2025年1月20日、米国で第二次ドナルド・トランプ政権が始動する。トランプ氏は、大統領選挙で「アメリカを再び偉大な国に(MAGA)」を掲げたが、これは国際的な孤立主義を意味するものではない。MAGAは、「かつて超大国だった米国は、他国の紛争に関与しすぎて自国経済を弱体化させてしまった。他国の紛争を早期に終結させ、リソースを米国の最大の敵との戦いに集中し、国内経済を活性化させる」というものであり[1]、米国の経済的利益の最大化を目的に、「世界の警察官」の役割を止め、「米国覇権主義」を再構築するものである[2]。また中国を米国の最大の脅威と位置づけ、中国の米国ヘの影響力を排除すべく対中国タカ派人材の起用を進めている。トランプ氏は、グリーンランドの米国への併合やパナマ運河の管理権の米国への帰属等の主張を行っているが、これらは中国の覇権化への対抗措置[3]と捉えるべきである。本稿では、トランプ政権が中国を最重要課題と位置づける背景を確認したうえで、今後、世界情勢がどう変化するのか、また日本は何をすべきかについて論じることとする。
トランプ2.0が中国を最重要課題と位置付ける背景
トランプ政権が中国を最大の脅威と位置付ける背景には、中国が20年以上先である2049年までに、長期的かつしたたかに、世界の覇権を目指していることが挙げられる。中国の習近平氏は、建国100年目の2049年を目標年として「100年計画(100年マラソン)」を推進している。これは、「2049年までに中国の偉大な若返り(The Great Rejuvenation of the Chinese Nation)を達成する」ものだが、実際には「中国が経済のみならず、軍事面でも米国他の国々を凌駕し、世界の覇権獲得を目指すもの」である[4]。現在、中国は一帯一路政策を進めているが、戦略・地政学研究者のイヴァイロ・ヴァルチェフ氏は、これを、「独自のサプライチェーンシステム構築を目指すもの」というより、むしろ「軍事的優位性確保の基盤として独自の経済システム構築を行っていると考えるべき」[5]と指摘する。この中国による世界の基盤整備は、アジア、アフリカ[6]のみならず、南米[7]でも着実に進められている。
一方、中国は対外的には積極的に政治・軍事的な体制強化を図る中、国内経済は鈍化傾向にあり、国内の都市・農村部間の格差も大きく深刻な問題を抱えている[8]。このため、100年計画が目指すような順調な経済成長が見込まれるか議論の余地があるが、中国はイノベーションにも力を入れており[9]、当面、経済が拡大することは間違いないであろう。
中国は、こうした単独のシステム構築だけでなく、ロシア等と連携し、BRICSの推進や、合同軍事演習を行っている[10]。BRICSは2024年にエジプトなど4か国を加え、現在9か国による多国間システムに成長している。中国とロシアによる軍事演習は、南シナ海でも最近実施された[11]。このように、中国は、単独でのシステム構築だけでなく、他国とも連携しながら、西側諸国が築くシステムへの牽制体制を作り、自らの覇権体制構築への準備を進めている。
トランプ2.0下で世界はどう変わるか?
相手との交渉による決着を重視するトランプ氏の手法は予測不可能性が高く、トランプ2.0により国際社会がどう反応し、また中国の国際社会への関与がどう変わるのかを予測するのは難しい。しかし、トランプ2.0により以下の展開が想定される。
一つは、アメリカ第一主義の下、米国の経済的利益を基準に関係強化が促進される国がある一方、米国の利益に直結しないと判断された多くの国々との関係は冷却化すると考えられる。また、米国の国際協調主義からの離脱、国際的に合意された「法による支配」からの乖離が進み、特にパレスチナ問題への対応や、国際社会全体で進めてきた気候変動プロセスからの離脱を巡っては、グローバルサウスの米国離れが進む可能性がある。
トランプ氏の大統領への当選により、大統領ポスト、上下院でのマジョリティのすべてを共和党が取る「トリプルレッド」が生まれたが、この状態が続くのは中間選挙を迎える2026年までのわずか2年かもしれない。この間に明確な結果が出せなければトランプ氏ヘの支持は大きく落ち込むであろう。一方、このような短期リスクに晒されない中国は、国内の不満を抑制できれば、長期的な世界覇権システム構築を着実に推進することが可能である。
日本は何をすべきか?
