であっても平等に裁く、独立したパワーを持つようになった。その一例がWTOである。これまで、自由貿易システムは先進国が主導し、これを徹底するシステムとしてWTOが作られた。一方、経済力が弱くなった先進諸国は、自由貿易システムでは不利益を被るようになり、また先進諸国内の一般大衆(非エリート層)が自由貿易システムで深刻な打撃を受けるようになると、こうした国民を保護するため、国際枠組みに従わなくなる行動に出始めた。トランプ政権下の一方的な関税外交がその一例である。つまり、新自由主義の下でこれまで経済のグローバル化が強力に推進され、またこれを制度化すべく自由主義的な国際秩序・国際機関が作られてきたが、特に先進諸国において、これが国内の一部の層の不安・不満を高めた結果、彼らを擁護すべく、こうした国際秩序・国際規範をないがしろにする行動が取られるようになったのである[11]。
グローバルサウスの国々は、このような独善的な先進諸国の行動に愛想を尽かし、独自で共通のネットワークや連携体制を築こうと動き始めている。BRICSの加盟国拡大の動きはその一例である。先進諸国は、国内で社会の分断を抱えるとともに、国際社会ではグローバルサウスとの間で分断を抱える状況になりつつある。
今後何をすべきか?
現在、国際社会は、「諸国間で作り上げた国際的なルールに基づく国際秩序」を遵守するのではなく、「力による支配」で秩序ができあがる時代に向かっている。世界の軍事費は、少なくとも冷戦終結以降、最高額を毎年更新している[12]。これは、各国の政府財政において、貧困削減、格差是正等の社会福祉部門や、インフラ・投資などの経済成長部門への支出割合を圧迫する要因となり、安定的な国家・社会運営にはつながらないであろう。「力による支配」から「国際社会で合意されたルールに基づく国際秩序の再構築」へと流れを戻すことが必要である。そのためには、冒頭話したような普遍的価値が擁護されない国際社会を、普遍的価値が尊重され、擁護される国際社会に戻すことが必要である。
そのために少なくとも以下の2点を実行すべきである。一つが、「ポピュリズム的な言説になびく原因への対応」である。まず、各国内で自ら「取り残されている」と感じる人々の現在及び将来への不安・不満の解消が重要である。そのため、彼らへの支援、格差の是正、雇用促進と経済成長に向けた政策の立案・実行が必要である。現在、急速に広がるAIの浸透は、労働者の雇用を奪い、資本家のみが潤う世界を築くかもしれない。このような社会は、さらに多くの「取り残された人々」を生み出すかもしれない。これを回避する政策の立案と実行は、より困難な課題となるであろうが、この課題を乗り越えることが、国際社会の秩序を再構築するために避けては通れないであろう。
また、現在のポピュリズムでは、移民・難民問題は社会不安を煽る材料として政治的に利用されることが多く[13]、移民・難民の雇用が国民の雇用機会を奪うという言説も事実に基づかずに流布されることが多い。ファクトチェックを推進し、不確かな情報に振り回されないよう努めることも重要である。
もう一つは、普遍的価値を擁護するため、「遠い世界の出来事と、自らの社会とのつながりを説明する努力」を惜しまないことである。現在、食料、エネルギー、鉱物など、我々が日常生活を営む上で不可欠な物資のサプライチェーンシステムは、国際社会全体に広がっている。遠い国、地域の出来事であっても、紛争が発生したり、気候変動や自然災害の影響により社会が不安定化したりすると、自国が関わるサプライチェーンシステムに影響が及ぶ相互依存の時代に我々は生きている。このように地理的に遠い世界と自ら生きている社会とのつながりについての理解がないまま、遠い世界の課題を話しても、多くの人々の支持を集めることは容易ではない。遠い世界と自ら住む社会との関係性をわかりやすく伝えることに、今後さらに意を尽くすことが重要である。
世界の多くの人々が望ましいと思う普遍的価値が擁護されない時代が到来した。しかし、そのような中でも、あるべき姿を描き、それを実現すべく声を上げることが重要である。例えば、2025年5月にヨーロッパ6カ国で実施された世論調査では、イスラエルに対する好感度は2016年に比べ最も低いレベルとなっている[14]。このような世論の変化が、英国やフランス政府のイスラエルに対するスタンスを転換する要因になっていると考えられる。
国連は、国際社会が「平和と安定を維持し、諸国間の友好関係を発展させ、国際的な課題解決に協力し、そして加盟国の行動を調和する中心となる」[15]という目的を背負い設立された組織である。その後、80年間、我々は多くの経験を記録として残し、よりよい国際社会が構築できるよう叡智を集め、前進してきたはずである。しかしながら、創設80年という節目に立ち、国連はその機能と意義が改めて問われる局面に立たされている。一方、気候変動や国際社会の経済システムなど、一カ国では解決できない課題は、多く存在する。今後数十年先の未来を想定し、よりよい国際社会が築けるよう、現在の国連の危機を好機と捉え、建設的な議論を進めることが必要である。
