5月4日、欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会(EC, European Commission)の呼びかけで、ドイツ・ノルウェー・フランス・イギリス・イタリア・日本、そして今年の主要20か国(G20)議長国サウジアラビアが共催するオンラインの資金調達(プレッジ)会合が開催された[1]。アメリカは不在、中国は大使級が参加しただけであったものの、30ヵ国以上の首相・閣僚や国際機関・民間団体の代表が参加し、ワクチン開発と治療法の確立、普及に向けた総額74億ユーロ(約8500億円)の支援に合意、多国間および市民社会との連帯を示し、その実績は「前例のない国際協力の端緒」(フォン・デア・ライエンEC委員長)となった[2]。

 この異例ともいえる枠組みによる連携が行われた背景には、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生により世界的な危機に直面していることを誰もが理解しているにも関わらず、国際協調に向けた主要枠組みが機能していないという現実がある。すでに世界で27万人以上の命を奪ったCOVID-19は今後、医療体制が脆弱な途上国で猛威を奮うものとみられている。国際的な保健衛生への脅威であるだけでなく、世界経済に甚大な影響を及ぼしており、かつ局所的には政治や治安の不安定さを助長しかねない事態である。世界保健機構(WHO)や国際通貨基金(IMF)など国連システム傘下の専門機関[3]ではとても対応しきれるものではない。主要国の強いリーダーシップと行動が絶対的に必要とされるなか、国際社会は「今ほど結束しなければならない時に分断」(グテーレス国連事務総長)されている[4]。

安保理の分断、G7の不調

 国連では、グテーレス事務総長が世界の紛争地においてCOVID-19が更なる混乱と人道的危機を招きかねないとして当事者に対し即時停戦を求め、国際の平和と安全の維持に責任を有する安全保障理事会(安保理)の開催をかねてより要望していた。これに対し安保理は、WHOのパンデミック宣言から約1か月後の4月9日になってようやく、COVID-19に関する初会合(オンライン)を開催した。しかし、ウイルスの発生やWHOの対応などに対する認識の相違でアメリカと中国が激しく対立し実質的な合意には至れず、機能不全を露呈した。安保理の決定は193の加盟国に対し結束と法的拘束力に基づいた行動を促すことができるが、本稿執筆時点においては未だ調整中であり決議の採択に至っていない[5]。

 先進7か国(G7)においても同様だ。既に昨年の首脳会合では多国間主義を軽視するトランプ大統領の参加を踏まえ首脳宣言が見送られるという前代未聞の事態が発生しているが、今年のG7議長国はアメリカというめぐり合わせである。消極的なトランプ大統領を前回議長国フランスのマクロン大統領が説得し、3月16日になって臨時のテレビ首脳会合が開催された[6]。初回こそ共同声明を出すことができ国際協力へのコミットメントや「WHOの国際的マンデートを完全に支持」といった文言[7]が盛り込まれたが、その後の3月26日の外相会合、4月16日の第2回首脳会合(いずれも臨時)の際には共同声明を発出することはできずに終わっている。しかも第2回会合の直前、4月14日にはトランプ大統領自らがWHOへの拠出金の停止を表明しており、WHOの初期対応に疑問を抱きながらも多国間主義を重視し事態の早期収束を目指す欧州勢との溝が深まっている[8]。

G20もリーダーシップが発揮できず

 このような事情により、G7各国に中国やロシアなど新興国13カ国を加えた枠組みのG20のリーダーシップが期待されている。1990年代後半の国際金融危機に対する政策協調の必要性から発足した経緯もあり、G20は自らを「国際経済協調の第一のフォーラム」と指定し、貿易・投資のみならず途上国の開発問題やエネルギーなど幅広い議論の場を提供してきたからだ[9]。G7と同様に常設の事務局をもたないインフォーマルな協議体である(従って行政規則に囚われず柔軟な対応ができる)ものの、参加国のGDP合計は世界全体の約8割を占める。世界経済の安定は参加国の共通の関心事であり、そこでの合意の影響力は小さくない。

 しかしながらG20もまた芳しい成果を出せずにいる。金融危機の際に中核となった財務相・中央銀行総裁会議は、4月15日に低所得国の債務返済の一時猶予に合意した[10]。これは今後COVID-19の拡大が見込まれる途上国にとって朗報であり、当面の間、借款の返済に留保していた予算を感染症対策に振り向けることができる。しかしながら、慢性的な貧困状態にある後開発途上国などに限定された年末までの措置であり、救済対象国の拡大や減免措置の必要性が訴えられている[11]。

 より深刻なのは、債務問題以外の幅広い課題を取扱う首脳会合のリーダーシップに勢いがないことであろう。今年のG20トロイカ(前年、当年および次期議長国の3か国による運営体制)[12]は、グローバル課題に積極的とは評しがたいサウジアラビア(現議長国)、国内の対応に追われ対外的なイニシアチブがとれていない日本(前議長国)、欧州で最も深刻な感染状態にあったイタリア(次期議長国)である。オンラインでの首脳会合が開催されたのは、国際社会からの強い要請を受けた後の3月26日。そこでは5兆ドル(約550兆円)を投入するとの声明を発出するに至ったが、これは既に各国が実施している景気刺激策の累計であり、期待された医療用品の輸出規制の解除やワクチンの供給、途上国への支援などについての具体的な対応策は示されずにいる[13]。

日本は先進国の結束を主導できるのか

 このような中、既存枠組みによる国際協力や国際機構に対する信頼が失墜したとして、世界的な対応を主導する新たな「有志連合」が必要との声もでてきている[14]。冒頭のアメリカ抜きでのプレッジ会合はその兆しなのかもしれない。共催国に今年のG20トロイカ国(サウジアラビア・日本・イタリア)が含まれているところも興味深いところである。