トランプ政権下で変化する世界情勢の下、日本は以下のことを推進すべきである。
一点目は、米国のアジアへのエンゲージメントの強化である。アジアに位置する日本にとって、アジアの平和と安定は、米国にとって以上に重要な課題である。トランプ第一次政権下では、北朝鮮が「グアムをミサイル攻撃の照準に合わせた」と表明した直後、トランプ氏は「平壌に火と怒りの雨を降らせる」と発表し、北朝鮮の行動を思いとどまらせた実績がある[12]。トランプ氏は、台湾問題を中国との関係で重要課題と位置づけるものの、米国の経済利益を優先するトランプ氏が有事の際にどこまで踏み込んだ対応を取るかは不明である[13]。日本はこれまで、米国関係者と深い人的ネットワークを築いており、他のアジア諸国にない優位性を持っている。この関係を軸に、日本は、米国のアジアへの関与をつなぎ止める役割を果たすべきである。
二点目は、同盟諸国間の結束強化である。トランプ氏は、同盟国のカナダやEUに対し、貿易赤字や移民の流入等への改善措置を取らない限り、追加関税をかけると発表している[14]。同盟国がかかるプレッシャーに耐えられなければ、同盟国間の分裂が広がり、同盟によるマスの交渉力が弱体化する[15]。同盟諸国間の結束が弱まらないよう、日本は米国と同盟諸国間をつなぎ止める役割を果たすべきである。前トランプ政権時代に米国は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から離脱したが、その後、日本がTPPを機能させるべくリーダーシップを発揮した[16]。このような役割も日本が果たすべきであろう。
三点目として、日本は自ら国際協調主義を推進するとともに、米国が国際協調主義から離脱しないようつなぎ止める役割を果たすべきである。気候変動に関し、トランプ氏は、これまで国際社会が築いてきた気候変動に関する取り組みから離れ、化石燃料を中心にした開発に軸足を変えようとしている。現在、気候変動が世界各国にもたらす影響は明白で、カリフォルニアの森林火災やフロリダの暴風雨被害など、米国自身も気候変動の深刻な被害を受けている。この間、グローバルサウスの国々も脱炭素化ヘの取り組みを強化している[17]。このような国際社会の取り組みから離脱することは、米国の国際社会からの孤立化を深めるだけである[18]。国際社会で合意された「法による統治」の推進も重要である。現在、軍事的、政治的な威嚇を通じた「力による統治」が国際社会全体で強まる傾向にあるが、これは軍事費の増強を促し、必要とされる社会福祉に回す予算を逼迫化させる。「力による統治」から、国際的に合意された「法による統治」に世界の趨勢を変えることが重要で、このためにも国際協調主義を世界の共通の価値として推進するべきである。米国外交評議会(Council of Foreign Relations)シニア・フェローのシーラ・スミス氏は「日本には、(欧米にはない)長期的な戦略とそれを形にした基盤がある」と評し、またRAND国家安全保障研究部のジェフリー・ホーナン氏は、「日本には外交、開発援助、経済など、非常に多くのソフトパワーがあるが、その価値は過小評価されている」と指摘する[19]。日本は、これまでグローバルサウスの国々と大きな信頼のアセットを築いてきたが、日本自身がその価値の大きさに気づいていないと思われる。資源に乏しい日本にとって、国際社会の国々と信頼関係を築き、協調を進めることは、日本が生きていくために不可欠である。日本は、これまで築いてきた独自のアセットを生かし、国際社会全体の協調・協力関係の推進、信頼醸成を積極的に進めるべきである。
最後に、日本は単独でもグローバルサウスの国々と関係強化を推進すべきである。グローバルサウスの国々は、今、大きく進化している。従来、石油資源に依存してきたサウジアラビアやUAEは、水素エネルギーの開発を進め、化石燃料に依存しないエネルギー政策を進めている[20]。南アフリカは、イスラエルのガザへの攻撃でICCを動かし、カタールは中東の和平交渉を仲介している。ASEAN諸国では、米中対立に巻き込まれるのを回避すべく、日本やオーストラリア等の国々との関係強化を期待する声も上がっている[21]。このようなグローバルサウスの動向に注目し、日本独自でもさらに国際社会での関係構築を深めるべく行動すべきである。
2025年は「アフリカ開発にかかる東京国際会議」(TICAD)の開催が予定されている。日本は1993年に、他国に先駆けてTICADを開催した国である。しかし、日本とアフリカの貿易量、アフリカへの投資、アフリカでの日本のビジビリティは、他国の積極的なアプローチの下、必ずしも高くない。将来の日本のためにも、かかる独自の協力関係の深化を推進すべきである。
