はじめに
政治・軍事同盟としての北大西洋条約機構(NATO)は、環境の変化と新たな脅威リスクに対し適応を迫られ、機構組織から作戦運用まであらゆる分野における「変革」(Transformation) を続けてきた[1]。そして、2010年代中盤以降にサイバー領域における脅威への対応が戦略的課題となり、デジタル化による宇宙インフラ依存の加速化という新たな脆弱性に直面する中、宇宙空間における抑止・防衛態勢の構築に組織的に取り組み続けている。近年のNATO首脳会合では、加盟国間の防衛負担やグリーンランドの領有を巡る米欧間の摩擦ばかりに注目が集まり、宇宙分野での着実な歩みは陰に隠れがちである。しかし、2020年のNATO宇宙センター設立など、宇宙安全保障の観点からの先を見据えた具体的な対応が、同盟戦略の鍵となりつつある。
なぜNATOはここまで宇宙を同盟の抑止と防衛にとって不可欠ととらえ、その進化に注力するのか。その動きはどこまで本物で、日米同盟を安全保障の基盤とする日本にとって何を意味するのか。本稿はこれらの問題意識に基づきNATOの宇宙への取り組みを概観し、日本とNATOの連携の必要性を説く。

静かなる宇宙への取り組み
NATOの宇宙関連の施策は、北大西洋理事会(NAC)における地道な意思決定の積み重ねを通じて定められてきた。その歩みは2019年12月のロンドン首脳会合に起点を持つ。この会合で、NATOは宇宙を「作戦領域」として初めて公式に位置づけたのである。
その後の展開は確実なものだった。わずか2年余りの間に、NATOは防衛と抑止の両面から制度的基盤を固めていった。2021年6月のブリュッセル首脳会合では、宇宙におけるNATO加盟国アセットへの攻撃が集団防衛条項(第5条)の発動要件になりうることを確認した。同時に、宇宙作戦調整を担うNATO宇宙センターを機能的に補完すべく、宇宙状況監視を担う「3SAS」(Strategic Space Situational Awareness System)の開発方針も打ち出している。
そして2022年1月、これらの成果を踏まえた初の包括的な「宇宙政策」として体系化された。この政策により、NATOは宇宙を同盟の作戦遂行に不可欠な領域として、法的・政策的に位置づけたのである[2]。
これらの歩みは、宇宙空間が戦闘領域化しつつある現実と、ロシア・中国による対宇宙攻撃能力の向上という脅威認識の高まりを反映したものである[3]。米宇宙軍の脅威分析によれば、脅威は具体化している。ロシアは2017年以降、米国の軍事衛星と同一軌道に複数の共軌道型の対衛星兵器(Anti-Satellite weapons : ASAT)実証機を投入している。加えて、低軌道の衛星を無差別に無力化しうる核使用型対衛星兵器の開発も進めている[4]。中国も静止軌道上での近接妨害能力を強化しつつある。
この現実に対応を急ぐ必要性を、2026年前半の米国対イラン作戦が図らずも浮き彫りにした。米統合参謀本部議長ケイン(Dan Caine)大将が、統合作戦開始時に宇宙とサイバーの連携作戦でイランの通信・センサー網を最初に無力化し、宇宙空間の作戦の重要性を再確認したことは衝撃的であった[5]。
現代の武力紛争は宇宙・サイバー領域から始まる――もはや机上のドクトリンではなく、実戦で裏づけられたこの命題こそが、NATOが2019年以来積み重ねてきた宇宙への取り組みの方向性が正しかったことを証明している。

深まる宇宙依存とガバナンスの課題
NATOの宇宙への取り組みを加速させているのは、軍事的判断に基づく政治的意思だけではない。衛星の小型化やAIの応用に関わる新興・破壊的技術(Emerging and Disruptive Technologies : EDTs)[6]の指数関数的な進化と、集中的な資源投入が進む商業宇宙セクターの急拡大が、同盟の宇宙関連の選択肢を大きく広げている。
世界の宇宙経済は、2024年に6,130億ドルに達し、うち78%を商業部門が占めるとされる[7]。さらに、世界経済フォーラム(WEF)とマッキンゼーの分析によれば、2035年までにこの規模は1兆8,000億ドルに達すると予測されている[8]。この流れを受け、NATOは2025年2月の国防相会議で初の「商業宇宙戦略」を承認した。同年6月のハーグ首脳会合で公表されたこの戦略は、民間主導のイノベーションを取り込み、民間宇宙企業との本格的な連携を推進する方針を明確にしている。米国防総省もすでに2024年に同様の商業宇宙統合戦略を発表しており、両者は歩調を合わせつつある。