2025年9月、国連総会で行なわれた石破総理のスピーチは、安保理改革の必要性や、イスラエル・パレスチナ問題に関する二国間解決ヘの言及などが盛り込まれており、国連が主導的役割を果たす国際協調主義を日本が強く支持するとのメッセージが色濃く表れたものであった[16]。引き続き、普遍的価値と国際協調主義の擁護で、日本が主導的役割を果たすことを期待したい。

(2025/09/30)
脚注
- 1 “UN declares famine in Gaza City, the first in Middle East history,” France 24, August 22, 2025.
- 2 “ICC issues arrest warrants for Netanyahu, Gallant and Hamas commander,” United Nations, November 21, 2024.
- 3 Emir Nader, “Israel committing genocide in Gaza, world’s leading experts say,” BBC, September 2, 2025.
- 4 “Global Trends: Forced Displacement in 2024,” UNHCR, June 12, 2025.
- 5 2023年にEurobarometerが行なった「EUにおける差別」に関する調査では、回答者の61%が、「肌の色に基づく差別が広がっている」と回答している。
“Monitoring and Assessing the Impact of National Action Plans Against Racism,” OECD, March 21, 2025. - 6 Alice Obrecht and Mike Pearson, “What new funding data tells us about donor decisions in 2025,” The New Humanitarian, April 17, 2025.
- 7 Richard Walker, “US under Trump no longer ‘policeman of the world’,” Deutsche Welle, November 6, 2024.
- 8 Andreas Schedler, “Again, What Is Populism?” Review of Democracy, February 1, 2024.
- 9 “Trend of political disruption kickstarts again in 2025,” Vision of Humanity, January 10, 2025.
- 10 “The Ipsos Populism Report 2025,” Ipsos, June 2025.
- 11 Stacie E. Goddard et al, “Liberalism Doomed the Liberal International Order: A Less Legalistic System Would Help Protect Democracies,” Foreign Affairs, July 28, 2025.
この論考では、「第2次世界大戦後の国際秩序は、(政治的ではなく)リベラルな原則に基づき制度構築を進め、WTO、国際刑事裁判所(ICC)などの機関が誕生した。こうした機関は、曖昧さを排除し、法律の拘束力を強め、強力な権限をもつようになるが、このような厳格かつ強力な権限を持つ機関が、これまでこうした組織の形成を推進してきた先進諸国に取り不都合が生じるようになり、多国間主義の批判者や自由貿易懐疑派を勢いづかせることになった。こうして、自由主義的な国際秩序は、そのリベラルな性格(DNA)ゆえに自滅への道に進んでいる」と述べている。 - 12 “Unprecedented rise in global military expenditure as European and Middle East spending surges,” SIPRI, April 28, 2025.
- 13 Ayhan Kaya, “The instrumentalisation of migration in the populist era,” Mixed Migration Center, May 2, 2025.
- 14 Ines Trindade Pereira, “Does the public support the government of Israel in Western European countries?” Euronews, June 6, 2025.
- 15 国連憲章第一条参照。
United Nation Charter, United Nation, accessed September 29, 2025. - 16 「第80回国連総会における石破内閣総理大臣一般討論演説」首相官邸、2025年9月23日