※本稿は、2025年1月18日時点の情報に基づき作成された。本稿で示された見解は筆者個人のものであり、筆者の所属組織の公式見解ではない。
(2025/01/24)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
The U.S.-China Struggle and Japan's Strategic Direction
脚注
- 1 Chad Wolf et al, “AFPI Releases New Book: An America First Approach to U.S. National Security,” America First Policy Institute (AFPI), May 9, 2024.
- 2 Matias Spektor, “Rise of the Nonaligned: Who Wins in a Multipolar World?” Foreign Affairs, January 7, 2025.
- 3 練乙錚「トランプの「領土奪取」は暴論にあらず。グリーンランドとパナマ運河はなぜ放置出来ないのか」『ニューズウィーク』、2025年1月15日。
- 4 Ivaylo Valchev, “China’s 2049 plan a big challenge before the world,” South Asia Monitor, April 11, 2021.
- 5 脚注4参照
- 6 Lili Pike and Christina Lu, “Is the U.S. Answer to China’s Belt and Roal Working?” Foreign Policy, December 16, 2024.
- 7 James T. Areddy et al, “How China Capitalized on U.S. Indifference in Latin America,” The Wall Street Journal, November 14, 2024.
- 8 Bilahari Kausikan, “Who’s Afraid of America First?” Foreign Affairs, January 7, 2025.
- 9 Robert D. Atkinson, “China is Rapidly Becoming a Leading Innovator in Advanced Industries: Executive Summary,” Information Technology & Innovation Foundation (ITIF), September 2024.
- 10 Patricia M. Kim et al, “The China-Russia relationship and threats to vital US interests,” Brookings Institution, December 16, 2024.
- 11 脚注10参照
- 12 脚注8参照
- 13 脚注8参照
- 14 Giulia Carbonaro, “Donald Trump Threatens Europe With Tariffs” Newsweek, December 20, 2024.
- 15 Olivier Schmitt, “Why a Rapid U.S. Withdrawal From Europe Will Reinforce China,” Carnegie Europe, December 17, 2024.
- 16 脚注8参照
- 17 Jeffrey Ball, “Trump dealmaking could shift the cold war over the climate,” Brookings Institution, January 13, 2025
- 18 注2参照
- 19 “Japan and the US under a second Trump presidency with Dr Shila Smith and Dr Jeffrey Hornung,” IISS, December 4, 2024, pp17-18.
- 20 豊田耕平「湾岸アラブ諸国は「水素外交」の布石着々――サウジ・UAEの再エネ「ナショナル・チャンピオン」企業が持つ戦略性」『フォーサイト』、2024年12月17日。
- 21 Mai Sayavongs, “How Laos and Other ASEAN Countries Can Leverage U.S.-China Competition,” United States Institute of Peace, October 4, 2023.