だが、この恩恵の裏側には見過ごせない課題もある。通信、測位、金融決済、物流、農業――現代社会の基盤機能が、宇宙システムへの依存を急速に深めている。商業ベンダー依存の拡大は、開発効率を高める一方で、新たなリスクを生む。サプライチェーン管理の複雑化、データ機密性確保、有事における商業アセット防護の責任所在――こうしたガバナンス課題は、これまで同盟内では十分に想定されてこなかった。
この変化は、宇宙安全保障のパラダイムシフトを物語っている。独自技術保有から、商業セクター統合とリスク管理へ。この転換なしに、現代の宇宙戦略は成立しないのである。
日本が築くべきNATOとの連結性
2026年7月のアンカラNATO首脳会合と併催された防衛産業フォーラムにおいて、NATOの宇宙戦略における新たな方向性が打ち出された[9]。高速通信とミサイル追跡を主眼とするHALO(Hybrid Alliance Layered Operations in Space)、そして情報収集・警戒監視・偵察(ISR)能力の強化を目指すAPSS(Alliance Persistent Surveillance from Space)である。
8カ国が参加するHALOは新たなプロジェクトであり、各国主権下の軍事衛星を相互接続し、事実上のメガコンステレーション(大規模な衛星群)構築を計画している。官民連携への期待を背景に検討は加速しているものの、資金調達など実装上の課題は依然として残されている[10]。対照的に、APSSはすでに実装の段階にある。19カ国が計10億ドルを拠出し、2025年12月に初期運用能力に到達した。NATO史上最大の宇宙投資である[11]。
この2つのプロジェクトの並走は、NATOの宇宙協力が同時並行的かつ急速に進められていることを意味する。政治的な発信力を伴う象徴的イニシアティブとしてのHALOと、着実に実装が進む基盤事業であるAPSS。同盟は、未来への構想と現在の実装を同時に宇宙領域でも推進しているのである。
これらを通じてNATOは、伝統的な軍事同盟から、宇宙システムの共有と共同防衛を担う共同体へと質的に転換しつつある。この転換を日本は他人事として見るべきでない。日本も独自の宇宙防衛能力強化と日米同盟における宇宙協力を並行させているが、多国間協力の枠組みはまだ十分ではない。NATOの事例は、その多国間宇宙協力の課題を解決する手がかりになり得る。実際に、日本とNATOは2023年の国別適合パートナーシップ計画(ITPP)で宇宙安全保障を掲げており[12]、2026年の更新時に、これを日米欧間の安全保障協力の強化を視野に重点分野に格上げすべきである。
その理由の一つに、具体的な協力の兆しがある。2026年5月の日本・ルクセンブルク間の宇宙通信協力覚書(MOC)を契機に、日本のSTARLIFT参加への打診が報道された[13]。ルクセンブルクを含め14の同盟国が参加するSTARLIFTは、有事に加盟国の打ち上げ能力やスペースポートを融通し合い、機能不全に陥った衛星網を迅速に復旧させる、宇宙版の相互支援の仕組みである。種子島宇宙センターとH3ロケットを有する日本の参加が実現すれば、自国衛星のバックアップ確保に加え、打ち上げ拠点を抱える地域の経済にも資すると見込まれる。
すでに、日米間では2026年8月に完了したQZSS(準天頂衛星)-HPプログラム(Quasi-Zenith Satellite System Hosted Payload)を通じた宇宙領域把握(Space Domain Awareness:SDA)協力の実績がある[14]。これらの進展は明確だ。今後、日米同盟を基盤としながら、日本がNATOとの宇宙領域での連結性・相互運用性強化の担い手となることが求められている。

おわりに
宇宙における安全保障の重心は、単独国家が保有する高度な技術力から、商業活用と国際パートナーシップをいかに組み合わせるかという点へと移りつつある。NATOの宇宙への取り組みは、脅威認識の高まりと、国から民へと軸足を移すイノベーションの力学をてこに、同盟内部の態勢を地道に整えてきた成果である。
日米同盟を安全保障の基盤とする日本にとって、NATOはもはや遠い欧州の同盟にとどまらない。日本にとって重要なのは、既存の協力枠組みを深める中で、宇宙技術とデータの国際的な共有メカニズム構築を視野にNATOとの宇宙協力を進化させることである。日米間でこれまで培ってきた宇宙安全保障協力を発展させる形で、日・NATO間の同協力を推進することは、日本の防衛力強化のためにも不可欠な戦略課題であろう。