 一方で、日本にとっては既存の枠組みの活用意義がなくなったわけではない。現状においては、トランプ大統領は6月10-12日にテレビ会議で本来のG7首脳会合を行う予定であり、5月中にも第3回目となる臨時会合が開催される見込みがある。間違いなく新型コロナウイルスへの対応が主題となるが、アメリカが中国やWHO批判に固執することなく、先進国の出口戦略や途上国への拡散防止策、国際機構との全面的な連携、債務減免措置、追加の経済支援などにおいて強固な合意が形成できるかどうかが鍵となる。この点において、トランプ大統領との関係構築に惜しみなく投資をして、世界の中でも最も親密な関係を築いてきた安倍首相の役割が期待される。しかも、2021年には、日本が経済と安全保障の面で緊密な関係を有するイギリスがG7議長国となる。イギリスはCOVID-19で最も甚大な被害を受けた国のひとつだ。ともに痛みを分かち合った国としてイギリスとの連携を更に深め、世界経済の復興と安定に向けた議論を醸成すべきだ。

 11月3日のアメリカの大統領選を控え、トランプ大統領は自身のCOVID-19対策の遅れへの批判を転嫁する意味もあり、米国民が不満を持つ中国とWHOの責任を追及している。実際のところ、中国とWHOの初動対応の問題については、事態が落ち着けば、追って検証する必要がある。しかし目下のCOVID-19 による世界的な危機に対応するには国際社会の団結が必要だ[15]。トランプ大統領にとっても、再選に向けた経済回復の実績作りのためには、先進国間の協力は有用ではないだろうか。トランプ大統領は気にしていないかもしれないが、自由と民主主義の信念に基づく先進国の結束が乱れることは、中国やロシアを利するだけでなくハンガリーなどでみられる強権主義の風潮を助長しかねない。また、「コロナ後」の世界においては、気候変動への対応、貧困と格差の是正、脆弱国の安定化、など既存のグローバル課題がより切実な問題として米国と先進国に突きつけられることは疑いようがない。

 日本政府は既にWHOや国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)など医療支援・難民支援を行う国際機関に対して計150億円にのぼる資金提供をしている[16]。また、冒頭のワクチン開発へのプレッジ会合でも新たに約250億円の拠出を約束したところである[17]。COVID-19による経済的な打撃と財政出動により懐具合は一層厳しく、政治的にも余裕はないが、それは万を超える死者を出したイギリスやフランスなど他の先進国も同じである。国際保健はこれまで日本が議論を主導してきた分野であり、2016年に安倍首相が開催したG7伊勢志摩サミットでは「感染症の流行及び公衆衛生上の緊急事態のための WHO 改革」を柱とした成果文書も出している[18]。国際協調主義に基づく「積極的平和主義」という理念のもと、国際社会の主要プレーヤーで居続ける意思が残っているならば、先進国の結束と国際社会の連帯に向けて今こそ外交力を最大限発揮すべき時ではないだろうか[19]。

(2020/5/11)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
International Cooperation in the COVID-19 Pandemic – Can Japan Play a Role in Pulling the Developed Countries Together?

脚注

  1. 1 EU, “Corona Virus Global Response,” 4 May 2020.
  2. 2 “Coronavirus: World leaders pledge billions for vaccine fight,” BBC, 4 May 2020.
  3. 3 国連と専門機関の関係については、国際連合広報センターウェブサイトを参照。
  4. 4 UN Secretary General “UN Secretary-General's Press Briefing,” 30 April 2020.
  5. 5 “US blocks UN vote on coronavirus pandemic,” DW, 9 May 2020.
  6. 6 Kevin Liptak, “After nudge from Macron, Trump and other G7 leaders agree on coronavirus coordination,” CNN, 16 March 2020.
  7. 7 外務省「G7首脳声明(仮訳)」2020年3月16日。
  8. 8 Patrick Wintour , “G7 backing for WHO leaves Trump isolated at virtual summit,” The Guardian, 16 April 2020.
  9. 9 G20については外務省のウェブサイトを参照。
  10. 10 「G20、低所得国の債務返済を1年猶予で合意」『AFP』2020年4月16日。
  11. 11 Adva Saldinger, “G20, IMF deliver on debt relief, but more is needed, experts say,” Devex, 17 April 2020.
  12. 12 トロイカについては外務省「G20サミットに関する基礎的なQ&A」を参照。
  13. 13 Tom Chodor, “Missing in action: The G20 in the Covid crisis,” The Interpreter, Lowy Institute, 22 April 2020.
  14. 14 Ian Goldin and Robert Muggha, “The world before this coronavirus and after cannot be the same,” The Conversation, 28 March 2020.
  15. 15 安倍首相もWHOの姿勢に対する問題意識を示している。「WHO、言うべきことたくさんあるが今は支える=安倍首相」『朝日新聞』 2020年4月28日。
  16. 16 「WHOなどに150億円 政府、影響力強化狙う 新型コロナ、中国意識」『日本経済新聞電子版』2020年3月19日。
  17. 17 「ワクチン開発 計8600億円拠出へ 日本など30以上の国と地域」『NHK News Web』2020年5月5日。
  18. 18 外務省「国際保健のためのG7伊勢志摩ビジョン」。
  19. 19 日本は既に2022年の国連安保理非常任理事国選挙に手を挙げている。今回の対応は他加盟国が日本の「本気度」を評価する試金石となるかもしれない。