(2026/09/10)
脚注
- 1 NATOの変革は大西洋同盟としての維持、強化のため、2002年11月のプラハ首脳会合以来、同盟発展の重要テーマとして掲げているもので、軍事面、機構面、技術面など多岐にわたる。NATO, “Transforming NATO,” January 1, 2003.
- 2 NATO, “NATO’s overarching Space Policy,” January 7, 2022.
- 3 Joshua Posaner, “NATO plans space center to counter Russia, China satellite threats,” POLITICO, October 20, 2020.
- 4 U.S. Space Force, “Space Threat Fact Sheet,” July 2026.
- 5 Sandra Erwin, “Pentagon details cyber, space ‘first mover’ role in Iran operations,” SpaceNews, March 2, 2026.
- 6 NATOの定義によれば、新興・破壊的技術とは、2020年から2040年の間に成熟することが期待され、軍事、安全保障、経済面において広く革命的な影響を与えると予想される技術を指す。Eaton Jacqueline, Reding Dale F., Wells Bryan, “Science & Technology Trends 2020-2040 – Exploring the S&T Edge,” March 2020, NATO Science & Technology Organization.
- 7 “Space Foundation publishes The Space Report Q2 2025,” Satnews, July 22, 2025.
- 8 World Economic Forum, “Space: The $1.8 Trillion Opportunity for Global Economic Growth,” April 2024.
- 9 NATO, “NATO Deputy Secretary General announces new initiatives in space, strike capabilities and air defence,” July 7, 2026.
- 10 Theresa Hitchens, “Eight NATO allies to create new satellite mega-constellation,” Breaking Defense, July 08, 2026. 同プロジェクトへの当初参加国は、デンマーク、カナダ、フィンランド、ドイツ、ノルウェー、オランダ、スウェーデン、トルコであり、今後参加国は増大する見込みである。
- 11 NATO,” NATO’s approach to space,” July 8, 2026.
- 12 NATO, “Joint Statement Issued on the occasion of the meeting between H.E. Mr Jens Stoltenberg, NATO Secretary General and H.E. Mr Kishida Fumio, Prime Minister of Japan,” January 31, 2023.
- 13 NSBT Japan, “Japan–Luxembourg Space Communications Accord: Could It be a Gateway for Tokyo’s Participation in NATO-Led Initiatives?” Asian Military Review, June 29, 2026.
- 14 日本の準天頂衛星(みちびき6号機および7号機)に米国宇宙軍の光学式宇宙領域認識センサーペイロード(観測機器)を搭載するプログラムを指す。United States Space Force, “U.S. Space Force and Japan successfully launch U.S. sovereign space domain awareness payload aboard QZS-7 satellite,” August 17, 2026.
